11-9-2.対抗試合決勝戦
マリアとアクリスがビルの正面玄関から突入したのを確認したマーガレットとミータは、隣のビルの屋上から街立が拠点にしているであろうビルの屋上への突入を敢行する。
「ミータ頼みましたわよ。」
「任せて~。俺にかかればチョロチョロイだよ!」
ミータは周囲にある音を右手の手の平の上に集めていく。一定量が集まった所で、突入予定のビルのミータ達と反対側の地点に圧縮した音を飛ばし解放した。
ギュルドンガギガガガズシャ!!
圧縮された音が解放された事で、寄せ集められた様々な音が一気に響き渡る。相手の注意を反対側に向ける作戦だ。そして、それを合図にマーガレットとミータは屋上から屋上へ一気に飛び移った。着地するとすぐに近くの物陰に隠れて屋上の様子を伺いつつ、線状の探知結界を周囲に数本飛ばす。
「…どうやら相手は私達の存在には気付いて無さそうですの。攻撃もありませんでしたし、今も誰かが来る気配も無いのですわ。ミータの音魔法で注意を逸らす作戦が上手くいったみたいですわね。…それにしてもミータ、貴方…私にくっ付き過ぎじゃありませんか?」
「えっ?ただ一生懸命姿を隠してるだけだよ?」
そう言うミータはマーガレットの背中にピッタリと身体の側面をくっ付けるようにして身を潜めていた。まぁ、姿を隠している場所のスペースがかなり狭いので、こうでもしなければ敵がいたら姿が見えてしまうので仕方がないと言えば仕方ないのだが…。どうやらマーガレットはそうは解釈しなかったらしい。
「こういう機会を利用してセクハラとか軽蔑しますの。」
「ちょっ!?ちょ!誤解だって!」
慌てて誤解を解こうとしたミータが動いた事で、ミータの左膝がマーガレットのお尻にこれでもかという感じで食い込んでしまう。
「あ…。」
マーガレットの柔らかいお尻の感触に人生の危機を感じたミータは言い訳をすべく口を開こうとするが、怒りの余りプルプル震えていたマーガレットの肘打ちが鳩尾に喰い込み、肺の中の空気を絞り出されてしまった。
「が…っ!」
鳩尾を抑えて苦しむミータに冷たい視線を送ったマーガレットは小声で警告を与える。
「ミータ。次同じ真似をしたら…脳天カチ割りますわよ?」
「ご…ごめんなさい。」
マーガレットの怒気にガクガク震えるミータ。故意ではないとしてもセクハラをしてしまったのは事実。大人しく受け入れ、謝罪するしかなかった。
「…行きますわよ。ここでのんびりしてたら相手に気付かれる可能性もありますわ。」
「お、おう…。」
まだ鳩尾を痛そうにさすっているミータを引き連れてマーガレットは屋上からビルの中へ侵入していく。階段を降り、火乃花達が止まっていた35階に降り立つ。オフィス階となっている35階はデスクが並んでいるだけで人の姿や気配を感じる事は出来ない。だが、其処には別の気配が充満していた。
「ここにも大量のトラップ魔法陣がありますの…。」
「そうだね。これは、流石の僕でも全部避けながら抜けるのはキツイかも…うわっ!」
柱の陰から飛んできた炎弾をミータは慌てて魔法壁で防ぐ。続け様に2人の後ろから飛来するのは貫通弾だ。こちらはマーガレットが魔法壁で防いでいた。隙を狙った奇襲に2人の警戒心はマックスまで跳ね上がる。
「…近くに居ますの。」
「うん。」
静まり返ったフロアで、マーガレットとミータはいつでも魔法が発動出来るように準備をしながら次の攻撃に備える。だが、一向に待っても次の攻撃は飛んで来ない。マーガレット達が動き出すのを待っているのか、それとも下の階に降りてしまったのか。相手の姿が見えず、尚且つ周囲にトラップ魔法陣が設置されている状況で安易な判断で動く事は出来なかった。
ふと視界の隅を何かが横切る。それは柱から柱へ高速で移動して姿を隠した。
(今のは…?)
