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Colony  作者: Scherz
第四章 其々の道
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11-8-7.ミータの朝



観客が総立ちで惜しみない拍手を送る。その中心で360度全方向に向けて満面の笑みで手を振ってサービスをする。自分が向いた方の客は興奮で騒ぎ、失神する人もいる位だ。全ては対抗試合決勝で大活躍をした自分に対する賞賛だ。この瞬間、この場所で1番輝き、1番目立っている。


フ…と場面が切り替わる。ゆっくり目を開けると、視界に飛び込んできたのはテレビだった。


(………………………………。)


(…………夢か。)


ゆっくりと回転を始めた思考が夢と現実の区別をつけ始める。さっきまでの輝いていた自分は幻。今、この部屋で目を覚ました自分が現実だ。

ミータは寝ていた座椅子から起き上がると大きく伸びをする。因みに、この家には布団やベッドといったどの家庭にある物が無い。敷布団、掛布団、マット…何も無いのだ。あるのは寝床として常用している座椅子のみだ。何故?と聞かれれば「寝過ごしちゃうから、寝にくい座椅子で寝てるんだよ」と答えるのみ。

冷蔵庫を開けて取り出したのポテトチップス。コンソメ味だ。因みに、この家の冷蔵庫は電源が入っておらず、ただの蓋付き物置と化している。何故?と聞かれれば「野菜とか入れておくと腐らせちゃって勿体無いから、腐らない物しか買わないんだよねっ。」と答えるのみ。主食はお菓子という途轍もない偏食生活である。

ポテチをポリポリ食べながらテレビを点けると、昨日の夜寝る前に少しだけやっていたFPSが途中でポーズされていた。


(あーこれいい所なんだよねっ。でも~この時間からやるのは厳しいよねぇ。ホントにもっと自由な時間が多かったらいいのにねぇ。)


ミータの趣味であるFPSとはファーストパーソンシューティングの略だ。主人公の主観視点にカメラが置かれ、銃器を構えて敵を倒していくゲームである。これに対して主人公の後方からカメラが映すのがサードパーソンシューティング…略してTPSだ。主観視点のFPSと客観視点のTPS。どちらもシューティングであることに変わりはないが、より臨場感を楽しめるのはFPSだとミータは信じてきた。過去に何本ものタイトルをプレイしてきた経験がそう告げているのだから間違いは無いだろう。因みに、ゲーム機とそのゲームを映すテレビのどちらも、魔法街では手に入らない高性能なものだったりもする。何故ミータがそれを持っているのかはまた別の話。

これから1日かけて遊び尽くすのも良いのだが、今日は対抗試合決勝である。もしかしたら夢の通りに自分が大人気になるかも知れないと思うと、ゲームをする気にはなれなかった。かと言って、テレビを消してしまうと無音になって寂しくなってしまう。特に何かを見る予定が無くてもテレビを点けてしまうのは、1人暮らし特有の症状の1つだろう。

ミータはテレビをゲーム画面から通常の放送局に切り替える。放送していたのはニュース。対抗試合決勝をこれでもかという程にテンションを上げながら取り上げていた。


(クリスマスなのに対抗試合を特集するんだね。って事は…やっぱり僕の時代が来る可能性も…。)


そんなミータの目立ちたい願望は現実となってテレビ画面に現れる。各チームの特集でミータの顔がドアップで映し出されたのだ。38歳というおじさん年齢だが、若く見えるようにと一房垂らしている前髪がミータをよりカッコ良く見せていた。…と、ミータは自分を自分で評価する。


(僕…かっこいいじゃん!これは来ちゃったかな?…君の瞳は僕に釘付け。なんて言っちゃったりして。)


ミータは手首をクルリンと回して指を人差し指から順番に伸ばしていく。まるでそこに愛しの女性がいるかのように……。

と、こんな具合で女性に声をかけられた時のイメトレを家の中で繰り返すミータであった。



思い付く限りのシチュエーションで女性を口説き落とす練習をしたミータは、いつも以上にヘアセットを念入りに行って家を出た。一房垂らしている前髪は綺麗に斜めに流れ、知的な雰囲気を演出している。…見る人が見れば「ナルシストっぽい」と思うかもしれないが、これがミータにとってベストな髪型なのだ。そもそも、ここまで髪形に神経を使っているのだから、少なからずともナルシストの気はあると見て間違いがないだろう。


東区のメインストリートを堂々とカッコよく、誰かに見られていることを意識して姿勢を良くして歩き、顎は少し引き、眉を少しだけ顰める事でキレのある目付きを演出する。

周りには女の子が集まり黄色い声を上げ、ミータはそれを掻き分けるようにして進む…予定だったのだが。


(あれ?なんかおかしいよね?誰も近寄って来ないし。…むしろ避けられてるよねっ?)


そう。ミータが歩く先の人が自然と横に割れていくのた。歩き易いという点に関しては素晴らしいのだが、これでは予定と違いすぎていた。


(なんで?あれだけ大々的にテレビで顔写真が流れたんだから、1人位サインを求めに来てもいいはずなのに。も~なんでこんな感じなんだろうねっ?)


