11-9-10.対抗試合エピローグ
大歓声。その中心にいる男。彼がこの場に立つ事を彼以外の誰かが想像しただろうか。断言しよう。恐らく誰もそんな事を想像しなかった。同じチームの3人ですらも。
その男は髪を掻き上げると「ふっ。」と、自嘲気味な笑いを漏らして満足そうな顔で周りを眺めた。彼が今立っているのは対抗試合会場のリング。周囲360度どこを見ても観客達が犇めき合っている。そして、そこそこの大きさを誇るリングに立っているのは彼1人だけだった。
「さぁ皆さん激戦を制したシャイン魔法学院へ盛大な拍手をお願いします。間もなく治療を終えたシャイン魔法学院のメンバーと、街立魔法学院のメンバーがリング上に来る予定です。」
実況者の声に合わせて一層大きな拍手が送られる。実際には見応えのある試合を繰り広げた8人に対して送られているのだが、リングで1人立つ彼には自分1人に送られているかのような錯覚を覚えさせていた。
観客たちが勇士が出てくるのを今か今かと待ちながらザワザワと話していると、再び実況者が話し始めた。
「それではお待たせ致しました。本日の勇敢な戦士達が登場します!」
「「「わぁぁぁぁぁぁ!」」」
観客達が再び大きな歓声を上げる。
リングに転送されて来た龍人、火乃花、遼、レイラ、マーガレット、マリア、アクリスは観客達の盛り上がりように驚いて目を見開いていた。そして、リングの中央でご満悦の表情で決めポーズで立つ男…ミータを見て、大きさは異なるものの全員が溜息を吐いたのだった。
「シャイン魔法学院、マーガレット=レルハ、マリア=ヘルベルト、アクリス=テンフィムス、ミータ=ムール。貴殿らは魔法学院1年生対抗試合に於いて優勝を果たした。その素晴らしい実力、そして今に至るまでの努力を評し、これを授ける。」
壇上で表彰状を持って文面を読み上げるのはレイン=ディメンション。魔法街戦争を終結に導いた英雄であり、現在は行政区最高責任者を務める、魔法街で実質上1番の権力者である。
そのレインの前に立つのはマーガレットで、彼女の後ろに残りの3人が立っている。
レインから表彰状が差し出され、マーガレットは両手で受け取り頭を下げる。同時に観客から歓声が湧き上がった。対抗試合優勝チームへ送られる惜しみない拍手はいつまでも続くのだった。
魔法学院1年生対抗試合の表彰式はその後も小一時間程ダラダラと形式ばった感じで続き、優勝チームと準優勝チームの8人が解放されたのは陽が傾き始めた頃だった。
試合会場から出た龍人は大きく伸びをする。
「いやぁ負けちゃったな。俺、勝てると思ってたんだけど…まだまだ甘かったみたいだわ。」
「ミータとアクリスに負けた私が言うのもなんだけど、龍人君…最後の負け方、アレは多分歴史に残るわよ。」
「火乃花さんのあれはしょうがないんじゃないかな?私だったら動けなくなっちゃってたと思うし。」
「まぁ…そうなんだけどね。それでもあの場面で女とか男とか関係ないじゃない?アレは完全に私がいけないわ。」
「あのさ、俺だって不可抗力だぞ?普通に転送されてると思ってたし、それに目が覚めた瞬間にあれじゃぁどうしようもないって。」
「ま、まぁまぁ皆どんまいじゃないかな?」
話を纏めようとして口を開いた遼だったが、失敗だったことに気づく。龍人と火乃花がジトーとした目で遼を睨んでいたのだ。因みに、レイラはそんな2人を見て苦笑いをするのみ。
「そもそもさー、後のこと考えないで殆どの魔力を1回の攻撃につぎ込んじゃって、その後全く何も出来ずに退場したのって誰だっけね。」
「ホントよ。あそこで少しでいいから魔力を残して戦えるようにしてたら少しは変わったかもしれないのに。」
「え…。で、でもさ、あの攻撃でマリアを倒したのは事実だよ?」
「いやいや、相打ち根性なんていらないから。」
