13-2-14.禁区探索終了
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龍人が谷底の入り口に向けて戻り始めたのと同時刻。その谷底の入口では熾烈な闘いが繰り広げられていた。演者はケルベロス希少種、ルーベン、カイゼだ。
ルーベンが慚龍の黒剣と共に闇魔法を放ち、カイゼがそれに合わせて【炎冷雷】の3属性を巧みに駆使して追撃を放つ。対するケルベロス希少種は頭が属性【炎】、尾が属性【風】、鬣から生える蛇が属性【闇】を操って絶え間無く放たれる攻撃を防いでいた。
それどころか、ケルベロス希少種が緻密な魔法操作を積み重ねる事でルーベンとカイゼは少しずつ、だが確実に傷を増やしていた。
ルーベンが慚龍剣【大断閃】を弾かれてケルベロス希少種から距離を取った所で、カイゼはルーベンの近くに移動して声を掛ける。
「ルーベン!このままだと負ける!」
「わーってらぁ!流石は希少種…原種とは訳が違うぜ。俺が使える攻撃の中で比較的威力が高いのを悉く防がれるとはな。」
「どーする!?逃げる!?」
「なーに言ってんだ。勝負はまだこれからだ。こっから本気で行くぜ。」
ルーベンの全身から強力な魔力圧が発せられ、黒い鎧の隙間から闇が漏れ出す。そして、鎧がギチギチと音を立て始めた。
ふと、ケルベロス希少種は谷底の奥へ視線を送る。じっと奥を見つめた後、ケルベロス希少種はゆっくりとルーベン達の方を振り向いた。なんと…振り向く前までケルベロス希少種から発せられていた肌を焦がすような闘志が消え去っていた。
「どうやらあなた達と戦う理由が無くなった様です。これからもう少し楽しくなりそうなので残念ですが…。最早、私がこれ以上此処に居る必要性がありません。この先の谷底へ行きたいというのなら、行くと良いでしょう。」
もう戦う気は一切ないと言う風に静かに話すケルベロス希少種。だが、そんな事でルーベンが引き下がる訳も無かった。
「あ?な~に甘い事言ってんだ。俺はお前を倒すためにわざわざこの禁区まで来てんだ!お前に戦う理由が無くても俺にはある!」
ルーベンの全身から一気に闇が広がる。それは体全てを覆い尽くす勢いで鎧の隙間から漏れ、黒い姿を更に漆黒へと変化させていく。
そんなやる気満々のルーベンに対してケルベロス希少種は小さく溜息を吐いた。
「この私相手に臆さないのは流石…と褒めるべきでしょうが、空気を読めないのは如何ともし難いものですね。引く気がないのなら、強制的にこの場から去らせてもらいましょう。」
ケルベロス希少種の3つ頭がガバッと口を開けると、鬣の蛇と同時に炎と闇を吐き出す。それらは広がって辺り一帯を呑み込んでいき…闇の黒が合わさる事で目眩ましの効果も生み出していた。
「はん!こんなんで逃げられると思うなよ!カイゼ、畳み掛けるぞ!慚龍剣【大断閃】!」
ルーベンは黒の鎧の隙間から闇を漏らした状態のまま固有技を放ち、炎と闇の目眩ましを横一閃に斬り裂く。
「任せとけって!」
カイゼは強力な冷気の膜を放ち、炎の勢いを弱めに掛かる。更に稲妻をケルベロスが居るであろう場所に向けて乱射した。
稲妻の着弾によって地鳴りが辺りに響き渡り、炎と闇の目眩ましも少しずつ晴れていく。目眩ましを放たれてから10秒後には炎と闇はルーベンとカイゼによって掻き消されていた。だが…。
「…マジか。最初から最後まで子供みたいに扱われただけじゃねぇか。」
そうルーベンが呟いた通り、ケルベロス希少種の姿は既に消え去っていた。カイゼは短刀を持った両手を頭の後ろで組むとへへっと笑った。
「いやー、まだまだ実力が足りないって事だね!全然歯が立たなかったよ!」
「カイゼ…お前はそうかも知れねぇが、俺はまだまだこれから本気を出す所だったんだけどな。…にしても去り際のセリフ。俺たちをここに足止めするのが目的だったようにしか見えねぇな。何がどうなってんだかサッパリわかんねぇわ。」
