12-1-2.昇学試験
午後の実技試験は上位クラスの生徒たちにとって何ら問題の無い試験内容だった。鉄球を魔力のみで持ち上げて100m先へ運ぶ。魔力のみで操作した矢を100m先の的に当てる。3本の矢を同時操作して、リングが浮かんだべつのコースを通過させる。周囲八方に置かれた魔砲台から放たれる風の塊と水の塊を魔法壁、物理壁を切り替えて1分間耐え切る。といった内容だった。
どの試験内容も入学当初に行った基礎魔法の練習や、夏合宿で行った内容とほぼ変わらない。あくまでも1年生は基礎を固める学年…という事なのだろう。
筆記試験で玉砕した人々を始めとする上位クラスの面々は、全員が問題無く実技試験をクリアし、晴れ晴れとした顔で帰宅していった。
龍人、火乃花、遼、レイラの4人は一緒に街魔通りを魔法教会南区支部に向けて歩いていた。目的は…中央区だ。実は昨年のクリスマスに行われた対抗試合決勝の後に、4人で食事に行こうと約束をしていたのだが、年内は全員の予定が合わず(唯一予定が合った12月31日はブラウニー家の忘年会と重なってしまった。)、1月は龍人の連絡が全然付かなくなってしまった事と、昇学試験が近付いていた事で自然と遊んでいる場合じゃ無くなったのだ。
そして、やっと全員が揃った今日この日に食事へ行こうとなったのは自然の流れと言えるだろう。
4人は取り留めのない雑談をしながら、すっかり使い慣れた魔法協会南区支部の中央区への転送魔法陣に乗った。そして、転移の光に包まれて中央区へと転送されていく。
時刻は夕方の16時。空がオレンジ色に染まり、昼から夜へと移り変わりつつある。特に行く店を決めていなかったので、通りがかりに見つけたお洒落な店を選択した。
店の中は薄暗い照明で大人な雰囲気を演出していた。ウエイターも物腰が柔らかく丁寧で好感を持てる。テーブルに置いてあるグラスは触れれば割れるのではないかと思う程に薄く、カトラリーは年季が入っているものの丁寧に手入れをされているのが分かる輝きを放っていた。所謂…高級店というやつだ。
お値段に関しては…対抗試合で準優勝した賞金を貰っていたからこそ気にしないでいられるといった高価格帯。そんなセレブ気分を味わう4人。
そして、一通りの食事を終えた所でレイラが遠慮がちに手を挙げた。
「あの…皆に渡したい物があるんだ。」
「あら、プレゼント?」
火乃花が少し意外そうな顔をする。
「うん。対抗試合の決勝戦の前にお願いして、忘年会の前に取りに行ったんだけど…中々4人で集まれる機会が無くて、このタイミングになっちゃった。」
そう言ってレイラが取り出したのは4つのペンダントネックレスだった。
「お、すげぇ!なんか綺麗だな。」
想像以上に素敵なペンダント龍人は思わず身を乗り出してしまう。ペンダントは6角柱の透明な宝石で、中に魔法陣、焔、銃、キラキラした光が自由に動き回っている。
「凄いね。これって、俺と龍人、火乃花、レイラをモチーフにしてくれたんだよね?」
「うん。龍人君が魔法陣で、遼君が銃、火乃花さんが焔で、私がキラキラした光だよ。それにね、このペンダントを持った誰かが危険になったら、教えてくれるんだって。どんな感じになるのかはちょっと分からないんだけど、見ればすぐに分かるってお店の人は言ってたよ。」
「…それ、凄いわね。持ち主の生命力を感知して他のペンダントに伝えるって…これ、高かったでしょ?」
「ん~…値段は秘密…かな。」
どうやら値段を言うのを躊躇うレベルらしい。てへへと笑って誤魔化すレイラ。
「マジ?そんな高価な物貰って良いのか?」
「うん。いいんだ。私があげたかったの。」