「そうよ。それならあの攻撃を放った後に動けるようにチームの誰かと協力して何かしらの連携攻撃とかに繋げるべきだったんじゃない?」
「う…。」
何を言っても返される状況に遼は言葉が詰まる。
そもそも龍人と火乃花の機嫌が余りよろしくないのは、決勝戦での負け方が原因になっていた。
火乃花はアクリスの爆発で体勢が崩れた所にミータの衝撃波が襲いかかり、ギリギリで避ける事に成功はしたのだが、服の胸元が裂けるという恥ずかしいハプニングに襲われたのだ。幸いな事に下着が裂かれる事は無かったが、火乃花の大きな胸元…魅惑的?な谷間が露わとなる。
火乃花は「きゃっ」という何とも女の子らしい、男衆が聞けば心を射抜かれそうな声を出して胸元を抑えてしまう。勿論、意図的な反応ではなく、反射的な反応だ。比較的激しめの気性を持つ火乃花だが、そこは女の子。普通の反応と言えるだろう。
だが、戦闘が行われているこの場では、胸元を抑えるという行為は致命的な隙となってしまった。ミータの衝撃波を迂回するような立ち回りを見せたアクリスが下からアッパーを繰り出していたのだ。そして、その攻撃は狙ったのか狙ってないのかは分からないが、胸元を抑えた火乃花の死角から放たれていた。
結果、アッパー&爆発によって吹き飛ばされた火乃花は仰け反るようにして吹き飛び、その胸が大きく揺れる様を試合会場のモニターに大きく映される事となってしまう。
そこからはアクリスが放つ爆発する格闘術の連撃を防ぎきれずに火乃花は腕輪によって強制退場を余儀なくされたのだった。
攻撃役の火乃花が倒された事でレイラも5分後には耐えきれなくなって被弾。そのまま強制退場となる。
この時点で試合終了と誰しもが思ったのだが、何故か試合は終わらなかった。その理由は単純。高層ビルから落下した龍人が転送されるギリギリ一方手前の体力が残っていたのだ。
だが、残っていたとしても龍人は落下の衝撃で意識を失っており、この時点でシャイン魔法学院の勝利は確実となっていた。
落下の衝撃で気を失っていた龍人が見たのは、光を背にして立つ男…ミータの姿だった。ミータは滑らかな手付きで龍人に向かって指を伸ばす。
「君の運命は僕が握っているんだよ。このまま降参するのか、それとも悪足掻きで僕と戦うかい?…なんて言えるこの状況…いいねっ。僕はやっぱり目立つ運命にあるのかも?」
「…ミータ。格好つけるのはもういいんじゃないかな?」
横に立つアクリスが面倒臭そうな顔でミータに声を掛けた。
「えっ。折角目立てるチャンスなんだから目立ってファンを増やさなきゃだよ。」
「いや、でもさ…。」
なんて言うやり取りが5分程続いた後、拗ねたミータが龍人の脇にしゃがむ。
「なんかさ~いい加減試合を終わらせようだって。その様子だと…もう転送される直前だよね?体力を消耗すればいいわけだから…これだ!」
そう言ったミータが取った行動は龍人をくすぐるという行為だった。
「ちょっ…!」
そこからたっぷり10分位ミータにくすぐられ続けて体力を消耗した龍人は笑いながら強制退場を退場をさせられたのだった。
恐らく対抗試合史上初のくすぐりによる決勝戦決着。良くも悪くも今後も語り継がれる結果となったのは言うまでも無い。
そんな結果を思い出していた龍人は段々とムカムカしてきていた。
「なんか…今更ながらに悔しいわ。」
「ふふっ。でも、龍人君楽しそうに笑ってたわよ。」
火乃花がニヤニヤしながら龍人を小馬鹿にする。そして、何故かレイラも火乃花のセリフに悪ノリをしてきた。
「そういえばそうかも…。龍人君、試合なのを忘れてそうなくらいに笑ってたよね。」
「ちょっと…!レイラまで何言ってんだし!」
こんな感じで、決勝戦に負けたものの案外落ち込んでいない街立魔法学院の4人が南区への転送魔法陣に向けて歩き出した時だった。女性の声が龍人を引き止める。
「龍人!話があるのですわ!」
「んっ?」
