13-3-9.導かれる出会い
幸いな事に金属バットを振り回す男達は、龍人がこれまで戦った人々と比べると大した事がない実力であった。
風切り音を立てながら迫るバットを避けて相手の人数を正確に把握していく。
(1、2、3、…6人か。それとヤクザみたいな男で合計7人ね。長引かせるのもアレだし…一気に片付けるか。)
龍人は無詠唱魔法によふ身体能力強化をもう1段階上げると、バットの軌道ギリギリで半身になって避け、右の拳を下から突き上げるようにして鳩尾に叩き込んだ。
「ぐふっ。」
腹を押さえて前のめりに倒れこむ男。龍人は確実に動けなくする為に、左脚で回し蹴りの追撃を男の脇腹に叩き込んで吹き飛ばした。
連続で腹に攻撃を入れられた事で、肺の空気を出し切ってしまった男は、声を漏らす事さえ出来ずに地面に転がった。
「もう1人…!」
龍人は赤髪の男に後ろから殴り掛かろうとしていた男に近付くと、バットをフルスイングしようとしている手首を掴み、外側に強制的に捻り上げた。
「いでででで…!」
(後ろから襲い掛かろうとしておいて、自分が痛い目に合うと情けない声を出すんだな。)
イマイチ根性が無いように感じられる男の反応に呆れつつ、龍人は足を払って男の体が浮いた所で力にものを言わせて背負い投げへと持ち込んだ。
「ぷぎゃ!」
再び情けない声を出して地面に叩きつけられた男は、意識を手放してぐったりと動かなくなる。
「よしっ。次は…って、もう終わったか。」
6人いた男達は、龍人、赤髪の男、黒髪短髪の男が、それぞれ2人ずつ倒した結果となっていた。残るヤクザ風の男に3人の視線が突き刺さる。
「ぐ…。」
ほんの少しの攻防で仲間が全員倒された事で、逃げ腰気味のヤクザ風の男ではあるが、それでもプライドを守る為か…目だけは死んでいなかった。
「さーて、どうすんだ?1人だけになっちまったけど、もちろんまだやるよな?」
好戦的な笑みを浮かべる赤髪の男。金属バットの男達では満足出来なかったのか、戦いたくてウズウズしている雰囲気がバンバン全面に出ていた。
ヤクザ風の男はチラッと周りを確認すると…。
「お、覚えてやがれ!」
負けた奴が言い残す決まり文句を言い放つと、逃げ出したのだった。野次馬を掻き分けるようにして姿を消したのを見て、龍人達3人はポカンと顔を見合わせ…爆笑を始めたのだった。
龍人達が店の前で笑っている時、店から少し離れた場所に1人の男が立っていた。その男はヤクザ風の男が逃げ出して路地裏に姿を消したのを確認すると、携帯電話を取り出して耳に当てる。
「えぇ。またあの糞餓鬼です。えぇ。えぇ。…そうですね。ここまで邪魔をされるのであれば、本格的に身元を調べて対応を考える必要がありそうですね。はい。いえ、他にも2人いますが…見た感じでは偶然出会ったであろうかと…。えぇ。こちらは特に警戒する必要はないと思います。…はい。……確かに動きは素人では無いですが…分かりました。次、邪魔をするようであれば抹殺リストに追加させてもらいます。…はい、…はい。それでは。」
電話を仕舞うと男は店の前で笑う3人を眺める。
「ふん。調子に乗っていられるのも今の内だ。近い内に全てを失わせてやるさ。」
憎しみの篭った声で呟いた男は、ヤクザ風の男が姿を消した路地裏に向けて歩き出した。
カフェの前で一頻り笑った龍人達は、こうして出会ったのも…という事で、同じ席に着いて自己紹介をしていた。
「俺は高嶺龍人だ。よろしくな。」
龍人に続き黒髪短髪の青年が口を開く。
「俺はビスト=ブルートなんですな。」
へへっと笑うビストは爽やか系男子であり、会ってから間も無い龍人ですらかなりの好感を持てていた。
続いて赤髪の青年が自己紹介をする。
「俺はトバル=ニアマだ。よろしく頼むぜ!」
トバルは真っ直ぐに逆立った赤髪が特徴的な男だ。これで一重だったら、かなり鋭い雰囲気の顔になるのだが…トバルの目はパッチリ二重な為、どこか愛嬌のある顔であった。
アイスカフェラテをストローでチビチビ飲みながらビストが口を開く。
「2人共強いんですな!しかも全然本気を出しているように見えなかったんですな!」
「そりゃそうだぜ。あんな雑魚相手に本気なんか出してられねぇぜ。」
