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Colony  作者: Scherz
第四章 其々の道
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11-10-10.忘年会



 テーブルやらガラスやら食器が割れる音だけだったら、酔っ払った誰かが粗相でもしたのだろうと、注意を払う人は少なかったかもしれない。だが、それらの音と一緒に魔力の圧力が会場内に居る者達の感覚を刺激したのだ。冗談…にしては強すぎる魔力圧に、下手をすれば怪我人が出るかもしれないという危機感が生まれる。

 あと数センチでマーガレットと唇が触れそうになっていた龍人は、瞬間的に魔力圧の発生源に目を向け…その途中視界の隅に涙を浮かべながら龍人をみるレイラの姿が入ったのは気づかなかった事にして…2人の姿を確認する。念の為補足するが、マーガレットはこの時とても残念そうな名残惜しそうな顔をしていた。

 魔力圧の発生源にいる2人の内1人はそこ迄背も高くなく、細身の男だ。右に流し気味に立てた黒髪と眼光の鋭い目が存在感を際立たせている。

 もう1人はパーマの掛かった輝く銀髪が目を引き、身長も黒髪の男よりも少し高い。また、髪型は7:3程度に分けられていて何となくエロい雰囲気も醸し出していた。


(あれ…あの2人って、確かダーク魔法学院とシャイン魔法学院の人じゃなかったっけ?)


 龍人には見覚えがある2人だった。本日の忘年会に参加したダーク魔法学院とシャイン魔法学院のメンバーは対抗試合に参加した4人と見た事が無い1人の5人だったのだ。そして、その両学院の見たことが無かった2人が忘年会会場の中央付近で睨み合っている。


「ジェイド…なんでこんな所で揉め事を起こすのか分かりませんわ。」


 マーガレットは溜息交じりに呟くと睨み合う2人の方にカツカツと近づいていく。龍人とのキスを妨害された事で機嫌があまりよろしくないのか、歩き方には多少の不機嫌さが混じっていた。

 龍人は下手な口出しによって状況を悪化させてはいけないと、ステージ上で静観する事に決める。睨み会う2人の性格も何も分からない以上、それを知る人達に宥め役を任せた方が効率的なのは間違いが無いからだ。

 マーガレットは銀髪パーマの男の方に近寄っていく。恐らくこの男がマーガレットが呟いたジェイドなのだろう。

 そして、黒髪の男の方にはダーク魔法学院の森博樹が近寄って行った。博樹は近くに行くと黒髪の男に声を掛ける。


「パリ…何があったの?」

「あ?この銀髪野郎が俺が取ろうとした唐揚げを横から掻っ攫いやがったんだよ。」

「何を言う!その様な言い掛かりは認めないぞ?」


パリ…と呼ばれた男の言葉に反応したのは向かい合う銀髪パーマだ。


「私が取ろうとした唐揚げを君が横取りしようとしたのだろう?私はそれを察知して、途中から唐揚げを取る速度を上げただけに過ぎないのだよ。変な言い掛かりは勘弁してもらいたいな。それに、私は銀髪野郎ではない。ジェイド=クリムゾンという名があるのだよ。ジェイドと呼んでくれて構わないぞ黒髪君?」

「はぁ?俺だって黒髪君じゃねぇ。俺にだってクジャ=パリって名前があんだよ。人の事を言っときながら、自分も同じ様に呼んでんじゃねぇよ。頭悪いのか?その銀髪みたいにキラキラした野郎だな。」

「ほぉ…。私の髪を馬鹿にするとは。私はこれでもシャイン魔法学院1年生でかなり上位の実力を誇るのだよ。君みたいな柄の悪いちんちくりんでは相手にならんのだ。その辺りを弁えた方がいいんじゃないか?」

「うっせぇ。俺だってダーク魔法学院1年生でトップクラスの実力だ。お前はその銀髪がキラキラ輝いて相手の目を眩ませてるだけだろ?」

「…お前は、私を愚弄するつもりか?」

「それはこっちの台詞だぜアホ野郎。」


 話せば話すほど雰囲気が悪くなる2人。ジェイドとクジャから発せられる魔力圧が一気に膨れ上がり、事態は緊迫の様相を見せる。

 と、ここでマーガレットの鉄拳がジェイドの脳天に突き刺さり、博樹の蔓がクジャの両手両足に巻き付いた。マーガレットは両手を腰に当て、頭を抑えてしゃがみこむジェイドを睨み付ける。


「ジェイド!貴方は南区に来てまで何が楽しくて喧嘩をしているのですか!唐揚げなんて他のテーブルにもありますのよ。下らない事でシャイン魔法学院の品性を疑われる行動をするのは慎むのですわ!」

