11-9-9.対抗試合決勝戦
赤い風が渦を巻く様な軌道で龍人へ伸びていく。龍人は足に風をエンチャント(纏わり付かせて風の力を利用する)させ、踏み込む足下で風の小爆発を起こして一気に移動距離を稼ぐことで赤い風を回避していく。
僅かに掠った所が発火するが、周囲に発生させている水の粒が発火と同時に消火活動を行うので問題はないと言える。
マーガレットの攻撃手段は本命を赤い風や赤い光に置き、それらを当てる為に他の細々とした攻撃で相手を追い詰めるという方法だ。基本的な戦術では間違っていないと言える。だが…。
(攻撃のフィニッシュが2パターンに限られるってのは、ある程度の攻撃の組み方の予想も出来るし、そこからフィニッシュに何が来るのかが読めるから避けるのはそんなに難しくないぞ。…これって、一定のパターンに慣れさせたところに、違うパターンへ急激に変化させる事で相手の虚を付く作戦って可能性もあるけど…。よし、仕掛けるか。)
光の矢の乱射で動きを制限されたところに矢群を突き抜けてきた赤い光のレーザーを防いだ龍人は、体の周りに展開させていた魔法陣を分解、夢幻の周りに4つの魔法陣として構築する。
「行くぜ。」
力強く地を蹴った龍人は1つ目の魔法陣を発動する。そこから迸るのは紅蓮の炎。龍人の口から鋭く息を吐く音が鳴り、それに合わせるようにして無限が横一文字に振り抜かれる。剣先の軌道に合わせて放たれる炎の刃が唸り音を立てながら突き進む。
マーガレットが魔法壁で防ぐ所まで織り込み済み。炎の刃を追走していた龍人は紅蓮の炎が纏う夢幻で斜め下から斬り上げて魔法壁を霧散させる。
龍人のスピードが一気に上がったのについていけないマーガレットは、風の塊を弾けさせて龍人を後退させて距離を取ろうとした。だが、ここで無限の周りに展開している2つ目の魔法陣が発動し、龍人の姿が一瞬で消える。マーガレットは慌てて周りを見渡し、探知結界を展開して攻撃に備える。探知結界に反応があったのは、事もあろうか横や後ろではなくマーガレットの正面だった。
空間が少しブレたかと思うと、次の瞬間には夢幻の切っ先を後方に残しながら構えを取る龍人の姿があった。そして、渾身の力で振り抜かれる夢幻の切っ先がマーガレットがギリギリで放った赤い風とぶつかり、乱れた気流が周囲を傷つけていく。
(今までと動きが違うですの…!)
そんな感想を抱くマーガレットだが、その事について深く考える時間を得る事は出来ない。
赤い風にやや押されて後退した龍人だが、3つ目の魔法陣を発動していたのだ。そこから放たれるのは水流。夢幻の動きとは関係なくマーガレットの視界を覆い尽くす勢いで広がり襲いかかる。魔法壁で防いだマーガレットだが、水流の威力の弱さは想像以上であった。ブラフであるかと疑いたくなる程に。
(どういう事ですの?ただの目眩まし?)
答えはすぐに身をもって体感することとなる…足に感じた激しい痺れによって。水流はあくまでも電気に感電させる為に放ったのに過ぎなかったのだ。
このまま感電によって動けなくなりthe end。…とならないのは流石はシャイン魔法学院1年生の中でトップクラスの実力を持つマーガレットだ。
感電を察知した瞬間には自身を中心として風を発生。感電の元になっている水を一気に吹き飛ばした。これで電気によるダメージは無い…という訳には当然いかない。
龍人は水を介した電気だけでなく、マーガレットに向けて直接電撃も飛ばしていた。だが、マーガレットもそんな事は感電を受けた瞬間には予測済みで、風と同時に展開していた魔法壁が電撃を防ぐ。
そして、その魔法壁を突き抜けるようにしてマーガレットは両刃剣を構えて突撃して龍人に斬りかかる。更に、斬撃と同時にマーガレットは自分が使える最大級の魔法を使う覚悟を決める。
(ここまで追い詰められたのですわ。全力で、私の全てを出し切るしかないのです!)
龍人の夢幻によって剣が弾き飛ばされたマーガレットは、龍人との間に風の塊を生成。一気に爆発させる。
これによって2人は互いの後方へ吹き飛ばされて彼我の距離が大きく開くことになった。
「いきますわ。」
マーガレットを包み込むように高熱の火が噴出し、周囲を踊り回る。それは次の瞬間には揺らめく火では無く、光の様に鋭い火となってマーガレットを守るように踊り狂っていた。変化は止まらない。直線的に速い速度で動いていた火は急にしなる様な動きへと変化する。それは宛ら風の刃である鎌鼬のよう。
そして、それは夢幻の周りに新たに3つの魔法陣を展開し、合計4つの魔法陣を浮かべた龍人に向けて放たれる。
(なんだこの魔法?属性が色んなものとダブってないか?…ヤバイ!)
迫り来る刃のように鋭く、風のように柔軟な動きを見せる火の脅威を直感的に感じ取った龍人は、2つの魔法陣を分解して1つの魔法陣を構築する。発動するのは魔法障壁だ。5角形を組み合わせた結界が龍人を護るように半球状に展開され、マーガレットの攻撃を受け止める。
ガンっ!という衝撃と共に魔法障壁へ強力な圧力がかかり、軋む音が龍人の耳に届く。
(マジか?魔法障壁がここまで軋むってのは…やばいぞ。……マーガレットはどこだ?)
