13-2-3.固有技
ラルフは眠そうに欠伸をすると、龍人に向かって手招きをした。
「ん?俺?」
「そうだ。固有技に関しては実際に見てもらうのが早いだろ。」
まさかの指名である。面倒臭いとは思いつつも、龍人は素直に前に出る。その龍人の方をポンポンと叩きながらラルフは学院生達に説明を始める。
「固有技ってのは、その人にしか使えない技の事だな。技の名前は、これまた不思議なんだが習得した時に自然と頭に浮かんでくるんだよな。似たような技でも個人個人で技の名前は違うってのも特徴だ。でだ、龍人が魔法と剣術を合わせた魔剣術を使えっから、皆に見せてもらう。誰か攻撃を受ける役をしたい奴いるか?」
スッと手が挙がった。その人物は、こういう場で挙手をする事が珍しいスイだ。魔法学院に通いながらも制服を着ずに黒を基調として青のラインが入った着流しを着こなす、武士に憧れる男だ。その服装に加えて長い黒髪を後ろで1本に纏めている為、幕末の某有名剣士を彷彿させる格好になっていたりもする。
「おぉ。スイが立候補とか珍しいじゃねぇか。」
「我は武士を目指す男。…龍人の魔剣術、非常に興味がある。」
「いいじゃねぇか。じゃあ受ける役はスイに決定だな。じゃ、向かい合うように立ってくれ。」
スイは静かに立ち上がって龍人の正面に立ち、日本刀を引き抜く。
龍人も夢幻を魔法陣から取り出すが、正直な所「面倒臭い」というのが本音である。しかし、ここで拒否する理由も見つからない。まぁ、やるしかない訳だ。
「よし。何の魔剣術を使う?」
「え、普通に一閃でいいか?」
「いいぞ。そしたら、先ずは一閃と同じ形の攻撃を魔剣術を発動させずに出来るか?全力でやってくれ。」
「…成る程ね。分かった。スイ、いくぞ?」
「いつでもこい。」
龍人は右手に持った夢幻を体の左側に切っ先を移動させ、抜刀に似た構えを取る。魔力を刃に集中させて横一文字に振り抜いた。発動するのは無詠唱魔法。刃の軌道に合わせて横一閃の魔力の刃がスイに向かって飛翔する。
「…つまらん。」
吐き捨てる様に小さく呟いたスイは、日本刀を無造作に振り下ろして魔力の刃を弾き飛ばす。…それを見たラルフがニヤリと笑う。
「よーし、皆は今のを覚えてろよ?じゃ、次は魔剣術で頼むわ。」
「オーケー。」
龍人は先程と同じ剣先を体の左側に持ってくる抜刀の構えを取る。大きな違いは無い。使う魔力に差がある訳でも無い。あるのは魔剣術を使うか否かの意志のみ。
夢幻に魔力が溜まり、龍人は渾身の一撃を放つ。
「いくぞ…魔剣術【一閃】」
スイに向けて横一文字の抜刀が放たれる。そして、先程と同じ様に魔力の刃がスイへと飛翔する。見た目は同じ。だが、それが最初の1撃と大きく違うものである事は魔力の刃が迫り来るスイが1番理解していた。
まず…当然の如く技としての完成度は段違いである。魔力の刃の密度、鋭さ、速度、どれを取っても段違いの攻撃だ。
(む…手を抜けるレベルではないな。)
予想以上の攻撃にスイは日本刀を握る手に力を込める。龍人の魔剣術【一閃】を打ち破るには、スイもある程度本気を出す必要があった。無様に攻撃を受けてる転がるなど、武士として恥でしかない。
「魔剣術【流閃】」
スイが使ったのは、なんと魔剣術…つまり固有技であった。抜刀の態勢から日本刀が右、上、下への3連撃を閃かせる。名前の通りに流れる様に閃く斬撃は、龍人の【一閃】を3撃目で撃ち破った。
これを見たラルフが楽しそうに口笛を吹いた。
「おいおい。スイ…お前固有技使えたんだな。しかも龍人の【一閃】を撃ち破るとか…かなりの練度じゃねぇか。」
ラルフに褒められたスイは無表情に返すと思いきや、悔しそうな表情を僅かに浮かべていた。