もしかしたら髪形に気合を入れたので、カッコ良すぎて誰も近寄ってこれないのか?などと邪推をしながらミータは歩いて行く。


「あのーサイン欲下さいっ!」


突然ミータの後ろからサインを求める声が掛けられる。その声は可愛く、少しアニメ声っぽく、線が細くて可憐な少女を連想させる。ミータは家を出る前に練習した口説き文句の1つを頭の中で反芻しながら振り返った。

ミータの後ろには誰も居ない…。さっきの声は何だったのかと疑問に思っていると、下から声が聞こえてきた。


「ねーねー、向こうに何かあるのー?サインしてよー。」


下を見ると、本当に声の通りの少女が油性ペンを持って立っていた。ミータはガッカリして肩を落とす…なんて事はしなかった。むしろ声を掛けてくれてありがとうという気持ちで一杯だ。ハニカミながらしゃがむと少女からペンを受け取る。


「ありがとねぇ。君みたいなちっちゃい子でも僕は嬉しいよ。も~みんな恥ずかしがってないで君みたいに来れば良いのにね?本当にありがとねぇ。」


「へへへ。あのね、テレビでナルシシトおじちゃんって言ってたんだよ。でね、でね、お母さんがヘンタイみたいって言ってたの!おじちゃってなにヘンタイなの?何色なの?」


(ナルシシト?…あぁ、ナルシストねっ。それのどこがいけないんだかねぇ?でもヘンタイで色ってなんだ?ヘンタイな色ならピンクだと思うけど…。)


女の子が言っていることがよく分からないミータは、取り敢えず話を流す事にする。


「何色かは秘密だよ。ところで、サインはどれに書くんだい?」


女の子はパッと顔を輝かせる。


「やったー!あのねあのね、テレビで洋服に書いてもらってたの!だからわたしも洋服に書いて欲しいの!」


そう言うと少女はフンッとばかりに胸を突き出した。まだ未発育のそれを突き出された所で興奮などは全くしないが、少女の服にサインを書くという行為自体こそヘンタイな行為ではないかとミータは躊躇する。だが、少女がミータのそんな心配に気付くはずもなく、服の下を引っ張ってサインを描きやすいようにしながら飛び跳ね始めた。


「はっやっくー!はっやっくー!」


キラキラ輝く少女の目を見ていたミータは意を決する。少女の想いを無下にする事は出来なかった。


「はいはい。じゃあ書くから、まずは飛び跳ねないでしっかり立っててくれるかな?」


「はいっ!」


ミータが少女の服にペンを走らせようと指に力を込める。…が、少女がいきなり上にヒョイと上がった。何かの魔法でも使ったのかと思ったミータは苦笑しながら上を見上げた。


「おいおい。そんな悪戯してたら書けな………。」


そこには少女を抱き上げた女性(恐らく母親だろう)が冷酷な眼でミータを睨みつけていた。何故初対面のミータにそんな眼を向けているのか…。それは簡単である。サインを書こうとしたミータが小さい我が子にセクハラ紛いの悪戯をしようとしている様に見えたのだ。我が子を助けるべく飛んできた母親…である。


「あなた…シャイン魔法学院のミータさんですよね?何をするか分からないナルシスト…娘に近寄らないで下さい。」


どうしてそんな呼び方をされてしまうのか分からないが、ミータは間違って解釈されてしまったこのマズイ状況をどうにか打開できないかと、あらゆる策を頭の中でシミュレートしていく。だが…どんな台詞を言ったとしてもプラスに働く可能性はほぼ無いに等しかった。ならば…取り得る方法は1つしか無い。プラスマイナスゼロになる可能性にかけるのだ。


「すいませんでした。サインを服にして欲しいって頼まれまして…。別に悪気も何も無かったんです。すぐにここから立ち去りますね。」


「おじちゃんなんで謝ってるのー?サインはー?サインはー?」


「ごめんね。お母さんが洋服に書くのはダメだって。また今度紙を持ってきてね。それならお母さん許してくれると思うから。」


「あなた…そんな事言って、近寄った娘にまた悪戯するつもりでしょ?」


流石は母親である。ミータに対する警戒心マックスだ。ここまで疑われてしまっては、もう言い訳をする気さえ起きなかった。


「分かりました。お嬢ちゃん、もしサインが欲しかったらお母さんに許してもらってから来るんだよ?お母さん心配しちゃうから。…そうだ、お母さんと一緒に来たら書いてあげるね。じゃ、僕はこれから試合があるので失礼します。」


ミータは少女と母親の返事を聞く前に頭だけペコッと下げると身を翻してスタスタと歩き去る。これ以上あの場で母親に疑いの目を向けられるのは限界だった。


「あー!行っちゃったよ?お母さん、何でサインダメなのー?ねー?ねねねねー?なんでー?」


後ろでキョトンとしながら母親に問い掛ける少女の声を聞いているといたたまれない気持ちになるが、あんな目をした母親がいる以上、もう関わらない方が得策であることは間違いがなかった。


(あーあ。基本モテない僕がモテる日だと思ってたんだけど…。やっぱ現実はそんなに甘くないね。…いや、決勝で大活躍すれば…。)


ミータはそんな事を悶々と考えながら魔法協会東区支部に到着し、転送魔法陣で中央区へ移動する。

中央区はいつもより大分混雑していたが、家を出た時みたいにワクワクする事はなかった。自分が声を掛けられない事は既に東区で嫌という程思い知ったからだ。こうなってはひっそりと試合会場に向かって、控え室で瞑想してあらゆるモヤモヤを振り払って試合に臨みたかった。

やる気ほぼ0の状態で歩くミータは、前方数メートル先を知っている人物が歩いている事に気付く。もうこれは家を出てから今まで溜まっていた鬱憤を晴らすしかなかった。

ミータはその人物に走り寄ると、肩をガシッと抱いた。因みに、相手は女ではなく男なのでセクハラにはならない。


「うわ!………ってミータか。…?どうしたの?」


「聞いてよアクリスくん。僕の家を出てから今までの悲惨な話を…!」


こうして、ミータの愚痴を延々と聞かされながら試合会場に向かう事になったアクリス。晴れ晴れとしたやる気はどんどん萎んでいき、代わりに愚痴を言うミータの気分が晴れていくという反比例現象が起きていったのであった。



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