13-2-4.魔獣討伐
龍人が街立魔法学院2年生の生活を始めてから1週間が過ぎた。学院では相変わらず複合魔法や融合魔法を習得する為の練習が行われている。習得度合いでいうと、成果は芳しくない…というのが実情だ。
複合魔法に関しては2年生の半分程度の生徒が使える様にはなったが、融合魔法は9割の生徒が習得出来ずにいた。イメージが出来ない者、イメージが出来てもそれを具現化出来ない者…等、習得出来ない原因は様々だ。
そんな1週間を過ごして迎えた土曜日。この休日の日に龍人は魔法学院南区支部にいた。目的はギルドの依頼だ。生活費がやや乏しくなってきた事も理由の1つに挙げられるが、1番の目的は高難度の依頼を受けて戦闘における経験を積む事だ。
Cランクからは魔獣討伐の依頼も受ける事が出来る筈なので、その辺りの依頼を受ける予定だ。遼も誘ったのだが、「ごめん。ちょっと調べたい事があるんだ。」と言って断られてしまっている。
そして、魔法協会ギルドの受付に到着した龍人は、受付の男に言われた言葉を聞いて叫んでいた。
「へっ?Bランク!?」
「…うるさいな。だから今言っただろう。魔導師団に選ばれたという事は、其れ相応の実力があると判断されて無条件でギルドランクBに認定されたんだ。さぁ、好きな任務を選べ。」
「選べ…って、普通Bランクに上がるにはCランクの依頼を80件と試験を受けて合格した人だけがなれるんだよな?魔導師団に選ばれたからって、その辺りをパスしちゃって良いのか?」
「だから良いと言ってるだろ?依頼を受けないなら帰れ。」
「…まぁいっか。それならそれで難しい依頼を受けられるって事だもんな。」
パパッと前向きに思考を切り替えた龍人は、Bランクの依頼書の束を捲っていく。低ランクの依頼書に比べて面白そうな依頼が数多く並んでいた。「小型魔獣の掃討」「ケルベロス討伐」「サラマンダー討伐」等々…主に有名どころの魔獣関連の討伐依頼が多数並んでいる。ペラペラと依頼書を見ていく龍人の手が止まる。
「なぁ、この未確認魔獣討伐ってなんだ?」
「…ん?あぁそれは新たに魔獣が出現したらしい事だけは禁区の管理塔で確認されているんだが、どの魔獣なのかがまだ確認されていない依頼だな。偶にある依頼だが、大体は下位のなんとも無い魔獣である事が多い。その依頼を受ける位なら、中位のサラマンダーとか上位のケルベロスの討伐依頼の方がやりごたえがあるぞ?」
「んー成る程ね。でもまぁアレだわ。魔獣討伐自体が初めてだし、下位の魔獣辺りで感覚を掴むのもありだよな。じゃ、この未確認魔獣討伐の依頼を受けるわ。」
「物好きというか何と言うか…。まぁ、慣らしには丁度良いかもな。…よし、確かに依頼の手続きをしたぞ。この依頼に期限は特に無い。他にも依頼を受ける者がいる可能性があるから、他の者が依頼を成功させた時点で依頼自体が無効になるから気をつけるんだな。まぁ…この依頼を受ける物好きが他にいるかは分からんが。」
「サンキュー。じゃ、しっかり準備してやってくるかな。」
龍人はニヤッと笑うとクルッと背を向けて歩き出した。
ギルド受付の男は歩き去る龍人の後ろ姿を感慨深い気持ちで眺めていた。半年前位にギルドに登録した龍人が、魔導師団に選ばれ、ギルドランクがそれに合わせてBに上がり…と、普通に考えたら有り得ない速度なのだ。
そんな事を考えている受付の男に躊躇いがちな声が掛けられる。
「あの…依頼を探してるんですけど…。」
「ん?あぁ、ギルドカードを見せてくれ。」
受付の男に言われる通りにギルドカードを出したのは、茶髪のロングヘアを揺らす背の小さい女性だった。
ギルドカードに書かれている名前はレイラ=クリストファー。
その名前を確認した受付の男は内心で溜息を吐く。また、魔導師団に選ばれた者が現れたのだ。つまり…ついさっき龍人にした説明をまたする必要があるという訳だ。面倒臭い…という受付の男が思ってしまうのもしょうがない。
「レイラ=クリストファー。お前は魔導師団に選ばれた事で…。」
その後、ギルドランクが一気にBまで引き上げられた現実を受け入れたレイラは、いきなりランクBの依頼を受けるのが不安な為、ランクCの依頼書を捲っていた。
レイラは1人で戦闘をこなすのが不安な為、討伐系等の戦闘が予想される依頼を探している。
因みに、今回ギルドに来たのは生活が苦しいからとかでは無い。普段の生活費は魔法の台所のバイトで賄えている。それよりも魔導師団としてこれから任務に当たる事への不安を少しでも払拭する為である。
依頼書を捲る手が止まると、レイラは受け受けの男に声を掛ける。
「あの、ここに書いてある無魔の花って何ですか?」
