11-7-4.対抗試合準決勝
火乃花はデイジーに向けて走りながら、ついさっき迄の龍人と遼の戦い方を思い出していた。遼は属性【重】に対する固定概念の枠を壊し、新しい戦い方を手に入れている。仲間が更に強くなる事は嬉しいことだし、自分も負けられないという良い刺激になる。
(遼君は良いんだけど、問題は龍人君よね。夏合宿の最終日に戦った時の方が強かった気がするわ。…何かが龍人君に力をセーブさせてるのかしら。)
溶解液を周りに浮かべて横に移動をしながら火乃花との距離感を調節しようとするデイジーに対し、火乃花は焔鞭剣を構えながら炎弾を放っていく。
だが、溶解液は溶かすという性質をもつ液体だ。液体は炎を消す。その性質は勿論備えており、魔法壁と溶解液を上手く織り交ぜて炎弾を防いでいる。
(龍人君の戦い方は王道の魔法を組みわせるのが基本よね。そこに構築型魔法陣を組み入れることで変則的な攻撃、そして王道魔法を複合魔法としと使う事で王道なのに変則的な効果をもたらす攻撃を使うのが強味だと思ってたんだけど…。いまの戦い方は複合魔法を使わないで、王道の上級魔法を使う傾向にあるわね。わざとなのか無意識なのか分からないけど、無意識だったらそれを抜け出さない限り夏合宿の時の強さは取り戻せないわね。)
火乃花は溶解液を高熱の焔で蒸発させながらデイジーを追い詰めていく。そして、蛇のようにうねりながら襲い掛かる溶解液と、氷の礫の同時攻撃を焔の壁で防ぐと、そのまま焔の壁でリングの端にデイジー追い込んだ。
「デイジー=フィリップスだっけ?あなた、自分にもっと素直になって戦わないと強くなれないわよ?」
「…どういう意味ですか?私は常に自分に対して素直ですよ?」
この追い詰められた状況でもデイジーは薄い笑みを絶やさない。その表情は無理をして作っている感じはなく至って自然だ。だが、だからこそ火乃花は気に喰わなかった。普通に考えて、追い詰められて負けそうな時に笑みを浮かべるのは、何かしらの理由で心に余裕がある場合だ。
(デイジーの今までの魔法の使い方を見て、隠してた属性があるとも思えないし、特別に強力な攻撃を放てる訳でも無さそうよね。それなのにこの余裕感…。普段から自分を偽っていて、感情の制御に長けてるって事かしら?それならあのお淑やかな雰囲気は本当の姿じゃないわよね。ま、元々嘘くさいなとは思ってたけど。…私は負けるわけにはいかないし、それにライバルの学院だし、アドバイスするのも変かも知れないわね。じゃ、さっさと倒しましょっか。)
火乃花はデイジーを囲む焔の壁の出力をジワジワと上げていく。気温はドンドン上がっていき、同時に焔が酸素を喰らう事でデイジーは軽い酸欠状態に陥りつつあった。意識が少しずつ朦朧としていく。
(ざっけんなこの巨乳女!私がどれだけ苦労してお淑やかな雰囲気で生きてきたと思ってるんだよ!!!!)
朦朧とした意識は思考をしているのか言葉をを発しているかの区別も出来なくなっていく。
「てめぇみたいなクソ女はぶっ潰す!」
「あら。」
酸欠に頭が揺れるデイジーが突然発した悪態に火乃花のキョトンとしてしまう。そして、すぐに笑いがこみ上げてくる。
「ふふ。やっぱり。私の勘合ってたみたいね。」
「くたばりやがれ。」
既に意識が飛びかけているデイジーの体から強力な魔力が発し、溶解液がデイジーを中心に全方位に飛び散って焔の壁の一部を打ち消した。大量の魔力が込められた事で今まで蒸発させられていた焔に対抗する液体に昇華したのだ。
周りに飛び散った消化液は地面に広がっていき、デイジーは陸の孤島に居るような状態になる。
(これは…ちょっと危険かしら?)
火乃花は焔の壁を解除すると自分の周囲に幾つかの焔球を浮かべる。予想される攻撃に対応する為の準備、そしてすぐ攻撃に転じるための準備でもある。
「そら、私をコケにした代償はデカいぞ?」
デイジーがゆらりと手を上げると、周りに広がっていた溶解液が蠢き…火乃花に向かって伸び始めた。
(…読み通り!)
