表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Colony  作者: Scherz
第四章 其々の道
683/994

11-10-6.忘年会



 ステージ上に立つマーガレットは物腰柔らかにお辞儀をすると、微笑みながら話し始めた。


「皆さん、本日はブラウニー家が主催する忘年会にお越し頂いてありがとうですの。それでは、ブラウニー家当主である私のお父様よりご挨拶がありますの。」


 ルーチェが横を見ると、ステージに登ってくる1人の男性。オールバックに固められた金髪が印象的で、目元に掛けられた小さめの眼鏡が知的な雰囲気を演出している初老の男だ。だが初老と言っても、老いた雰囲気は無く、凛とした雰囲気がどこか若々しさすら感じさせていた。この男こそルーチェの父親であるラスター=ブラウニーだ。

 ラスターは忘年会会場に集まった学生達をゆっくりと見回していく。途中、龍人と目が合った瞬間にフッと笑みを見せたのは間違いではないだろう。その笑みが意味するところは分からないが、少なくともラスターが龍人を覚えていることだけは確かである。


「今日は我がブラウニー家が主催する忘年会にご参加頂きありがとう。私はブラウニー家の当主、ラスター=ブラウニーだ。行政区の税務庁で長官を務めている。まぁ、今日はあれだ。忘年会だから堅苦しくする必要は無い。私もちょくちょく参加はさせてもらおうと思っているが、基本的には私の事は気にしないで楽しんでくれれば。と思っている。美味しい料理に美味しい酒、思い付く物は大体用意させてもらった。では、楽しんでくれたまえ。」


 見た目通りの知的で物腰柔らかなしっかりとした雰囲気で話したラスターは、チラリと後ろに控えるルーチェに視線を送った。すると、今度はルーチェが前に出る。


「では、皆さん乾杯酒を用意して欲しいのですわ。」


 ルーチェの言葉で学生達は其々思い思いの酒やソフトドリンクを手に取っていく。一応誤解の無いように言っておくが、街立魔法学院の生徒はほぼ二十歳を越えているので法律的に問題はない。


(乾杯酒か~。何にするかな。)


 のんびり悩んでいると、乾杯酒をトレンチに乗せた使用人が近くに来て龍人に声を掛けた。


「こちらはシャンパンです。如何ですか?」

「あ、じゃぁ貰います。遼達もシャンパンでいいか?」


 龍人はシャンパンを受け取ると周りのクラスメイトを見る。すると、遼も火乃花もレイラも皆が既に乾杯酒を持っていた。


「あれ?俺が1番遅い感じか。」

「龍人は悩みすぎなんだって。乾杯酒なんだからパパッと決めなきゃだよ。」

「げっ。遼に悩みすぎって言われる時が来るとは思わなかったわ。」

「え…。それちょっと失礼な気がするよ?」

「そうか?遼って良く悩んでんじゃん。」

「う…、まぁそれは否定しないけどさ。」


 こんな感じで龍人と遼が話していると、再びルーチェが話し出す。


「それでは…皆さんに乾杯酒が行き渡りましたの。ここはパパッと乾杯酒しますの。用意はいいですか?では…。今年1年間お疲れ様でした。魔法学院に入学してから様々な出会いがありました。そして、様々な事を学び、体験して来ました。私はこの1年間で大きなものを得ることが出来たと思っていますの。そんな頑張った過去の自分へ、そして来年も皆に取って素晴らしい年になる事を祈りますわ。お疲れ様でした!乾杯っ!」

「「「「「乾杯~!!!」」」」」


 乾杯と同時に忘年会会場は一気に盛り上がりを見せる。

 龍人達も乾杯酒のグラスを軽く触れさせてガラスの音を響かせた。


「うっしゃー!飯だ飯!」

「ぬぬっ!?俺様も取りに行くぞ!こんな豪華な飯を逃すわけにはいかない!」


 乾杯するなりバルクとクラウンは料理が乗ったテーブルに向ってダッシュをしていった。


「うし、俺も何か取ってこようかな。遼、行こうぜ。」

「いいよー。」


 龍人も遼を誘って移動する。皆とあれこれ話すのも楽しみだが、今は空腹を満たしたいという欲求の方が勝っていた。歩き始めると隣にレイラが小走りで近寄ってくる。


「龍人君、私も一緒に行っていい?」

「おう、勿論。」

「ありがと。あそこにあるスパゲッティが美味しそうだよ。」

「いいねぇ。じゃぁ取っちゃいますか。」

「俺はあそこにある唐揚げを食べたいんだけど。」

「遼って唐揚げ好きなのか?」

「え、別にいいでしょ?」

「え?別にいいよ?」


 なんて会話をしながら移動をしていく3人を見つめるのはマーガレットだ。


(龍人と一緒にいる女の子…レイラという名前だった気がしますわ。あの子…龍人に気があるに違いないですの。龍人と話すときのあのきらきら輝いた目は恋する乙女なのですわ。…負けませんわよ!)


