11-3-11.魔法学院1年生対抗試合
倉庫の上に浮かぶ黒い剣。まるで天井にそういった彫刻がされているかの様に隙間なく、整然と並んでいた。先程の黒い刃でルフトの風の渦と真っ向から力勝負をして見せたのに、これから襲いかかってくるであろう黒い剣は黒い刃の5倍程度の質量を誇っている。つまり、単純に強度が5倍あると考えられるのだ。
「ミラージュ…障壁はもちろん使えたよね?」
「う、うん。」
ルフトの額を冷や汗が伝う。物理障壁と魔法障壁のどちらを展開すればいいのかわからない以上、両方を同時展開する必要があった。少しでも気を抜けば黒い剣に貫かれてしまうだろう。
ルフトとミラージュは魔力を溜め、黒い剣の動きに備える。そして…その時はすぐにやってきた。天井を埋め尽くす黒い剣が一気に降下したのだ。
「…ルフトちゃん!」
「おう!」
ミラージュは物理障壁を、ルフトは魔法障壁を同時に多重展開した。黒い剣が近づくほどに強烈な圧迫感が襲いかかる。そして、黒い剣が障壁に突き刺さった。
(耐え切ってみせる!)
障壁に掛かる強大な圧力に対抗するためにルフトが魔法障壁に力を込めた瞬間…全てが黒に染まった。
「へ?」
想像していたよりも魔法障壁に掛かる圧が遥かに少ない。そして、目の前に広がるのは黒い剣の刃ではなく「黒」だった。
(どうなってんだろ?これじゃぁ何も見えないじゃん。…そもそもさっきの黒い剣が攻撃じゃなかったって事か?それなら目的は…この状況か!)
視界を奪われたこの状況。これこそが敵の目的だとしたら…これまでの攻撃がすべてこの為の布石だとするなら…。そこから推測されるのは1つの可能性だった。
「ミラージュ!魔法石の箱が持ってかれちゃうかも!」
「……!そういう事だったんだ!分かった!」
ミラージュの持つ杖の光が強く光る。
「一気に吹き飛ばすよ!」
杖の先にある星型の宝石が輝き始めてミラージュから一気に強大な魔力の圧が発せられると、光り輝く星の奔流がミラージュの前面に広がるようにして放たれた。
光の星は広がる黒にぶつかり、一気に外側へと押しやっていく。
「ん?」
ミラージュが首をかしげる。
物理障壁の維持をミラージュから受け継いでいたルフトは額に汗を浮かべながらミラージュの不思議そうな顔に気付いた。
「どしたん?」
「なんかね、手応えが無いんだ。こう…質量があるように見えるのに、実際はスカスカしてるみたいな?ん~と…スポンジ?」
「それって…くそっ!やられた!」
何かに気付いたらしいルフトは魔法障壁と物理障壁を解除する。
「えっ?ルフトちゃんそれじゃあ……あれ?」
障壁を解除してしまっては攻撃を喰らってしまうと焦ったミラージュだが、すぐにその異変に気付く。黒の剣は既に周りに存在しておらず、黒い霧のようなものが辺りを漂っているだけだった。そして、よく見てみると所々に黒い球体が点在している。
「あの黒い球体が微妙な手応えを与えていた正体だね。あれがなかったら完全に手応え無しになるからすぐに気づけたと思うんだけど…やられたわ。ミラージュがあそこで攻撃に転じてくんなかったら、まだ馬鹿みたいに障壁張って待機してたかもね。」
ルフトはそう言うと空気を圧縮した膜を全方位に向けて放つ。それに押されるようにして黒い霧のようなものが消えていき…視界がクリアになった。
「あらら…やられちゃったね。」
風に飛ばされないようにとんがり帽子を押さえていたミラージュは周りの様子を確認すると悔しそうな声を出した。悔しそうな割には爽快感もある感じだったが。恐らく見事にしてやられたために案外スッキリしているのかも知れない。
何が起きたのか…。それは、倉庫の中にあった荷物が全て無くなっていたのだ。それはもう綺麗サッパリ1つ残らず。
「こりゃぁ完敗だねっ。魔法石の荷物もないから1からやり直しかぁ。」
ルフトもスッキリした様子で辺りを見回している。今回の1件は完全に敵方の勝利と言えよう。相手の使う魔法の属性も分からず、物理壁か魔法壁かの判断もつかず、最初から最後まで翻弄されていたのだ。かなりの強敵だった事に間違いない。
「ねーねールフトちゃん。私達さ、末端から探すつもりだったけど…方法変えてみない?」
「ん?どんな感じに?」
「んっとね、一気に大元を叩くの!だってこんな事を繰り返していたら絶対に時間がかかるよ。それなら、大元に近い奴を一気に捕まえちゃうのがいいと思うんだ。」
