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Colony  作者: Scherz
第五章 機械街 立ち向かう者
713/994

13-2-11.風を司る魔獣



 死化粧山の谷底で龍人の前に現れた魔獣。それは魔獣の中でも特に遭遇する事が極めて稀な存在であった。

 蛇の様に長く黒い体はとぐろを巻く様に曲がりくねり、背には刃の様な背鰭が縦一列に並ぶ。体から生える4つのクリーム色の羽根は、まるで天使を想像させるかのように柔らかそうな羽毛が包み込む。頭と下顎からは2本の角が生え、鋭い眼光はエメラルドに輝いていた。頭から生える角周辺からは、羽根と同じ色の毛が伸び…それが神秘的な雰囲気を纏わせる。さらに特徴的なのは、体の所々に金色の鎧が装着されている事だろう。

 この巨大な魔獣をひと言で表すのならば…龍。魔獣のランクを表す上位種の中でも、稀有な存在だ。

 龍の口から薄く息が吐き出され、それに呼応するかの様に辺りの空気が蠢く。龍人を真っ直ぐ見つめるエメラルドの双眸は、心の中まで覗かれてしまう危機感すら感じさせるものであった。

 おもむろに龍の口が開かれる。


「ここまで来たという事は、お前…龍の系譜に連なるものか?」


 また《龍の系譜》である。異なる上位種から言われたとあっては、どうしてもその言葉の真実を突き止めたくなってしまう。だが、相手は恐らく龍人1人では敵わない上位種。言葉は慎重に選ぶ必要があった。


「その龍の系譜っての…フェンリルにも言われたんだよな。一体何なんだ?」

「ほぅ…お前自身は知らないか。そしてフェンリルに会った事があるのか。しかもその口振り…戦って龍の系譜と見抜かれたか。」

「…?龍の系譜ってのは、戦うとそうだって分かるのか?」

「ふむ。どうやら本当に知らない様だな。…ならば、この俺が戦いの中で教えてやろう。どちらにせよ、ここにきた時点でお前が俺と戦うのは決まっているのだからな。」

「どういう事だ…?」

「それも戦えば自ずと理解するだろう。先ずは…全力で来い。」


 フェンリルと同じ「全力で来い」の言葉。果たしてこの言葉が意味するものが、その言葉通りのものなのかが龍人には判別がつかない。


(だけど…。手を抜いたら一瞬で負ける気がする。なら…。)

「1つ確認したいんだけど、いいか?」

「なんだ?」

「俺、本気で戦う姿を出来るだけ他人に見られたくないんだ。ここ、他に誰かが来る可能性は無いのか?」

「…そんな事か。それならば、この谷底へ続く道を進もうとした者はケルベロス希少種が止める。上には不可視の結界が張ってある。周りの目など気にせずに思い切り戦って貰って構わない。この俺がその程度の配慮をしていないと思ったか?」

「…いや、念の為の確認だ。じゃ…最初から全力でいかせてもらう。」


 戦うと堂々と言い切った龍人だが、本音は不安しか無かった。目の前にいる存在に対して、自分という存在がどれだけちっぽけな存在であるのかは…相対した瞬間に本能が察知していた。

 一瞬の油断が生むのは…死。ならば、油断をしない他の選択肢は無い。

 覚悟を決める時が来たのだろう。龍人は展開した魔法陣から龍劔を取り出す。展開型魔法陣を見た龍がピクリと小さな反応を示すが、龍人はその変化には気づかなかった。


「よし…。行くぞ。…あ、俺は高嶺龍人だ。」

「この状況で名乗るか。面白い。俺は風龍。龍人とやら…来い!」


 蠢いていた空気が意思を持ったかの様に動き始めた。微風は強風…暴風へと変化する。吹き荒れる風の中、風龍のエメラルドの輝きが増していく。


(はは…マジで半端ねぇ。)


 魔力圧の凄さに思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう龍人は、それでも攻撃すべく魔法陣を展開、分解、構築によって巨大な魔法陣を完成させていく。


(…構築型魔法陣。成る程。フェンリルが見逃す訳だ。それにあの武器は龍劔か?本物なら奴が龍の系譜である事は間違いないか。面白いじゃないか。どれだけ強いのか楽しみだな。)


 風龍は4枚の羽をバサっと広げると、風の刃を龍人に向けて放つ。荒れ狂う風刃が両側の岩壁を削りながら龍人に迫る。

 対する龍人も完成した魔法陣を発動していた。生み出されるのは直径30cm程度の炎が付与された岩。それは龍人の周りに大量に出現し、続いて竜巻が発生して岩を高速回転させていく。


「…いけ!」


 燃え盛る岩群が放たれ、風刃群と激突する。

 まず初激の攻防。龍人の見立ててでは、ほぼ互角と踏んでいた。魔剣術を叩き込むべく、2つの魔法が鬩ぎ合っている間に風龍へ接近していく。


「…なっ!?」


 だが、自身の読みが甘かった事をすぐに痛感する事になってしまう。龍人の放った岩群は風龍の風刃にいとも簡単に砕かれ、散っていったのだ。

 ただの風刃に3属性の複合魔法が破られた事実に驚愕を隠せ無い龍人は、咄嗟に魔法障壁を張って身を守る。

 ドドドドドドド!という爆音が着弾と共に響き渡り、魔法障壁に瞬く間に亀裂が入っていく。


(まだ…まだだ!)