 マーガレットがレイラに対して静かな闘志を燃やしていると、肩をトントンと叩かれる。見ると、そこには火乃花が立っていた。


「久しぶりねマーガレット。」

「あら、火乃花じゃないですか。久しぶりですの。この前の対抗試合ではあまり話す事が出来ませんでしたけど…強くなりましたわね。また昔みたいに戦ったりしたいものですわ。まぁ、私の勝ちに変わりはないのですけれど。ほぉーほっほっほ!」

「ホントあんたは変わらないわね。言っておくけど、小さい頃に戦ったりしていた時と比べて大分強くなったつもりよ?」

「それは私も同じですわ。」

「へーぇ。泣き顔を晒させてあげるわよ?」


 火乃花とマーガレットの間に緊張した雰囲気が漂い始める。このままいけば、忘年会会場で2人の戦いが始まりそうな雰囲気だったが、そうはならない。

 ルーチェが空気を読まずにのほほんと会話に加わってきたのだ。


「あらあら。火乃花さんとマーガレットさんが2人で話をしているのを見るなんて久しぶりなのですわ。しかも、あの頃とほとんど変わらないですの。」

「あら、ルーチェじゃないですか。本日はお招きいただき感謝致しますわ。」

「いえいえ。私は招待するつもりとか無かったのですが、お父様が是非にと言いましたので。」

「あら、そうなのですか?となると…まぁいいですわ。私は今日ここに来たからには、このチャンスをものにしますの。」

「…?マーガレットさん、チャンスとは何ですの?」

「それは秘密ですのよ!」

「あら、教えてくれてもいいのです。」

「それは無理ですわ。私が自分の事を何でも話すとかは思わないで欲しいのですわ。」


 相変わらず相性が悪いルーチェとマーガレットが言い合いを始める。その横でマーガレットと戦いそうな雰囲気になっていた自分を棚に上げた火乃花は、「また始まった。」と溜息をつきながら2人の様子を眺めるのだった。

 そのお嬢様3人組の様子を遠目から見つめるのは、スイ=ヒョウだ。眺めていると言うよりも、お嬢様3人全員を見ている訳ではなく、1人のお嬢様を見ながら右手に持った日本酒を飲んでいる。の方が正しい表現である。

 大勢の学院生が集う忘年会会場でスイは1人だった。別に好んで1人で居る訳ではないのだが、やはり無口で必要な事以外はほとんど話さないスイに話しかける人が居ないのはしょうがない事であろう。

 こうなる事が分かっていた筈なのに、スイがそれでも忘年会に来た理由…それは彼の視線の先にあった。

 その人物はサラサラの赤い髪を揺らしながら立つグラマラスな体型の女性…火乃花だ。つまり、どういう事かというとスイは火乃花の事が気になっているのだ。ムカつく、ウザい、煩い…そういうマイナスな感情ではなく、1人の女性として気になっていた。 だからこそ、その火乃花が行くと言った忘年会に、気は進まないものの、もしかしたら少しでも話せるかもという淡い期待を抱いて参加しているのだ。


(無理だ。あの女3人組が話している所に近づくなど、我には出来ん。)


 トライする前から気持ちが折れているスイは、日本酒をクイっと飲み干す。麹の心地よい香りが喉元を過ぎ、鼻に抜けていく。同時にアルコールが胸を焼き、思考を鈍らせていく。1人で勝手に酔っぱらっていくスイであった。


 学院生たちはブラウニー家が用意した美味しい料理と美味しい酒に舌鼓を打ち、酔っぱらい、テンションが上がっていく。 騒いで踊り出す者や脱ぎ出す者も出るカオスっぷりだ。その様子を遼とレイラの3人で眺めていた龍人。

