13-3-8.導かれる出会い
龍人達…第8魔導師団が機械街を訪れてから1週間が過ぎた。遼は街主のエレクに紹介して貰ったという銃専門店に毎日通い、火乃花は訓練室で何かの魔法の練習を続けている。頻繁に訓練室が壊れる為、修繕費がどうのこうの…と職員が嘆いていたが、どうやら第8魔導師団に請求が来るわけではないらしい。街主は太っ腹である。
レイラは相変わらずニーナとガールズトークを繰り広げているが、それ以外の時間は食堂などで本を読んで過ごしている。どんな本を読んでいるのかは分からないが、やや緊張感に欠ける…と思ってしまうのは龍人だけだろうか。
その龍人はというと、アパラタス探索を毎日続けていた。西南北地区は大体歩き回ったので、今日からは西地区を歩き回る予定だ。まぁ、歩き回ったからと言って、道を覚えた何て事は無いのだが。何かあった時に見知った街並みに飛び込むのと、何も知らない街に飛び込むのでは大きな差が出てくる為、まずは街の雰囲気などを確認したに過ぎない。
(さて…と、今日も探索しますかね。そろそろ美味しいご飯とかを見つけられると嬉しいんだけどな。安い限定で。)
龍人はアパラタスを探索する際に、色々なグルメを食べ歩いていた。だが、美味しそうな店はほとんど値段が高かったので、手が出せずにいた。ひと通り見た後に1番行ってみたいと思った店にでも行こうかと計画はしていたが…安くて美味しい店が見つけられるのであれば、それに越した事はない。
龍人はいつも通りに機械塔のロビーを通り、外に出た。
来た時は目の前に広がる道路道路道路に、目眩がするかと思ったが…慣れればそれが普通の風景になるものである。
龍人は迷う事なく東地区へ続く道を歩き始めた。本日の天気は晴天。風も微風程度で散歩をするには絶好の環境と言えた。5月という事もあり、暑くもなく寒くも無い丁度良い気候である。
初めて訪れる東地区…とは言っても、他の地区と比べて大差がある訳ではない。他の地区と同じ様に道路が幾つも重なり、立体交差点や電車の線路などが無駄なスペース無く敷かれている。
街行く人々はせかせかと歩き、ゆっくり談笑をしながら話す人を見る事は殆ど無い。
よく言ってしまえば無駄が一切無い生活。悪く言えば、ゆとりのない窮屈な生活である。
他地区と大差が無い風景が続く東地区ではあるが、ニーナから聞いた話ではスラム地区があるらしい。龍人としては是非立ち寄ってみたいのだが、機械街の法律が適用され無い場所であるらしく…何かがあった時に助ける事が出来無い可能性を理由に立ち入る事を止められていた。
(でもさ…チラッと見てみる位なら良くないか?要は足を踏み入れなければ問題無いって事だし。…まずは様子見で近くまで行ってみるか。)
ニーナの忠告を忘れて…では無く、覚えているのにも関わらず…という所が始末に負えないのだが、ともかく龍人は東地区にあるスラム地区へ向けて歩き始めていた。
大通りを真っ直ぐ進んでいると、遠目に不自然な境目が見え始める。スラム地区の境目だろう。
(街の人に聞いた通りだな。本当にきっちり分かれてんだ。)
スラム地区との境目は、一直線に切断した2つの街同士の切断面をくっ付けて置いたかのようであった。それこそ来るものを拒むように。
スラム地区に近付けば近づく程、周りを歩く人は少なくなる。法の届かない場所だからだろうか。アパラタスの住人達が極力近づかないようにしているのだろう。
境目まであと少しの所、龍人はとあるカフェの前を通り過ぎようとしていた。そのカフェはいたって普通のカフェで、特別な何かがある訳では無かった。
チラッと店を見て通り過ぎようとした龍人だったのだが、思わず足を止める事となる。その原因は店内から聞こえた罵声だ。外に居ても何を言っているのかハッキリと聞こえる位の声量で、怒鳴り散らしていたので思わず足を止めてしまったのだ。
「あぁん!?てめぇナメてんのかこら!そこは俺が座ろうとしてたんだって言ってんだろ?てめぇがそれを邪魔していい理由なんてねぇんだよ!」
ドガン!という音と共に店内から女性の悲鳴が上がる。同時に、店の入り口から1人の男が吹き飛んで来た。
(ん?店ん中で怒鳴ってた奴が吹き飛ばされたのか?)