「…いや、龍人の方が練度が高い。3撃目で打ち破ったのはほぼギリギリだった。我は全力で放ったが、龍人は少し余力があったと見える。…悔しいが我の負けだ。」
スイは龍人に向けて頭を下げるとクラスの生徒達の中に戻っていく。そもそも勝負をしていた記憶は龍人にも、見ていた生徒達にも無いのだが…。
だが、あの無口で自分の道を突き進む1匹狼のスイが、他人を自分より上と認めたのだ。これはスイを知る者からしたらかなりの驚きである。
そういう事情も相まって、生徒達は固有技が相当な威力を秘めたものである事を理解した様だ。習得方法についての質問が次々と出始めた。
生徒から質問が来るのは良い事なのだが、ラルフは答えに困ってしまう。そもそも固有技とは人によって違う物である為、決まった習得方法がないのだ。固有技の存在を紹介する程度に終わらせるつもりだった為、具体的な習得方法を提示するつもりが全く無かったのだ。
だが、高威力の固有技を見て生徒達が習得したいと考えるのは必至。少しの間考え込んだラルフは回答を口にする。
「そうだな…。固有技ってのは、その攻撃方法が完成形を迎えた時に名前が頭に浮かんでくるって言われてる。つまり、1つの攻撃方法に関する一切の無駄を削ぎ落としていくのが1番の近道だな。まぁ、人によっては攻撃方法と固有技名が同時に頭に浮かんでくる事もあるらしい。ま、固有技を覚えたい奴は1番得意な攻撃方法を突き詰めてみろ。」
なんとも曖昧な説明ではあるが、ラルフにはこれ以上詳しい説明をする事は出来無かった。説明の制限をされているのでは無く、本当にこれ以上詳しい事を知らないのだ。知っているのは今説明した事のみ。龍人と魔剣術の特訓をした時も、同じ事を延々と続けたに過ぎない。
むしろ、1ヶ月の特訓で魔剣術【一閃】と魔剣術【砕牙】の2つを龍人が習得した時は、かなりの驚きだった。普通、そこまで短い期間で固有技を覚える事は難しいのだ。まぁあくまでも《普通は》…なので、例外に当てはまる人物もいるのだが。
「よし。じゃあ一旦ここで休憩して、午後からは複合魔法の練習をするぞ。」
ラルフは欠伸をしながらそう告げると、転移魔法で何処かへ行ってしまった。
クラスの生徒達も昼ご飯を食べる為に教室や学食へ向かっていく。
因みに、龍人は魔剣術について遼以外に明かしていなかった為、火乃花達に詳しく教えろと言われ…やけに疲労感の溜まる休憩を過ごす事になったのだった。
午後、2年生の全クラスがグラウンドに集合していた。始業式で今年から街立魔法学院の教師の数が減った為、学年合同での授業が増える可能性がある…との事だったが、初日からなるのには驚きである。
とは言え、2年生を受け持つ教師はラルフ唯1人。こうなるのも致し方ないのだろう。
午後の授業は複合魔法の基本について説明があった後、各々で練習をする…というシンプルなものだった。
因みに複合魔法についてラルフがした説明は「2つの属性を同時に発動して、それが一緒に相手へ攻撃をすれば複合魔法だ。電気を纏う水とか、火を纏う岩とか…まぁそんな感じだな。こればっかしは本人が持ってる属性次第だから自分で考えろ。後は…ベースにする属性によって難度が変わるから、上手くいかない時はベース属性を逆にしてみるのもありだな。」といった内容だった。
現在、グラウンドに散らばった2年生は思い思いに複合魔法を使う練習に取り組んでる。
さて、龍人はというと…複合魔法は使えるので融合魔法に挑戦していた。してはいたのだが…。
「駄目だ。出来ねぇ!」
大苦戦していた。龍人は真極属性【龍】という性質上、全ての属性を使う事が出来る。普通の人であれば最大3種類の属性という限られた枠組みの中で融合魔法を使うのだが、龍人の場合は選びたい放題。これ融合魔法を習得するに当たって邪魔者となっていた。
