11-5-7.知られざる存在
全身に風を纏ったルフトはテングに向けて一直線に突き進む。その瞳にはテングに押されていた時の戸惑いは一切なく、強い者と戦える喜びに満ちていて、その強者を倒すという闘志に燃えていた。
迎え撃つテングはルフトの変わり様に多少なりとも驚いていた。ついさっきまでのルフトに対するイメージは、何をするにしても複数の選択肢を頭に思い浮かべ、どれを選ぶか悩んでしまうが為に判断が遅くなり、守備的な行動しか取れない。といったものだった。だが、目の前に迫りつつあるルフトはそのイメージを全て吹き飛ばすほどイキイキとした表情をしている。
そして、そんなルフトと戦うということに対して、テングも湧き上がる闘志を抑えられそうに無かった。魔法協会南区支部の仕事はつまらなく、テングの能力をもってすればすぐに終わってしまうものばかりだった。更に、戦闘などという仕事があるはずもなく、退屈な日々を送っていたのだ。
そこに現れた男、ルフト=レーレ。これからの戦闘内容次第では好敵手と位置付けても良いとテングは思っていた。
だからこそ、それ故に、テングは全力でルフトを迎え撃つ。持てる技術を全て駆使し、自分の実力に奢ることなく、挑戦者としての心意気で、例え勝とうとも負けようとも悔いが残らないように。
テングは日本刀を持つ手に力を籠めると青炎を発現させる。そして体の中段に構えを取った。
ルフトはテングが中段の構えを撮るのを確認すると、走る速度を更に上昇させた。
中段の構えは上段、下段などの他の構えに移行しやすく、さらに相手の目に剣先を向けることで攻撃を踏みとどまらせる心理的効果も持つ構えだ。あらゆる状況に対応しやすい構えであるからこそ、ルフトが普通に攻撃をしてもほぼ全て対処されてしまうことが予想された。
ならばどうするか。相手が反応出来ない速度で、尚且つ相手の予想から外れたパターンでの攻撃を繰り出すのだ。
ルフトは無詠唱魔法で身体能力強化、知覚強化、反応速度強化を施し、更に風魔法による行動補助を行動制御にまで引き上げる。通常の敵であればここまで速度のブーストを掛ければ反応する事は出来ない。しかし、ルフトは手を抜かない。自身の体の周り数センチの空間を真空状態にして、空気摩擦を無くす。そして、周囲には風魔法をいつでも発動できるように風魔法の素体となる圧縮空気を複数配置した。
テングに大量の魔力を吸われているため、この状態で戦えるのは10分が限界だろう。だが、それだけの時間があれば倒すのにも、倒されるのにも十分な時間だ。
持てる力を全て発揮したルフト=レーレとテング=イームズが激突する。
ルフトはテングに向けて十字状の風刃を放つ。風刃は周囲の空気を切り裂きながら真正面からテングに襲いかかった。テングは日本刀を斜めに斬り上げながら体の回転を引き起こし、同時に回避行動に繋げながらルフトの側面に回り込もうとする。
しかし、十字の風刃はテングの日本刀と接触する直前で高速回転を始めた。扇風機に割り箸などの棒を投げ入れたら弾き飛ばされるのと同じ原理が適用される。テングの日本刀は回転する風刃に弾き飛ばされそうになるが、テングが簡単に敵の術中にはまる訳がなかった。日本刀を包むように発現していた青い炎が風刃に向けて広がり輝くと、魔力を吸われた風刃は急速に勢いを衰えさせて切り裂かれてしまう。
テングはこの行動を急遽加えたことで剣を振りつつ回避行動に入るのがコンマ数秒遅れてしまう。そして、それこそがルフトの狙いでもあった。
ルフトは十字の風刃を上から回り込むようにして風圧弾を叩きつけ、更に攻撃としてではなく相手の体勢を崩すために足下を掬うように強風を送り込んでいた。テングは右斜め上に振り上げた日本刀をかえすと燕返しの要領で風圧弾を弾き飛ばすが、足下に送られた強風には対応することが出来ない。攻撃としての風魔法ではないため、日本刀で防ぐ事が出来なかったのだ。前のめりになる形で体勢を崩してしまう。
