11-8-5.レイラの朝
レイラの家は1人で住むには大きい小さめの一軒家だ。間取りから見ても2つ位の部屋が余る計算になる。では、何故レイラはそんな家に1人で住んでいるのか。
目覚ましの音で目を覚ましたレイラは、ベッドから体を起こしてリビングに向かう。昨日は決勝戦に対する緊張からか中々寝付けなかったので、目がしょぼしょぼしていた。眠気の残る目を擦りながらリビングに到着したレイラは、1つの写真立ての前に立つ。その写真に写っているのは、青年と美人な女性、そして小さな女の子だ。
「お父さん、お母さん、おはよう。今日は対抗試合の決勝戦だよ。私頑張るから見ててね。」
レイラは写真に微笑みながら語り掛けると洗面所に向かった。写真に写っている青年と美人な女性…レイラの両親だ。その両親はもう居ない。レイラが10歳の時、不慮の事故に巻き込まれて死んでしまったのだ。当時のレイラは絶望に襲われ、生きる希望、気力の全てを失っていた。
(でも…。あの人が私を救ってくれたんだよね。私はあの人が居なかったら死んでたかもしれない。だから、今日の決勝戦で成長した所を見せないとだよね。きっと見てるはずだから。)
レイラを救った《あの人》が良く言っていた言葉。
「幸せになりなさい」
この言葉は今でもレイラの心を支えている。《あの人》はどうすれば幸せになるのか、幸せとは何かについては教えてくれなかった。ただ、「幸せになりなさい」としか言ってくれなかった。その時は「何で意地悪をするんだろう。」と思っていたが、今なら分かる。幸せとは1つでは無いのだ。
愛する人と一生を過ごす。大好きな事に取り組む。仲間達と共に歩んでいく。それらのどれを取っても、本人が幸せと感じる事が出来れば幸せになるのだ。もし、幸せの定義をあの時教えられていたら…レイラはそれだけが幸せだと信じて生きていたかもしれない。それ程までに人生に絶望していたのだ。
(私にとっての幸せ…。)
顔を洗って鏡を見ると、素朴な顔の自分が写っている。
(まだ…分からないかも。でも…今、皆と一緒にいる時間は幸せだなぁ。)
今、自分を取り巻く環境が少なくとも幸せの一部である事はレイラも認識している。ただ、幸せな時間というのは…その瞬間には気付いていなくて、失った時に初めて「幸せだった」と気付く事もあるのだが…。レイラはまだ知らない。いや、知らなくて良いのだろう。それを知るということは、幸せとはかけ離れた状況に陥るということなのだから。
洗面所から戻ったレイラは前日の夜に作り置きしておいたご飯を食べながらテレビを点ける。
「凄い…どのチャンネルも決勝戦の特集ばっかなんだ。」
テレビの画面に大きく自分の顔が映ったのを見て思わず手を止めてしまう。顔の下のテロップには〈守りのスペシャリスト〉と書かれていた。恥ずかしさから頬がほんのり朱に染まる。
(私、全然そんなんじゃ無いんだけどなぁ。)
レイラとしては、シャイン魔法学院のマリア=ヘルベルトの方が防御系の結界魔法の使い手としては格上だと感じていた。そもそもに於いて使い方が守る為だけでは無く、攻める手段として結界魔法を用いている時点で敵う気がしないのだ。
そんな事を考えていると、レイラの次にテレビ画面に表示されたのはマリアだった。テロップには〈鉄壁の撃退者〉という、なんとも重々しいネーミングをされていた。まぁ、確かに言い得て妙である。殆どの攻撃を防ぎ、尚且つ自身の結界魔法で相手を倒す姿は正しく〈鉄壁の撃退者〉だ。
(あれって、どうやってるんだろう。今度マリアさんと色々話してみたいなぁ。でも、違う学院だから、…難しいのかな?ん~、でも、チャンスがあったら頑張って声を掛けてみよう。)