「ぐっ…。マーガレットか。私はあのクジャとか言う男が突っかかって来なければ、喧嘩なんてするつもりは無かったよ。私を責めるなら彼を…ぐはっ!」


 言い訳を始めるジェイドの脳天に再びマーガレットの拳が振り下ろされる。


「ホント分かってないのですわ。突っかかって来られて買うのが駄目だと言っているのですわ。」

「ぐぬぬぬぬ…。」


 一方、ダーク魔法学院側では博樹がクジャを宥めていた。


「クジャ…。もう少し穏やかに人と接する事出来ないかな?」

「博樹…この蔓を退かせ。俺はあいつをぶん殴らなきゃ気が済まねぇ。」

「いや、だからさ…唐揚げで喧嘩とか恥ずかしくないの?」

「たかが唐揚げ。されど唐揚げだ。」

「もう…。そーゆーの恥ずかしいから止めてよね。」

「ぐっ…!」


 博樹はクジャの態度にイラついたのか四肢に巻きつける蔓を締め付け、クジャは苦しそうな声を漏らす。この状況を何も知らない人が見れば、触手プレイかSMプレイと勘違いするのは確実だ。


「はっはっはっ!見ろマーガレット!あのクジャとかいう奴の醜態を!衆目の前であんな姿を晒すなど、私には恥ずかしくて出来ないな。」

「だ、か、ら、挑発するような事を言うなと言っているのですわ!」


 再び戒めの拳が脳天に直撃してジェイドを悶絶させるが、ジェイドの馬鹿にした言葉はクジャを怒らせるの十分だったようだ。

 ブチブチブチと蔓が引き千切られる音がすると、SMプレイから解放されたクジャが髪の毛が逆立ちそうな形相で立っていた。


「この糞ジェイド…。後悔させてやる。」


 クジャの周りに電気が迸るのを見た博樹が焦って止めに入る。


「クジャ!ここで暴れるのは駄目だよ!」


 再び蔓がクジャ目掛けて伸びるが、クジャの腕の一振りで弾かれてしまった。


「これはマズイんだねぇ。クジャが本気になると止めるのはかなり厄介なんだよねぇ。」


 そう言って龍人が立つステージにもたれ掛かるのは文隆だ。


「いやいや、そう言ってないで止めに入れって。」


 文隆の余りにも呑気な様子に龍人は思わず突っ込んでしまうが、それでも文隆は龍人を見ると薄ら笑いを浮かべて動く気配は見せなかった。


「それは無理だよぉ。クジャを止めようとするなら、全力でいかないと駄目だし、それにシャイン魔法学院のクリムゾンだってやる気満々だよぉ?」


 文隆の言葉にジェイドの方を見ると、 マーガレットの制止を振り切ったジェイドがレイピアを片手に立ち、風が周りを吹き荒れていた。


(はぁ…。しょうがないな。)


 龍人は右手に魔法陣を展開する。

 その視線の先ではクジャとジェイドが一触即発の雰囲気を出している。レイピアをクルクルと回したジェイドはその切っ先をクジャに向ける。


「クジャ。君はこの私に喧嘩を売った事を後悔する事になるだろう。私が使う魔法の速度に付いて来られるか…見せてもらう!」

「はっ!掛かって来い!糞銀髪!」


 クジャの電気、ジェイドの風の質量が一気に増して、2人は相手を叩き伏せるべく一直線に駆けだした。クジャは電気を纏う拳を振りかざし、ジェイドは風を伴うレイピアを突きだす。

 2人の攻撃が交錯する…と思ったのだが、間に割り込んできた人物によって其々の攻撃が受け止められていた。その人物とは…ステージ上に立っていた筈の龍人だ。

 クジャの拳は物理壁で、ジェイドのレイピアは夢幻の刃の腹で軌道を逸らしている。


「お前ら、いい加減にしろ。戦いたいんなら外に出てやって来い。周りに迷惑になってんのが分かんないのか?」

「なんだてめぇ。これは俺とジェイドの問題だ。無関係のお前が割り込んでくるんじゃねぇよ。」


 クジャの殺気が一気に龍人に向く。だが、ジェイドは龍人が割り込んできた事で一気に戦意が削がれたようだった。レイピアをスッと引くと刀身を肩に乗せて、龍人の顔を真っ直ぐ見つめる。


「…君の名は?」

「高嶺龍人だ。」

「そうか。我が身を省みずに動けるその心意気、評価に値するな。」


 品定めをするように龍人を見るジェイドはフッと笑うと、龍人の展開する物理壁に拳を押しつけ続けるクジャへ視線を送る。


「クジャ。今回の事は私が悪かった事にしようじゃないか。今回は…だがな。」

「あぁ?逃げんのか?」

「そうではない。初撃をこのような形で止められて、更に周りの視線を見ればこれ以上戦おうとは思えないのだよ。」

「あぁん?………。」


 周りを見渡したクジャは口を閉ざしてしまう。忘年会会場の中心にいる彼らは、周囲360度の学院生達から肯定的なものから否定的なものまで様々な視線を向けられていた。戦いを見たい者や静かにして欲しいと思う者が居るのは確実で、そんな人々に見られているのは気まずい事この上無い。


