13-1-2.スラム街のヒーロー
青菜と玉ねぎ、ソーセージを薄塩味で味付けしつつフライパンで炒めながら、リーリーはキッチンの窓から見えるビストと子供達を眺めていた。その視線は楽しそうに遊ぶビストを微笑ましく見ているようでもあり、どこか憂いているような複雑な感情が籠っている。
(…ビストは本当にこの孤児院の為に色々してくれるんじゃわ。けれど、いつまでそれが続くのか、続けられるのかは分からないんじゃのう。今の状態はビストにとって良くはないんじゃ…。)
思案にふけっていると鼻腔を焦げた匂いが刺激する。気づけば炒め物が焦げ始めていた。
「おっとっと。…先ずはしっかりと夕飯を作るのが先じゃのう。」
リーリーは無理矢理思考を切り替えると、目の前の料理を仕上げる事に専念し始めた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「うっまいっ!リーリー、この炒め物絶品ですな!いやぁ美味いですな!美味ですな!」
ビストはソーセージを使った炒め物をひと口食べた瞬間から、物凄い勢いで口の中にかっ込み始めていた。普段はもっと美味しいものを食べているだろうにと思うが…、それでも美味しいと言って食べてもらえるのは嬉しい事である。周りの子供達も滅多に食べる事が出来ないソーセージというご馳走を目の前にして、真剣な目をしながら次々と口に入れていくので、テーブルの上に乗せられた料理はみるみる内にその量を減らしていった。
その後も楽しく喧しく夕食の時間は過ぎていき、夜の8時位になった頃だろうか。ビストはグンっと伸びをすると立ち上がった。
「よっし!じゃあ俺は帰りますな。」
「えー!?ビスト帰っちゃうの?」
「まだ遊ぼうよー。僕、新しい遊び考えついたんだよ!」
「私はビストお兄ちゃんとおままごとしたいなぁ。私がママでビストお兄ちゃんがパパなの!」
帰ると言ったビストを名残惜しそうに引き止めようとする子供達に、ビストは困ったように頭を掻く。子供達にまだ居てと言われてしまうとどうにも断り辛いのだ。
そんなビストの様子に気付いたリーリーが助け舟を出した。
「こらこらお前達。ビストはこれから仕事なんじゃよ。引き止めたらビストが仕事に行きにくくなるじゃろう?また来るのを楽しみにしてるねって言って送り出しておやり。」
「えー………。」
子供達は不満そうな顔を向けるが、リーリーは穏やかな表情を変えずに真っ直ぐ子供達の顔を見つめる。子供達はリーリーとビストの顔を順番に眺め、ビストが少し困った表情をしているのに気付き…我慢しなければいけない事を悟ったようだ。
「ビスト…また来てね!すぐに来てね!」
「ビストお兄ちゃん、今度は私とおままごとしてね?」
「俺、今度ビストと決闘ごっこしたいんだ。だから、今度来た時は覚悟しててよな!」
「みんな…。」
ビストは子供達が自分と遊びたい気持ちを抑えて送り出そうとしてくれている事に感動してしまう。ついこの間まではリーリーが何を言っても、仕事に行こうとするビストにしがみ付いて離れなかった子供達だったのだが…。どうやら気づかない間に成長していたようである。思わずウルっとしてしまうビスト。
「みんな、ありがとな!またすぐに遊びに来るな!その時はソーセージよりも豪華な物を持って来れるようにするんだな!待っててな!じゃ行ってくるんですな!」
「「「いってらっしゃーい!」」」
体全体を使ってブンブンと手を…いや、この場合最早腕を振る子供達に向けてビストはニカッと笑顔を向け、リーリーにチラリと視線を送って感謝の意を伝え、孤児院を後にした。
孤児院の外に出たビストは時計を見て苦笑いを浮かべる。時刻は20時30分を回っていた。今日の集合時間は21時…つまり、30分しか時間がない。
(えっと、今日の集合場所は西側の端だったから…これはヤバイですな!普通に歩いたら1時間以上掛かるから…。全力疾走ですな!)
時間が無くて急がなくてはいけない筈なのだが、ビストは孤児院の庭で夜空を見上げる。
(それにしても綺麗ですな。小さい頃もここで良く空を見上げてたなー。あの星まで行くんだ!とか考えていたけど…まだまだ俺はちっぽけだなぁ。もっともっと大きくなって、逞しくならないとですな!)
