11-8-2.火乃花の朝
朝食。それは1日の最初に、その日必要となるエネルギーを摂取する場所である。故に誰しもが気持ちよく朝食を摂りたいと思うのは当然である。
だが、今日に限って霧崎家の朝食は剣呑な雰囲気が漂っていた。…原因は火乃花と、彼女の父親である火日人だ。
「だから言ってるじゃない!まだ結婚相手とかそういうのは考えてません。」
「そうか。なら聞くが、火乃花…お前はこの霧崎家の将来をどう考えているのかな?」
「どうって…。私が強くなれば、霧崎家の血を守る為とか政略結婚とか…そういうのからは自由にしてくれるって約束だったはずです!」
バンっとテーブルを叩く火乃花の目には薄っすらと涙が浮かんでいる。そんな火乃花を見て火日人は頭を悩ませる。最近の魔法学院はどうだ?という質問から、好きな相手とかはいるのか?という質問に移り、誰かしらと結婚するつもりはあるのか?という質問から話がこじれ、火乃花が怒るに至っている。
(別に約束を違えるとは言っていないのだが…。)
表現の仕方で小さな誤解を生んでいるのだろう。ここまで火乃花が怒っている以上、しっかりと説明をしない限り誤解は解けそうにない。
「火乃花…私が聞きたいのは単純に娘であるお前が恋をしているのかという事だけだ。その先にこの家どうのこうのという事は全く無い。そして、霧崎家の将来については単に火乃花の意見を聞きたかっただけだ。別に先代達が守ってきたこの血を護り続けなければいけないとも私は思っていない。しかし、私達のこの命は…多くの犠牲を糧として生まれてきた。別にこれは私達が望んだ事ではない。だが…だからそこ、そうであるという事実は認識しなければならない。これらを全て考慮に入れ、火乃花がどう考えるのかを知りたいのだよ。」
「どうって…。」
火乃花は視線を火日人からテーブル上に置いてあるご飯に視線を落とす。別にご飯を食べたいわけではなく、火日人から視線を外したかっただけである。
本当の気持ちを、霧崎家という極属性家系に対する本当の気持ちを伝えて良いのか。火乃花の中で言いたい気持ちと、言ったら後には引けないのではないかという2つの思いが混ざり合わさり葛藤を生み出していた。
火日人はそんな火乃花の葛藤を知ってか知らずしてか、沈黙を保ったまま静かに待っている。
そして、火乃花は決心する。自分の本当の気持ちを伝える事を。
「お父様、私は…極属性の家系は好きじゃないです。極属性を保つ為にしてきた事は許せません。だから、私は過去と同じ事をしたくないわ。その為に強くなる事を誓ったんです。私は、私の思うように、家に縛られないで生きていきたいです。」
「そうか…。分かった。ならば、更に上を目指して努力を積み重ねるんだ。まぁこの霧崎家は火乃花が必ずしも家督を継がなくても…まぁ大丈夫と言えば大丈夫だからな。」
火日人が火乃花の意思を尊重した意見を言った事で、火乃花はほっとした気持ちになる。家を守るという役目がある火日人に「家の事はどうでもいい」とも捉えられる意見を言ったら、間違いなく怒られると思っていたからだ。
「だが…。」
火日人は一旦言葉を切ると、真っ直ぐ火乃花の瞳を見つめる。
「火乃花。お前は極属性を守り続けてきた霧崎家の娘だ。こればかりは変えることは出来ない。いいか?お前がこの家を離れることになってもだ。この問題は一生付きまとうんだ。それだけは覚悟をしなさい。」
「…分かりました。」
火乃花は頷くしかなかった。火日人がワザワザ言わなくても分かっている事だが、父が娘を真正面から見据えて言ったことに意味があるのだ。そして、それを言われたからには火乃花は受け入れる以外の選択肢はない。
(それでも…私が家から離れて生きる事を認めてくれたって事は…。)
火乃花は1つの可能性に思い当たるが…。
(いや、まさかアイツに限ってそんな事は無いわよね。)
考え込む火乃花を眺めていた火日人は椅子からゆっくりと立ち上がる。
「よし。それでは私は仕事に行くよ。火乃花、今日の決勝戦…頑張りなさい。だが、結果が全てではない事を忘れない様に。結果に恵まれなくても、そこに至るまでの過程が、その結果を超える結果を生み出す。」
「え…あ、はい。ありがとうございます。」
火乃花が戸惑った雰囲気を出しながら返事をするのを見た火日人は、フッと笑うと部屋から出て行った。
火日人が言った言葉の意味を考える火乃花に優子…火乃花の母が声を掛ける。
「火乃花…火日人さんは貴女の事を大事に思っていますよ。あの人が貴女が自由に生きる条件に強くなる事を選んだのは、貴女を守る為なんです。極属性家系が抱える闇から自分自身を守るための力を身につけて欲しいだけなのです。だから、火日人さんの事をあまり嫌わないで下さいね。」
(…私を守る為。そっか。)
優子の言葉で火日人に対して抱えていた疑問が溶けていく。
「お母様。ありがとうございます。私、私のためにも、お父様とお母様のためにも強くなります。」
全てを理解したのであろう火乃花の言葉に優子は微笑む。
「ふふっ。だけど、無理は禁物ですよ?常に心の余裕は必要ですからね?」
「はい。もちろんです。」
火乃花は箸を置くと立ち上がった。
「それでは、私も行ってきます。」
「あら?確か集合は12:00ですよね?まだ10:00だというのに…。早すぎませんか?」
「あまり家でのんびりしてるよりも、少し外を歩いたりして軽い運動したいので。」
「そうですか。それでは気をつけて行ってらっしゃい。テレビで試合見るの楽しみにしてますね。」
「はい。ありがとうございます。」
火乃花と優子は目線を合わせ、笑みを交わす。優子は、火乃花が火日人に怒られたり、喧嘩をした後には必ず毎回優しい言葉を掛けてくれる。母としての愛情をこれ程までに感じることの出来る親がいるのだろうか。と、火乃花は母親の事を思っている。
優子がいたからこそ、挫けずに頑張ってこれたのだ。そして、火日人の本当の気持ちも少しだけではあるが、知ることが出来た。
(対抗試合の決勝…負ける訳にはいかないわ。全力で、何が何でも勝つわよ。)
喧嘩で始まった朝食だったが、結果として火乃花のメンタルには良い影響を与える事になっていた。家族のありがたさを…ほんの、ほんの少しだけ実感出来た火乃花だった。
家を出た火乃花は澄み切った空気を吸い込むとまだ昇り途中の太陽を見上げる。冬の朝を照らす太陽は、それを見る火乃花に清々しい気持ちを芽生えさせていた。
火乃花は歩き出す。強い想いを胸の奥に秘め、力強く。




