13-3-3.機械塔
お辞儀をして第8魔導師団を迎えた女性が顔を上げる。その動作で胸が揺れる程のナイスバディだが、顔は童顔と言って差し支えがない造形をしていた。目鼻立ちがくっきりとしていながらも童顔なので、好みな男性が多そうなタイプの女性と評しても良いかもしれ無い。
「私はニーナ=クリステルと申します。今回、私達機械街からの要請に応え、魔法街から越しいただいた第8魔導師団の皆さんの世話役の任を与えられました。よろしくお願いしますね。あ、本職は街主であるエレク=アイアンの秘書を務めています。」
「街主って機械街のトップよね?そんな人の秘書が私達の世話役をしていて大丈夫なの?」
火乃花の疑問は最もである。機械街のトップとなれば、様々な仕事を抱えているはず。それらの仕事を効率良く進めるためには、秘書の存在は欠かせ無い筈なのだ。
「それがですね…私もそう申し上げたんですが…。『問題無い』のひと言で片付けられちゃったんです。あそこ迄キッパリ言われちゃうと、秘書としての存在意義を疑っちゃいますよね。」
頬に片手を当てて溜息を吐く姿は、悩める秘書そのものであった。龍人と遼が自然と可愛いと思ってしまったのも無理がないと言える。
「あ、そんな事を話している場合じゃ無かったですね。まずは、先の話題にも出ましたエレクさんの所にご案内しますね。そこで今回の依頼に関する詳細な話をエレクさんからして頂けるかと思います。では、こちらへどうぞ。」
ニーナはニッコリと笑うと龍人達を案内して歩き始めた。道中、自己紹介を挟みつつ聞いた話は以下の通り。
機械街の中心都市アパラタスの中心に聳え立つ50階建ての高層ビル…機械塔。それが今龍人達がいる建物の名前らしい。行政機関などが集まっている為、様々な面に於いて中心的役割を果たす重要な建物と言える。
龍人達転送されてきたのは48階にある転送課で、これから向かうのは50階…つまり最上階である。
因みに1階が受付、ロビー。2階には食堂もあるので、時間がある時に好きに利用をして良いとの事だった。
エレベーターで最上階に上がった龍人達を連れて歩くニーナはドアの前で立ち止まると、龍人達4人の方を振り向く。
「この先が4機肢の間…街主と4人の側近、4機肢と呼ばれる5人が集まる部屋です。ただ、本日は街主しか居ないと思いますが…。では、中に入りましょう。」
ニーナに続いて中に入ると、部屋の奥に腰掛ける1人の姿があった。
ある程度の距離まで近付いた所でニーナが足を止め、龍人達もそれに倣う。
「エレクさん。魔法街の第8魔導師団の方々をお連れしました。」
「御苦労。」
ひと言発しただけなのに、その場の雰囲気を掌握したかの様な存在感に思わず唾を飲み込んでしまう。
その存在感は外見も大きく影響していると言えた。
エレク=アイアンはフルプレートアーマーをガッチリ着込んでおり、顔すら兜に覆われて見る事が出来なかった。体格は歴戦の闘士の様にガッチリとしており、座っているのでハッキリとは言えないが…身長も相当高い事が窺える。また、フルプレートアーマーは銀…では無く、錆びた黒の様な色合いで、それがまた存在感を際立たせるのにひと役買っていた。
エレクの存在感に圧倒されていた龍人の脇を小突くニーナ。そこで龍人は自己紹介をしていない事にやっと気付き、慌てて口を開いた。
「えっと…初めまして。第8魔導師団の高嶺龍人だ。」
「私は霧崎火乃花よ。」
「俺は…藤崎遼です。」
「私はレイラ=クリストファーです。よろしくお願いします。」
初対面で敬語を使おうとしない龍人と火乃花にニーナがハラハラした表情を見せるが、エレクはさして気にした様子を見せなかった。
「成る程。あのヘヴィーが選んだだけの事はある。この場に於いて怖じ気付かないその精神力。中々のものだ。ニーナ、注意事項を伝えよ。」
「あら。私からお伝えして良いのですか?」
「頼む。」
「分かりました。」
エレク自身から話をされると思っていたニーナは意外そうな顔をしたが、直ぐに表情を切り替えてエレクに言われた注意事項の説明に入る。
「まず、第8魔導師団の皆さんに理解してもらいたいのが、機械街はその名前の通り…機械が主流の街です。魔法が主流ではありません。使える者の方が少数なんです。更に、魔法を使いこなせる者は有名人と言っても差し支えないレベルで顔が広まっています。そんな状況であなた達が公の場で魔法を使ったら、ほぼ確実に他の星から来たと推測されてしまいます。闇社会、天地…どちらのメンバーにも存在を知られないようにするには、基本的に魔法を使わないのが1番です。」
「ちょっと…それって戦う時に魔法をメインで使う私達に…不利過ぎないかしら?」
「えぇ。ですから基本的に…です。魔法街の皆さんが戦闘に於いて魔法を主軸としているのは分かっています。なので、基本的には魔法を使わないスタンスでお願いします。本格的な戦闘等のやむを得ない場合のみ使用して頂ければと。皆さんの安全の為です。ご理解下さい。」
