11-9-3.対抗試合決勝戦
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マリアとアクリスが上の階へ登り始めてから約10分後。マーガレットとミータは25階に到着していた。
(ここまで何もないのは…どっちですの?)
35階のトラップ魔法陣を光魔法で消すという強硬策に出た2人はそこそこのダメージを負ってしまったが、それでも戦闘に支障がない程度には何とか防ぐ事に成功した。しかし、思った以上にトラップ魔法陣によるダメージを受けた2人は警戒心マックスで29階へ進む。だが、そのマーガレットとミータを待っていたのは静寂だった。
ついさっきまで35階で柱の陰から攻撃を仕掛けてきたであろう龍人や火乃花、そして遼の姿や気配も感じられず…更にはトラップ魔法陣も一切無かったのだ。その空間はただのビルの1フロアに過ぎなかった。
そして、その何もない状態が今居る25階まで続いているのだ。これが油断をさせて不意を突く作戦なのか、はたまた本当に何も無いだけなのか。判断をするには材料が少なすぎた。
唯一不審な点があるとすれば、各階に書きかけの魔法陣のような模様が所々に残されていたという点か。だが、それが本当に書きかけの魔法陣だったとして、何かの脅威になるかというと全くそんな事はない。故に、マーガレットとミータはそれに対してさしたる意味は無いという結論を出していた。むしろ、変に気にする方が集中力を欠いてしまい咄嗟の対応に遅れが出てしまう可能性も考えられる。
それよりも重要なのは先も述べたとおり…全く攻撃がないこの状況をどう解釈するのかという事だ。
2人は探知結界を先に飛ばして警戒しながら24階への階段を降りていく。途中でミータがボソリとマーガレットに呟いた。普段のナルシスト風な雰囲気は殆どなく、ザ・真面目なミータである。
「ねぇ、これってやっぱ怪しすぎるよね?」
「…勿論ですわ。35階のトラップ…あれはかなりの量が設置されてましたが、私達を倒そうとはしていなかった様に思えるのですわ。あくまでもダメージを与える事と足止め…だと思っていたのですが。…でも、だったとしたら、他の階にも何かを仕掛けるべきなのですわ。そもそも、35階に潜んでいたはずの龍人や火乃花や遼が何処にもいなくて、気配すらしないのはどうも腑に落ちませんの。」
「そうだよね。でも…油断は出来ない。」
「えぇ。それこそが狙いの可能性もありますわ。」
現状に対する考察を話すマーガレットとミータは24階に到着する。そこにはアパレルショップが並んでいた。各店には様々な服が陳列されている。たかが…と言ってはそれまでだが、決勝戦の為に特別に用意したフィールドにここまで手間をかける理由もマーガレットの疑問の1つでもあった。だが、それは運営側に対する疑問であって今の戦いに直接関係する訳ではない。今は自身が置かれている状況を分析するのに全力を注ぐべきである。
因みに普段であれば喜んで服を物色するのだが…色々な服を前に近寄ったりという軽率な行動が出来ない状況は、マーガレットにとって残念な事極まりなかったりもする。
次の階に進む階段の場所を店内マップ(これも丁寧に設置されていた)で確認した2人が歩き出した時だった。マーガレットが周りに展開し続けていた線状の探知結界が後方に何かしらの反応を示す。
「誰!?……なんですのあれ?」
振り向いたマーガレットの視線の先には球状の何かが浮かんでいた。その場所だけ空間が歪んでいるかのようにユラユラと揺れている。空気…なのか、それとも高密度の魔力なのか。隣に居るミータをちらりと見るが、首を横に振られてしまう。
(ミータでも分かりませんのね。あの球状の何かが攻撃系統の魔法なのか、それ以外なのか…。龍人が使う魔法は嫌らしいのが多いのですわ。………え、なんですのこの反応。他にも…?)