龍人がこう思ったのは、男の外見に理由があった。真っ直ぐ逆立った赤髪が特徴的で、身長も高く、身体つきも鍛え抜かれているのか…かなりがっしりとしているのだ。素行が悪そうな外見という事である。
(いや…にしては顔つきが怒鳴る感じには見えないか。むしろ純粋っぽい気もすんな。)
後頭部を摩りながら立ち上がった赤髪の男は、どこか愛嬌のある顔…童顔ちっくな顔をしていた。怒鳴って相手を突き飛ばす人と言えば、切れ目で色つきのグラサン、パンチパーマにくわえ煙草。…なんて人物を想像してしまう龍人である。
さて、赤髪の男は迷惑そうな顔で店の方を見ると、店の中からがに股男…今さっき龍人が想像していたのと全く同じ外見の男が出てきた。
「なんだよその迷惑そうな顔はよぉ!?迷惑被ってんのはこっちだぜぇ?せっかく気持ち良くショコララテを飲もうと思ってたのによ!」
「そんな事言われてもよ。だったら座る予定の席に荷物とか置いとけって。」
「はぁ?スラム地区が近くて治安が悪いここで荷物を置いとくとか自殺行為だろうが。」
「へへ…。だったら、その席に別の人が座っても文句は言えないよな。」
「だからよぉ…さっきから言ってんだろうが!あの席は俺が店に来たらかならず座る席なんだってよぉ!?」
「…そんな理屈がどこでも通る訳ないだろ?」
あくまでも正論で反論を続ける赤髪の男だったが、ここで相対するヤクザ風の男は顔を下に向け、肩を震わせて笑い始めた。
「くくくく…!くくっ!ははははっ!てめぇアホか!?そんな事くらい俺にだって分かんだよ!この店だから、この店に良く来る俺だから許される特権って事なんだ!分かったか?赤髪のにーちゃんよ!」
「…もういいわ。ちっと話になんねぇし。ま、楽しくショコララテだっけ?でも飲んでてくれ。俺は別の店に行くわ。」
ヤクザ風の男の俺様的態度に付き合いきれなくなったのか、赤髪の男は呆れた様子で肩を竦めると背を向けて歩き出した。
無事…かどうかは微妙だが一件落着かと思い、野次馬をしていた龍人はスラム地区に向けて歩きはじめた。…と、なる予定だったのだが。
歩き去ろうとした赤髪の男の髪をヤクザ風の男が鷲掴みにしたのだ。完全に喧嘩になりそうな雰囲気に野次馬をしている人々からざわめきが漏れる。
「おい赤髪。てめぇは俺の至福の時間を邪魔したんだよ。その報いをまだ受けてねぇだろ?ちゃちゃっとトンズラしようなんて…この俺が許すと思ってんのか?」
「いててててっ!ちっと待ってくれよ。俺は誰かと争うつもりはないんだって!そんな事したらぶっ殺されるんだよ!」
「なんだ?てめぇは戦う前から負ける気満々なのか。さっきまでの俺を馬鹿にした態度は只の見せかけってわけか。…なら、そのまま軟弱者だって事を周りにいる奴らにもしっかりと見せねぇとな!」
ヤクザ風の男は獰猛な笑みを浮かべると、赤髪を掴む手を離し…顔の側面に向けて上段回し蹴りを放った。至近距離からの…しかも背後からの蹴りとあって、避けるのは至難の技と言える状況だ。
しかし、上段回し蹴りが赤髪の男に直撃する事は無かった。
「危ないんですな!無駄に暴力を振るうのは許さないんですな!」
突然割り込んできた細身の男が受け止めたのだ。黒髪短髪、目がぱっちりとしているのが特徴的で、顔の彫りは比較的深め、唇が少し厚めというやや特徴的な顔の青年である。青年はヤクザ風の男の手を離すとビシィッと指を突きつけた。
「喧嘩は許さないんですな!」
「はぁ?舐めてんのかガキ。」
「舐めてないんですな!本気なんですな!」
