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Colony  作者: Scherz
第四章 其々の道
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11-5-11.知られざる存在



【其れ】は元々存在しないはずの存在だった。狂気の科学者がその存在の有用性に気付かなければ、生み出されることも無かっただろう。【其れ】は4つの生き物を犠牲にして生まれた。1つの生命体としての存在であるのにも関わらず、3つの意識が個別に存在していた。だが、それぞれの意識が独立して暴走する事は無い。…3つの意識の内1つが【優秀】と評する事が出来る生物を使っていたからだ。

それは…人間だ。3つの動物の体。そして、1つの動物の脳と人間の脳を入れ替えたのだ。普通であれば拒絶反応が起き、その生物が生きる事は不可能といえる。だが、サタナスはその問題を魔法によって強制的に解決したのだ。これによって比較的高度な知識を有した魔造合成人獣が完成した。多少の知能の低下や記憶の欠損があるものの、純粋に欲望のままに行動する動物の脳に比べれば十分すぎる程の思考能力を有していると言えよう。


さて、使われた人間はどのような人物だったのか。

その人間については【彼】としておこう。【彼】は生まれから不遇な人生を送っていた。孤児として孤児院に預けられ、いじめにあいながら存在を消す事を学ぶ幼少期を過ごす。そしてついにいじめに堪え切る事が出来なくなった【彼】は孤児院から逃げたした。そこからの人生はそれまでよりも酷いものとなる。生きていく為には何でもした。盗みから始まり、強盗など、思いつく限りの悪事全てに手を染めた。だが、【彼】には罪悪感が無かった。何故ならば、それが生きていくために必要だったからだ。彼の心の根底にはいつしか弱肉強食という強迫的な観念が根付いていた。


様々な悪事を行いながらも【彼】が捕まらず、生きてこれたのには訳がある。それは【彼】が特別な力を持っていたのだ。自身の周りに結界を幾重にも張り巡らせて周囲と同化する事によって、存在感を極力消し去る魔法だ。属性【幻】に限りなく近い性質を持つが、似て非なるものである事も事実。属性【幻】は最初から周囲と同化する魔法を発生させる。だが【彼】が使う魔法はあくまでも結界である。結界によって自身に接触するあらゆる情報をリアルタイムに常に屈折させ続ける事で存在を消し去る能力は、ある意味では魔聖に匹敵するほどのポテンシャルを秘めてると言えた。

その【彼】はいつも通りに適当に見繕った店から金を強奪して逃亡を図っていた。いつもなら簡単に逃げ切り、隠れ家としている小さな廃屋で金を数えていたはずだった。だがその日は違った。どれだけ逃げても、どれだけ逃げても誰かが追跡してくるのだ。姿は見えないが、確実に何者かの気配が【彼】に纏わりついていた。


数時間に及ぶ逃走の後、【彼】は遂に追い詰められてしまう。路地裏の行き止まりで【彼】はゆっくりと近づいてくる誰かを待ち構える。その誰かはユラリと地面から急に現れた。影のようにユラユラと揺れながらその誰かはじっと【彼】を見つめ続けていた。逃げ道は無いか。どこかに隙は無いか。【彼】は視線をあちこちに巡らせ、全身の神経を使って目の前にいる誰かの動きを注視する。隙を見つけることが出来ず、額に一筋の汗が垂れ始めた頃…目の前にいる誰かが口を開いた。


「君は幸せか?」


【彼】にはその意味が分からなかった。幸せかどうかなど考えた事がなかったのだ。今までの人生は全て生きる事に純粋だった。そのために善悪の区別もなく全力で出来ることをやってきた。その生活は幸せだったのだろうか。【彼】にはその判断が出来なかった。答える事が出来ない【彼】に対し、その誰かは再び声を発する。


「君は今までの人生をどう思うのかな?誰にも必要とされず、生きるために必要な事を続け、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて。…それは幸せとは言わないのだよ。いいか?誰にも必要とされない人間など屑だ。塵だ。居る価値もない。君は…それでいいのか?誰かに必要とされ、誰かと笑いあい、誰かと手を取り合い、誰かの温もりを感じ、幸せという名の快楽に溺れてみたいと思った事はあるのだろう?」


その誰かの言葉はじんわりと【彼】の頭に染み込んでいった。

何もすることが無く、夜の道を歩くときに聞こえる家族団欒の声、友達同士で騒ぐ若者の楽しそうな声、幸せそうに寄りそう1組のカップル。【彼】はそれらを自分とは関係ないモノだとして意識の外から追い出していた。…否、目を背けていた。見てしまうと欲しくなるから。欲してしまえば寂しさが忍び寄ってくるから。

その誰かの声に対して、【彼】は気付けば首を縦に振っていた。

その誰かは【彼】が生まれてきて初めて【彼】という存在に興味を持ってくれている存在だと感じたのだ。


「…ならば、私と共に来るがいい。君を必要とする人がこの先に待っているぞ。そこで共に歩もうじゃないか。この世の中を変える為に。この腐った世の中に革新をもたらす為に。」