まず、どの属性も同じ様に使える為…得意属性という感覚が無いのだ。これから、ベースとなる属性の絞込みが出来ない。そして、魔法陣を使わないと属性魔法を発動出来ない龍人だからこその問題がもう1つあった。
複合魔法を使う時は、属性魔法を発動する2つの魔法陣を重ね合わせる様にして同時発動すれば、簡単に使う事が出来る。しかし、同じ要領でやっても2つの属性が融合する事は無く、複合魔法が発動するのみ。つまり…だ、融合魔法を発動するには、それ専用の魔法陣を展開する必要がある可能性が高いのだ。
そこまで分かれば出来そうな気もするが、融合魔法を発動する魔法陣に全く覚えがない為、龍人にはどうする事も出来無かった。
(こりゃあ駄目だな。何かの文献とかで融合魔法の魔法陣を1回見てみないと。魔法陣をどういう法則で組み立てれば良いのかがサッパリ分かんないな。)
腕を組んで考え込む龍人の隣に火乃花がやってくる。
「龍人君、融合魔法はどう?」
「いや…駄目だわ。全く使える気がしないや。」
「あら。龍人君ならすぐに使えそうだって思ってたんだけど。」
「それがさ、魔法陣同士を重ね合わせるのだと複合魔法が限界なんだよね。多分、融合魔法の魔法陣を最初から展開する必要があるんだと思う。ま、法則が分かんないから無理だわ。」
「…成る程ね。あくまでもシステマチックに出来なきゃいけないのね。解釈の方はどう?」
「あー、それも駄目だ。解釈の考え方は分かるんだけど、それを魔法陣にどうやって反映させれば良いのかがサッパリだ。」
「なんか…龍人君の魔法陣展開魔法って、すごい便利だけど…こういう事になるとハードルがかなり高くなるわね。」
「んだね。魔法陣への融合魔法とか解釈の取り入れ方が分かれば、一気に使える様になるとは思うんだけど…その1行程が難し過ぎるわ。火乃花はどうなんだ?」
「私?私は極属性【焔】でしょ?複合魔法は違う種類の焔を同時に使うだけだし、融合魔法は結論的に言って焔の威力を高めるだけなのよ。だから、元々全部出来るっていうのが正しいかしら。」
「マジか。じゃあ解釈は?」
「解釈ね…。私の属性からしたら爆発も解釈だし、ある程度は使えるのよね。とは言っても昔から解釈による属性強化はずっとやってきてるし、今更…ってのが本音ね。」
「……なんかさ、火乃花って本当にエリート教育受けてきたんだな。」
「まぁ…家柄ね。別に望んだ訳じゃなくて、せざるを得なかったのよ。前に言ったでしょ?強くなるか結婚するかの2択だったのよ。私は強くなる事を選んだだけよ。」
意図せず話が重くなりかけた所で、レイラが近寄ってくる。
「ねぇねぇ、2人共どお?」
レイラの問いかけに対して、龍人と火乃花はついさっきまでしていた話を要約しながら伝える。
「レイラはどうなんだ?」
「私?私は…複合魔法も融合魔法も属性が極属性【癒】でしょ?傷を癒すとか、状態異常系を癒すとかだから、程度に合わせて重ね掛けとか同時治癒とかがそれになると思うんだ。だから、正直今日の授業は…って感じかな。解釈は…秘密にしてたんだけど、使えるんだよ。」
「えっ、レイラって解釈使えるの?私、見てみたいわ。」
火乃花は興味津々といった様子で身を乗りだすが…レイラは困った笑顔を浮かべた。
「それがね、シェフズさんに人前で使わない方が良いって言われてるから、ここではチョット…。」
「あ…そう言う事ね。じゃあ、今度機会があったらお願いするわ。」
「うん。それなら大丈夫だよ。」
「あ、居た居た!」
元気な声の方を見ると遼とタムが駆け寄ってくる所だった。その後繰り返される同じ会話。こんな感じで2年生授業初日の午後は過ぎていくのだった。