 そこにダーク魔法学院の浅野文隆と森博樹が近づいてきた。


「やぁ。街立魔法学院の皆は大分楽しいんだねぇ。はっちゃけてる人が多くて見てるだけで面白いよぉ。」

「浅野…それはちょっと言い方が悪くないかな?」


 博樹は文隆が失礼とも取られかねない発言をした事に焦って間に入ってくるが、まぁそんな小さな事を気にする龍人達ではない。


「あぁ気にしないでいいよ。 確かに街立魔法学院はぶっとんだ奴多いし。完全に趣味一直線の同好会とかもある位だしさ。」

「へー。どんな同好会があるんだぃ?」

「んーっとだな…。」


 その後は同好会話で盛り上がる5人。そうこう話している内に龍人は自分の皿が空になっている事に気付く。その場にいる人達に料理を取ってくる旨を伝えると、龍人はステーキが置いてあるコーナーに向かって移動を開始した。

 ステーキコーナーには様々な牛肉が置いてある。牛モモや牛フィレ、更にはイチボという希少な部位まで置いてあるのだ。どれも美味しそうで目移りをしてしまう。


(いやぁどれも旨そうだな。こりゃあ迷うわ。)


 ステーキコーナーの前で何を食べるか悩んでいると、急に龍人の腕が後ろから掴まれる。しかも掴まれるだけではなく、何やら柔らかい感触が押し付けられている。そして、男心をくすぐる仄かな香りが龍人の鼻腔をくすぐった。

 誰かさんのいきなりの行動にドギマギしながらも、龍人は平静を装って振り向いた。すると、そこに居たのはマーガレットだった。


「うわっ。マーガレットか。ってか、くっつき過ぎだろ。」

「ふふ。いいのですわ。私は龍人の心を射止めると決めているのですわ。」


 潤んだ目を向けながら小さい声で耳元で囁くマーガレットの吐息が耳に掛かり、龍人の背筋をゾクゾクとしたものが駆け巡る。


「ちょっ…!近すぎだって!」

「あら。私、龍人が1人になるのをずーっと待ってましたのよ。だから、今まで待っていた分だけくっ付きたいのですわ。」

「いやいや!周りに人が多すぎだからっ。」

「それでは周りに人が居なければ、存分にくっ付いてよろしいのでして?」

「…それもちっと違うんだけど。」

「ふふ。しょうがないですわね。少しの間くっ付けたので今日は良しとしますわ。」


 このままずっとくっ付かれるのかと思っていたが、案外ささっとマーガレットは龍人から離れたのだった。くっ付かれていた時間は長く感じられたが、実際には1分程度。周りの学院生達も龍人とマーガレットが決勝戦で仲良くなったのだろうと思い、2人が少しの間密着していた事を気にする人はあまり居なかった。…数人を覗いて。ではあるが。

 その中の1人、遼はレイラ、文隆、博樹と話しながら自分の立ち位置でレイラの視界から龍人をさり気なく隠す事に必死になっていた。


(もぉ…龍人って変にモテるよね。ここにレイラが居るんだから、そこでマーガレットとくっついちゃダメでしょ!)


 と、遼が密かに努力をしているのに気付かないレイラは、博樹が使う属性【蔓】で行う特殊な治癒魔法(龍人が喰らった謎の液体)の話を聞いて、しきりに関心をしている。

 また、火乃花とルーチェも龍人に対するマーガレットのアピールに気付いていた。そもそも、龍人が1人で動き出したのを見たマーガレットが「ちょっと用事がありますの」と言って龍人の下へ移動していったのだから、気付かない方がおかしいのだが。


「ルーチェ…何でマーガレットが龍人に言い寄ってるのかしら?」

「んー、それがサッパリですの。そこまで龍人くんとマーガレットさんに接点は無かったはずですし…。」

「そうよね。しかもあのくっ付き方…マーガレットがあそこ迄他人に自分からくっ付くとか…。多分冗談とかじゃなくて本気よアレ。」

「あらあら。これは3角関係というやつですわね。」


 ルーチェは3角関係の重大さを分かっていないのか、それとも自分が関わっていないから興味がないのかは分からないが、のほほんと笑う。


(駄目ね。ルーチェは色恋沙汰関係の話はほんわか見てるだけみたいね。兎に角…あの2人を一緒にいさせないようにしないと、レイラが可哀想よね。)


 レイラの為に。という大義名分を勝手に掲げた火乃花は、龍人とマーガレット引き離すべく行動を開始した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