次の瞬間、何者かが姿を隠した柱の陰から何かが飛来する。
「…!?くっ!」
ギリギリの所で魔法壁を張って受け止めたマーガレットは、それが魔弾…通常の弾丸よりも弾先が細く高速回転をしているのを確認した。その攻撃から予想出来るのは、攻撃の主が藤崎遼だという事だ。
(炎弾を撃ってきたのは霧崎火乃花か高嶺龍人ですの。ただ、龍人は先程まで地上に居ましたのでここまで上がってくることは…いや、不可能では無いのですわ。転移魔法、もしくはあらかじめ設置しておいた転送魔法陣を使えば……。もし攻撃の主が霧崎火乃花だったとして、あの炎弾はぬる過ぎますわ。彼女ならもっと強力な攻撃を…。いや、でも牽制と足止めの意味ならアレで確かに十分ですの。でも、それなら魔法陣同士を関連付ける事で似たような事は出来ますわ。……どの可能性も捨て切れませんの。これでは動きようが無いですの…。)
「ねぇマーガレット。」
「なんですの?」
「相手も姿を見せないし、一気に突破しちゃわない?」
「…かなりリスクが伴いますわよ?」
「だけど、このままだと…。」
「それもそうですが…。」
2人は動くという決断をしきれずに次の行動に移す事が出来ない。もし、相手が格下だと認識していたらこんな事にはなっておらず、一気に突破を仕掛けていただろう。そして、2人が突破する事を躊躇う大きな理由が龍人の魔法陣だ。龍人がプレ対抗試合で使った巨大隕石を発生させた魔法が2人の記憶に刻まれていた。その龍人が設置したであろうトラップ魔法陣の数々。これは警戒せざるを得ないのだ。もし、1歩間違えれば即退場の可能性も否め無いのだから。
2人が次の攻撃に備えて待つ事10分。その間、全く何の攻撃の気配も無い事でやっと動き出す決心をする。
「ミータ、このトラップ魔法陣をなんとか抜けて下の階に行きますわよ。どう考えても時間稼ぎをされている気がしますの。」
「なるほど…。時間稼ぎだと考えると下の階にはトラップが無いかも知れないよね。…よし、じゃあ手当たり次第に魔法陣を撃って消していくね。」
「手当たり次第で変な魔法陣を発動させるのは勘弁ですわ。」
「え?でも、設置型のトラップ魔法陣は基本的に触れなければ発動しないよね?もちろん条件付けの魔法陣はあると思うけどっ。それなら、攻撃魔法で魔法陣の一部を削っちゃえば効力を失うんじゃないかな?」
「いえ、それは知っているのですわ。私が心配しているのはミータも言った条件付けの魔法陣ですの。」
「んーそれを心配すると動けないんだよなぁ~もう!マーガレットさんは心配し過ぎじゃない?」
「…ミータにそれを言われるとかなり屈辱的ですわね。まぁ…でも確かにそうですわね。ここまで来たらある程度の被弾を覚悟で突っ込むか、別ルートで侵入し直すかですものね。挟み撃ちをしようとして動いている以上、引くわけにはいかないのですわ。…覚悟を決めますの。一気に行きますわよ。」
「え…一気にって、本当に一気に行くの?」
嫌な予感がしたミータが尋ねるとマーガレットは胸を張って頷いた。
「勿論ですの!覚悟を決めたからには中途半端にはやらないのですわ。徹底的にいきますわよ。」
マーガレットは掌に光を凝縮させ魔法陣に向けて放つ準備をする。それを見たミータも慌てて掌に光を凝縮し始めた。ここまで覚悟を決めたマーガレットを止める事が出来ないのは、今までの経験から明らかなのだ。
「カウントでいきますわよ?3、2、1、ゴー!」
光魔法が35階のフロアに乱射され、それに反応した魔法陣が発動を始めた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
4階に転移魔法で逃げた龍人は自分の引き受けた役を後悔していた。その原因は主にマリアにある。
「いててて…。あのマリアって女の結界を使った攻撃反則だろ。防御する打撃攻撃みたいなもんじゃん。」
困ったように思わず呟く龍人。短い時間の手合わせであったが、龍人はマリアが使う魔法の恐ろしさを十分に感じ取っていた。攻撃を防ぐ為に使う結界系の魔法を、防御能力を失わずに攻撃手段に転用されては戦い難くてしょうがないのだ。
(攻撃魔法に対して相殺とかじゃなくて、防ぎながら攻撃するとか…。結界の攻撃を避けて攻撃しても結界が防ぐんだろ?どうやって倒せばいいんだし。)
マリアへの対処方法が全く思い付かない龍人は途方に暮れてしまう。前情報でマリアの存在は知っていたが、実際に立ちはだかると想像以上であった。
ミシミシミシ
何処からか建物が軋む音が響く。
(なんだ?何かの攻撃か?)
