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Colony  作者: Scherz
第四章 其々の道
697/994

13-1-1.スラム街のヒーロー


 高層ビル群が作った路地裏にバタバタと複数人の足音が響く。


「いたぞ!あそこだ!」

「今日こそ逃がさねぇぞコソ泥野郎!」


 バババババッ!パン!パン!


 銃声がビルの隙間に反響していく。道行く人々は高層ビル群が作り出す迷路の奥から聞こえる銃声に一瞬視線を向けるが、すぐに興味を失った様に進行方向に視線を戻した。

 この都市では銃声が響くのは日常茶飯事であり、なんら特別な事ではない。また誰かが悪い事でもして撃たれているのだろうという程度の認識しか持つことはないのだ。

 ビルの迷宮では1人の青年が耳元を掠める銃弾にビクッと肩を竦ませ、身を低くして左側の路地に飛び込んだ。青年がいた空間を数十発は下らない鉛玉が通り抜けていく。


「いやぁ怖いですな!危ないですな!…まじでどうしよう!」


 右に流した短めの黒髪をガシガシと掻き毟る青年は、焦ったように周りを見回すが…特に隠れられる場所は見当たらない。続くのは直線に伸びる道のみ。ビルの境目にある曲がり角を曲がらなければ…鉛玉によって蜂の巣にされる事請け合いだ。


「これは…全力疾走ですな!」


 青年は後方から聞こえる足音が曲がり角を曲がる前に…と、全力で駆け出した。


「おい!待てコラコソ泥野郎!いつもいつも好き勝手に人のもん盗りやがって!今日こそそのお気楽脳天に風穴開けてやる!」


 パン!パン!パン!


「ひぇぇぇ!今日はいつもよりしつこいんだね!」


 曲がり角まで約10M…このままでは追いかけてくる男が放つ銃弾の餌食になるのは間違いが無かった。だが、青年に銃弾に撃たれるという恐怖は殆ど無いようで、表情から笑顔が消えることはない。


「やばいよやばいよ!どうする俺!?」


 頭の上や脇の下など鉛玉がスレスレで通り過ぎていくが、どの銃弾も青年に直撃する事がない。偶然なのか…それとも青年の実力なのか。

 曲がり角まであと2Mの所で前方からバタバタと複数の足音が聞こえ、青年の顔がひくつく。


「げっ…。もしかするともしかする?」


 そして、予想通り青年が曲がろうとしていた所から屈強な男が3人現れた。全員がベスト状の身体防護服…ボディアーマーを着用し、肩から露出されている腕は鍛え抜かれた筋肉が存在を主張している。3人とも額には黒の髑髏マークが描かれた青のバンダナを巻いており、鋭い目つきと合わせてみても…ギャングと評するのが1番しっくりくる出で立ちをしていた。

 キキィィィー!っと音が聞こえてきそうなモーションで止まった青年に向けてギャングの先頭に立つ男が手に持つ銃を向ける。


「おい小僧。てめぇに恨みはねぇが、悪事を働いたからには…覚悟してんだよな?」

「へっ?覚悟?」

「勿論だ。捕まる覚悟だよ。」

「いやぁそれは…。」

「い、いいから早く捕まえてくれ!油断してるもすぐに逃げられるんだ!」


 青年の後ろからギャング達へ捕まえるように急かす男は、肩でゼイゼイと息をしながら銃を構える。

 前には3人の銃を構えたギャング。後ろには銃を構えた…知り合いといっても良いくらいに顔をよく知ったギャングを雇ったであろう男。本人にそれを言ったら激怒するだろうが。そして左右には高層ビルの壁が高く聳え立つ。青年に逃げる道は残されていなかった。


「へへっ!ピンチってやつですな!でも、捕まらないんですな!」


 青年は右手に持った袋をぎゅっと握り締めると、銃を構えるギャング達に向けて走り出した。


「…こいつ!」


 ギャング達は躊躇うことなく引き金を引くが、銃弾が発射される瞬間に青年の姿はギャング達の視界から消えていた。青年は瞬間的に身を屈めて下…ではなく上に飛び上がったのだ。外れた銃弾が向かい側にいる雇い主の脇を通り過ぎていく。


「うわっ!お前ら俺は雇い主だぞ!」


 文句を喚かれるが、ギャング達はそれに返事をする余裕は無かった。上に飛び上がった青年がギャング達の頭の上を踏み台にして反対側に降り立ってしまったのだ。


「く…くそっ!このままだと逃げられるぞ!撃て!」


 再び銃声がビル壁に木霊するが時すでに遅し。青年は猛ダッシュをしてビル路地迷宮のの十字路を曲がっていた。


「お、お前らぁ!挟み撃ちにして逃げられるとか…高い金払ってんだ!早く追えー!」


 唾を飛ばしながら喚く雇い主をギャングの1人が面倒臭そうな目で睨みつけるが、圧倒的有利な状況で逃してしまったのは事実である。


「ちっ…!追いかけるぞ。」

「おう。」

「おうよ。」


 ギャング達は拳銃を片手に持ったまま青年が消えた方向に向かって走り始めた。

 その後姿を見送った雇い主の男は、怒りでワナワナと肩を震わす。


「いつもいつも人の隙を狙って盗みやがって…。今日こそは捕まえてとっちめてやる!」


 まだ息が上がっているが、それよりも怒りの感情が先行している男は再び走り始めたのだった。

 ビルの路地に走る足音と銃声が疎らに木霊するのであった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 機械街。魔法街と同じく街圏に所属する1つの星である。その名の通り機械が発達しており、街圏の中で科学技術力は間違いなく最高峰だ。

