12-1-4.ネネ、ルーチェ其々が思う事
あなたと私の萌え心。その一室で映像を眺める女性がいた。頭の動きに合わせて揺れるツインテールが印象的なその女性が見ているのは、対抗試合決勝戦のものだ。龍人とマーガレットが一騎討ちをした映像が何度もリピートされていた。
映像を眺めている女性は…ネネだ。顎に手を当て、真剣な表情で龍人とマーガレットの動きを注視する。何度も何度も見ているため、もう2人の動きはほぼ覚えてしまったと言っても差し支えないレベルである。
当然、何となく見ているのではない。今はメイドの格好をしているが、思考は情報屋としてのそれである。
(ふぅん。マーガレットちゃんは融合魔法を良いレベルで使いこなしてるのね。どの魔法学院でも融合魔法の授業は2年生で取り扱うはず。となると、マーガレットちゃんの家…レルハ家が余程の高等教育を叩き込んでいるのか、彼女自身が天性の才能を持つのか…といった所ね。シャイン魔法学院でもリーダーとしてのカリスマ性で、比較的信頼を集めているみたいだし。まぁ魔導師団への任命は妥当な所かしらね。私が見た所…龍人ちゃんに恋してそうだけど、まぁそこはそんなに悪影響はないかしら。むしろ好影響ね。)
ネネは映像を操作し、龍人が構築型魔法陣を使う場面を映し出した。
(それにしても…龍人ちゃんの魔法陣構築魔法は凄いわね。この魔法の使い方…前に見た文献に載っていた太古の力に該当しそうだけど…ラルフは何か掴んでいるのかしらね。この魔法は固有能力と言って差し支えがないはずだしね。きっと魔聖の連中もそこには気づいている筈。実力的にも問題は無いし、固有能力者が他の星に流れないように魔導師として星に縛る…といった所かしらね。勿論、それだけが理由だとは思わないけど。)
新しい魔導師団メンバー選任の理由を考えるネネは、いつの間にか妖艶な笑みを浮かべていた。
「ふふ…。楽しいじゃない。」
頬杖を付いて映像を眺めるネネは、どこか楽しそうであった。これから起きる事を考えると、まだまだ退屈せずに済みそうである。
(これだから情報屋は止められないのよ。魔法街の未来を1番予見できるのは私に間違いないわね。楽しい1年が始まりそうじゃない。)
ネネから低い笑い声が漏れる。それは部屋の中にいつまでも響くのだった。
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ブラウニー家では、ルーチェとラスターが共に夕食を食べていた。本日のメニューはホワイトシチューだ。まだまだ寒い2月にピッタシの心も身体も温まるシチューは、ブラウニー家専属のコックが作った絶品である。
味の染み込んだ鶏肉を嚥下したラスターは、白ワインを口に含んで香りを楽しむとルーチェに視線を向けた。
「ルーチェ、魔導師団に選ばれなくて残念だったな。俺の娘なら選ばれると思ったんだが。」
「お父様…何を言ってますの?魔導師団の話があっても断るように言ったのはお父様ですわよ?」
「ん…?って事は、発表の前に魔導師団選任の話があったのか。」
「えぇ。ラルフ先生から選ばれる可能性があるとのお話がありましたので、丁重にお断りしましたの。」
「そうか。ラルフも気を使えるようになったんだな。昔は俺でもどうにも出来ない暴れん坊だったのに。人の成長ってのは早いもんだ。」
ラスターは愉快そうに肩を揺らすとフランスパンを手にとって千切りシチューに浸す。仕事の時の一人称が「私」なのに対して、プライベートな時のラスターは「俺」を使う。その一人称の使い分けに合わせて雰囲気も大きく変わる…いや、雰囲気を変えていた。公私をキッパリと分けているのだ「私」を使う公向けのラスターは威厳があって丁寧な物腰。「俺」を使う時のラスターは威厳は相変わらずあるが、どこか気さくさを感じさせる。
「魔導師団任命の可能性を断ったという事は西区…禁区の管理者を本格的に引き継ぐつもりになった。…と解釈していいのかな?」
「勿論ですわ。…というよりも、前から引き継ぐつもりでしたわよ?魔導師団の話が来たら受けるか受けないかは…多分お父様に言われなければ受けていたと思いますが。やはり他の星に行ったり、魔獣を退治したりなどの任務に携わる経験は必要だと思いますの。」
「うん。だから予め断るように言ったんだ。俺の娘なだけあってルーチェは頭が良いからな。総合的に見て魔導師団の経験が役立つと考えるよな。確かにその考えは間違ってない。ただ、まだまだお前は禁区の管理を担う重要性が分かってないんだよな。知るべき事は多いぞ。引き継ぐ覚悟が出来たのなら…これから少しずつ教えるとするか。」
「はい。お願い致すますわ。」
ラスターはシチューを吸って重たくなったフランスパンを口の中に放り込んだ。柔らかくなったパン生地は噛むとシチューを口の中に放出する。小麦の香りと濃厚なシチューの味が味覚嗅覚を刺激し、満足感を高めていく。
とても美味しそうに食事をするラスターを眺めるルーチェは、父親が自分の事を思ったよりも理解していてくれたという事実にニヤニヤ笑いを隠すのに必死だった。
その後は軽い談笑をしながら食事を終えた2人。食後のコーヒーを飲んで口の中を落ち着けたラスターは、先程までよりも引き締まった表情をして口を開いた。
「さて…と、禁区の管理者としての仕事をするならば、他にも気にすべき事は増えるぞ。まずはこれを見てもらおうか。」
ルーチェはテーブルの上に広げられた紙を眺め…目を見開いた。
「お父様…これは本当ですの?」
「あぁ。恐らく魔導師団は外の調整に力を注がなければならない筈だ。今まで3つもの魔導師団が不在だったからな。そのツケは一気に回ってくる。そして…その機を逃さない者達がいるという事だ。奴らは確実に水面下で準備を進めている。ここに書いてあるのは、俺が確認する事が出来たもののみ。恐らくもっと多くの工作が行われている筈だ。これらが確実に行われたら…分かるよな?」
「…えぇ。分かりますわ。悲劇が繰り返されてしまいますの。」
「そうだ。確実に言える事は1つ。俺達だけで防ぐのは不可能だろう。すべき事は、最悪の事態を出来る限り回避するように動く事。回避できないにしても出来る限り引き起こされるのを延ばす事だ。」
「分かりましたわ。」
「うん。いい目をしてるな。では…。」
「……はい。」
紙に書かれていた出来事を阻止する為の何かの仕事を言われると感じ、ルーチェは自然と身構える。厳しい目をするラスターはとても真面目な顔で言う。
「…デザートを食べよう。ティラミスが食べたくてしょうがない。」
ガッシャーン!
ルーチェは漫才か!?というレベルでずっこけたのだった。