龍人は辺りを警戒するが音の正体はすぐに判明する事となる。足元の床を突き破って現れたマリアによって。
「…くっそ!マジかよ!」
吹き飛ばされながらも、上手く着地した龍人はマリアに向けて光のレーザーを連射するが、全て魔法壁によって防がれる。続けてより強力な魔法で攻撃…したい所だが、マリアは前面に張った魔法壁で攻撃を防ぎながら龍人に接近してきており、のんびりと魔法陣の構築をする時間も取れそうになかった。
通常、魔法壁や防御壁といった結界系の魔法は空間に《固定》で設置するものだ。だが、属性【鉄壁】を持つマリアはその法則に囚われない。結界も一緒に移動することが出来るのだ。故に結界を攻撃に転じる事が出来る…という話にも繋がってくる。
(マジでどーすんだこれ?)
龍人は接近するマリアに対して足元の床を破壊して移動の阻害を狙う。直接魔法を当てる方法が思い付かない今、そういった間接的な手法しか取る事しか出来なかった。
だが、マリアはそういった攻撃への対処を的確に行い、龍人へ確実に近づいていく。足元を破壊すれば物理壁の橋で、コンクリの壁を作れば遮断壁【地】で破壊して。
龍人に肉迫したマリアは防御壁を付与した右手で殴りにかかる。幸い…と言うべきかマリアは身体能力がそこまで高くなく、殴る速度一般的な女性よりも早く遅いレベルだった。龍人は無詠唱魔法で脚力を強化して、ステップで攻撃を回避しつつマリアから距離をとった。
その時、龍人の全身を嫌な感覚が襲う。
(…なんだこの感じ?マリアが何かをしている雰囲気はない。…となると、さっきから姿が見えないアクリスか!)
ゾワリとした感覚が一気に強くなる。龍人は魔法陣のストックから転送魔法陣を展開して地面に設置、すぐに魔法陣を発動させて転送…言い方を変えればその場から逃げた。
そして、龍人がいなくなった場所にコンマ数秒の差で下から爆発を引き起こしながら現れたのはアクリスだ。爆発による紅蓮の炎が広がり、フロア内部を焦がす。
「あ、あれ?マリアが言った時間と場所だよね?お、俺間違っちゃった?」
「いえ、合ってたわよ。ただ龍人さんが下の階でアクリスさんが溜めてた魔力を察知したみたいね。」
「え…魔力溜め過ぎたかな…。ごめんなさい。」
「ん~多分今の威力じゃ倒せなかったと思うから気にしなくていいわよ。なんて優しく言葉をかける私。ふふ。」
「え…。あの程度じゃ倒せないって…相当強いんだね龍人って人。」
「そうね。上の階で待ち伏せしている可能性もあるから、用心していくわよ。」
「う、うん。」
マリアとミータは上階へ続く階段を見つけ、ゆっくりと登り始めた。




