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Colony  作者: Scherz
第四章 其々の道
633/994

11-5-2.知られざる存在



工場の受付業務は正直に言って暇である。

警備を請け負う会社から派遣されているものの、基本的に侵入者が居るわけでも無いので受付で趣味に興じるのが業務の大半を占めている。

正直に退屈な仕事だ。工場が閉まる夜に防犯の警備で工場内を歩く。だが、何か特別な事件が起きるわけでも無い。そのまま受付に戻って交代の警備係が朝に来るのを眠気を押し殺しながら待つ。そんな平凡な業務を毎日ただひたすらにこなしていた。


そんな退屈な日常に変化が訪れる。警備マニュアルの特記事項に書かれているテング=イームズが本当に訪れたのだ。もしマニュアルに何も書かれていなければ「今日も研究室を…」という言葉は出てこなかっただろう。そして、魔法協会中央区支部のエリートであるテングを見た瞬間に彼の中の警備マンとしてのプライドが燃え上がった。もしテングに何かしらの災難が降りかかれば、それは警備を務める彼の責任だ。


元々警備を務める彼は、誰かを護るという事に憧れて今の会社に入社した。当初は要人の警護をする事を妄想していたのだが、現実はそう甘くなかった。彼に振られる仕事は何かしらの建物関係の警備だったのだ。

要人関係の警備を務めるのは会社の中で指折りの実力を持つ者に限定されていた。


だが、それでも彼はいいと思っていた。与えられたその場所を護ることで助かる誰かがいるのだから。


テングの社員証を見せられた時に彼は要人をカッコよく護りたいと思っていた時の心を思い出していた。


何が何でもテングが無事に工場を出るまで侵入者を許さない。その熱い想いで受付に座っていると、怪しいフードを被った長身の人物が近づいてきたのだ。

その姿を見た時に警備マンの彼の中にある単語が浮かんだ。


【狙われる要人。そして身を挺して護る警備マン】


そう。ついに憧れのシチュエーションが訪れたのだ。フードの人物は迷うそぶりを見せずに真っ直ぐ受付に向かって歩いてきている。そして、受付から5M程度離れた所に来ると急に立ち止まった。

突然の停止に戸惑いながらも警備マンはフードの人物に声を掛ける。


「おい、君。何か用か?何故フードで顔を隠してるんだ?」


しかし、フードの人物は何も反応しなかった。微動だにせず受付の方に顔を向けている。フードの奥に隠れる鋭い眼光が自身を射抜く錯覚に警備マンはブルリと体を震わせた。


「おい!何をしてるんだって聞いてるんだ!部外者の立ち入りは禁止だぞ!?」


どれだけ声を掛けてもフードの人物は顔を警備マンに向けたまま微動だにしない。まるでそこに居るはずなのに居ないかのような得体の知れない恐怖が、警備マンの心に忍び寄り始める。


ここで応援を呼ぶ等の冷静な判断が出来れば良かったのかもしれない。だが、シチュエーションが彼を酔わせていたのもまた事実。警備マンは忍び寄る恐怖を無理矢理退けて受付から立ち上がる。右手には愛用の魔具である杖を握り締め、受付横のドアから出てフードの男と対峙した。


「何をしたいのか分からないが、早くここから立ち去るんだ。そもそもこんな只の工場に何の用があるってん…がっ……。」


警備マンは突如首筋に走った強い衝撃によって意識を手放してしまう。倒れた警備マンの向こうに立っていたのは、これまたフードを着た人物だ。

長身のフードは警備マンを跨いで受付の中に入ると中を見回し、防犯カメラが無いことを確認すると被っていたフードを取った。


フードの中から現れたのは金髪のフェザーウルフが特徴的なイケメンだった。…ルフトだ。その様子を見たもう1人のフードの人物も受付に入るとフードを取る。こちらはもちろんミラージュだ。


「堂々と正面から入ったけどどうするの?防犯カメラの映像を見れるのはここだけじゃないと思うよ?」


潜入に対して苦手意識が強いミラージュは仕切りに受付の外を気にしている。


「んーと、多分工場の見取図があると思うんだよねっ。それさえあれば怪しいスペースとかが分かると思んだけど…。」


受付のデスクを漁るルフトに対してミラージュは焦ったそうにする。


「でもでもだよ?防犯カメラに映ったら侵入してるのがバレちゃうでしょ?」


「あっそーゆ事ねん。それなら大丈夫っ。フードで顔は隠すし…あ、あった!」


ルフトは「ふふん」と楽しそうな感じで見取図を広げる。そこには丁寧に防犯カメラの設置位置までもが記入されていた。


「なるほどね。ミラージュ、こりゃあ防犯カメラに移らないように行くのは無理かも。設置台数がかなり多いし死角になる部分は少ないしだね。」


「えっ…じゃあどうするの?フードを被って堂々と行くのは反対だよ?」


「そりゃもうミラージュ先生の幻魔法で行くしかないねっ。」


「えっ?…あれ、長時間使うのしんどいんだからねっ?」


「分かってるけど、頼む!」


ルフトは手を合わせて頭を下げ、手が頭の上に来るお願いポーズを取る。完全に下手に出たお願いだ。ミラージュは元々ここに潜入する事になった時に、こういった展開になることはある程度の覚悟を決めていた。