 その機械街の中心都市は名をアパラタスと言う。高層ビルが立ち並び、それらを囲むようにして道路や線路などの公共インフラが敷き詰められていた。緑は殆どなく、ビル群の間にある小さな公園や道路に並ぶ木々がある程度だ。森や林といった緑の密集地帯は一切見る事が出来ない。

 効率性を重視したこの都市で生活する人々は、当然の如くのんびりと生活をする事が無い。常に時間に追われ、時間に管理をされながら、人によっては分刻みのスケジュールで仕事をプライベートも過ごすのだ。

 これが良いとか悪いとか…そういう話ではない。時間を中心として生活するのが当たり前なのだ。この都市に住む人々は生まれた時からその環境で育つのだ。

 それ故に、しっかりとした道筋を辿る人生を送ってきた人々は貧困とは無縁の生活を送っている。欲しいものを買い、食べたい物を食べる。時には余った金で女を買い、非合法な薬を買い、非合法な賭けに興じる事もある。ある意味で人間の人間としての欲望が渦巻く街とも言うことが出来た。

 しかし、どんなに恵まれた者が多いとしても、光のある所に必ず影は存在するものだ。その証拠に、近代都市として栄えるアパラタスの東側にはスラム地区が形成されていた。真っ当な教育を受ける事が出来なかった者や、社会のシステムに適合できなかった者が流れ着き、集まり、作り上げた…アパラタスの裕福層から見れば反社会的な人々が集まる地区だ。

 ここに住む人々は時間の概念に囚われる事無く、自由に生きている。だが社会に適合できなかった彼らは決して裕福ではない。どちやかといえば貧困に喘いでいる。それでもスラム街に住む人々は笑顔が絶えなかった。金銭的に恵まれなくても、心の中が恵まれているのだろう。

 アパラタスの東地区に在するスラム街はその境目がキッパリと分かれている。まるで一直線の境界線を引いたかのようになっているのだ。故に、気付いたらスラム街に迷い込んでしまったという事もない。

 そのスラム地区への境目を躊躇うことなく跨いで中に入っていく青年がいた。右手に持つ袋にはギッシリと何かが詰められているようで、青年の歩く振動に合わせて前後にユラユラ揺れている。


(いやぁ、さっきは危なかったですな!)


 そう。つい先程アパラタスの高層ビル街でギャング達に追われていた青年だ。スラム街の中を進んで行くと、住人達が青年に声を掛けてくる。


「よぉ!今日も収穫あったみたいだな。」

「もちろん!朝飯前だよ!」


 こんな感じに住人達とやり取りをしながら進む青年は1つの一軒家の前で立ち止まった。家の周りには柵が設置されていて、門の部分には看板が立てられている。リーリー孤児院と書かれていた。

 青年は建物を眺めるとニカッと笑みを浮かべて門をくぐる。すると、柵の内側でボールを蹴っていた男の子の1人が青年の存在に気づいて顔を輝かせた。


「あー!!ビストが帰ってきたよ!!」

「え!?ほんと!?」

「わーい!」


 男の子の声に呼応するようにして、外で遊んでいた子供達が青年…ビストの下にワラワラと集まり始める。


「おー!おー!皆元気だったか?」

「うん!ビストも怪我ない?何持ってきてくれたの?」

「俺が怪我なんてするわけ無いじゃん!へへっ。今日はソーセージを一杯貰ってきたんですな!」


 ビストはパンパンに詰まった袋を右手で持ち上げて「どうだ。」と言わんばかりに鼻の穴を大きくして子供達に見せびらかす。


「わー!ソーセージ!ソーセージ!」


 子供達は滅多に食べることが出来ないご馳走に大はしゃぎだ。


「へへっ。じゃ、みんなで中に入って食べよっか!」

「「「「はーい!」」」」


 ビストと子供達が騒ぎながら孤児院の中に入ると1人の老婆が出迎えた。腰は曲がっているが、老人特有の疲れた雰囲気は一切感じさせない丸い鼻とおちょぼ口が可愛らしい何処にでもいるお婆さんである。


「おやおや、みんな元気がいいんじゃのう。」

「リーリーお久しぶり!」

「あのね、あのね!今日はソーセージを持ってきてくれたんだよ!」

「おやおや、それはありがたいねぇ。それじゃぁ今日の夜ご飯はソーセージを使ったご飯にしないとじゃのう。」

「やったー!ビストも今日はご飯たべていくよね!?」

「えーっと、どうしよっかな。」


 子供達の誘いに迷いながらリーリーをチラ見すると、微笑みながら小さく頷いてくれた。それならば…と、ビストはニカッと笑う。


「よーし!今日は一緒に食べてくよ!」

「やったー!!じゃあさ、じゃあさ、ご飯ができるまでサッカーしよーよ!」

「分かった!やるぞー!リーリー、悪いけど俺のご飯も頼むね!」

「ほっほっほっ。もちろんよ。ビストが持ってきてくれたソーセージなんだがら、当然じゃよ?」

「ありがと!よし、みんなサッカーしよー!」


 子供達と楽しそうに庭に出て行くビスト。その背中を眺めながらリーリーはソーセージがギッシリと詰まった袋を持つ手の力を僅かに強めたのだった。


 ここ、機械街にて黒髪の青年…ビスト=ブルートの物語が始まる。


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