「いや…だからよ、俺を馬鹿にしてるだろってはなしだよ!」
パシィっと突き付けられた指を払ったヤクザ風の男は、青年の襟首を鷲掴みにする。
「調子こいてんじゃねぇぞ?俺を誰だと思ってんだ糞餓鬼が!」
「へ?ただ単に柄の悪いあんちゃんなんですな!」
ピキィ…っとヤクザ風の男の額に青筋が浮き上がり、青年の襟首を掴み返す。
「てめぇ…1度くたばれ。」
その言葉に合わせるようにして、野次馬の中から数人の男が青年に向けて踊りかかる。それぞれの手には金属バットが握られており、後頭部に直撃すれば青年の意識が刈り取られるであろう事は確実であった。
しかも、青年は襟首を掴まれた事で注意力が削がれてしまったのか、背後から近づく男達に気付いている様子は無い。
(おいおい…。普通に危ねぇだろ。)
流石に見兼ねた龍人は、争いごとに巻き込まれるのは嫌ではあるが、金属バットの攻撃を止めに掛かる。
ニーナとエレクに大々的に魔法を使う事を禁じられている為、使える魔法は無詠唱魔法のみ。身体能力の強化を施し、振り下ろされる金属バットに向けて横から蹴りを放つ。
「ぐっ…!なんだてめぇは!?」
バットを横から弾かれた金属バットの男は、龍人に向けてガンをくれる。
「なんだって言われてもな…。背後から不意打ちとか卑怯にも程があんだろ。せめて正々堂々と袋叩きとかにしろって。」
「いやいや!それはそれで物騒なんですな!」
黒髪の青年がツッコミを入れてくるが、龍人には取り合うつもりは無い。そもそも、ヤクザ風の男の仲間が不意打ちという卑怯な真似をしようとしたのを見て、思わず手を出してしまっただけなのだ。ニーナに厄介事に首を突っ込ま無いように言われた以上、これ以上関わるつもりは毛頭なかった。
…のだが、周りにいる金属バットを持った男達に龍人を見逃すつもりは無いらしく、殺気が四方から送られてくる。
(…こりゃあ完全にやっちまったかな。トラブルに巻き込まれやすいっていうレイラの感想も…強ち間違ってないかも。俺に自覚が無かっただけなんかねぇ。)
呑気に考えている龍人の横で、赤髪の男が笑みを浮かべる。
「ははっ!まさかこの俺を助けんのに2人も知ら無い奴が来てくれるなんてな!こうなりゃこのヤクザ擬き達を見逃す理由はないか。…ぶっ飛ばすか!」
ついさっきまでは戦うつもりは更々ない様子だったのだが…。表情がイキイキとしているのを見ると、こちらの方が本性なのだろう。
「いいですな!俺…こういう卑怯な奴らは嫌いなんですな!」
黒髪短髪の青年も赤髪の言葉に同意を示し始める。
(おいおい…。2人がそんな事言ったら俺の意見とか無視で話が進みそうじゃん!)
「ほぉーそうか。じゃあ餓鬼3人に大人の怖さってのを教えてやるよ!ついでに社会勉強もさせてやる。2度と大人に歯向かう気が起きなくなるくらいによぉ!」
ヤクザ風の男の合図で、金属バットを持った男達が同時に動き出した。
(マジか…。魔法陣魔法が使えないから、無詠唱しかないよな。多分、物理壁とかも使えなさそうだから…使えるのは強化系のみか。龍劔と夢幻も取り出してないから使えないし。魔法が使えないってかなり厳しいじゃん!)
襲い掛かるのは金属バットを持った男達。対する龍人と名前も知らぬ男2人は丸腰。武器を持った相手に素手で戦うのは不利だが、そもそも首を突っ込んでしまった自分がいけないのだ。
(はぁ…。ま、やるしか無いな!)
気持ちを切り替えた龍人は、振り下ろされるバットを避けるべく行動を開始した。