「なるほどね。でも、そのアテなくない?」
「ニシシ。私ね、情報通知ってるんだ。ちょっとそっちに行ってみない?多分知りたい情報はほぼ知ることが出来るはずだよっ。」
ミラージュの知っている情報通となると…ルフトに思いつくのは1人しか居ない。そしてその人物はルフトにとって中々に苦手な相手でもあったりする。
(まぁ、そんな事に拘ってる場合でもないか。)
「分かった。じゃぁそこに行ってみよっか。」
「うん!じゃ、いこー!」
ミラージュが元気に歩き出し、ルフト続いて軽い足取りで後を追いかけた。
爽やかな風が2人を通り抜けていく。時刻は夕方。綺麗な夕焼けが2人を照らしていた。
2人は倉庫から抜け出して南区への転送魔法陣へ向かう。不思議なことに警備員も誰もいなく、なんの問題も起きなかった。
…なんて事になる訳が無い。今、彼等がいる場所はどこかの倉庫。そして、これ位の規模の倉庫になれば警備員が1人は必ずいるものだ。もちろんこの倉庫もその例に洩れない。
さて、先程ルフト達は正体不明の相手と魔法を駆使して戦闘を行った。もちろんその戦闘が無音だった訳がない。つまり、警備員が侵入者の存在に気づいていない訳が無いのだ。
では、侵入者に気付いた警備員はどうするか。まずは侵入者の存在を確かめに行くだろう。もし、その侵入者が強力な魔法を使っていて自分では太刀打ちが出来ないと判断したら…まぁ普通は警察を呼ぶ。その警察は?もちろん強力な魔法を使う侵入者とあればそれなりの人員を投入して確保に努めるだろう。
その結果、倉庫の入り口から出ようとしたルフトとミラージュのの目の前には大勢の警察官が取り囲むようにして立っていた。
びっくりして立ち止まる2人に警察官の1人が拡声魔法で呼び掛ける。
「おい、お前ら!ここが魔法協会中央区支部にある倉庫って事知ってんのか!?良く堂々と侵入できるな!こんな事件起こしやがって!意地でもお前らは逃がさんぞ!」
拡声し過ぎなのか、声がキンキンワンワンとハウリングのように辺り一帯に響き渡った。
「はは。途中から完全に忘れてたわ。しかもこの倉庫、魔法協会の倉庫らしいね。」
「えっ?そしたら私達結構な犯罪者になっちゃわない?」
「うん。なるね。」
「そんな事したらラルフちゃんに嫌われちゃう!ルフトちゃん、全力で突破するよ?」
ミラージュは幻魔法でルフトと自分の顔が周りからぼやけて見えるように調整すると攻撃魔法を発動しようとするが、慌てたルフトに押さえられた。
「まてまて!あんまし個人が特定されるような魔法は使わないほうがいい。星型の光魔法なんてミラージュの代名詞みたいなもんなんだから、使うなよ?使うなら通常系の魔法だ。」
「え?それじゃぁこの人数から逃げきれなくない?私達、ラルフちゃんに嫌われる位だったら死んでもいいし。」
完全にやる気モードのミラージュにルフトはこめかみを押さえて溜息をつく。
「それじゃぁ駄目なんだって。ここは俺がなんとかするから。」
「えー。じゃぁ…任せたよ?これで素性がばれたとか何かあったら一生恨むからね!」
「あーもうっ。はい。それでいいよもう。」
方位されている状況に対して緊迫感が全くない2人に対して拡声魔法を使っていた警察官がイライラし始めていた。
「おい!お前ら自分たちが犯罪者って自覚あんのか!なにコソコソ話してんだよ!」
警察官の声が大音量で響き渡る。これはこれで公害で訴えれば勝てるのでは?といったレベルの音量だ。
「警部補!たたたたたたたたたたたた大変です!あわわわわわ…。」
突然、倉庫の中からバタバタと出てきた警察官が拡声魔法を使っていた警官(警部補らしい)に向けて叫んだ。
「なんだ!?」
「に、に、荷物が!」
「しっかり話せ!荷物がなんだ!?」
「に、荷物が、倉庫の中の荷物が全て消えました!」
しぃん。と静寂が訪れる。その中、1人だけ体を震わせる男がいた。警部補だ。
「お前らぁ!これは前代未聞の大事件だ!あいつらを逃がすなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「「「「おおおおおぉおおお!」」」
警部補の叫び声に合わせて警察官の群れがルフト達に向けて走り出す。
「うおぉぉぉ!?まじか!よし、逃げるぞ!」
ルフトはミラージュの腕を掴むと、足元に超強力な爆風を発生させて上空に吹き飛んだ。
「わーお!気持ちいいねぇ!」