魔法障壁へ着弾した時に煌めいた攻撃魔法と防御魔法の攻防による光が視界をホワイトアウトさせた一瞬を付いて、マーガレットの姿が消えていた。
だが龍人は焦らない。この状況で姿が見えない事への推理を一瞬でしていく。自分がマーガレットだったらどう動くか。…答えは簡単であり、それが勝利への確実な手段であった。だからこそ、対処するのが難しいのも理解してしまう。
(…間に合え!)
龍人は夢幻の周りに残る2つの魔法陣を分解構築して魔法障壁を発動させる準備をする。
そのコンマ数秒後、龍人の右側から強力な魔力の圧力が襲いかかってきた。もちろんマーガレットによる攻撃だ。直撃する寸前で展開された魔法障壁が攻撃を防ぎ、ミシミシと嫌な音を立てる。
このままこの場所に突っ立っていたら、狙い撃ちにされるだけだと判断した龍人は、ビルから飛び降りるために全力で駆け出した。当然、マーガレットはその龍人を追いかける。
(チャンスですわ!龍人は2つの魔法障壁で展開していた魔法陣を使い切ったのですわ。ならば、次の魔法陣を展開する前に倒すしかないのです。)
決勝戦フィールドで1番高いビルの屋上から空中に身を躍らせた龍人を追ってマーガレットも屋上の床を力強く蹴る。
眼下には背を下に向けて追いかけるマーガレットを見ながら落下していく龍人。このまま落下すれば即死級のダメージを受けるのは必至。もう少し落下してから浮遊魔法を使うのだろうか。追いかけるマーガレットとしてはそれを待つ必要性も、待つつもりも無かった。確実に龍人を倒すために周りで踊り狂う火達を回転させ、絡まるらせるようにして一直線に撃ち出した。それは龍人の中心へ赤い筋を残しながら吸い込まれていく。
マーガレットは龍人が今までと魔法陣以外で魔法を発動しているのを見た事がなかった。そこから、魔法陣でしか魔法を発動出来ないという所まで推測をしていた。
そして、今の状況だ。龍人は予め展開していた4つの魔法陣を使い切り、手に持つのは両刃劔夢幻のみ。光の速度で龍人に向かって進む火の回転弾を防げる可能性はほぼ無いに等しかった。
故に確信する。龍人に勝利する事を。同時に感じる小さな虚無感。負けることを望んでいた訳では無い。だが、それでも心の何処かで龍人が自分より強ければ…。というのがあったのも間違いの無い事実である。
(しょうがないのですわ。これが…現実なのです。)
マーガレットが注視する先で火の回転弾は龍人に直撃。凝縮された斬撃と打撃による瞬間的な連続ダメージで龍人の体力を一気に削り取る。
…筈だった。
攻撃を放ったマーガレットも、モニター越しに観戦していた万を超える観客も、審査室で雑談しながら何かを書き込んでいる職員達も、それを見ていた全ての人々が龍人の負けを確信していた。腕輪が体力の5%以下への低下を感知して龍人を転送する。そう思っていた。
もう一度言おう。
…その筈だった。
ただ1人、攻撃を受ける直前の龍人以外はそう思っていた。
火の回転弾が龍人に直撃する直前、龍人は夢幻をそれに向けて横薙ぎにしていた。夢幻の刃の中心にはいつの間にかに幾つかの魔法陣が突き刺さるように直列展開されている。魔法陣から発せられた光は夢幻の刀身を包み込み、斬撃の速度を一気に向上させる。まさしく光の速度で振り抜かれた夢幻は、火の回転弾を横から叩いてその軌道を強引に横にズラしたのだった。
マーガレットは龍人の能力を1つだけ誤解していた。龍人は魔法陣を展開してからでないと魔法を発動出来ないのではない。魔法陣を使わないと魔法を発動出来ないだけだ。つまり、展開→発動。という手順が必ずしも必要という訳ではなく、ストックしてある魔法陣であれば展開しながらの発動という1ステップを無視した発動方法を取ることが出来る。
魔法陣を展開していないから魔法を使う事が出来ないと判断してしまったのがマーガレットのミスであろう。
火の回転弾を弾いた龍人の顔が悪戯を思いついたみたいな笑みを湛えているのに気付いたマーガレットをゾワリ、と嫌な感覚が襲った。そして、その感覚が間違いでは無かった事を次の瞬間に思い知る。
同時に、己の負けを確信しつつ。
(…やっぱり龍人は強かったのですわ。)
負けを確信しつつも、マーガレットは全力で魔法障壁を多重展開していた。少しでも、ほんの少しでも生き残る可能性に賭けて。
負けを確信しつつも最後の足掻きをしようとする彼女の視線の先には…周りに大量の魔法陣を同時展開した龍人が映っていた。
20は下らない魔法陣が同時に分解構築され、5つの魔法陣を作り上げる。
そこから放たれたのは異なる属性のレーザー。火、水、風、光、闇の属性だ。5つの属性レーザーは真っ直ぐ進み、次第に近づき合い、絡まり、一本の極太レーザーとなり、マーガレットに向けて突き進む。空中にいるせいで高速移動が出来ないとマーガレットには、防御結界で防ぐ以外の手段はなかった。
そして、5つの属性を有した極太レーザーはマーガレットの魔法障壁を簡単に突き破り、その光の中にマーガレットを呑み込んで天へと昇っていった。
(よし!これで俺の勝ちだ!…ってこれ、もう地面にぶつかるよな?…間に合わねぇ。)
ドガン!
という鈍い音を立てて龍人はアスファルトの地面に身を打ち、意識を失った。