マーガレットの探知結界に魔力反応が次々と現れだす。慌てて周りを見るとそこら中に同じような球状の何かが浮かんでいた。もし、これが大掛かりな魔法の前段階だとしたら、ここで動かずに静観していたら全滅の可能性も出てしまう。
まず、優先されるのは球状の何かが何であるのかを確認する事である。マーガレットは火の矢を生成し撃ち出した。突然の行動に横でミータが「マジで!?」的な顔をしているが、そんなのに構っていられる状況ではない…かも知れない可能性があるのだ。
火の矢は一直線に飛び、ユラユラ浮かぶ球状の何かとぶつかって爆発を起こした。…とはならず、ただ通り抜けて奥の壁に突き刺さってしまう。余りの手応えのなさに逆に戸惑うマーガレット。
「あのユラユラ…なんですの?」
「どういう…もしかしてただの魔力の塊なのかな?」
「ミータ…どういう事ですの?」
「つまり…。」
「つまりこういう事だよ!」
突然の声。それはマーガレットとミータの右から聞こえた。其処には真っ直ぐ伸ばした手先に大きめの魔法陣を展開済みの龍人が立っていた。
マーガレットとミータが龍人の存在に気付き、身構える瞬間に魔法陣から放たれたのは光の渦だ。それはマーガレット達を巻き込まんと床と天井を削りながら襲いかかる。
周囲に浮いていた魔力の塊は、ただ単純にマリア達の意識、注意力を反らすことだけが目的だったのだろう。そうでなければ、龍人が魔法陣を展開するのにマーガレット、ミータの2人が気付かない訳がなかった。
十分な態勢が整っていないながらも、普段から頻繁に光魔法に接しているマーガレットは反射的に対策を取る。龍人が放った光の渦と同じ方向に回転する光の渦を放ち、魔法同士の摩擦を可能な限り少なくする。更に渦の回転速度を合わせる事で同調。
その瞬間に龍人の光の渦の制御権を強制的に奪い取る事に成功する。
龍人が放った光の渦は発動者である龍人に牙を剥く事となった。
「げっ。そんな事ありかよ!」
街立魔法学園入学時のクラス分け試験の際に、龍人が相手の学生から放たれた竜巻を吸収して更に巨大な竜巻にして返したのは覚えているだろうか。あの時、龍人は敢えて相手と同じ風属性の魔法を使った。負けず嫌いな性格が同じ属性で正面からぶつかる事を選択させたのだ。
だが、今回はその逆をされてしまった。これは龍人にとってかなりの屈辱であった。
龍人は無詠唱魔法で強化していた身体能力をフルに使って光の渦の攻撃範囲からギリギリで逃れる。地面に手をつく龍人の顔は悔しさが滲み出ていた。
その龍人に対してマーガレットが勝ち誇った様子で声をかけた。
「シャイン魔法学院の私達の入学条件を知っていますの?」
ふふん。と、鼻を鳴らして質問をぶつけたマーガレットに対して、龍人は歯をギリっと擦り合わせると低い声で答えた。
「…神に関連する解釈が出来る属性を持つ者のみが入学出来るんだろ。」
「よく分かっていますわね。それなら、分かりますわよね?神に関連する解釈が出来る属性の代表的な属性が何であるのかを。」
「……。」
無言を貫く龍人に向けて今の所何もしていないミータが小馬鹿にした態度で右手を伸ばす。その手はゆっくりと指が開かれていき、手が開かれるとそのまま手首の上下を返して人差し指で龍人を指差した。
「も~龍人くんはそんな事も分からないのかなっ?属性【光】だよ属性【光】!いっつもいっつもシャイン魔法学院のどこかしこで使われてる光属性の魔法で僕達が他の学院に負けるわけ無いんだよねっ。それ位普通に考えたら分かるでしょ?」
「………。」
ここまで言われても龍人は無言を貫く。だが、その眼光は龍人を馬鹿にしたミータを鋭く射抜いていた。そして、ミータはそんな龍人の目線に気圧されてしまう。
「な、なんだよっ?何か言いたい事があるなら言えばいいだろ!?」
龍人は鋭い眼光は変えずに頬をほんの少し持ち上げた。そして、ゆっくりと立ち上がる。
「………もちろん知ってるよ。」
ボソッと呟いた龍人にしか聞こえない小声。だが、その声には怒りの情念が込められていた。そして、口に出した事で更に龍人の中の怒りが増していく。
(駄目だ。まだ、まだ我慢だ。)
あらん限りの理性をフル稼働させて怒りを抑えた龍人は《作戦》を遂行する為の行動に出た。それは…逃亡だ。
「じゃ、逃げるわ。じゃあな!」
転送魔法陣を展開した龍人はそう言い残して姿を消してしまう。
いきなりの逃亡というまさかの展開にポカーン状態のマーガレットとミータはブルブルと頭を振るとすぐに気持ちを切り替えた。今すべき事は相手を挟み撃ちする事だ。35階から24階に至るまで転送魔法陣は無かったはずだ。となると、龍人が移動したのは24階より下の階になる筈だ。そして、下の階から上に上がっているマリアとアクリスも転送魔法陣が在れば逐一消している筈なのだ。突入する前にそう言う打ち合わせをしているのだから。
街立魔法学院のメンバーを挟み撃ちするのも時間の問題と言えよう。
たとえ逃げたとしてもまたこのビルで遭遇するのは必至。ならば、焦らず確実に1つ1つの階を潰していくのが確実と言えた。
「ミータ。今まで以上に慎重に進んで行きますわよ。」
「おう。任せてっ。」
疑問が残る行動をした龍人の真意が見えないが、相手を着実に追い込んでいるのは確実である今、余計な詮索はせずに出来ることを確実にミス無く行っていくのが最良の選択肢だった。
こうして、今迄以上に慎重にマーガレットとミータは下の階を目指していくこととなる。




