11-6-3.対抗試合予選~龍人と火乃花~
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「何を……ぐはぁ!!??」
そんなダサい声を出しながらデブ男が吹き飛んでいく。予想していなかった衝撃を受けた事で、火乃花の足を固定していた水がデブ男の制御下を離れてただの液体に戻る。火乃花はデブ男の攻撃に注意しながら、今さっきの状況を分析する。
(今のは…龍人君が構築型魔法陣を使わなかったら私が倒されてたわよね。倒されていなかったとしてもそれ相応のダメージは受けてたはずだわ。…なんか龍人君が言いたい事分かった気がするわ。)
火乃花はバックステップを踏んで龍人の隣に移動した。デブ男とデブ女はまだ倒れたままだ。
「龍人君…あなたって自分が狙われてる事を知ってて、それに対抗する為にさらに強くなろうとしてる?」
火乃花は至って真面目に聞いたのだが、聞かれた龍人はきょとんとした顔をしていた。
「え?いや、もちろんそうだよ?だから俺は強くなる必要があるんだよね。って言ってなかったっけ?」
今度は火乃花がきょとんとした顔をしてしまう。火乃花は龍人からそんな話を聞いた事は無かった。そもそも「龍人が狙われているかも知れない」と予想していたのに過ぎないのだから当然だ。
つまり、この部分で龍人と火乃花はすれ違っていたのだ。
火乃花は「龍人が正体不明の誰かに狙われている可能性がある。その狙われている可能性の1つに挙げることが出来る構築型魔法陣の使用を控えた方が良い。」と言うのが本音で。
龍人は「自分が謎の組織に狙われているのはほぼ確実。ならば力を出し惜しみするのではなく、自分の限界の先にまで到達する必要がある。」と、考えていて。
根本的な所…つまり前提が違っていたのだから主張が食い違うのも当然だった。だが、今のやり取りでそれらが全て解決し、火乃花の中で全てがストンと落ちた。
「ふふ…。私が無駄に意地を張ったのがいけなかったみたいね。龍人君、ごめん。つまらないことで喧嘩しちゃって悪かったわ。」
(…火乃花が謝った!?)
なんて感想を龍人は抱くが、もちろん今の仲直り出来る雰囲気をぶち壊し兼ねないので決して表には出さない。あくまでも真面目に返事をする。
「多分だけど、俺たち構築型魔法陣を使う使わないの前提の部分が違ったんだよな?何故使うのか、何故使って欲しくないのか。」
「そうね。もう少しちゃんと話をしていれば良かったわ。」
「んだなぁ。ちゃんと話さないと伝わらない事って多いよな。」
「ふふっ。何悟って言ってるのよ。」
「まーね。…じゃ、敵さんも起き上がってきた事だし仲直り記念で一気に倒そっか。」
「いいわね。」
龍人と火乃花の視線の先ではデブ男とデブ女がノロノロと立ち上がっていた。攻撃を喰らったのが余程ショックなのか、目が異常な程血走っている。
デブ女は顔の前に垂れた前髪を指でスーッと横に流すと顎の下の肉をプルプル震わせながら叫ぶ。
「この私を転ばせるなんて!これじゃあ汚いブタと一緒じゃない!」
(いやいやじゃあ普段は綺麗なブタかよ)
なんて観客達は心で突っ込みを入れてしまう。
「ほら!デブ!シャキッとしなさい!もうおこったわ!一気に倒すわよ!」
「け、蹴るなよ!俺だって不意打ちにムカムカしてんだ!やってやるさ!」
2人のデブは何故か揃って手を横に広げるポーズを取った。
「「デブの狂演」」
どうやらデブであることをしっかりと認識していて、それを全面に押し出しているらしい。自虐ネタなのか単に本気なのか。だが、油断はならない。デブはキレると怖いから。
「火乃花…気をつけた方が良いかも。ネーミングはふざけてるけど、結構厄介そうだわ。」
「そうね。まぁそれでも負けるつもりは無いわよ?」
「ははっ。そりゃあ勿論だよ。」
龍人と火乃花を取り囲むように斥力板が複数出現していた。所有者が少ない属性【斥力】は、基本的に魔力の消費が他の属性と比べて大きい。それをこれだけ大量に作り出している事からも相手の本気度を伺うことができる。
続いてデブ男が大量の水礫を龍人と火乃花に向けて放った。それらは斥力板による重力の湾曲に合わせて通常ではあり得ない軌道を描きながら龍人達に襲い掛かる。
回避がほぼ不可能なレベルの量の水礫が、位置の見極めが難しい斥力板によって予測不可能な軌道で迫り来る。
だが、龍人と火乃花の表情に不安や焦りは一切見られなかった。むしろ余裕、自信に満ちた表情をしていた。
「行くぞ。」
「えぇ。」
火乃花は頷くと魔力を溜め始め、龍人は冷気を放って水礫を次々と凍らせていく。これを見たデブ男は眉を顰めて怪訝な表情をした。水が氷になれば強度が上がり、攻撃力が増すことになるからだ。だが、そんな疑問もすぐに焦りという結果と共に解決する事となる。
