11-4-6.対抗試合予選
ラルフは先程よりもゆっくりめに話す。
「ではこれから対抗試合の予選を始める。モニターの下にある魔法陣が光ったら、それが試合の合図だ。各チームは速やかに魔法陣で試合会場に移動する事。よろしくな。じゃ、いくぞー。」
プツンとモニターが切れる。ラルフが真面目に話すと、どちらかというとローテンションな雰囲気になってしまっていた。つまり、やる気が無いように見えるということである。試合の説明をする人がローテンションなのは如何なものかと思うが、下ネタを話せないラルフがハイテンションになる訳が無い。
「俺たちの魔法陣は…。」
龍人は魔法陣を見るが特に変化は見当たらなかった。
「このまま待機なのね。試合の様子を見れないからいつ光るのか全然分からないわね。」
「んだねぇ。」
まだ試合では無いと分かった火乃花は椅子から立ち上がるとストレッチを始めた。全力本気で相手を叩き潰す予定なのだろう。
火乃花は床に座って開脚をしながら龍人の方を見上げる。
「龍人君。今日の対抗試合で構築型魔法陣は使う予定なの?」
開脚して柔軟するポーズが何ともエロく、「ほほぅ」と見ていた龍人はハッと我に帰る。
「んー。そうだなぁ、プレ対抗試合で使っちゃってるから、今更隠す必要も無いかなとは思うよね。」
そう。プレ対抗試合には各区の人々が観戦に来ていた。つまり、龍人が操る構築型魔法陣の存在は魔法街全域に知れ渡っていると考えるのが妥当なのだ。そうなると、今更出し惜しみをする必要性は全く感じられない。
こんな風に龍人は考えていたのだが、火乃花が心配しているのは別の事だった。
「…龍人君、そういうことじゃないのよね。私が言いたいのは、今日は試合が何個も続くけど魔力が足りるのかなっていうのが1つね。もう1つが、1度大衆の前で見せたとしても他の人達が見たのは1回よね。珍しい魔法でも使う回数が多くなれば多くなるほど対応策を練られると思うのよね。そこの所をどう考えてるのかなって思ったのよ。」
この火乃花の音葉に龍人は天井を見上げて考え込む。確かに人々の前で構築型魔法陣を使う機会が増えれば増えるほど、対抗策を練られる可能性は高くなってくる。だが、龍人が本気で戦うには構築型魔法陣を欠かす事は出来ない。展開型魔法陣のみではせいぜい中位魔法陣が限界、上位レベルの魔法陣を使うには構築型魔法陣がどうしても必要になってくる。また、各状況に合わせた構築をする事が出来るのと出来ないのでは対応力に大きな差が出てきてしまう。
ここまで考えた龍人は火乃花を見る。
「俺の全力に構築型魔法陣は欠かせないんだよな。でさ、確かに対抗策を練られるかもしれないけど…それで実力を出し切らないのはおかしな話じゃない?」
龍人は至極まともな事を言ったつもりだったのだが…火乃花は首を傾げた。
「あれ?何か伝わってないわね。私が言いたいのは、常に使うのか、強敵と戦う時とかピンチの時のみ使うのか。って事ね。」
「…そういう事か。んー…。」
龍人はまたまた考え込んでしまう。
因みに、ここまで龍人に突っ込んで聞くのには訳がある。火乃花には忘れられない出来事があった。それは、夏合宿の最終日に龍人と1対1で戦った時に乱入してきた男の事だ。あの時、火乃花は何も出来なかった。龍人を助けようとして動きを封じられ、結果…身を挺して火乃花を庇った龍人に助けられてしまった。しかも龍人は致命傷に近い傷を受けた。
火乃花はこの事件から龍人が何者かに狙われている事を理解している。そして、その相手が他人の命を奪うことに何の躊躇いも無い事も。