「ちっ…。」


 舌打ちと同時にクジャは全身に纏い、拳に集中させていた電気を収める。


「次会った時…必ずぶん殴ってやる。」

「好きにしたまえ。私は逃げも隠れよしない。」

「ふんっ。」


 鼻を鳴らしたクジャは踵を返すと、会場の隅に移動して壁際に綺麗に並べられた椅子にどかっと座ったのだった。


「高嶺龍人。」


 これで面倒事が終わったと、夢幻を魔法陣の中に仕舞った龍人の名を呼んだのはジェイドだ。振り向いてみると、何とも素敵な立ち姿のジェイドが微笑を浮かべて立っている。


「先程は失礼したね。私もついカッとなってしまったよ。そして、止めてくれてありがとう。」

「あー、いいよ。気にしないでくれ。」

「ここで謙遜するとは…!私とクジャの攻撃を同時に止めて、それを気にしないでくれと言えるその精神…。流石だな。今後ともよろしくお願いしよう。」

「ん?あぁよろしく。」


 ジェイドはふんわりスマイルを披露するとやけに丁寧なお辞儀をして去っていった。


「龍人…。私のクラスメイトが失礼な事をしましたわ。申し訳ありませんでしたの。」


 気づけば隣に来ていたマーガレットが頭を下げて謝る。まぁ迷惑を掛けられたのは間違い無いかも知れないが、そもそも止めに入ったのは龍人自身の意思だ。龍人が動かなければ他のメンバーが動いていた筈なので、マーガレットに謝られても…というのが本音である。


「気にしなくていいよ。大した事をした訳じゃ無いしさ。」

「本当ですの?」

「あぁ。あの程度の事をいちいち気にしてたらキリがないっしょ。」


 周囲の人々は騒ぎの元凶の2人が離れた事で興味を失ったのか、忘年会会場の中央部分から離れていく。残ったのは話を続ける龍人とマーガレットの2人だ。

 龍人の気にしない発言にマーガレットは感激の意を表す。


「龍人…。ありがとうですの。私だったら完全に怒っていますわ。龍人のその優しさ…見習わせて頂きますわ。」

「ん?いやいや、そんな見習うとかのレベルじゃないよ。」

「いえ!私は確信しましたの。やはり私の選択は間違っていなかったのですわ。」


(ん?何か話がこの前の内容に移りつつあるような…。)


 気づけばマーガレットの眼は潤み、恋する乙女のそれになっていた。情熱的…とでも表現すればいいのだろうか。そんな表情のマーガレットの視線は魅力的に熱く、吸い込まれてしまいそうだ。亜麻色の髪と上気した頬のコントラストもマーガレットの魅力を更に引き立たせている。


(ヤバイ。これはヤバイ。)


 何がヤバイのかは想像に任せるとして、マーガレットがこれ以上暴走する事はなかった。喧嘩騒ぎが落ち着いた所でルーチェが忘年会の閉会をアナウンスしたのだ。


「えっと、皆さーん!いいお時間になっていますので、そろそろお開きにしようと思いますの。忘れ物には気を付けてお帰り下さいですわー。」


 まだまだ忘年会は盛り上がりを見せそうではあったが、開催側に終わりと言われればそれが絶対である。学院生達は思い思いに会場を後にし始める。

 時刻は午後11時。忘年会は午後7時から始まったので4時間もルーチェの家に居た事になる。長い時間ではあったが密度はそれなりに濃かったので、あっという間の4時間だった。

 ステージの方を見ながら、そんなことを考える龍人の肩がポンポンと叩かれる。振り向けば、マーガレットが先程よりも至近距離に立っていた。龍人はその距離に驚きはするものの、ギリギリで平静を装う事に成功する。


「お、どしたん?」

「龍人…また来年もよろしお願いしますの。」

「あぁ、よろしくな。」

「それと、対抗試合の後に私が言った事…忘れてはいけませんのよ?」

「お…おう。もちろん?だ。」

「曖昧な反応ですのね。」


 マーガレットは拗ねたようなブスッとした顔をする。頬っぺたを膨らませているあたりは中々に可愛らしい。


「う…。」


 返事に困る龍人だが、マーガレットはすぐに嬉しそうに笑う。


「ふふ。私の事で悩む龍人も素敵ですわ。では、また会いましょう。」


 幸せそうな笑顔を見せたマーガレットは、後ろで待つシャイン魔法学院のメンバーの方を振り向いた瞬間にはいつも通りの凛とした表情に戻っていた。恐るべき切り替えの早さ。役者とか適任なのでは?と思ってしまう。

 一先ず、マーガレットが帰っていったことで、龍人は一難が去ったと溜息を吐く。積極的なマーガレットにはドキドキ避けられっぱなしなので、心臓に良くないのだ。

 …龍人はこの時忘れていた。マーガレットが傍に居た事で、龍人の隣に行きたくても行けなかった女性がいた事を。

《一難去ってまた一難。》

 この諺通りの事態が龍人に襲いかかる。


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