13-1-6.潜む者
魔法街行政区。中央区を中心にして東西南北に配置された内、北区の上にある地区だ。
行政区はその名の通り、魔法街の行政を担当する各庁が建ち並ぶ、魔法街の中枢といえる区である。
魔法街で特に重要機関と言える魔法協会各区支部を纏める魔法協会本部が置かれているのも、この行政区である。
この魔法協会本部が行う業務は多岐にわたる。各庁の業務内容は全て魔法協会本部に集約され、流通、販売、貿易、星交などの魔法街内外関係の全てを把握し、コントロールするのが主な役目となる。実際の細かい調整や業務を行うのは各庁、指示をするのが魔法協会と言うのが簡単な構図だ。
つまり、魔法街に於ける最高決定機関である魔聖の次に権力を持った機関なのだ。
その魔法協会本部に実際に他星との交渉を行う特殊な課が存在する。その名を他星間交易課と言う。魔法街が交流を持つ他星との技術交換や、星間貿易の締結を行う特殊な課の1つだ。
この星間交易課につい最近入った新入りがいた。前髪を下ろした短髪に眼鏡を掛け、左目の下にあるホクロが目立ち、育ちが良さそうな雰囲気を感じさせる男だ。
彼はつい最近まで魔法街中央区の魔法協会中央区支部流通課に所属をしていた。だが、昨年末に行われた魔法学院1年生対抗試合に合わせ、巨大モニター作製技術を別の星から輸入し、その技術を駆使して対抗試合会場外壁に巨大モニターを設置した功績を認められ、星間交易課に栄転となったのだ。
テングとしては、対抗試合中に魔法協会中央区支部の地下へルフト=レーレとミラージュ=スターが乗り込んできた事で、天地の手先という事がバレて魔法街から追放されると覚悟をしていた。しかし追放される事はなく、スムーズに魔法街の中核とも言える魔法協会本部に栄転となっていた。
果たして自分の素性がバレているのか、バレていないのか。ルフトとミラージュがどの様に報告をしたのか次第だが、テングにそれを知る術は無い。
こういったやや複雑な状況下で、これ以上怪しまれない様に優秀な社員を演じる事を余儀無くされたテング。彼は今日も優秀な社員として仕事をテキパキとこなしていた。
栄転という形で星間交易課に配属されたテングは、期待の星という事でそこそこに重要な星間技術交渉というポジションを与えられている。名前の通り、各星で発達している固有技術と魔法街の固有技術とも言える魔法技術の交換交渉をするのが主な仕事だ。
現在、テングは機械街から自動車技術を輸入する為に交渉を続けている。魔法街は魔法という便利な技術が発達しているので、機械を使った移動手段が全く発達していない。距離のある移動は転送魔法陣が基本で、その他の場合は無詠唱魔法による身体能力強化を使って一気に駆け抜けてしまうのが当たり前だ。物に頼る事が無くて便利なようだが、大きな荷物を移動させる時などは大分手間取っている。これらを鑑みて、魔法街の住民の足とならなくても、輸送関係で需要が伸びると判断したからこその交渉だ。
例え天地の手先として潜り込んでいたとしても、それ相応のポジションに就いた以上は、それ相応の結果を残す必要がある。周りからの信頼を勝ち取るためには必要な事なのである。
こういった事情からテングは今日も忙しく交渉に向けた資料作りを行っていた。モニター技術と交換で機械街に渡したのはクリスタル。魔力を凝縮して作ったクリスタルは機械街に於いて新たなエネルギー源として注目される可能性がある。そして、今回自動車技術と交換で渡す予定なのが属性クリスタルだ。
これを渡す事で、用途に合わせた効率的なクリスタルの運用が可能になるのだ。
テングはクリスタルと属性クリスタルの違い。そして、属性クリスタルを取り入れる事によって機械街にどれだけのメリットが生まれるのか…という、プレゼン資料を黙々と作成している。
「おーい、テング君。機械街の交渉担当から通信が入ってるぞー。」
「あ、はい。ありがとうございます。では、あちらのプライベートルームで受け取ります。」
「ははっ。相変わらず情報漏洩に対する意識が高いな。しっかりと頼むぞ!」
「はい。お任せ下さい。魔法街に有益な技術を取り入れられる様に全力を尽くします。」
上司の鼓舞に対して微笑みながら返事を返したテングは、外と中の声を一切遮断する魔法が掛けられたプライベートルームと呼ばれる部屋に入り、中に設置されたモニターの電源を入れると機械街の人物が映し出された。
「……!?」
テングは画面に映った人物を見て思わず動きを止めてしまう。そこに映っていたのは、思いも寄らない人物だったのだ。
オレンジで左側が長いアシンメトリの髪型が特徴で、5つのピアスが付けられた右耳の上にある剃り込みと、鋭い切れ目が更にガラの悪さを引き立たせている青年だ。
「英裕さん、こんな方法で連絡を取るのは危険ですよ?」
「ん?まぁ、気にすんなって!あくまでも機械街の交渉担当の代理って伝えてあるから大丈夫だろ。」
「いや…そういう問題では無くてですね。」
「はいはい!そういう話をしててもしょうがないだろ?いきなり本題だ。あの技術に関する実験が多分だが…始まった。」
「……!?」
以前読んだ資料がテングの脳裏に蘇る。そこに記されていた実験内容は…成功するまでの犠牲を考えると恐ろしいものだった。サタナスが進める魔造獣関連の実験も中々にエグいが、それと同レベルのエグさを持ちうる内容だった筈だ。
「遂に…あの実験が始まったんですね。これはもう後に引けないか…。」
「なーに言ってんだ。少なくとも俺達の目的を達成するには好都合の展開だろ?まだ正確な情報は無いが、これを伝えればお前は危険を冒すことなく俺たちに奴の情報を流せるはずだ。」
「まぁそうですが…。」
「だ、か、ら!そんなに気にするなって!俺に任せとけって。お前を過酷な環境に行かせた責任は必ず取るからよ。」
「…分かりました。では、あの技術に関する実験が始まった情報を上に伝え、等価として渡せる情報を準備します。」
「あぁよろしく頼む。」
「はい。では。」
「じゃあな!」
プツン…とモニターが切れ、黒い画面が鏡のようにボンヤリとテングの顔を映し出していた。そこには、不安が濃く浮かび上がった顔をした自分の顔があった。
(僕もまだまだですね。もっと人を信じられるようにならないと。そうじゃなきゃ…この道を選んだ意味がありませんから。)
テングは職場の人達に怪しく思われないように表情を切り替えてからプライベートルームを出る。席に戻る途中に期待してますといった雰囲気を隠そうとしない上司が声を掛けてくる。
「テング君どうだね?上手くいきそうか?」
「んー、まだ何とも言えないですね。今の通信も結局日程の再確認だったので…。」
「そうか…。もし何か出来ることがあれば言ってくれよ!魔法街の発展の為になんでもするぞ!」
そんな事を言いながら豪快に笑う上司に礼儀正しく会釈をしたテングは、自分のデスクに戻ると椅子に腰掛けて深く溜息を吐いた。
天地の手先としての自分の、ヒーローズの手先としての自分。…今の自分を見失わないようにするのでテングは少しばかし疲れていた。だが、先程も思った通り…これは自分で選んだ道である。後に引くわけにはいかない。
「……出来る事を1つずつやりますか。」
決心を込めた小さい呟きと共に、テングはデスクの上の資料作りを再開した。




