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Colony  作者: Scherz
第四章 其々の道
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11-8-3.マーガレットの朝



魔法街東区。様々な建物が並ぶ中、一際目立つ城のような豪邸が存在した。その豪邸は東区の中で数本の指に入る豪邸であり、そこに住んでいるのも普通の地位にいる者ではない。当主の名はゲイル=レルハ。魔法街行政区の法務庁長官を務める大物だ。驚異的な仕事能力は行政区で働く者で知らない者がいない程のレベルだ。

そんなスーパーエリートとも言えるゲイルの娘がマーガレット=レルハである。


豪邸の朝は豪邸らしく豪華だ。

ベッドから起き上がったマーガレットはボケーっとしたまま、ベッドの近くに置いてある呼び鈴を押す。


チーン


という案外チープな音が響くとすぐにドアがノックされ、メイドが入って来た。


「マーガレットお嬢様、お召し物をお持ち致しました。」


そう言ってメイドが差し出したのはシャイン魔法学院の制服だ。白をベースとし、縁の部分に淡い金の刺繍を施した制服は、一見すると貴族が着ている服に見える。マーガレットはボケーっとしながら寝間着を脱いでいく。露出される完璧なボディラインは、同性のメイドですら見惚れてしまう程だ。

制服のズボンに足を通す為に前屈みになった時に見える深い谷間は、男達が求めてやまないそれである事は間違いがない。のんびりと、だが決して遅くないスピードで制服をキチッと着こなしたマーガレットは、貴公子と見紛う程の凜とした雰囲気を漂わせている。サラサラのロングヘアーを制服のジャケットからパサァっと出し、マーガレットがメイドに視線を送るとメイドは軽く一礼をする。


「それでは、朝食の準備が、出来ておりますのでご案内致します。本日はご主人様も奥様も出かけておられます故、お一人での朝食となりますのでご了承下さい。」


「別にいいですわ。そんな事をいちいち気にする程、神経質では無いのですわ。」


「かしこまりました。」


マーガレットがどんな態度で話そうとも、メイドはあくまでも事務的な対応に徹する。レルハ家という特別な家でメイドとして働くには、それ相応の実力、経験が必要であり、その条件を満たす事の出来る人物がちょっとの事でメイドとしての仮面を脱いでしまう訳がないので、当然と言えば当然だ。


(もう少し砕けてもいいと思うんですわ。ロボットと話しているみたいで気持ち悪いですの。)


しかし、それを言ったところで対応が変わるわけもないので、心の中で思うに止める。

マーガレットはメイドに続いて自室を出て、豪邸にありがちな長い廊下を進んで朝食の用意がされている部屋に入る。

席に座ると、数人のメイドが次々と料理をマーガレットの前に置いていった。


「本日の朝食は焼きたてのデニッシュ、朝採りの新鮮な牛乳、朝採りの卵を使った目玉焼き、季節の野菜を使ったミネストローネです。食後にはフルーツの御用意があります。」


「分かったのですわ。それでは、頂きますの。」


マーガレットはのんびりと朝食を食べていく。いつも通りのいつも通りの光景。ただ、最近は少しだけ違う点が混じっている。


(高嶺龍人…今日の試合は負けないのですわ。プレ対抗試合で助けてもらった恩はありますが、それはそれ、これはこれですの。それにしても、次にあった時にまたフルネームで呼ぶのは長くてまどろっこしい気もしますの。それなら、他の人と同じように下の名前で…龍人……だめ!恥ずかし過ぎて呼べませんわ。…でも、彼だけフルネームだったら絶対に怪しまれますの。対抗試合、色んな意味で頑張らなければならないですわね!)