「んー…本当にいいのかな?」
「龍人、躊躇う気持ちは分かるけど、レイラの気持ちも考えようよ。ここは素直に喜んで受け取るべきだよ。」
遼に諭された龍人は「そういうものか」と考え方を改める。
「分かった。じゃあありがたく貰うよ。」
「うん!」
レイラは嬉しそうにペンダントを渡していく。受け取った火乃花は顔の前にペンダントを翳すと、嬉しそうな顔で眺める。
「本当に綺麗ね。レイラ、ありがと。大事にするわ。」
「俺も大事にするよ。」
「あ、俺もな。」
3人からの感謝の言葉にレイラは照れたように笑う。
「喜んでくれて良かったぁ。一生懸命考えて良かった。ふふ。」
両手でペンダントを握って幸せそうに笑うレイラは可愛かった。彼女だったらすぐに抱き締めたくなる位に可愛かった。可愛さに…龍人は目を奪われていた。それに気付いた火乃花がテーブルの下で軽く龍人の足を小突く。余り見つめ過ぎるな…という事だろう。
「じゃ、皆で付けましょ。」
火乃花の言葉に頷くと、4人はペンダントネックレスを首から下げる。全員の胸元に同じペンダントが下がる光景は《仲間》という感覚をより一層強めるものだった。
こうして4人を繋ぐペンダントが其々の胸元に収められた。
その後も龍人達は美味しいデザートに舌鼓打ちながら食事を終え、店を出る。
中央区は2月という寒い時期であっても多くの人でごった返しており、静かな高級店から出て来ると、その騒がしさはいつも以上に感じられる。
「あ、あのスクリーン…対抗試合だけじゃなかったんだな。」
そう言って龍人が見上げたのは対抗試合会場の外に設置されていた巨大スクリーンだ。試合用に特別設置がされた訳ではなく、その後も広告の要として大活躍をしているらしい。魔法協会中央区支部の隣に設置されているスクリーンには様々な店の情報が次から次へと表示されている。
火乃花は感心したように腕を組んでスクリーンを見上げていた。
「少し前までこんな大きなスクリーンを作る技術なんて無かったのにね。確か…魔法協会中央区支部のテングって人が取り入れた技術らしいわよ。噂だと4月から行政区の魔法協会本部に引き抜かれるらしいわ。30歳にもなってないのに魔法協会本部なんて、相当なエリートコースよね。」
「へぇー。そんなに凄い人がいるんだね。」
横でレイラが口を開けてスクリーンを眺める。行政区魔法協会本部に勤務する事の凄さはイマイチ分かっていなさそうだが、スクリーンを作る技術を取り入れた凄さは分かっているようだ。
龍人もスクリーンに映る広告を見ながらうんうんと頷く。
「いやぁ、こんな凄いのを作る技術を取り入れるってのは……あ。」
突然、巨大スクリーンの広告がプツンとブラックアウトする。そして、次に画面が映し出したのはヤケに美形の女性だった。
薄青いロングヘアーは緩やかに波打ち、童顔で整った顔はパッチリとした二重瞼がその美しさを更に際立たせている。二重瞼の奥にある瞳は透き通った蒼で、見ているだけで吸い込まれそうである。そして、画面に映っているのが上半身だけだからか、首の下で大きくその存在を主張する胸が女性の色っぽさを更に際立たせていた。
「あれ…この人って…。」
レイラが驚いた顔で火乃花を見ると、火乃花も驚きの表情でスクリーンを見つめていた。そして、レイラの言葉に小さく頷く。
「えぇ…。行政区最高責任者で、魔法街戦争を終結に導いた英雄…レイン=ディメンションよ。」
火乃花がレインと呼んだ女性はスクリーンを見る人々の顔を真っ直ぐ見るように佇んでいた。そして、真剣な表情を崩さずに話し出した。