レイラは拳の内側を体の方に向けて腕を立てるようにすると「よしっ」と気合を入れる。
こんな感じで朝を過ごしたレイラは支度を整えると中央区に向かうべく出発したのだった。
家を出てから約40分後。魔法協会南区支部がいつもより混雑していたので予定より時間が掛かってしまったが、レイラは中央区の通りを歩いていた。ふと、とある店が目にとまる。
(あ、可愛いかも。ちょっとお洒落な感じもあるね。まだ時間あるし見ていこうかな。)
レイラは吸い寄せられる様にその店に入っていった。今日はクリスマス。同じチームの3人にプレゼントでも買っていこうかと思っての行動だ。…その真意は龍人にプレゼントをあげたい。なのかも知れないが。
店の中はどれも可愛い小物や雑貨類が多くて目移りをしてしまい、とても即決をする事は出来そうに無かった。あれも可愛い、これも可愛いと見ている内に、あっという間に時間が過ぎてしまう。何気なく時計を見たレイラはその時間にびっくりしてしまう。時計が示す時刻は11時00分。ここから試合会場までは歩いて15分程度は掛かると見込まれるため、そろそろ買い物を済ませなければチームメンバーに迷惑を掛けてしまう。
(さっき見た、オーダーメイドのネックレスにしようかな。)
ネックレスのトップをオーダーメイド出来るネックレスにしようと、レイラは小走りで店内の反対側に向かう。そして、3つ目の棚を通り過ぎた辺りで横から出てきた人にぶつかって尻餅をついてしまった。
(いたたた。やっぱり店の中を走っちゃダメだったよね。)
「あっ。…ごめんなさい。お怪我はないですか?」
ぶつかった気遣った言葉を掛けながら、すぐにレイラに向けて手を差し伸べてくれた。レイラはその手を取ろうとして相手の顔を見ると、動きを止める。そこに居たのは見た事のある顔だった。 先に声を発したのは相手の女性。
「…あれ?あなたって…。」
レイラも続けて声を出すが、まさかの人物との出会いにちょっとばかしパニック状態。
「え?…あ!」
言葉というよりも、声しか出なかったレイラではあるが、相手が誰なのかはしっかりと分かっていた。
目の前に立っていたのは、シャイン魔法学院に所属するマリア=ヘルベルトだ。マリアの方もレイラの事を分かっているらしく、レイラの手を握って立たせると優しく声を掛けてきた。
「街立魔法学院のレイラさんよね?ぶつかっちゃってごめんなさいね。怪我はない?」
「あ、はいっ。ありがとうございます。」
レイラは慌ててペコッとお辞儀をする。マリアとしては自分がぶつかったのに、お辞儀をされる理由がよく分からないのだが、敢えてそこには触れない事にした。顔を上げたレイラはマリアの顔を見る。少し緊張した面持ちだ。
「あ、あの…マリアさんはここでお買い物ですか?」
「ん?そうよ。私、クリスマスの限定とかに弱くて。ついつい入っちゃったの。それでね、あそこにあるワイングラスが素敵だなって思って走っちゃって。本当にごめんなさいね。」
「い、いえっ。私も時間がないから走っちゃって…。」
「あら。じゃあお互い様ですね。じゃあ、時間もあまり無いし…また会場で会いましょう。」
マリアはそう言うと軽くお辞儀をしてワイングラスに向かって歩き始める。
(あ、今って…チャンスだよね。…よしっ。)
レイラは勇気を振り絞ってマリアの背中に声を掛けた。
「あ、あのマリアさん!」
「あら?なんですか?」
声を掛けられて振り向いたマリアは「ん?」といったキョトンとした表情をしていた。確かにマリアからしたら、これ以上話す事は見つからない。疑問に思うのも当然であろう。レイラは少し躊躇するが、呼び止めてしまった以上は言わない訳にはいかない。