マーガレット自身は対抗試合の事を考えているつもりなのだが、結果的には龍人の事を考えている。そう、朝食を食べながら龍人の事をなんとなしに考えるのが、従来と違う点なのだ。本人に自覚が無いのが致命的といえよう。

マーガレット自身、龍人に心惹かれているのは自覚しているのだが…。


朝食を食べ始めて少しするとメイドの1人が1枚の紙を持って近付いてきた。


「マーガレットお嬢様、ご主人様よりお手紙をお預かりしています。」


と言ってマーガレットに紙を差し出す。


「…ありがとうですの。」


あまり嬉しくなさそうな雰囲気を出しながら手紙を受け取り文面に目を走らせると、マーガレットは手紙を火魔法でボウっと燃やしてしまう。

それを見たメイドが珍しく驚きの表情を浮かべる。父親からの手紙を燃やすという行為が信じられないのだろう。幾ら父親とは言え、相手は法務庁長官なのだ。そんじょそこらの父親とは訳が違う。後ろに控えていたメイド長かコホンと咳払いをすると、自分が失態を犯している事実に気付いたメイドは慌ててお辞儀をすると後ろに下がっていった。後でメイド長に説教をされる事は間違いないだろう。

そのメイド長はマーガレットの前まで行くと、小さくお辞儀をする。


「マーガレットお嬢様、いつも通りの旦那様の雰囲気で書かれていましたか?」


「ええ。ほんっとにお父様は馬鹿ですわ。その癖、無駄に鋭いものだから…嫌になっちゃうんですの。」


「…内容はお伺いしても?」


「ダメですわ。プライバシーの侵害ですの。」


「失礼致しました。それでは…本日のお出かけは何時の予定でしょうか?」


「12時に会場に来るように言われてますので、30分位前に家を出ようかと思っていますわ。それまではテレビでも見ながらリラックスするんですの。」


魔法学院にいる時よりも明らかなローテンションでマーガレットは受け答えする。だが、普段の彼女か仮面を被った状態…という訳でもない。「ほーっほっほっほっ!」なんていう高飛車な笑い方をするのも素の彼女だ。良い言い方をすればオンとオフがしっかりしている。といった所だろうか。


高級茶葉で淹れた紅茶を堪能しながら果物を食べる姿は麗しき貴族のお嬢様的なイメージだ。まぁ、強ち間違いではなかったりもするのだが。なんせ、豪邸に住み、大勢のメイドがいるのだ。これでお嬢様と言わずしてなんと言おうか。違うとしたら「貴族」の部分位だろう。


とにかく、マーガレットは対抗試合決勝に参加する選手達の中で1番2番を争う豪華で優雅な時間を過ごしたのだった。



しばらくして、マーガレットは出発する為に玄関に来ていた。玄関先に並ぶメイド達に見送られながら歩くその姿は、優然としていて一切の隙がない。


「それでは、行って参りますわ」


「「「行ってらっしゃいませ」」」


メイド達は声を出すタイミング、お辞儀の角度までピッタシ合わせてマーガレットを見送る。


(これって毎回毎回完璧ですけど、どこかで練習でもしているのでしょうか?)


思わず聞いてみたくなるが、メイドとは仕える者に努力は見せないもの。恐らく聞いても答えてくれないだろう。もしメイドの誰かが迂闊に口を滑らせそうになったとしても、メイド長が何かしらの手段で阻止するに違いない。


(ま、私に関係が無いといえば無いですし…。)


そう自分に言い聞かせたマーガレットは好奇心を抑え込んで東区の住宅街を歩き始める。


本日の天気は快晴。澄んだ空気を胸一杯に吸い込むと、身体の中が洗われた気分になり爽やかな気分になってくる。


(昨日はルーチェを倒しましたし…。レルハ家おブラウニー家の競い合いは久々にレルハ家が優勢ですわね。娘同士の勝敗でバランスが崩れって事は無いと思いますが、それでも周りが意見を聞き入れやすくなるか否か程度の影響力はあるはずですわ。)


ちょっとだけ政治的な要素も絡む事を考えながらのんびりと歩くと、すぐに魔法協会東区支部が見えてきた。

マーガレットは魔法協会東区支部に入ると中央区への転送魔法陣の所までほぼ顔パスで通り抜けていっま。流石に転送魔法陣を使用する前には許可証が必要だが、東区で知らない人は居ないと言うくらいにマーガレットは有名な為、出した許可証の確認もチャチャッと済んでしまう。