「こんばんわ。私の事を知らない人の方が少ないとは思うが、自己紹介をさせてもらう。私はレイン=ディメンション。魔法街行政区最高責任者を務める者だ。本来は皆の前に直接姿を現して話すのが礼儀なのだが、今回はこの様な形で…というのを許して貰いたい。今現在、魔法街にある全てのテレビやスクリーンには強制的に私が映るようにさせてもらっている。その理由は…魔導師団についてだ。」
《魔導師団》の言葉が出た瞬間に、中央区でスクリーンを見上げていた人々から大きなざわめきが発せられる。
実は年明けには発表されると言っていた魔導師団の選考は難航に難航を極め、発表の見送りが続けられていたのだ。その理由は稀に見る豊富な人材だ。実力だけで見れば魔導師団に抜擢されてもおかしく無い学院生が多い事、知識だけで見れば魔導師団に抜擢されてもおかしく無い学院生も多い事、そして実力と知識の両方を兼ね備えているが性格が魔導師団に向いているか判断しかねる者。こう言った人材が多数いた為に、魔導師団を選抜する魔聖4人の意見が纏まらなかったのだ。
魔導師団は魔法街が誇るエリート集団だ。遂にその発表がされると予感した人々は期待の目をスクリーンに映るレインへ向ける。そのレインはゆっくりと語り出していた。
「昨年度、ダーク魔法学院、シャイン魔法学院、街立魔法学院に其々所属する2つの魔導師団の内1つが解散した。これによって、各魔法学院が1つの魔導師団しか無い状況になり、全部で8つの魔導師団が無ければいけないのに5つの魔導師団で活動をしてきた。だからこそ、今年度は残り3つの魔導師団を発足させる必要があった。その為、今年度の各魔法学院の1年生は例年よりも厳しめのカリキュラムを組ませてもらった。その甲斐あってか候補が沢山出てしまってな…選考に時間が掛かってしまった。発表が遅れた事を謝罪する。」
そう言ってレインは深々と頭を下げた。魔法街の最高責任者が、魔法街に住む人々に軽々しく頭を下げてはいけない。と、糾弾する人もいるだろう。だが、この愚直さこそがレインが皆に慕われる理由の1つでもあるのだ。頭を上げたレインはゆっくりと息を吸い、吐き出す。合わせて質量のある胸が上下するのに目を奪われた者は…きっといないだろう。
「では…発表させてもらう。ダーク魔法学院の第4魔導師団のメンバーは…浅野文隆、森博樹、デイジー=フィリップス、クジャ=パリ。シャイン魔法学院の第6魔導師団は…マーガレット=レルハ、マリア=ヘルベルト、ミータ=ムール、ジェイド=クリムゾン。街立魔法学院の第8魔導師団のメンバーは…高嶺龍人、霧崎火乃花、藤崎遼、レイラ=クリストファー。…以上のメンバーを魔法街の《魔導師》として働く魔導師団に任命する。発表は以上だ。当人達にはこれより行政区の魔法協会本部に来てもらって、任命を受けるか否かを聞かせてもらう。従って、これより担当者が迎えに行くからよろしく頼んだ。…では、これにて失礼する。」
プツン。と、モニターが切れると辺りは一気に喧騒に包まれた。何処からも今しがた発表があった魔導師団の新メンバーについての話題で持ちきりだ。
そして、その魔導師団のメンバーに選ばれた当人…龍人達は困惑の表情で立ち尽くしていた。
「なぁ、俺さ…本当に選ばれるとは思って無かったんだけど。」
「俺も…。ビックリだよね。」
「私は…選ばれたいとは思ってたけど、まさかこのメンバーがそのまま選ばれるとは思わなかったわ。」
「ねぇ…私でいいのかな?もっと強い人一杯いるのに…。」
「なぁーに弱気になってんだよ!少しは自信持て!」
急に背後から掛けられた声。そこには街立魔法学院教師のラルフ=ローゼスが腕を組み、呆れた顔で立っていた。