名前を呼ばれた龍人が振り向くと、そこにはマーガレットが立っていた。チームメンバーの姿は無く、彼女1人である。
その顔は夕焼けに染まりいつもより赤く見える。果たして夕焼けのせいなのか、本人の顔が赤いのか…に関しては取り敢えず置いておこう。
「マーガレットか。どうしたんだ?話って?」
「えっと、その、2人で話がしたいのですわ!着いて来なさい!」
そう言うとクルッと踵を返してマーガレットはスタスタと歩き始める。…龍人が着いて来ているのか確認もせずに。いきなりの展開にやや戸惑い気味の龍人だが、断る理由も特に無いので追い掛ける事にした。
「ちょっと何なのか良く分かんないけど行ってくるわ。先に帰ってていいよ。」
火乃花、レイラ、遼もマーガレットが何故龍人を引き止めたのか良く分からないらしく怪訝な顔をしていたが、龍人の言葉に頷く。
「良く分からないけど、一応気を付けてね。相手はあのレルハ家のお嬢様だし。変に無礼なこととかしたら後が怖いわよ?」
「龍人君…気を付けてね。」
「龍人、何かあったらすぐに逃げるんだよ。」
「いやぁ、そんな危ない事にはならないとは思うけど、一応気をつけるわ。じゃ、今日はお疲れ!」
龍人はそう言うとチームメンバー達に手を振り、姿がどんどん小さくなっていくマーガレットを小走りで追い掛け始めた。
マーガレットが龍人を連れてきたのは、とある協会の前にある広場だった。広場の中央に着いたマーガレットは流石はお嬢様という感じの180度ターンをして龍人を見る。
対する龍人はこれから何が始まるのか分からず、「ん?」といったキョトンとした表情をしていた。
マーガレットは深呼吸をする。体の中に溜まっていた緊張をゆっくりと吐き出していく。そして、意を決して口を開いた。
「龍人。対抗試合決勝戦で私達シャイン魔法学院が勝利したのですわ。」
「…?あぁ、そうだな。」
敗北者への嫌味を言う為にわざわざ呼び寄せたのだろうかと、首を捻る龍人。だが、それにしてはマーガレットに勝ち誇った様子は無く、寧ろしおらしい雰囲気さえ感じさせる。
「けれど…龍人、貴方は私との一騎討ちで勝利したのですわ。」
「…。」
マーガレットが言いたい事が本当に分からない龍人は無言のままだ。
「私は、私がどんなに想っても私より強い人を相手に選ばないと決めているのです。」
(ん?どういう話の流れだ?)
「でも、龍人は私に勝った…。」
(え、もしかしてそういう事か?)
「だから、だから、龍人!」
「お、おう。」
マーガレットは真っ直ぐ龍人の目を見つめる。その表情はお嬢様とかそんなものではなく、恥じらう女の子の顔をしていた。そして、次のセリフで龍人の想像が現実のものとなる。
「私は貴方が生涯の夫となる事を許すのですわ!」
イキナリの逆プロポーズという展開に龍人は言葉を発する事が出来ない。人生最大の告白をしたマーガレットも顔を真っ赤に染め、口を横一文字に結んでいる。限界突破しそうな恥ずかしさを懸命に堪えているのだろう。
(えっと…?いやいや落ち着け俺。今のは完全にプロポーズだよな?って事は…マーガレットは俺の事が好きなのか?え?マジで?そんなに仲良くしたっけ?俺はこれを受けるとマーガレットと結婚すんのか?でもまだ学院生だし。…いや、学生結婚禁止って規則はないか。…って違う!俺には一応好きな人が居るし。…ん?正確に言えば気になる…かな。確かにレイラの事は好きだし、可愛いし、見てても一緒に居ても癒される。好きか嫌いなら好きだし、いや、むしろ付き合えるなら付き合いたい位には好きだよな。じゃあ何で俺は告白しないんだ?…なんでだ?………待て待て。それはそれだ。俺はマーガレットのプロポーズ?告白?をどうすりゃいいんだ?普通に考えたら断るんだろうけど、マーガレットと好きか嫌いかって言うと好きな部類だし。………あーーー分からん!)