「…あぁ。それは魔法街西区…つまり禁区にしか生息していない希少な花だ。その無魔の花には魔法を打ち消す成分が含まれていて、主に魔力を動力にした物が暴走した時用に保管してる事が多いな。まぁ、1つの花で無効に出来る魔法はかなり限られてるから、気休めと言ってしまえば気休め程度にしかならないがな。鑑賞用としても人気があるから、ちょくちょく採集の依頼が入る訳だ。」
「そうなんですね…。採集だったら難しくなさそうだし…これにしようかな。……うん。私、この依頼を受けます。」
「…分かった。一応禁区には高ランクの魔獣も出るから用心はするように。」
「はい。ありがとうございます。」
受付の男が気遣う言葉を掛けてくれたのが嬉しいレイラは、にっこり微笑むとお辞儀をして歩き去っていく。
受付の男は何となく不安な感覚に襲われながらレイラの後ろ姿を見送る。
ブゥゥゥン…。気付けば依頼の更新が行われ、依頼書が纏まった紙束が淡く光っていた。
(…まさかな。)
受付の男は更新の内容にある予測を立て、Bランクの依頼書を捲る。
「…こうなるか。と言う事は…。」
Cランクの依頼書を捲り、続けてBランクの依頼書を再び捲る。
「やはりな…。武運を祈るしか無いか。」
今の依頼の更新で龍人が受けた未確認魔獣討伐に追加情報が入っていたのだ。その内容が《大型の希少個体の可能性が高い》である。そして、希少個体の出現に伴い、この個体が討伐される…もしくは一定期間姿が確認されなくなるまで禁区関連の依頼難度が引き上げられる事となる。つまり…、レイラの受けた無魔の花採集依頼のランクもCからBに引き上げられていた。
(…高嶺龍人が受けた未確認魔獣討伐も希少個体名が確認されれば、依頼難度がBランクからAランクに引き上げられそうだな。)
魔導師団に選ばれた2人への試練…なのだろうか。偶然にしては出来すぎている流れに、受付の男は思わず溜息を吐いてしまうのだった。
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翌日。龍人は朝イチで魔法協会南区支部の転送魔法陣受付に来ていた。勿論目的は未確認魔獣討伐の為に西区への転送魔法陣を使う事だ。
「おはようございますー。」
「あら。龍人君、今日はどうしたのかしら?」
「はい。えっと…西区への転送魔法陣を使いたいんだけど、大丈夫か?」
「…西区?もしかして魔導師団の任務かしら。」
「いや、ギルドの依頼だよ。」
「成る程ね。いいわよ。ギルドカードを出してもらえるかしら?」
龍人がギルドカードを差し出すと、お姉さんは受付に置かれているカードリーダーの上に乗せる。
「…はい。確かに依頼を受けてる確認が取れたわ。じゃあ、いってらっしゃい。一応言っておくけど、西区は多くの魔法使いが命を落としてる場所よ。気を付けてね。」
「…分かった。じゃ、行ってくるわ。」
受付のお姉さんの真面目なトーンでの忠告に気を引き締めながら、龍人は西区への魔法陣に足を踏み入れた。魔法陣から光が立ち上って龍人を包み込み、上空へ一気に光が伸びる。
こうして龍人は、人生で2度目となる魔法街西区…禁区へ足を踏み入れる事になったのだった。
因みに、通常であれば複数人でパーティーを組んで挑む難度のBランク依頼に1人で挑戦しようとしている事実に受付のお姉さんは気付いていなかった。もし…その事実を知っていたら全力で止めていただろう。「死ぬわよ!?」…と。
死地に足を踏み入れる様なものだが、唯一の救いはギルドの依頼書に希少個体の情報が追加された事。そして、この依頼が指定ランク以上であれば誰でも、何人でも受ける事が出来るという事実か。
何にせよこの時点で未確認魔獣討伐をする為に西区へ乗り込んでいるのが、龍人1人であるという事実に変わりはないのであった。
因みに、龍人が西区へ転送されてった約1時間後にレイラも西区への転送魔法陣を利用する。この時、受付のお姉さんはギルドカードから読み取った依頼情報で、レイラの受けている依頼のランクがBである事を確認しているが、そもそもレイラのギルドランクがBなのでその点について言及することは無かった。
こんな事情もあり、レイラはCランクの依頼をするつもりのまま西区への転送魔法陣に足を踏み入れたのだった。
念の為触れておくが、ギルドカードには魔力を込めると現在受けている依頼情報が表示される仕組みがある。レイラも勿論この仕組みは知っているが、自身の受けている依頼難度が変更される可能性がある事は知らない為、確認する事が無い。
こうして、龍人とレイラは別々に西区…一般人への立ち入りが禁止された区へ足を踏み入れた。