ユラユラとゆれる誰かの手が差し出される。【彼】にはその誰かが言っている事は殆ど理解出来ていなかった。だが、その誰かが彼を必要としてくれている事だけは理解していた。だからこそ、迷わず手を取ったのだった。



その【彼】は、連れて行かれた先で様々な実験の実験体として体の全てをいじられた。そして、最終的には体を失い、意識だけの存在として眠った。




次に目覚めた時、その誰かは隣にいた。そして【彼】は人ではない何かになっていた。そして、自分が時々何を考えているのか分からなくなる程度に意識が混濁する時があった。だが、1つだけ【彼】の中にはルールがあった。それは、その誰か…サタナス=フェアズーフの為に動く事。自分を必要としてくれた彼のために、彼の言う通りに動く事。それが善であっても悪であっても関係が無かった。

【彼】は目の前にいた少女に襲い掛かる。少女は戦いの果てに巨大な光の星を放ち、【彼】は直撃を受けて吹き飛ばされた。飛ばされた先には別の人間がいた。その彼らも【彼】に対して悪意ある目を向けていた。


【彼】は直感する。この世の中に【彼】の味方はサタナスだけである事を。


ならば、その他の全てを壊すのみ。


その信念を心の奥底に抱き、【彼】は新たに宿った力を全力で揮う。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


涎を滴らせながらルフトとテングを睨みつけるヒューマノイドキメラは、その眼に底知れぬ恨みを抱いているようにも見えた。


「テング…お前はこんなものを生み出す手伝いしてたのか?」


「…そうみたいですね。僕が思っていた以上の存在なのは否めませんが。」


カツカツカツ


足音と共にヒューマノイドキメラの横から姿を現したのはサタナスだ。ルフトを見ると顎に手を当て、顎を引いて眼鏡の縁越しに睨みつける。


「ふむ。ルフト=レーレか。…テングが手こずる訳だ。テングこっちに来い。お前の出番は既に終了した。」


「…分かりました。」


テングはチラリとルフトに目線を送ると、すぐに歩いてサタナスの隣へ歩き出した。無防備なテングの背中に攻撃をしたいのだが、ヒューマノイドキメラがルフトを睨みつけているせいで迂闊な動きが取れなくなっていた。ならば、別の事に時間を使うのか有効だとルフトは判断する。


「サタナス。お前さんの横にいる合成獣はなんだ?」


すると、サタナスは肩を震わせ始めた。


「くっくっくっ…。この傑作を見て良く呑気にしていられるな!いいか、わかりやすく説明してやろう。こいつは3つの生物の体に人間の脳を合成した魔造合成人獣…ヒューマノイドキメラだ!人の言葉を解するこの生物は、今は劣るが…いずれは人並みの知能を持ち、言葉を操る最強の生命体となるのだよ。」


「ヒューマノイドキメラ…。なんてものを作ったんだ…!」


生命を冒涜した実験にルフトは拳を握り締める。


「君もミラージュと同じ事を言うな。いいか?ヒューマノイドキメラの脳として活躍している【彼】は誰にも必要とされていなかったんだ。その彼はこうして、今、私に必要とされているのだよ。【彼】にとってこれ以上の幸福は無いと思わないか?」


ここでルフトはミラージュが居たことを思い出す。ヒューマノイドキメラの存在の衝撃が大き過ぎてそこまで頭が回っていなかったのだ。


「おい…ミラージュはどうした!?」


「ふむ。こいつよりも仲間のミラージュの事を優先か。仲間意識というのは時に足を引っ張るというのに。…ミラージュならそろそろ来るだろう。動ければだがな。」


「…どういう事だ?」


キュイイィィン!


「がウッ!」


急に後ろから飛んできた光の球をヒューマノイドキメラがステップで避ける。光の球はルフトの前まで来ると、弾け、その中からミラージュが現れた。


「ルフト…ちゃん。」


そうか弱く呟くと、ミラージュはがっくしと膝をついてしまう。顔色は真っ青で、手足が小刻みに震えていた。明らかに何かをされた事に間違いがなかった。


「ミラージュ…!大丈夫か!?」


ルフトはサタナス達の動きを警戒しながら、座り込むミラージュの側にしゃがみ込む。


「ルフトちゃん…気を付けて。蛇から出る紫…の煙……ゴホッゴホッ。」


ミラージュは激しく咳き込むと、そのまま意識を失って倒れてしまう。


「ミラージュ!」


「くくく。かの有名な魔導師団のメンバーでもこのヒューマノイドキメラに勝つ事は出来なかったみたいだな。調整をかければ更に素晴らしいキメラを生み出せそうで安心したよ。くっくっくっ。」


「…………」


ミラージュの手首に指を当てて脈を確かめる。


トクントクン


…弱いながらも確かに脈は動いていた。それならば、ルフトが取るべき行動は1つに絞られる。


ミラージュを助ける為に、目の前にいる敵を倒す事。


ゆらりと立ち上がったルフトから風の渦が立ち昇った。


「…へへっ。俺、仲間を傷付けられるのが1番嫌いなんだよね。覚悟しなよ?」


力強く床を蹴ったルフトが疾走する。



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