ニーナの言う内容は決して間違ったものではない。火乃花は渋々…ではあるが首を縦に振る。ここで遼が手を上げた。
「あの、属性魔法とかじゃなくて無詠唱魔法…例えば身体能力強化とかも使わない方が良いんですか?」
「そうですね…明らかに人間の域を超えた動きをすると、何かをしていると勘繰られますが…。いえ、大丈夫でしょう。ギミックを仕込んで物凄い動きをする人々もいるので、属性魔法を使うよりは遥かに良いかと思います。まぁ使わないに越した事はありませんが…。」
「なるほど…。分かりました。もう1つ質問良いですか?」
「えぇ。どうぞ。」
「えっと…俺の武器についてなんですけど。」
そう言うと遼は双銃を取り出してニーナとエレクに見せる。
「この双銃は実弾じゃなくて魔弾を発射するんですけど…機械街にも同じタイプの銃ってあります?」
遼の双銃を見ていたエレクがわずかに体を動かす。
「その銃…刻印があるのか。……魔弾を使うのは大して問題にはならないだろう。機械街に銃を使う者は多い。微量な魔力を持つ者も切札として魔弾を使う事がある。ニーナ、遼にあの店を紹介してやれ。」
「あの店というと…銃を扱うあの店の事ですか?」
「そうだ。遼よ…その銃が秘めた力を知りたければ、ニーナが言う店に行くが良い。きっとヒントを得る事が出来るだろう。」
「え…ヒントって何ですか?そもそもこの銃について…いや、刻印について何か知ってるんですか?」
「行けば分かる。」
「う…。」
これ以上話す気は無いという雰囲気を全身から出すエレク。元々押しが強くない遼はその雰囲気に負けてしまった。
行けば分かると言うのだから、行けば分かるのだろうと半ば強制的に自分自身を納得させて…ではあるが。
ここでニーナが再び口を開く。
「注意事項に戻りますね?」
エレク以外の全員が首肯する。エレクは不動の置物のように動かない。ニーナはエレクのその反応を気にする事なく説明を始めた。恐らくいつもの事なのだろう…と推察される。
「その他の注意事項になるので、遵守事項では無いのですが…。まず、ここアパラタスは表通りは比較的治安が良いと言えますが、路地裏に入ると様子が一変します。出来る限り表通りを使うようにして下さい。また、アパラタスの東側にはスラム地区かあります。要は貧困層が集まっている地区なのですが…。ここは機械街の法律が適用されない地区です。何かあった時に助ける事が難しい状況も過去に多々ありましたので、基本的に立ち入らないようにご注意をお願いします。」
この説明に対しては突っ込みどころが特に無かった為、龍人達は大人しく話を聞いていた。
「続いてこの腕輪をお渡しします。これは通信用の腕輪です。液晶部分で通信相手を選んで話す事ができます。特徴として、腕輪から発せられる声は装着者にしか聞こえません。但し腕輪に話し掛ける声や周囲の音は高精度で拾うようになっています。今回の皆さんへの依頼は、この機械塔の護衛です。とは言っても、建物の中にずっと缶詰め状態では気が滅入ってしまうと思うので、基本は自由に行動して頂いて構いません。何かあればその通信機を使って連絡しますね。また、私…もしくはエレクさんからの指示には基本的に従って頂く方向でお願いします。」
そう説明しながら配られた腕輪を装着する4人。全員が腕輪を付けた姿を見たレイラが「へへ。」と笑う。
「皆でお揃いってなんかイイね。」
嬉しそうに笑うレイラを見たニーナは微笑んでいた。
「レイラさんは可愛いですね。とても女の子らしくて羨ましいです。」
「えっ…?私なんてまだまだです。ニーナさんの方がスタイルもイイし顔も可愛いし…私より全然魅力的だと思います。」
「ふふ…ありがとう。」
レイラに褒められて照れたのか、ほんのりと頬が上気するニーナであった。
「…俺から伝えたい事は以上だ。お前達4人には其々個室を用意した。ニーナ、案内を頼む。」
「畏まりました。それでは皆さんこちらから案内します。」
ニーナに案内されて部屋から出て行く龍人達を微動だせずに見送ったエレクは、部屋のドアが閉まると小さく息を吐いた。
(第8魔導師団…面白い面子が揃っている。高嶺龍人は異質な魔力、藤崎遼は刻印入りの銃、霧崎火乃花は純粋な戦闘力、レイラ=クリストファーは異質というか…不思議な魔力を備えている。本人達が気付いているかは分からないが、今回の件ではかなり役に立つな。)
フルフェイスの兜の奥で薄っすらと笑みを浮かべるエレクは、ゆっくりと立ち上がると窓からアパラタスを見下ろす。
(クレジ…お前の陰謀…かならず阻止しよう。)
眼下では車や電車が行き交い、忙しく働く人々が路上を歩いている。
街主としての責任。それを果たす為にエレクは決心を新たにするのであった。