(龍人君が今まで隠してた構築型魔法陣…。これがあの男が龍人君を狙っていた理由かも知れないわよね。それならあまり人前で使うのは良くないわ。それに、龍人君は普通の魔法使いにしては特殊すぎるのよね。属性【全】、展開型魔法陣、構築型魔法陣…。どれか1つだけ持っているだけでも凄いのに。)
火乃花は龍人が危険な目に遭うのを防ぎたいのだ。命をかけてまで自分を守ってくれた龍人が再び死に直面するのは嫌だった。自分の仲間に同じ事が起きないように、例え起きたとしてもそれを防げる様に、火乃花はあれ以来強くなることに関して手を抜いたことはない。
だが、それでもまだまだ足りないのだ。特訓をして出来ることが増えれば増える程、あのフードの男に勝てるビジョンは薄くなっていく。それ程までに圧倒的だったのだ。
だからこそ、無意識ではあるが、火乃花は龍人が力を隠す事を望んでしまっていた。
こういう想いは口に出さなければ相手に伝わることはない。そして、もちろん龍人にもそこまで伝の火乃花の想いは伝わっていなかった。
だからこそ、それを知らないからこそ、龍人は普通の返事をしてしまう。
「相手を倒す時に最初から手を抜かないでいけば油断から負ける事とかも無いよね。そう考えると、敢えて構築型魔法陣を使わないようにする必要性は感じないかな。」
「…でも、いざという時の奥の手は残しておくべきよ?構築型魔法陣の他にまだ隠してるのがあるなら話はまだ別だけど。」
龍人に構築型魔法陣をあまり使って欲しくない火乃花は、思わず憎まれ口を叩いてしまう。そして…それが龍人の琴線に触れる。
「いや、言いたい事は分かるけどさ、そもそも何で火乃花が俺の戦い方にそこまで口出すんだ?しかも奥の手だとかなんだとか言ってるけど、そんなに俺の使える魔法の全てを知りたいわけ?」
龍人がこの様な反応をするのは必然だろう。そして、その龍人の反応に火乃花が怒るのも必然と言えた。
「なによ。私は龍人君の事を考えて言ってるのに、そんな言い方無いんじゃないのかしら?」
部屋の雰囲気が一気に悪くなる。
「いやいや。俺の事を考えて言ってたとしても、それが必ずしも俺にとって良いってわけじゃないだろ?構築型魔法陣を奥の手として使うんでも使わないんでも、それは俺の自由な筈だ。何か使って欲しくない理由があんのか?」
「それは…。」
火乃花が言葉を躊躇った時に、良くも悪くもモニターがラルフを映し出した。
「はい。街立の霧崎火乃花のチーム。試合だ。魔法陣に乗ってくれー。よろしく!」
プツンとモニターが切れる。
シン…と静まり返る控室。
「…と、取り敢えず予選行こっか。」
遼が物凄く気まずそうな顔で提案する。
「…そうだな。遅れて失格とか話になんないし。…火乃花。」
「なによ。」
「取り敢えずお前の言う通りに構築型魔法陣は使わないで戦う。ただ、俺は火乃花がそうやって言う理由は納得してないからな。」
「…分かったわ。」
龍人は不機嫌な顔のまま、先に魔法陣に乗って移動してしまう。取り残された遼は魔法陣と火乃花を何度か交互に見る。
「俺も先に行ってるね。」
そう言って魔法陣に遼も姿を消した。
「はぁ…。」
火乃花は溜息をつくと下を向いてしまう。
「…火乃花さん、何かあったの?いつもの火乃花さんらしくないよ。」
心配したレイラが声を掛けるが、火乃花は軽く頭を振るだけで何も語ろうとはしなかった。
「…いきましょ。試合には出ないと。」
「…うん。」
何も言おうとしない以上、レイラの性格的にそれ以上追求する事は出来なかった。
そうして火乃花とレイラも転送魔法陣で移動する。
龍人と火乃花の間に入った亀裂は簡単に埋まるものでは無くなっていた。