「ま、深く考えてもしょうがないっ。逃げられたのだって俺たちの実力が足りなかっただけだしさ。本気を出せなかったのなら、そのタイミングを見極める力が足りなかったって事でしょ?変に勘繰るよりも、強くなる事に集中しよう!」
「…ははっ。ホントお前さんは強くなる事に対して前向きだな。変に勘繰ってる自分が馬鹿馬鹿しくなってくるぜ。…ん?ちっと待て…仲間からの通信だな。…おう。……そうか、こっちも同じ感じだ。あぁ…まぁそうだな。次遭遇した時に向けてだ…あぁ、じゃあ転送塔で。」
通信を終えたルーベンは微妙に複雑そうな顔でカイゼの方を向いた。
「ケルベロス希少種が逃げたのと殆ど同じタイミングで、ケルベロス3頭も逃げ出したらしい。完全に俺たちの負けだな。」
「世界は広い!やっぱ強いやつに挑戦すんのはやめらんないね!」
「なんでそうポジティブになれるかねぇ…。」
ケルベロス希少種という激レアな魔獣を逃したのにも関わらず、ルーベンとカイゼは比較的賑やかに転送塔への帰路に着く。恐らくルーベンは心の中でかなり悔しがってはいるのだろうが、只管に前向きなカイゼに引っ張られて賑やかな雰囲気になっている。
2人が転送頭に向けて移動を開始してから10分後だろうか、谷底から出てきた龍人は谷底入口周辺に刻まれた闘いの跡を見て首をかしげるのだった。
(ん?これって、ケルベロス希少種と誰かが戦った跡だよな。俺の事は見逃したのに、他の誰かは見逃さなかったのか?…ま、深く考えてもしゃーないか。)
相変わらず気軽な龍人は深く詮索せずに、転送塔への道を急ぐ。流石に1人で禁区探索をするのにはもう懲り懲りなのであった。
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所変わり…魔法街南区の北にある魔法協会南区支部。教会の様な外観にステンドグラスが特徴的なこの建物の2Fにある図書館。ここで藤崎遼は本を山積みにして調べ物をしていた。
目的は双銃について少しでも知識を得る事だ。街立魔法学院教師のキタルですら殆ど何の情報も入手出来ていないので、自分で調べても何かが分かる可能性は低いのだが…それでも調べる事を選んだ遼である。
その動機として、街魔通りで起きた魔獣事件の際にレヴィアタンが蒼く光り、属性【水】の様な魔法を使えた事が挙げられる。それ以降、どんなに練習をしても遼が属性【重】以外を使える事はなかった。
しかし、遼の頬から流れ落ちた涙がレヴィアタンに落ちた時に、何かしらの力が働いたであろう事は確実。ただ、それが何なのかが全く分からないのだ。
レヴィアタンが光り輝いた時に頭に響いた姉の言葉…「遼。忘れないでね。あなたに渡したこの双銃は、あなたを絶対に護るから。その為に、私の力も込めたんだから。この刻印がその印よ。この刻印がある限り、私はあなたの傍に必ずいるわ。」…この言葉から推測するに、遼の姉である藤崎茜の力が刻印になっているであろう事は想像が出来る。しかし、その力が何なのか。そして力の証として刻印があったとして、それをどう扱えば良いのか。断片的な情報では正確に全体像を捉えるのはほぼ不可能であった。
だからこそ、双銃についての基本知識から調べる事にしたのだ。
白い銃のルシファー。蒼い銃のレヴィアタン。其々の銃に付いている名前を元に様々な文献を調べたのだが、分かるのはルシファーという天使、レヴィアタンという怪物に関する歴史的な情報のみ。どれだけ調べても刻印との関連を見つける事は出来なかった。
だが、ルシファーは堕天使…悪魔。レヴィアタンは海、または水を司る者。これらから想像できるのは、ルシファーは属性【光or闇】。レヴィアタンは属性【水】では無いか?という事だ。
どちらの銃も堕天使や怪物の名を冠する武器だと考えると、何故かテンションが少し下がってしまう遼である。
図書館で見つけられる最後の本を閉じた遼は大きく伸びをする。
