13-1-5.スラム街のヒーロー
黒仮面は自身の左手を素手で受け止めたビストを見て目を細める。
「ほぉ。この振動を放つ私の腕を受け止められるのですねぇ。そして、その金色に輝く頭髪…。そうですかぁ。君が金獅子なのですねぇ。ふふふふ。これは思い掛け無い所でいい収穫が有りましたねぇ。今まで正体不明だった金獅子…見つかる訳が有りませんねぇ。金髪で探していたのですから。まさか髪の色が変化するとはねぇ…。君のその力の根源…気になりますねぇ。」
「へっ。それがバレたって、なんて事無いんですな!あんたはここで捕まえる!」
ビストを包む金色のオーラが膨れ上がる。と同時に、黒仮面に向けて膝蹴りが放たれていた。左手を掴まれていたせいで避ける事が叶わず、モロに直撃を受けた黒仮面は身体をくの字に折り曲げながら壁際に置かれた棚へと激突する。
「…いい攻撃ですねぇ。なるほど。どうやらその黄色い稲妻は身体能力の大幅な強化も行っているんでしょうかねぇ。面白いですねぇ。」
ゆらりと立ち上がった黒仮面にダメージを負った様子は見られない。何かしらの手段で軽減したのか。
(完全に手応えありの膝蹴りだったんだけど…こいつ、強いんですな!)
ビストが更なる追撃を加えんとした時だった、黒仮面が右手の掌をビストに向ける。
「まぁまぁ待ちたまえ。さっきも言いましたが、私はここにも君達にも用は無いんですよぉ?無駄な戦闘は避けるのが流儀なんですよねぇ。」
「は?何舐めた事言ってんだよ。この状況で逃げられると思ってんのか?」
そう言って愛銃の銃口を黒仮面に向けるケイトは一切の隙を見せない。だが、こんな状況であっても黒仮面は肩を揺らして笑う。
「クックックッ…。分かっていませんねぇ。私がこの状況でわざわざ逃げると明言しているんですよ?つまり、逃げられると確信しているから言っているんですけどねぇ。」
黒仮面は急に右手の力を脱力させ…いや、全身の力を脱力させてしゃがみ込む。ビストが打ち込んだ膝蹴りが今更になって効いてきたのだろうか。
「…!ケイト撃って!逃げられる!」
「!?おう!」
アサシネイトがしゃがみ込む黒仮面に向けて貫通弾を連続で射出し、それと併せてビストも黒仮面に向けて駆け出していた。
しかし、攻撃を仕掛けるタイミングとしては数歩遅く、黒仮面の両手から発せられた強力な振動が倉庫全体に伝わり…崩壊した。
崩れる壁や天井がビストと貫通弾の行く手を阻み、一瞬視界が遮られた後には黒仮面の姿は消え去っていた。
「ちっ…!脱出するぞビスト!」
「………うん!」
ビストは悔しそうに黒仮面が居た場所を睨んでいたが、すぐに切り替えて脱出すべくケイトと共に駆け出した。
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ファンファンファンファン
ビスト達が居た倉庫の周りを警察車両が大量に取り囲み、サイレンの音をけたたましく鳴らしている。警官達は無線で忙しなく叫びあい、倉庫のすぐ近くには突入部隊と思わしき装備を整えた警官達が防弾盾を構えてジリジリと近づき始めていた。まぁ、倉庫自体は黒仮面の振動によって全壊し、瓦礫と化しているのだが。
「いやぁ。危なかったですな。まさか建物を壊した後すぐに警察が来るとは思わなかったよ。」
「いや…あいつが本物の破壊の黒仮面なら、警官を呼んだのもあいつの可能性が高いかな。他人に罪を押し付ける天才って噂だし。」
「そっかぁ。でもそしたらあの瓦礫の中から大量の死体が出てくれば、相当な事件になるんですな。これで黒仮面も動きにくくなる筈ですな。」
「んーそれも怪しいかな。俺の予想では死体は出てこない気がするんだよ。それ位の手腕が無いと、機械街の闇に君臨する存在として知られない気がするんだよね。」
「え、そんな大物なの?」
「そうだよ。だからあいつの前でお前の力を使うなって言ったんだ。裏社会である程度名前が通ってる正体不明の金獅子がお前だって知られたのは…かなりマズイぞ?下手すると命を狙われるかもな。」
「うげ…。と、取り敢えず帰るんですな!このままここに居ても警察に見つかるのがオチなんですな!」
「まぁ確かに。じゃ、行くか。」
隣の倉庫の屋上から警察の動きを観察していたビストとケイトは、闇夜に紛れて移動を開始した。
後日談にはなるが、倉庫の瓦礫からは死体は愚か肉片すらも発見されなかったという。赤い染みが一面に広がっていたらしいが…。あの短時間で死体を消すのはほぼ不可能。黒仮面についての謎は深まるばかりであった。