トバルはニッと笑うとケーキをフォークで掬って口に運んだ。3人の前には其々ケーキとドリンクが置かれていて、スイーツ男子3人が集まって談笑をしているようにしか見えない。
「てかよ、龍人の力が気になんだよな。一瞬で動きが速くなっただろ。機械街ではあんま見ない身のこなしだったぜ?」
「ん?そりゃあ普段の動きと、戦う時じゃあ動きも変わるだろ。常に本気で動く訳も無いしさ。」
「んーそうか。てっきり数少ない魔力コントロールが出来る逸材の1人なのかって思ったんだが。ビストはどうなんだ?」
「ん?俺は魔力コントロールは出来ないんですな!」
「でもよ、一般人が使えない何かしらの力は使えんだろ?」
「ん~、そこは秘密なんですな!無闇矢鱈に他人に話すのは良くないんですな!」
こう言っている時点で、ビストが何かしらの特殊な力を持っているのは間違い無いのだが…本人は隠しているつもりみたいなので、龍人は敢えて突っ込むという野暮なことはしなかった。
「ところで、龍人はこの辺りで何をしていたんですかな?スラム地区の近くにわざわざ来る予定があったんですかな?」
ビストから龍人に投げかけられた質問は中々に鋭い質問であった。
龍人の事を機械街の住人だと思わせる為には、「スラム地区を見てみたかった」という理由を話してしまう訳にはいかない。機械街の住人にとって、スラム地区が法の領域外であることは周囲の事実であり、わざわざ近付く必要性が無いからだ。
更に、正直に話した事が原因となって機械街の外から来たという事がばれ、ビストとトバルが闇社会に通じる人間だった場合…龍人とその仲間が危険に晒されるのは間違いようの無い事実である。
(ん~どーすっかな。個人的には信じても良い気がするけど、いい奴で闇社会の人間って可能性も十分にあるよな。…誤魔化すか。)
「いや。色んな喫茶店を回るのが趣味なんだ。んでさ、スラム地区の近くにある喫茶店も制覇してみようかなって思って来ただけだよ。」
「そうなんですな!お洒落ですな!」
「イケメンでやる事もイケメンなんだな。俺には到底無理だわ。」
「まぁ、珈琲飲みながらのんびりするの好きだからな。」
ここでビストがポンっと手を叩く。
「珈琲が好きなら俺…良いとこ知ってるんですな!店じゃ無いけど最高の珈琲が飲めるんですな!来る?来る?あ…スラム地区なんだけど。」
スラム地区の部分で声を潜めたのは、アパラタスの住人にとってスラム地区が歓迎されない存在である事を表しているのだろう。
だが、この誘いは龍人にとって歓迎すべきものであった。1人でスラム地区に入っていくつもりはなかったが、その場所を知っている人が居るとなれば話は変わってくる。誘いに乗るつもりは満々だが、アパラタスの住人だと思わせるためにある程度の渋りを見せる必要があった。
「それ…気になるな。だけど…場所が場所だよな。そんな気軽に行ける場所じゃないし。」
「それはそうだな。俺も気にはなるけど…法が通じない場所だからな。」
「その点に関しては、全く問題が無いんですな。部外者には厳しいけど、身内に手を出す事は絶対にないんだ。だから、安心していいんですな!」
難色を示す龍人とトバルに対して、自身がスラム地区の身内である事を明かしてまでも連れて行きたいと言うビスト。
狡猾なのか…単にお人好しなのか。今の段階で正確に判断する事は難しいが…龍人は自分の直感を信じてみる事にした。色々と隠し事をしていそうなトバルはともかく、ビストに関しては信じても良いと思えたのだ。
「…分かった。じゃあ俺はビストと一緒にその珈琲。飲みに行くかな。」
「え、マジか。龍人がそうすんなら俺も行くぜ!」
難色を示していた割には、龍人が行くと言ったら直ぐに意見を変えたトバル。その点に関して微妙に引っ掛かりを感じるも、1人だけ残るのが寂しいんだろうな…と、結論付ける龍人であった。
「じゃ、早速行くんですな!」
嬉しそうに立ち上がったビストは、ルンルンと歩き出す。
「あいつ…テンションの上がり方がおもしれぇな!」
「はは。まぁそうだな。純粋な感じが素敵だよな。」
自然と元気な子供を見守る親のような目になった龍人とトバルは、ビストの後を追いかけて歩き出した。




