13-3-5.ガンズハンズ
ベルーグに連れられてきたガンズハンズの店奥には1丁の銃がガラスケースに入れられていた。長い銃身にスコープの様なものが付いているので、恐らくはスナイパーライフル系の銃だろう。
ガラスケースの前に立ったベルーグは、目線を銃に向けたまま遼に声を掛ける。
「これを見てみろ。」
「?…はい。」
遼は言われた通りにベルーグの横からガラスケースを覗く。
「…これって、この銃に彫られてるのも刻印ですよね?」
「あぁ。お前の銃にも刻印があるんだろ。」
「はい。この銃よりも複雑な刻印ですけど。」
「…この刻印というのは特別な武器にのみ刻まれるものだ。この世界に1つしか無い武器達には、意思がある。その武器が所有者と認めた者の名前の頭文字がアルファベットで刻まれるのが通例だ。」
「って事は、このスナイパーライフルに刻まれている刻印はベルーグのBって事ですよね。」
「そうだ。ブロック体でBなら分かり易いんだが、かなり崩した筆記体だから分かり分かり辛くなっている。」
「そっか…そうなると、俺の銃にもRが彫られてるって事か…。」
「基本はそうなるな。見せてみろ。」
「はい。」
遼はレヴィアタン、ルシファーの双銃を取り出すとベルーグに手渡す。
ベルーグは銃全体を念入りにチェックし、其々の操縦に彫られた刻印を見ると眉を顰めた。
「これは…幾つかの刻印が重なって彫られているな。」
「どれが何かとか分かりますか?」
「いや、これでは判別が難しい。ただ…そう言えば名前を聞いてなかったな。」
「あ、藤崎遼です。」
「遼か。なら、Rが刻まれているのはほぼ確実だろう。ただ…同じ文字でも武器によって字体が変わるから、どこの部分がRだと特定するのは少し厳しいがな。」
名前も聞かずに店奥のガラスケースに入れている銃を見せるとは、不用心な気もするが…それだけエレクの名前に対する信頼が高いのだろう。
そして、未だ不明瞭ではあるが…それでもRの文字が刻まれているという情報は大きいものだった。
「あの…刻印って所有者を表すだけですか?前に光って、いつもと違う属性が使えたような事があったのですが。」
遼が言っているのは、街魔通りに魔獣が現れた事件の際、急にレヴィアタンに彫られた刻印の一部が光った事についてだ。遼はほとんど無意識で使っていたのだが、後から思い返したのと火乃花から聞いた話を考えると…属性【水】に類する属性魔法を使っていた事は間違いが無い事実である。
この遼の質問に対し、ベルーグは明快な答えを返した。
「刻印というのはアイテムの所有者を表すものだが、同時にそのアイテムの能力を解放する為の鍵にもなっている。それを刻印解放と呼ぶ。もしかして…刻印解放を使えないのか?」
「…はい。刻印解放の存在を今知りました。」
「そうか…通常であれば、所有者と認められて刻印が刻まれる時に解放の条件が頭に浮かんでくるんだが。それすらも覚えてないか?」
「そうですね…。全く覚えて無いです。」
「そうなるとお前が本当に所有者なのかが疑問に…いや、以前に刻印が光ったと言っていたか。遼…お前…記憶喪失になった事はあるか?」
「いえ、それも無いです。」
「だとしたら考えられるのは1つだ。お前は記憶を失った自覚が無い。つまり、失った記憶が別の記憶で補完されている可能性だ。」
頭を鈍器で殴られた様な衝撃が全身を駆け巡る。それもその筈。ベルーグが言っている事は、刻印に関する目線から推測すればほぼ間違いが無いのだから。
自分が記憶を失い、その記憶部分を別の記憶で補完している…いや、補完されているというのは、どうにも受け入れ難い事実であった。
(いや…そもそも失ったじゃなくて、失わされたって可能性もあるよね。…人為的な何かが……?)