予想外過ぎる事態に龍人の思考はまともに機能していなかった。もし、プロポーズされるというある程度の心構えがあったのなら、しっかりと断っていたのだろう。だが、今の龍人にそんなまともな思考が出来るはずもなく、何故かレイラに対する気持ちの考察まで始めてしまった龍人は《断らない》という選択をする事となる。
「えっと、そのだな。まだ俺とマーガレットって出会ったばっかって言ったら出会ったばっかだろ?それでいきなり結婚とか夫とかってのは難しくないか?」
「では…では、段階を踏めばよいのですわね!」
「う…ま、まぁそうなんだけど。」
「分かりましたの!では結婚を前提とした彼氏彼女として…。」
「待て待て。付き合うには互いに好きじゃなきゃ駄目だろ?俺、一応気になる子いるしさ。」
龍人としては一応今の台詞で告白に対するお断りを言ったつもりだったのだが、そんな簡単に話が進むわけもなかった。マーガレットは引かない。引くわけがなかった。
「では、では、私の事は全く好きじゃないって事ですの?」
「え…っと、好きか嫌いかって言うとどっちかっていうと好きな方だけど。」
「成程ですの。確認しますが、気になる人とは付き合っている訳では無いのですわね?」
「おう。誰かと付き合ってるって事は無いよ。まぁ、でも気になる人がいるのは事実だし。」
「良かったですわ!」
急に大きな声を出したマーガレットは胸の前で手を組み合わせる。ときめく女の子のポーズである。
「つまり、まだ私は妻としても、恋人になるのにしても圏外かも知れないけど…そんな私にもチャンスがあるという事ですわね!」
「う…えっと…そ、そうなるのかな?」
「ありがとうですの!私、絶対にあなたを振り向かせてみせますわ!」
そう言うとマーガレットは龍人に近寄り、両手を取るとフワリと包み込む。至近距離で龍人を見つめるマーガレットの顔は、いつもの高飛車な顔ではなく、恋する乙女…恋を成就させることを決心した表情をしていた。また、好きな相手の手を握っている事でほんのり上気した頬や潤んだ瞳は女らしさを否が応でも感じさせる。
「龍人…。」
「お、おう。」
龍人の手を握るマーガレットの手に力が籠る。そして、只でさえ近い距離に居るのにも関わらず、マーガレットはもう一歩近づいた。互いの手を取り合い愛を囁くカップルの様な体勢に龍人は緊張して身を強張らせる。腕には何やら柔らかい感触が当たっている気がするが、そんな事を気にする余裕は無かった。
「龍人…私は貴方の事が好きですの。プレ対抗試合で助けてもらった時から、龍人の事が忘れられないのですわ。貴方に好きになってもらえるように…私、頑張りますの。」
至近距離でもう1度の告白。それはマーガレットの気持ちを理解するのには十分過ぎるものだった。そして、マーガレットの真っすぐな想いを受けた龍人の心にも小さな変化があった。
(あれ、何かマーガレットが可愛く見えるかも。)
そう。いつの間にかマーガレットが龍人の心の中に入り込んでいたのだ。まともな思考能力が回復していないせいでの錯覚の感情なのかどうなのか。だが、今現在龍人の心の中ではマーガレットへの好感情がグングン上昇中である。だからだろう。この後に続く言葉がマーガレットに大きな期待を持たせる結果になったのは。
「分かった。俺もマーガレットの気持ちに真っすぐ向き合えるように頑張るよ。」
「…ありがとうですの!良い妻となれるように、その為にも私が龍人にとっての1番になれるように頑張りますの。」
マーガレットの顔が更に近づく。それはもう唇同士が触れ合うのではないかという程に。恋するお嬢様は大胆なのだ。吐息が互いの頬を撫で、ゾワリとした感触を残す。このまま人生初のキスを…なんて事にはならなかった。恋するお嬢様はその辺りの分別も弁えているらしい。
フッと包まれていた龍人の手が解放されると、マーガレットは嬉しそうに微笑んでいた。
「今日はありがとうですの。これからもお願いしますですの。」
「お、おう。よろしくな。」
ニコッと可愛らしく笑ったマーガレットは小さく手を振るとそのまま歩き去って行った。
その後ろ姿が建物の陰に消えるまで見送った龍人は、天を仰ぐと呟くのだった。
「なんなんだこれ。ってか俺はどうしたらいいんだし。」
対抗試合という大きなイベントが終わった直後から、今度は恋愛イベントが始まりそうな予感に龍人は落ち着かない気持ちを抱くのだった。
こうして魔法学院1年生対抗試合は無事に終わりを告げる。龍人をめぐる恋のイベントという伏線を残して。
そして、場面は終業式へと移っていく。