「分かったっ。じゃ、早く終わらせて帰ろうね?私、対抗試合を見るのすごい楽しみにしてたんだもん。」


「サンキュッ。確かに俺も対抗試合は見たいな。最低でも準決勝と決勝は見たいね。」


対抗試合の準決勝は本日の夕方から夜に行われる。現在の時刻は12時。おおよその目安として5時間は余裕があるだろう。長いといえば長いが、短いと言えば短い時間だ。

ルフトとミラージュは頷きあう。そして、ミラージュが魔法を発動させると2人の姿が少しずつぼやけ、最終的に周囲と同化して見えなくなった。

ミラージュの幻魔法による効果だ。


空気がふわりと動くと受付のドアが開き、聞き取れないほどの足音が去っていった。


こうして、警備マン一世一代の大勝負は呆気なく幕を閉じたのだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


工場の中はテレビやモニターの製造に関わる様々な機械が陳列されて動きを止めていた。各所には試作品とみられる製品が並んでいる。機械マニアが見たら目を輝かせて喜ぶレベルだろう。それだけの魔法街にはない技術が実用化されつつある場所だった。

だが、ルフトとミラージュはそういった機械関係には疎く、それらの機械群を見ても大した感想を抱くことはなかった。


暫く工場の中を探索していると、実験室と書かれた札が下がっているドアを見つける。中からは光が薄っすらと漏れているので、部屋の中に誰かが居るのは確実だろう。


「ミラージュ…、この中怪しくない?」


「そうだね。でも、どうやって中に入るの?流石にドアを開けたら見つかっちゃう気がするよ?」


ドアを前にして2人は中への侵入方法が思い付かないでいた。ミラージュの幻魔法で周囲と同化しているものの、物理的に何かをすり抜ける事が出来る訳ではない。


「まぁ、ベタだけど…この方法しかないかなっ。」


ルフトは近くに立てかけてあった金属の棒を持ち上げた。そして、ミラージュに目配せするとその棒を放り投げた。


カァーンカランカンカンカンカン


金属音が工場の中に響き渡る。この物音に反応して実験室の中にいる人物が「自分でドアを開けて部屋から出てくる」…筈だった。


「……??」


予想に反して誰も出てこなかったのだ。部屋の中にいても聞こえる位の音がした筈なのだが…。


「ミラージュどしよっか。乗り込んじゃう?」


「困っちゃったね。私なら乗り込むけど…こういう施設の重要な部分って魔法を撹乱する空間を作ってる可能性があるから、私の魔法が解除されちゃうかもだよ。」


「その時はその時だねっ。」


ミラージュの口が笑みを形作る。


「にししっ。ルフトちゃん乗ってきたね。私は潜入よりもこういう感じの方が気が楽だよっ。」


「状況に合わせて動くのが一番だしね。それに工場の中は大体回ったから、ここに誰もいないと詰みなんだよね。」


ルフトとミラージュは受付で手に入れた見取図を頼りに全ての部屋を確認していた。ただわ鍵がかかっていたり中から光が漏れていたりというのは、今目の前にある実験室のドアのみだった。


「よしっ。乗り込みますか。」


そう言うとルフトは実験室のドアノブを掴み、ゆっくりと回す。ドアノブはギリギリと音を立てながらも抵抗なく回っていく。どうやら鍵はかかっていないらしい。ミラージュは少し離れた所でいざという時の対処に回れるように待機している。

ドアノブを完全に回しきったところで、ルフトはゆっくりとドアを押していく。これが手前に引くドアだったらまだ姿の隠しようがあるのだが、押して開けるからにはドアを開けると同時にルフトは自身の姿を晒すことになってしまう。中からの攻撃を想定しつつ、ドアを開いていく。


「ん?」


ドアを開けきったルフトは部屋の中を見て首を傾げてしまった。実験室の中には誰もいなかった。そして、色々な実験器具がおいてはあるが実際に何かしらの実験を行っている様子は無い。ミラージュが危惧していた幻魔法に対する対抗措置もとられていないようだ。

ルフトの後ろから部屋の中を見たミラージュはキョロキョロと辺りを見回し始めた。


「何か変だねこの部屋。なんだろ…。」


同じ違和感を感じていたルフトも部屋の中を見回している。一見したところ只の部屋なのだが…。


「ちょっと魔法を解除するね!ちゃんと集中しないと分からないかも。」


ミラージュはルフトにそう告げると魔法を解除。2人の姿が視認できるようになった。


「何か隠してる感じしない?この部屋。」


ルフトは実験室のドアを閉めながらミラージュに声を掛ける。


「うん。そんな感じだよね。でも部屋全体を誤魔化してるっていうより、部屋全体を使って一部分だけを隠してる感じがするよ。破れるか試してみるねっ。」


「頼んだ。」


ミラージュは頷くと部屋の中央に立ち、幻魔法を発動させた。キラキラと光るものがミラージュの体の周りを回り始め、それは次第に量を増やしていく。目を瞑っていたミラージュはある場所に視線を向けた。そこは実験室のドアから入って右側の壁の中央。


「にししししっ。私にかかればこんなもんだしっ!」


左手をその壁に向けて伸ばすと、キラキラと光っているものが一気にそこに向けて飛んでいく。そして、壁にぶつかるとバチバチと音を立てて弾かれるが、少しずつ壁にヒビが入っていった。

30秒程するとヒビは壁一面に広がり、遂にガラスのように砕け散った。


砕けた壁の向こう側にあったのは、中央にドアが設置された壁だった。


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