(私に変装した人が来たら、悪人をスルーしてしまうんじゃないかと毎回心配になりますわ。)


これも毎回思う感想なので、中央区に行く通過儀礼的な感覚であることは否めない。


中央区への転送魔法陣に乗ったマーガレットを光が包み、それが薄れると目の前には中央区の雑踏が広がっていた。


(ギリギリに出たから、そこまで時間に余裕が無いですの。真っ直ぐ会場に向かうしかないですわね。)


普段の中央区も常に混んでいるが、クリスマス当日の25日である事、そして魔法学院1年生対抗試合があることも相まって、その人混みは驚異的と表現出来る程だ。何処を見渡しても人、人、人、人。真っ直ぐ歩くのすら困難と言えるレベルだ。だが、そんな人混みの中をマーガレットは比較的スムーズに歩いていく。シャイン魔法学院の制服を着ていて目立つのと、今朝から各テレビ番組でしきりに昨日の試合をとりあげている事、そして今日の決勝戦のメンバーを大きな写真付きで報じているのでマーガレットの顔を覚えている人が多いのだろう。マーガレットを見た人達が自然と道を譲るように動いていくのだ。


(なんか…芸能人みたいですわね。私、そんな感じに目立っても別に嬉しくないんですわ。まぁ、普段から目立っている方だから慣れてはいますの。)


人混みが自然と割れて道が出来て、その道を歩いていても全く揺るがない精神は流石と評するに値する。


対抗試合の会場前に着いたマーガレットはとある人物の姿を見つけた。

トクン

と心臓の鼓動が高鳴る。マーガレットが見つけたのは、もちろん高嶺龍人だ。龍人は試合会場の前で周りを見回しながら立っている。恐らく他のメンバーを待っているのだろう。

話しかけるべきか。話しかけないで素通りするか。だが、こういうチャンスを逃してしまうと話すタイミングが全く無いのも事実だ。各魔法学院間での交流はほぼ無いに等しい。つまり、今を逃すと今後長期間に渡って話す事はおろか見る事すら出来ない可能性があるのだ。

ここまで分かっていて話しかけない訳が無い。マーガレットは迷わず龍人に向かって歩いて行った。


近くに寄ってみると、龍人の周りには数人の女性が群がっていた。その中にはリポーターと思わしき人物もいる。もしや、と思って周りを確認するとメディア関係と思われる人が何人も周りからこちらを観察していた。だが、これらの公衆の目が気になるマーガレットでは無い。龍人に群がる女を掻き分ける内にローテンションだったマーガレットは、やる気に満ちていく。龍人の所に到着した時には、いつも通りのマーガレットに戻っていた。だが、あえてマーガレットは穏やかに声を掛けた。


「高嶺龍人。久しぶりですわね。調子はどうですの?」


「お!マーガレットじゃん~。こうやってちゃんと話すのはプレ対抗試合以来か?まぁ、あの時もそこまで話してはいなかったけどな。ははっ。」


真面目な時の龍人とは雰囲気が打って変わって、爽やかなオーラ全開である。その龍人を見てマーガレットの心は更にときめいてしまう。だが、カメラが回っているであろう状況でそれを周りに悟られる訳にはいかなかった。後でどんなニュースにされるか分からない。


「そうですわね。今日の試合、全力でいきますわよ?」


マーガレットの宣言に龍人はニヤリと笑う。


「もちろん!俺も全力でいくよ。ってか絶対に負けないかんな!」


「ほーっほっほっ!負けないですって?そんなの無理ですわ。私達に勝とうだなんて100年早いですの。私達とあなた達の格の違いというものを見せつけてあげるのですわ!」


「お、いいねぇ。じゃぁどっちが本当に強いかは試合できっちり決めようぜ!この前のプレ対抗試合で使ってなかった本気の魔法、絶対に使わせてやっからな。」


「望む所ですわ。」


そう言うと2人は互いの目を見ながらニヤリと笑みを浮かべるのだった。

そして、その2人の様子を逐一収め続ける複数台のカメラ。まるでドラマのワンシーンの様な状況が対抗試合会場前に展開されつつあったのだった。


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