そこへルフトの追撃が放たれる。前のめりになるテングを下から突き上げるようにして小規模の竜巻を4発放つ。普通であれば避けられない体勢に避けられないタイミングでの攻撃。そんな状況でもあるのにも関わらず、テングは意地を見せる。
燕返しによって左下に位置していた日本刀から炎を噴き出させ、それによって生まれる風圧を利用して体を左側に回転させたのだ。竜巻を擦りながらも回避すると炎の礫による弾幕、更にそれに隠すようにして青炎による弾幕を放つ。必中のカウンターになるはずだったのだが、竜巻を放ったルフトは大きく後方に飛び退きながら風刃をテングの少し手前の床に向けて放っていた。地面が削れて石の礫が炎の礫とぶつかりほぼ相殺する。炎の礫がやや威力が上で石の礫を抜けてくるが、その程度なら魔法壁で簡単に防ぐことができる。
(ん?通常の炎?…いや、後ろに隠してるかもだねっ。)
テングの攻撃の決め手となるのが青い炎=魔力を吸う炎という事は理解していた。そうであるならば、どうにかして青い炎を当てようとしてくるはずなのだ。相手の視点に立って考察する事で攻撃の裏を読むことができる。
ルフトは更に広めの魔法壁を張って更に後退する。万が一の被弾を考えての事だ。
そして予想通りに炎の礫の後ろから青い炎の弾幕が姿を現わす。それらは魔法壁の魔力を吸い取って弱体化させ、簡単に魔法壁を突き破るとルフト目掛けて飛翔するが、ルフトに直撃する直前でふっと消えてしまった。それを見たテングの眉がピクリと上がる。
「…!やりますね。そこに真空空間を作っていたとは。」
「へへっ。あの青い炎じゃないと魔力を吸い取れないんでしょ?そんなら炎自体を消しちゃえば怖くないもんね。」
「対応力も抜群…ですか。」
約10mの距離でルフトとテングは対峙していた。気楽に話しているようにも見えるが、互いに相手の隙を探して見つけ次第攻撃を仕掛けるつもりである。
「それにしても良く俺のスピードについて来れるねっ。中々居ないんだけどな。」
「僕も日々鍛錬を積んでますからね。ただ机に向かうだけの職員とは違うんですよ。」
「まぁ、こんな実験をする施設と関わってる時点で普通じゃないよねっ。」
「そうですね。……いえ、改めておきましょう。僕が普通でないから、この施設と関わっているんですよ?」
「ん?」
テングの言う事を解し切れなかったルフトが眉をしかめるのと同じくらいのタイミングで、テングの持つ日本刀に纏わりつく青炎に変化が生じた。
それまでの青炎は剣に纏わり付いていたり、剣の形を模したりしていたのだが、剣から青い触手が伸びるように変化したのだ。
「さて、僕もここからは全力で行かせてもらいますよ。君みたいな強い人と出会えて僕は幸運です。自分の全力を戦闘で試す事が出来るんですからね!」
テングは獰猛な笑みを浮かべて日本刀の切っ先をルフトに向けた。
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ルフトがテングの攻撃を防いだお陰で、ミラージュは特に妨害を受ける事なくテングが現れたドアの先に進む事が出来ていた。
薄汚れた廊下を先に進むと大きめの部屋に突き当たる。
(ふーん。ここの何処かにサタナスが居るって事なのかな?)
部屋にはミラージュが入ってきたドアを含めて4つのドアが設置されていた。正方形に近い形の部屋で、各辺の中央にドアがある配置だ。パッと見でどの部屋が怪しいとかは分からない。
(こうなったらビビッときたドアをドガーン!って開けて殴りこんじゃってもいいよね。どうせ見つかってるしっ。)
潜入という縛りが無くなった途端にミラージュは活き活きしていた。細かいことを考えずにババーンと突っ走ることが出来るのが一番なのである。
「んーと、あのドアにしよっと!」
ミラージュは左側にあるドアを開ける事を選択する。そのドアを選んだ理由は、勿論直感だ。ドアに近づき、ドアノブを掴み、躊躇いなく回し、バーンっとドアを開けた。
「あれ?凄い部屋っ!」
中を見たミラージュはテコテコと部屋の中に入って行ったのだった。