ビストの脳裏には小さい頃の思い出が蘇っていた。その頃の思い出があるからこそ今の自分があり、今の自分がやりたい事、するべき事があると信じている。
「よしっ!」
気合いを入れると同時にビストの周りに黄色い稲妻のようなものが現れる。そして、そこに立つのは黒髪の青年では無く…金髪の青年に変わっていた。
「急がなきゃですな!」
ビストの全力疾走が始まった。
リーリーは金髪に変化して走り出したビストの背中を孤児院の中から見送っていた。
(やっぱりあの力はまだ持っているのね。…それが彼を苦しめなければいいんじゃがのう。)
普段、ビストは孤児院を時間ギリギリに出る事は殆ど無い。食糧を持ってきたらら子供達と遊び、夕食を食べずに帰っていくのが常だった。だから、リーリーはビストが髪の毛が金色に変わる《あの力》を今も使っているのをさっきまで知らなかった。そう…リーリーが孤児院を始めるきっかけになった《あの力》を。
孤児院で一緒に過ごす間、リーリーはビストが《あの力》を使うのを1度も見なかった。それで…もう使えないのだろうと無意識に自分に言い聞かせてしまっていたのだろう。
「神様…あの子の力が、あの子の仇となりませんように。」
リーリーの小さな呟きは夜の闇に溶け込んでいくのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
機械街の西側地区の外れ。こちら側は東側のスラム街の様に何か特別な環境があるという事は無い。ごくごく普通のビルが並び、仕事帰りのサラリーマン達が家路を急いでいる。
その西側地区で1番大きい公園のベンチで、1人の青年がポカンと口を開けながら星を眺めていた。彼の名はケイト=ピース。私設集団ヒーローズの構成員だ。
(…遅くね?そろそろ時間だと思うんだけど。あいつ何時も時間通りに来ないんだよな。)
ケイトは夜空を見上げていた顔を前に向ける。ビストと任務でタッグを組む事が多いケイトは、毎回待ち合わせに待たされる状況に対してイライラが募っていた。
ふと魔力を感知したケイトは「やっと来たか」という顔で右方向を見た。
そこに見えたのは金色の光。それは見る者に金の尾を引いているように錯覚をさせる程のスピードで近寄り、キキーッと急制動しながらケイトの前に止まった。
「ごめん!時間ギリギリだよね!」
「2分遅刻だから。毎回毎回お前の事待つの結構イライラすんだけど。」
「う~。悪かったって思ってるから許して欲しいですな!」
「な~に偉そうに…ですな!とか言ってんだし。はぁ…まぁいいや、行くぞ。」
「さっすがケイト!優しいですな!」
結局の所、反省している様子が全く見られないビストだが、こんなのは毎回の事である。これ以上責めても何も得られないと判断したケイトは任務を遂行する事を選んだのだった。
「取り敢えず髪の色を戻せって。金髪は目立つんだからよ。」
「おー忘れてた!サンキューケイト!」
ビストから発せられる魔力が消えると同時に髪の色が元の黒に戻る。
「んで、今日の任務はなんですかな?」
「おい…それ位覚えてろって…。はぁ…今日の任務は、取引の記録を誤魔化して大量のICチップを売り捌こうとしてる奴の取引をぶっ潰すのと、そのICチップの製造元の小さい町工場にICチップをこっそり返すのが目的だ。」
「はぁぁ。町工場から騙し取るとかホント終わってますな!懲らしめるしか無いですな!ところで、その情報は誰から入手でしたんですかな?」
「あ?そんなのいつものアイツからだよ。ってか、俺が直接情報を仕入れた訳じゃ無いし。詳しく知りたかったら任務後にリーダーに聞けよ。」
「まだ怒ってますかな?別に大して興味がある訳でもないんですな!じゃ、行きますかね。」
「…ホントお前といると調子狂うわ。」
スキップしながら進み出したビストの後を追いかけるケイト。自由気ままなビストではあるが、実際にはそこまで一緒に仕事をするのが嫌という訳でも無い。相変わらずの自由さに笑みを浮かべていると、ピタリと急に動きを止めたビストが振り返った。
「あ、そんで俺たちは何処に向かえばいいんですかな?」
ケイトの笑みが引き攣る。
「ビスト…。少しは真面目に仕事しろ!」
「げっ。ケイトが怒った!逃げるが勝ちですな!」
「待てこら!」
夜の公園で青年2人の追いかけっこが始まる。