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機械街の都市アパラタス。その中心に座するのは周りと比べて一際背の高い建物だ。機械街の住民からは機械塔と呼ばれているその建物の最上階に、3人の人物が集まっていた。
1人はフルプレートアーマー姿の男。肩の部分が大きく円筒状に盛り上がり、頭の左右からは黒い角が上向きに生えている。そして、全身を覆う鎧は焦げた黒の様に燻んだ色をしており、暗黒騎士…とでも表現するのがしっくりくる外見である。そして、ガッチリした体格をしている彼が腕を組んで座する姿は貫禄のひと言に尽きる。
その男の前に立つスーツにネクタイのサラリーマンが口を開いた。
「さて、どうしましょうか。西側の地区であの男によって倉庫が破壊されたとの情報が入ってきています。確証は無いそうですが、全壊した倉庫が振動によって破壊された可能性が高いとの事です。そろそろ牽制を入れるのもありでは無いですか?裏社会…いや、闇社会の者が表に出てくるのは止めなければなりません。」
丁寧に敬語で話すのはデフォルトなのか、フルプレートアーマーの男の前だからなのか。判別は付かないが、少なくともスーツの男がフルプレートアーマーの男の部下であるのは、彼の話ぶりから推察する事が出来る。
「…。ここで奴へ牽制をしても同じ事だ。奴は組織に属さず個人で動いている。そもそも接触する事自体難しいだろう。」
「もちろんそれは分かっています。けれど、牽制の意味を込めて何かしらのアクションは出来るかと思うのですが。」
「…無駄だ。スピル=スパーク、これは命令だ。奴に無駄な時間を割くな。今すべき事は、奴と共に確認された金獅子の正体を突き止める事だ。金獅子が闇社会の物達を屠るのは構わ無いが、我々が機械街のために行っている工作を悪事と勘違いして潰されるのは痛手となっている。」
「奴よりも金獅子を優先ですか。俺としては納得し難いですが…命令とあらば受け入れましょう。ですが、金獅子の正体を突き止めてどうするおつもりですか?」
「俺達の仲間に引き入れる。金獅子の力は有望だ。そうだろう?ラウド。」
そう言ってエレクが声を掛けたのは、灰色のマントを頭からすっぽりと被った人物だ。名をラウド=マゲネと言う。
機械街には魔法街の魔聖と同じ様に街主と4機肢という最高決定機関が存在する。
街主を務めるのがフルプレートアーマーを着て座っているエレク=アイアン。
右腕、左腕、右脚、左脚という構成で成り立つ4機肢の内、ラウド=マゲネは左腕、スピル=スパークは右腕を務めている。
左腕を務めるラウドはエレクに対して軽く頷くのみで言葉は一切発さなかった。横に立つスピルは横目でチラリとラウドを見る。
(本当にこの人は何も話さないですね。そもそも、言葉を発さないのになんでエレクはラウドの意図を知ってるのか。…まぁ、エレクの前だけでは口を聞くのかも知れませんけど…。詮索してもしょうがないって所ですね。)
ラウドはスピルの横目の視線を受けても、一切気にする様子はなく…真っ直ぐにエレクの方を向いていた。そもそも、顔はフードに隠れているのでどんな様子なのかすらもなにも分からない。と言うのが実情ではあるのだが。
そもそも、エレクとラウドの意見が金獅子を仲間に引き込むという事で一致している以前に、街主のエレクが仲間に引き入れるといっている以上、スピルは反対するつもりは更々無かった。それ程までにエレクに対する4機肢の信頼は厚いのだ。
「分かりました。それでは、金獅子に関する情報収集をメインに行いましょう。…それでは、失礼します。」
スピルは礼儀正しくエレクに向けて頭を下げると、チラッとラウドを一瞥して部屋から出て行った。
エレクはスピルが出て行ったドアを腕を組みながら眺める。
(金獅子に関する情報収集をメインに…か。つまり、それ以外の情報収集もしっかりと行うという事か。…奴の存在は確かに脅威ではある。しかし、敵対する事のリスクを負える環境を整えねばなるまい。………俺もゆっくりはしていられないか。)
エレクはゆっくりと立ち上がる。身に纏うフルプレートの関節が擦れ合いガチャガチャと金属音を響かせる。
「ラウド…。お前も金獅子の居場所を突き止めてくれ。居場所が分かり次第、すぐに接触を図る。」
灰色のフード姿のラウドは小さく頭を縦に頷かせると、静かに部屋から出て行く。
1人部屋に残ったエレクは窓に近寄り、眼下に広がる機械街の中心都市アパラタスを眺める。
夜も眠る事が無いその都市は様々な色や種類の光が輝き、綺麗と表現できる程の夜景を織り成していた。輝く部分と、光が無い暗闇の部分。それらは正しく機械街における成功者と敗北者を表しているようでもあった。