「あの…今度、お話出来ませんか?南区と東区の魔法学院生での交流が余り無いのは知ってるんですけど…。私、マリアさんみたいに結界魔法を使いこなせるようになりたいんです。」
レイラのお願いに対してマリアは「何を言うのか」との極々当たり前の感想を持って断ろうとする。別の魔法学院の生徒と仲良く交流するのは禁止はされていないが、それを良い事と思う人が少ないのは事実だ。周りに変に思われる危険を犯してまで、レイラに何かを教えるつもりなど毛頭無かった。
だが、断ろうとしてレイラの目を見たマーガレットは言葉に詰まる。その目はただ単純に強くなりたいと思う目では無く、何かに追い詰められているような、そして何かを守りたいと必死に願う目をしていたのだ。
実際、レイラが強くなりたいと思うのは、仲間を守りたいと思うからだ。その想いの中心にいるのが龍人でもある。龍人が特別な力を持っていて、そうであるが故にセフやユウコといった謎の…だが余りにも強い人達に狙われていて…その龍人を支えられる、いや…龍人に背中を任せてもらえるようになりたいと思うレイラの純粋な想いが瞳に表れていたのだろう。
その瞳を見てしまったマリアは断る事が出来なかった。
「…分かったわ。但し、条件があるわ。今日の決勝戦で私が貴女に結界魔法について教える価値を見出せたら色々話しましょう。そうと思えない人と何かについて話すのは時間の無駄になりますので。」
「…はい!ありがとうございます!」
レイラはパッと顔を輝かせるとお辞儀をする。
「じゃあ…引き止めちゃってすいませんでした!決勝戦、頑張りましょうね!」
キラキラの笑顔でマリアにそう告げたレイラ。もう1度マリアに向かってお辞儀をすると「それでは」と言ってペンダントコーナーに向かう。その後ろ姿を見送るマリアは苦笑を浮かべていた。
(何か不思議な子ね。私って今日に限っては敵って事になるんだと思うけど…でも、悪くは無いわ。私はあぁいう純粋な娘好きだわ。)
ネックレスコーナーで品物の吟味を始めたレイラを見ながら、そんな事を考えていたマリアは時間が余り無い事を思い出す。
(早く買わないと!)
再びワイングラスに向かって小走りを始めるマリアであった。
ネックレスコーナーで悩みに悩んだレイラは、試合会場に間に合わなくなるギリギリの時間にやっとネックレストップのデザインを決める事が出来た。注文を受けていたお姉さんは優しい微笑みを浮かべながらレイラに控えの書類を渡す。
「ペンダントトップのオーダーは大体1週間から2週間程度掛かります。商品が完成したら控えの紙の受け取りの欄にマークが浮かび上がりますので、そうしたら店に取りに来てくださいね。控えの紙の2枚目は地図になっています。中央区は毎日店の配置が変わりますので、ご来店の際はその紙に魔力を込めてみてください。そうすると、大体の位置がマーカーで表示されますので。」
「分かりました。ありがとうございます!」
クリスマス当日に渡す事は出来ないが、それでも満足のいく素敵なデザインを決める事が出来たレイラは幸せそうな、嬉しそうな顔をしていた。
ここで時計を見てみると…時刻は11時50分。集合時間まであと10分だった。レイラの顔が一瞬固まり、次には焦った表情に変わる。
(時間かけ過ぎちゃった…!)
「じゃあ、よろしくお願いします!」
「はい。またのご来店お待ちしておりますね。」
丁寧にお辞儀をしてレイラを見送る店員に対してチョコンと頭を下げたレイラは、中央区の真ん中に鎮座する試合会場に向けて走り出した。
因みに、マリアはちゃちゃっとワイングラスを購入して歩いても間に合う時間に店を出ている。
(どうしよう…!間に合わないよぉ。)
レイラの悲痛な心の叫びが中央区に音なく木霊していた。