 このままでは数秒も保たずに魔法障壁が砕け散るのは確実。龍人は直ぐに構築型魔法陣により遮断壁【風】を魔法障壁の内側に展開する。その直後、魔法障壁は粉々に砕け散り…遮断壁【風】に風刃が着弾する。


(これで風刃は防げる…。なら、次に一点突破型の魔法で……え?)


 次の作戦を頭の中で組み立てていた龍人の耳に飛び込んできたのは…遮断壁に亀裂が入る音だった。

 普通なら有り得ない現象である。遮断壁は対象とした属性を完全に遮断するもの。それ自体の発動にそこそこの魔力を必要とするため、対象属性に対して遮断力のキャパ越えが起きるはずは無いのだ。

 それがあるとするなら…違う属性の魔法がぶつかった場合か、或いは…。


(…そうか。風龍が使ってる魔法が属性【風】の上位属性って事か!)


 風龍の口元が笑みを形作る。


「漸く気付いたか。俺が操るのは属性【疾風】だ。つまり、その遮断壁【風】では抑えきれないのだよ。判断を誤ったな。」


 風刃…いや、疾風刃の圧力が一気に上がり、遮断壁を突き破る。そして…龍人は風の刃に蹂躙されて細切れの様に吹き飛ばされてしまう。


「がはっ…。」


 疾風刃の攻撃力は凄まじく、龍人は全身の至る所を切り裂かれてズタボロになっていた。衝撃にグラつく頭。揺れる視界。明らかに戦闘続行が不可能な状態であった。

 そんな龍人に対して、風龍は手を抜くという甘さを見せる事はしない。


「その程度か?俺は全力を見せろと言ったんだ。構築型魔法陣を使えるのは中々に驚きだが…全く使いこなせていない。それにしても…龍の系譜にあって構築型魔法陣を操るというのは、一体どの龍と契約をしているのか…。気になるが、まだこいつ自身にその自覚が無いか。いや…或いは、変遷による記憶の喪失か。ふむ…それなら納得がいくか。ならば、尚更手加減は出来ないか。」


 風龍の前に風が集まって塊を作り始める。

 龍人は途中から独り言の様になった風龍の言葉を聞いていたが、その意味を理解する事は出来ていなかった。ただ現状として分かるのは…このままでは次の攻撃で死んでしまうという事だ。


(ぐ…もう少し体が回復すれば…!)


 黒い靄の力を使うにも体がいう事を聞かな過ぎた。ほんの少しの時間でいいから稼げれば治癒魔法を発動出来るのだが…。何しろ頭がグワングワン回っているせいで、魔法陣の展開が上手くいかないのだ。

 悔しさに力を込める龍人の手に何かが触れる。触り心地的に何かの宝石だろうか。指を伸ばして掴んだそれは、透明な石だった。

 そうこうしている間にも風龍の前に集まる風は大きさを増し、密度を増していく。そして、未だに立つ事すら出来ない龍人に向けて無慈悲にも風の塊は放たれた。

 必殺の攻撃の筈だったのだが、風龍は風の塊が着弾したのを見て軽く目を見開く。


「……!?ほぅ。まさかその様な魔道具を持っているとはな。」


 龍人の周りには透明な結界が張られ、風の塊の進行を食い止めていた。龍人が握る透明な石がそれに反応するかの様にして光っている。

 この石は、レイラが橋の上から落とした護風石である。偶然にも吹き飛ばされた龍人の手に触れ、風龍の攻撃から護ったのだ。

 そして、護風石によって護られた事で得られた時間で治癒魔法を発動する事に成功した龍人は、ゆっくりと立ち上がっていた。

 まだ体にダメージは残っているが、戦闘の続行は可能である。ブワッと龍人の周りに黒い靄が現れ始める。


(また力を借りるわ。よろしくな。)

《…相手はあの風龍。今のままでは、我の力を使ったとしても逃げるのが限界だぞ。》

(だけど…それでも戦える可能性があるなら俺は迷わない。逃げない。)

《ならば…我の名を伝えよう。さすれば…我の力を限りなく限界まで使う事ができる。》

(ほんとか!?頼む!)

《だが…心しておけ。我の力を限界まで使うという事は、主の精神を蝕む力も強くなる。気を抜けば…自我が消えるぞ。》

(へへ…。それでもこんな所で死ぬよりはマシだ。それに意識が飲まれる様なヘマはしないさ。)

《…そうか。ならば我が主よ。我の名を呼ぶが良い。我が名は…破龍。》


 龍人は龍劔を握る右手に力を込める。果たしてそれは更なる強大な力を使う事への恐怖か興奮か。風龍は龍人の雰囲気が変わった事を察知し、観察するように動きを止めている。


(俺の中の力…使いこなしてみせる!)


 龍人は自然と頭の中に浮かんで来た言葉…つまり固有技を口にした。


「龍人化【破龍】。」


 内側から爆発的なエネルギーが迸り、黒い靄は黒い稲妻へ変化。龍人から発せられる魔力圧が周囲の岩壁に亀裂を入れた。


「ほぅ。これは面白い事になったな。破龍…。手加減は出来ないか。」


 風龍は笑みを浮かべると風を周りに凝縮し始め、龍人の攻撃に備え…これから始まるであろう死闘の予感に身を震わせるのだった。



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