火乃花は試しに焔鞭剣で溶解液を斬ってみるが、分断されるのみで蒸発をさせる事は叶わない。
(これも読み通りね。蒸発はさせられないけど、こっちが消火されないのがまだ救いかしら。)
斬っても効果が無いことを確認した火乃花は伸びてくる溶解液に向けて焔球をぶつけていく。だが、蒸発させられない以上、延々と続くイタチごっこになってしまうのは必然。
「よし、行くわよ。」
数本の溶解液を避けた火乃花は焔鞭剣の切っ先をデイジーに向けた。剣先に焔が集まり、凝縮し、先が尖り、螺旋回転を始める。
そして、すぐに回転する焔弾を発射した。これは遼が使う魔弾形成を真似した攻撃だ。螺旋貫通焔弾とでも表現するのが分かりやすいだろう。溶解液とほぼ相殺のようになってしまうため、突破力を上げるために貫通弾を螺旋回転させて撃ち出したのだ。
螺旋回転焔弾は一切ブレることなく真っ直ぐ突き進み、溶解液と魔法壁を一気に突き破ってデイジーの額に触れ…灼熱の爆発を起こした。
「ぐっ…ぐそぉぉぉ!!」
デイジーは普段の様子からは全く想像出来ない叫び声を上げながら体力の低下を感知したリングによって転送されていった。
「よしっ。いっちょ上がりってやつね。」
焔鞭剣を肩に乗せた火乃花は龍人の方に視線を送る。すると、何故かこっちを見ていた龍人と目が合い、ニヤリと笑われたのだった。
(え?私何かしたかしら?)
龍人が笑った理由が分からない火乃花は首を横に傾げる。その視線の先では龍人が文隆に向かって疾走を開始していた。
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火乃花がデイジーに向けて走り出したのと同時に龍人も文隆に向けて走り出していた。右手に持っている夢幻の周りには魔法陣が複数展開済みだ。
対する文隆は両手に闇を凝縮しており、向かってくる龍人に向けて闇の奔流を放つ。
「お……っと!」
ギリギリのラインで闇の奔流を避けた龍人は、そのまま闇の横を走って文隆に肉迫する。
「これでも…くらっえっ!」
龍人は渾身の力を込めて夢幻を下から斜め上に切り上げるのと同時に強烈な風の塊を放った。
(これは…予想外なんだねぇ!)
剣筋に合わせて風刃を放ってくると予想していた文隆はこの攻撃に対処をする事が出来ない。まだダメージを与える風魔法だったら良かったのだが、あくまでも吹き飛ばす為だけの風の塊なのだ。
「くっ!」
文隆は風に吹き上げられて宙を舞ってしまう。龍人は続けて構築型魔法陣で光魔法の上位魔法陣を完成させ、発動した。
光が魔法陣から溢れ出て幾つもの槍の形を成す。そして、光槍の大群がキラキラと光る尾を引きながら文隆に向けて飛翔した。
(高嶺龍人…やっぱり強敵なんだねぇ!)
文隆は龍人が予想通りの強敵であることに喜びを感じ、魔力を一気に開放する。
右手に闇が集まり六角形に変化していく。いわば闇の盾と言ったところか。それは厚みと大きさを増し、光槍の大群に向けて放たれた。
光槍と闇盾が激突する。
光槍の矛先が闇盾にギリギリと喰い込むが、闇盾の修復速度を超えることは出来ない。そして闇盾も光槍を弾き飛ばす程の出力を誇ってもいなかった。一進一退の攻防が続いているが、龍人も文隆も魔法の維持に魔力を費やしながら次の手に打って出ていた。
龍人は光槍を発動した魔法陣の裏に全く同じ魔法陣を重ね合わせるようにして構築。2つの魔法陣が重なる事で光の槍の出力を倍加させる。
対する文隆は蠢く闇の塊を周囲に4つ出現させ、龍人に向かって放つ。
出力が倍加した光の槍が闇盾に喰い込み始める。
(よし!これなら抜けるぞ。)
勝利の感覚を掴んだ龍人の視界に地を這うようにして進む4つの闇の塊が入ってくる。
(速い…!しかもなんか動いてるし。)
闇が蠢くのを確認した龍人は、回避行動を取りつつ魔法壁を闇に向けて張った。闇の塊は龍人が回避行動を取った後も龍人をホーミングする様に動く。不気味なのは地を這って動き回るの見てで、それ以上の攻撃が無いことだ。そしていつの間にかに闇の塊は龍人の前後左右に分かれて動きを止めていた。
(…なんだ?)
疑問に思ったのも束の間。闇の塊はビクンと大きく震えると、その中に溜め込んだ闇を龍人に向けて放出した。