「ちょっと!下からパンツ見えちゃうじゃん!」
「お勤めご苦労さんのご褒美って事で!」
「なんだしそれ!」
「よし、まだまだ続くからしっかり捕まっててね!」
警察官達が下から放ってくる属性魔法を風弾で弾きながらルフトは次の行動に出ようとする。
「こらぁぁ!逃がすかぁ!」
目の前にいきなり飛び上がってきたのは警部補だ。右手には魔力が集中していて、光り輝いている。その総量的に…中級魔法だろうか。
「へへん。そんなんじゃ甘いんだね!」
ルフトは自分を包むように巨大な風の球体を発生させる。そして、その球体から16方向に向けて竜巻が伸びた。
「ぬおおおお!なんだこの風は!近づけん!」
竜巻が伸びた後には風の球体は無く、その場所にルフトとルーチェの姿も無くなっていた。
「に、逃げられただと!?くそっ。こんな犯罪者を野放しには出来ないぞ。お前ら!今日は徹夜だと思え!各員16方向に伸びた竜巻の着地地点を割り出して各ポイントに向かえ!竜巻のどれか1つにあの泥棒コンビが居るはずだ!」
この後中央区警察の警察官約100名が夜を徹してルフトとミラージュの捜索を続けた事はまた別の話である。
中央区から南区への転送魔法陣の近くに降り立ったルフトは疲れ切った顔で溜息をついた。腕には歯型がくっきりと付いている。
竜巻で一気に移動している際に、ミラージュが飛ばされないように抱きしめる形をとっていたのだが、その手の位置が丁度悪く…セクハラと叫ぶミラージュに噛み付かれたのだ
「俺、頑張ったんだけどなぁ。」
そんな呟きをするルフトの後頭部をミラージュの拳が殴る。
「頑張ったのとセクハラは別問題なんだからね!」
「あーはいはい。もう俺が悪かったですよ。ごめんなさい。それよりも、早く南区に移動しないと警察が転送魔法陣を停止するかもしんないから急ごう?」
「わかったよっ。」
ルフトとミラージュはすぐさま移動を開始して転送魔法陣を使って南区への移動を完了させる。そのわずか数秒後に警察が中央区から各区への転送魔法陣を一時的に使用不可能にした。もし少しでも遅れていたら、ルフトが倉庫の中で考えたよろしくないケースが南区に襲いかかっていたかもしれない。まぁ、魔導師団の名前を使えば、ほぼ疑われることなく南区へ帰還出来たのかもしれないが。まぁ、あくまでも過程の話である。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
警察官がわらわらと倉庫から走って離れていったのを確認したユウコ=シャッテンは軽く息を吐いた。あれだけ大勢の魔法使いがいる中、気配を悟られないようにするのはいくら隠密行動が得意なユウコにとっても難易度が高かったのだ。
(とにかく、これで魔導師団にはクリスタルの流通と魔法協会中央区支部の関連性を証拠付ける物証は残らなかったわね。警察の様子だとあの2人が犯人だと勘違いしてるみたいだし、今のところ計画に狂いはないはず。)
コツン
後ろで足音がする。ユウコ警戒することもなく、後ろを振り向くこともなく小さい声で後ろに立った人物に報告をする。
「セフ様、無事にクリスタルの入った荷物は全て回収しておきました。これで魔導師団がすぐに魔法協会中央区支部に立ち入ることははいかと思います。また、他の荷物も回収しておいたので、どこに荷物があったのかも不明瞭になるはずです。荷物の送り先や入荷先などから足がつくことも無いかと。」
「良くやった。…ふん、それにしてもサタナスの言いなりに動くのは気にくわないな。あいつは研究以外の事は抜けが多すぎる。その穴埋めに俺たちが奔走するなど…。」
「セフ様。しかし、今はあいつの言うことを聞く以外に方法は無いかと…。私もサタナスは嫌いです。あの人を馬鹿にした様な態度は目の前にいるだけで殺したくなります。けれども、けれども…我慢するしかないかと。全ては目的の為です。」
「ふん。そんな事分かっている。何年も続いていることだ。今更我慢が出来ないという事はない。…少なくとも、奴が俺との約束を果たす気がある限りはな。」
セフが空を見上げると月がいつもより薄赤く光り輝いていた。まるでこれから不吉な事が起きる前触れのように。
「…いくぞ。まだまだする事がある。」
「はっ。」
ユウコの足から伸びる影が蠢いてユウコとセフの体を包み込む。影はそのまま地面に吸い込まれて跡形も無く消え去った。