ベルーグは遼の表情が瞬間翳ったのを見て、何を考えているのかを理解する。だが、決してフォローをする事はしなかった。何故なら…遼が予想している事は真実である可能性が高く、それを否定する事は…遼が真実を突き止める妨げになると判断したからだ。
それと同時に、ベルーグはエレクが刻印について遼が尋ねた時点でここまで予測をしていたのだろうと思う。
(自分で言わないで、わざわざ俺の所まで来させるってのもまた憎い奴だ。)
このまま会話が止まってしまってはどうにもなら無いので、ベルーグは遼に声を掛けた。
「まぁ…あれだ。俺は刻印解放の条件を再確認する方法を知っている。本当は簡単に教えたりはしないんだが、エレクの紹介なのであれば教えるべきなのだろう。」
「本当ですか!?」
身を乗り出す様にして食いついた遼に驚き、苦笑を浮かべながらもベルーグは遼に刻印について教える事を決心する。謎多き刻印を持つ双銃と出逢い、柄にもなく久々に心が躍っているのだ。
「まずは…店を閉めるか。刻印の力を解放出来るまで毎日通ってもらう事になるぞ?」
「あ、はい!基本的に自由なので大丈夫です!」
「そうか。では…奥の部屋で待ってろ。」
遼に待機を命じたベルーグは、客が来ない様に店を閉める作業に取り掛かったのだった。
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とある人物が居た。この物語で名前すら登場しないであろうその人物は、機械街の機械塔に勤める1公務員だ。
彼の日常は至って単調だ。毎朝8時に機械塔に出社。20Fの税務課に出社後、パソコンに向かって事務処理を延々と続ける。事務処理能力が高い事で評判が高い彼は、通常の人の2倍の処理速度を誇る。12時きっかりにパソコンを休止モードにし、2Fの食堂に移動。その日毎に食べたいと思ったメニューを頼み、舌鼓を打つ。13時にはパソコンの前に戻る。休止モードを解除したパソコンのキーボードを叩き、各課から送られてくる報告書の纏め作業に取り掛かる。そして、17時にはきっかり帰宅する。
こんな単調ではあるが規則正しい生活を送る彼の日常は、とある日から少しだけ変化する事となる。
8時に出社した時、いつもは受付嬢しかいないロビーに赤い髪の女性が座っていた。端正な顔立ちにサラサラの赤髪は、見る者を惹き付ける魅力を備えていた。だが、それだけだ。そこで声を掛けるほどの勇気は彼には無かった。
その翌日、所用で40Fの訓練室の一室を訪れることになった彼は、中にいる人物に承認のサインを貰って部屋を出た。ここで…何故だろうか。ふと赤髪の女性を思い出した。どこか不機嫌そうな顔でロビーに座っていたその女性は、それ以降見掛けていない。ただの来客だったのか…それとも彼の行動範囲外にいるからなのか。
だが、どれだけ考えた所で仲良くなれるわけもなく、見掛けたとしても声をかける事が出来るわけでもない。
ほんのりと一目惚れのような恋心が心の奥底で燻っているのは、本人は気づいていないが間違いの無い事実であった。
このまま、赤髪の女性に会わなければ彼にとって良い思い出の1つになった事だろう。だが…運命というのはそんなに優しいものではない。
税務課の彼が40Fからエレベーターで移動しようとした時だった。ドォォンという音ともに建物が揺れた。
テロ…闇社会の勢力による攻撃かと焦るが…後ろを見てみれば、ついさっき訪れたのとは別の部屋のドアが吹き飛んでいた。
訓練室のドアは、その名の通り訓練をするために作られている。つまり、それなりの強度を誇っている筈なのだが…。それを壊すとなると、相当な実力の持ち主が中にいる事になる。それこそ街主エレク=アイアンのような屈強な男が。
カツカツと部屋の中から音が聞こえる。彼は予想通りの人物が出てくるのだろうと、吹き飛んだ入口を眺めていた。だが…出てきたのは数日前にロビーに座っていた赤髪の女性だった。
ロビーにいた時よりも明らかに不機嫌そうな表情に、彼の中の警報が最大音量で鳴り響く。下手な事を言えば、即殺されてしまいそうな感覚が全身を襲う。
当然、エレベーターの前に呆然と立ち尽くす彼に赤髪の女性に気付かないわけもなく…。
「何よ?…あぁこれ?ちょっと制御が上手くいかなくて壊れちゃったのよね。これで3度目位かしら。担当者に言ってくれないかしら。ケチってないで、1番強固なドアと壁にして欲しいって。」
赤髪の女性は威嚇をしているつもりは一切無かった。だが、彼には猛獣の前に放り出された芋虫の様に感じたという。丁度後ろで開いたエレベーターに飛び乗った彼は、マイホームとも言える税務課がある20Fのボタンを連打し、閉まるボタンを連打したのだった。明らかに怯えた態度に赤髪の女性は睨み付けるが、ドアが閉まると同時に溜息を吐くと訓練室の中に戻っていった。彼女にとって、彼との出会いはその程度でしか無かった。
だが、エレベーターの中で震える彼は、迫り来るかもしれない恐怖に震えていたという。そして、自分には、それ相応のレベルの女性が相応しい…と何度も自分に言い聞かせ、背伸びはしないと心に固く誓ったという。