水礫が氷礫となったところで火乃花が全身から紅蓮の焔を立ち昇らせ、氷礫に放った。すると氷礫は瞬く間に溶け、蒸発し、消え去っていく。
「……!!そういう事かぁ!」
デブ男は唾を撒き散らしながら叫ぶ。火乃花の属性【焔】に押し負けないはずの属性【雫】なのだが、龍人が水を氷に変化させたことで属性【氷】の範囲に変わったのだ。もちろん操作は可能だが、氷自体の強度を上げる事は属性【雫】では不可能なのだ。
氷礫がほぼ消滅したところで龍人は構築型魔法陣を発動する。構築するのは2つの転移魔法陣だ。普通に転移魔法陣を描く何倍もの速度で構築型魔法陣が完成すると、龍人と火乃花の姿が転移によって消える。斥力板の場所が分からないのなら、それらがあるであろう場所を全て飛ばして一気に近づけば良いだけの話なのだ。ついさっき龍人が斥力場に翻弄されていた時は展開型魔法陣のみで戦っていた為、上位の魔法陣である転移魔法陣を使う事が出来なかったのだ。
龍人と火乃花が姿を現したのはデブ2人組の真後ろ。其々の手には夢幻と焔鞭剣が握られている。龍人はデブ女、火乃花はデブ男へ斬りかかった。
火乃花が自分に向かってきたのを確認したデブ男は、迎え撃つ為に属性【雫】で水剣を創り、ニンマリと笑みを浮かべた。
(水礫を防いだコンビネーションはやられたが、ついさっき俺に押し負けた焔剣と水剣の勝負をまたするとはな。こいつらバカだぜ!)
この時、勝利を確信したデブ男は気付くことが出来なかった。火乃花の目が先程と対峙した時とは全く違ったものになっていた事を。様子見で観察をしていた瞳から敵を倒す事のみを考えた炎の燃え盛る瞳になっていた事を。
焔鞭剣と水剣が激突する。但し、今回は先程と同じ様にはいかない。焔鞭剣は水剣との接点から刃先にかけての部分が鞭のようにしなり、デブ男の肩口を深く斬り裂いた。
「ぐぎゃああぁ!!」
大袈裟に叫び声を上げたデブ男は肩から血を垂らしながらよろめく。火乃花はここで止まることなく次の攻撃に移っていった。
火乃花がデブ男を斬りつけたのを横目で確認した龍人は、斥力場で夢幻を受け止めているデブ女に視線を戻す。夢幻には強力な電気を纏わせて剣自体からバチバチと周りに放電し、超高密度の電気であるように《みせかけている》。実際は大した威力ではないのだが、見た目が派手であればそれ相応の威力があると考えて迂闊に動くことが出来ないのが人間というものである。龍人がわざとこういった戦法を取っているのには訳がある。そして、それこそが勝利の為の方程式となるのだ。
「へへっ。じゃ、一気に決めるわ。」
「あぁん?何を言ってるのよ!あんたなんかにこの斥力シールドを破れるわけないでしょ!」
「さーて、どうかな?」
龍人は構築で上位魔法陣を1つ作ると、発動せずにストックをする。龍人の力では中位をストックするのが限界なので、この行動は体を内側から破壊し兼ねない行為である。だが、これをする事で龍人はこの上位魔法陣を《展開》する事が出来る。そして、龍人はデブ女が斥力シールドと呼んだ斥力場に重ね合わせるようにして上位魔法陣を展開、発動した。魔法陣から発せられたのは重力場。斥力場と重力場が相殺し無重力になってしまう。そうなる事で龍人の夢幻を阻むものは無くなり、夢幻の切先がデブ女の頭に迫る。
(やっぱこういうのって…甘いって言われるんだろうなぁ。)
そんな事を思いながら龍人は夢幻の切先がデブ女の頭に直撃する寸前に剣を寝かせて、刃の腹で頭を強打した。
「ふぎっ!ぶぎぎぎぎぃぎぎきいきゃぎ!」
豚?みたいな声を出してデブ女は電気に感電して体をブルブルと震わせる。龍人は体を回転させると後ろ回し蹴りを女の腹に突き刺した。
「むぎょう!?」
デブ女はもんどり打つように転がり、火乃花によって飛ばされたデブ男とぶつかって重なるようにして地面に倒れる。
「火乃花!アレいくぞ!」
「えっ、アレってアレ?」
「おう。」
「成功するかしら?」
「やってみなきゃ分かんないって。行くよ?」
「分かったわ!」
龍人は重なってウンウン唸るデブ2人に向けて炎のビームを放つ魔法陣を4つ重ねるようにして構築する。そこに向けて火乃花が右手を翳し、焔の特大矢を放つ。
焔の特大矢は真っ直ぐ突き進み魔法陣に突き刺さった。すると魔法陣が次々に発動し、ビームを吸収した矢は大きさ、熱量、速度を倍加させてデブ2人組のすぐ手前に突き刺さった。
チュドーン!!
と形容できる程の爆発が起き、デブ2人はそのふくよかな肢体をグニングニン揺らし震わせながら宙を舞い、リングの外にボテンと落ちたのだった。