(いやぁー。全然見つからなかったね。ルシファーとレヴィアタンについての知識も必要だけど、やっぱり刻印が重要な気がするよね。…まだまだ謎ばっかだなぁ。)
自分の力が謎に包まれているのは、遼としては複雑な気持ちであった。火乃花のように極属性【焔】という分かりやすい属性でありたかったと、多少は思わなくも無い。
何よりも属性【引力】しか使えない事で仲間の足を引っ張るのが怖いのだが…。自分で調べても何もわから無い以上、今使える属性と技術を最大限に発揮するしか残された道は無いのだ。
(魔導師団として任務に行くこともあるだろうし…しっかりと覚悟を決めなきゃだよね。)
静かな図書館の中で、静かに決心をする遼であった。
因みに、1人で頻りに頷きながら上記の事を考えていた為…周りの人々から「何か変わった人がいる」なんて思われていたのは本人には内緒である。
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魔法街南区、霧崎家豪邸。
この豪邸に設置された特訓部屋では火乃花と、その父である火日人が向き合っていた。
この特訓部屋は霧崎家の者が特訓をする為だけに作られた部屋である。極属性を維持する為に、同じ属性の者を選んで代々結婚を繰り返してきた霧崎家は、極属性【炎】を最低でも使う事が出来る。言ってしまえば極属性【炎】が戦いのメインになるのは、家柄として当然。
つまり、炎魔法使う事を前提とした部屋なのだ。部屋の隅8カ所に設置された属性クリスタル【焔】が連動し、遮断壁【焔】を発動するこの部屋は…霧崎家の者が全力で魔法の練習をするのに何の躊躇も要らない環境を作り上げていた。
火乃花は額から顎へ伝う汗を拭うと乱れた息を整えようと呼吸の速度を少しずつゆっくりにしていく。そんな火乃花の様子を見て火日人は肩を竦めるばかり。
「火乃花、そんな程度では習得するのは難しいぞ?この私でも初めて習得する時にはひと月は掛かったんだ。そんな簡単じゃないんだ。」
「…分かっています。年明けから練習を始めてもう4ヶ月位でまだ習得出来ないのは…流石にセンスがないのかって自信がなくなってきます。」
弱音を吐く火乃花の言葉に火日人は頭を振る。
「分かってないな。いいか?固有技ってのはな、どれだけその攻撃方法を習熟させるかだ。だからこそ、技名を言うだけで発動が出来る。今のお前に足りないのは、1回1回をどれだけ集中し…発動過程を理解する事だ。無闇に何度も使っていても進化などあり得ない。」
「毎回毎回発動過程も意識してるし、手なんか抜いていません。」
「…発動過程を意識して、その先に何を得ようとしているかが大事なんだよ。火乃花。お前は極属性の家系に生まれ、魔法や戦闘に於ける才能にも恵まれている。だが、今のお前を見ているとその才能が邪魔をしているようだな。ある程度まで強くなるのなら才能だけで十分だ。本当に強くなりたいのなら、明確な目的を持ち、弛まぬ努力が必要だ。」
「…分かってます。そうじゃなきゃお父様に教えて欲しいなんて言いません。」
「ならば…休みたいとは言わないよな?」
「勿論です。まだまだ続けます。今は休んでいる時間が惜しい位です。」
「ならば…続けようか。だが、このまま同じ方法でやっていても埒が明かない気がするな。…少しやり方を変えてみようか。」
「はい。お願いします。」
気を引き締めた火乃花の顔を見た火日人は、火乃花にバレない様にほんの少し頬を緩める。
今まで自分を比較的嫌っていたと思っていた娘が、自分を頼り…強くなろうとしている姿は微笑ましいものだったのだ。
(だが、強くなるのは簡単ではない。頼られたのなら、しっかりと応えなければいけないな。)
「よし…では、発動するまでの魔力の流れを正確に把握していくか。」
「はい。」
この後、深夜遅くまで火乃花と火日人の練習は続いたという。




