11-3-10.魔法学院1年生対抗試合
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ミラージュを追って到着した場所には約10箱の段ボールが積んであった。その手前の段ボールが開封されている。
「ルフトちゃん、ここだよ。ほんとびっくりしちゃうから見てこの中身!」
ミラージュはいつになく興奮した様子でルフトを手招きする。いつもならルフトも「大袈裟な」とか思うのだが今回は違った。2時間以上に及ぶ開梱作業から解放されるという喜びと、本当にクリスタルが大量に隠されていたのかという驚きが合わさり、少なからずともテンションは平時より高い。
「これか?やっとだよっ。」
軽いノリで段ボールの中身を見たルフト。
「…おぉ。マジで?」
そう言って積み上げられた段ボールを見上げる。
「この段ボールの山全部に同じだけのクリスタルが入ってたら…やばいね。」
「でしょでしょ?これはもう世紀にまたがる大事件なんだよ!」
「世紀にまたがるのかは分かんないけど…どうやって運ぼうかな。」
「それも考えたんだよ!ラルフちゃんを呼んで次元魔法で一気に移動させちゃうのがいいと思う!」
ミラージュは「名案!」とばかしにその場でクルクル回り始める。服の裾が遠心力でヒラヒラと舞い踊る。
(ラルフか…。確かにそれが一番手っ取り早いんだけど、それまでに荷物が移動されない保証がないよね。どっちかが残るか?…いや、何かあった時に1人じゃマズい。それか魔導師団の権力をかざして一気にこの倉庫をぶっ壊すとか?…んー、可能性は低いけど、もしこの倉庫が魔法協会中央区支部のものだったらやばいよなぁ。街立魔法学院の謀叛みたいな話に強引に持っていかれそうだね。…となると、壊す線はないか。残るはラルフに頼るか、監視してこのクリスタルが詰め込まれた段ボールがどこに持っていかれるのかを突き止める…か。どれもリスクがあるな。あーっ!どしよ!)
ルフトは最も最善な方法を見つけようとするが、思い付く方法全てに不確定要素による危険性が伴ってしまう。
1番安全なのは運搬先を突き止めることなのは間違いない。
「ルフトちゃんどーするー?私はラルフちゃんを呼ぶのがいいと思うよっ。この倉庫の場所が分かれば、それですぐに解決するし!」
「確かに…そうかな?」
ミラージュの言うことも最もである。となれば、1人が残って荷物の監視。移動があればその後を追い掛ける。もう1人はラルフを呼びに行ってすぐに戻ってくる。荷物がまだあれば回収するし、荷物が移動されていたらその後を追い掛ける。
(…いや、荷物が移動した先がどこかってのはどうやって知ればいいんだ?下手すると監視役の1人が危険な目にあうかもか。ミラージュが残るなら心配だけど、俺が残るぶんならいいかもねっ。)
ルフトの頭の中で整理が付く。
「よしっ。そしたらさ…。」
「あ、危ない!」
ミラージュは急に叫ぶとルフトの身体に飛びついた。
「うわっ!?」
いきなりのタックルに倒れ込むラルフ。そして、自分がいたところを黒い何かが通り過ぎるのを目にした。
「なんだっ?」
「敵襲だね!」
ミラージュはルフトの体を使って反動をつけるとクルッと着地して体勢を整える。一方、反動をつけるために押されたルフトは地面にぶつかるギリギリの所で体を捻って着地した。
周囲を確認するが誰かが居る気配は無い。訪れる静寂。
(さっきのは間違いなく攻撃だよね。って事は、このクリスタルに関係してる奴か何かしらの情報を持ってる奴が俺達を見える場所に居るって事だねっ。)
ルフトは体の周りに風の渦を幾つか発生させて敵の攻撃に備える。横を見るとミラージュもステッキを取り出していた。ステッキの頭部分には薄紫色の星型の宝石が付いて、薄く淡い光を発していた。
(ミラージュも本気っぽいね。…まぁ、さっきの攻撃は全く気配を感じなかったもんなぁ。)
周囲に線状の探知結界を幾つか飛ばしているが、今の所当たりはない。最初の攻撃からの静寂具合が気になったルフトは周りを見渡す。そして、気付いてしまう。自分達が実は包囲されているという事実に。
「ミラージュ。やべっかも。」
「…だねっ。私は相手の居場所を見つけるから、ルフトちゃんは防ぐの頼んだよ?」
「任せとけぃ。」
ルフト達を囲む気配が増え始める。
ヒュン
ヒュンヒュン
ヒュンヒュンヒュンヒュン
空気を切り裂く音が一気に倉庫内を埋め尽くした。その正体は…黒い刃だった。先の尖った楕円形、落葉の様な形をした黒い刃が宙に浮いて高速で回転していた。その数、ざっと100は下らないだろう。
不気味なのはこれだけの数の魔法を発動しているのに、その魔力を感知できなかった事だ。
(こりゃぁ、通常の魔法だとは思わない方が良いかもね…。)
高速回転する黒い刃と、風の渦を従えるルフト、杖を持って魔力を溜めるミラージュ。数秒の静寂を破ったのは黒い刃だった。
刃の1つがルフト目掛けて動き出し、それにつられるかのように周りの刃もルフトを目掛けて飛翔する。
「げ。マジっ?」
自分だけが狙われている事に驚きつつも、ルフトは周りに浮かせていた風の渦を合わせて巨大化させ、自分とミラージュを取り囲むように配置する。更に黒い刃を防げるように密度を高めていく。黒い刃は風の渦にぶつかるとギリギリと侵食を始めた。
(この攻撃…闇魔法あたりだと思ってたけど…全然違うっぽいね。この密度の風魔法に当たって消滅しなくて、しかも形が変わってる。って事は、なんらかの物体の可能性が高いかな。)
ルフトは風の渦に魔力を更に籠めて密度と速度を上げていく。それに合わせて風の渦を突き破らんとしていた黒い刃が弾かれ飛ばされ始めた。
「よし!ミラージュ!」
「うん!任せて!」
ミラージュの姿が一瞬ブレる。それを合図にルフトは風の渦を弾けさせて黒い刃を吹き飛ばした。
(これで敵の位置を…ん?)
急に後方から高密度の魔力を感じたルフトが振り向くと巨大な黒の球体が迫っていた。ルフトは咄嗟に物理壁を展開する。
(なんで今度は魔力を感じるんだ?)
その疑問が解決する前に黒の球体が物理壁へ衝突。更に衝突した瞬間に黒の球体は形を変形させた。球体から先端の尖った複数の触手のようなものが伸びる。この変化から推測するに物理壁ではなく魔法壁が正解だ。
「…ちっ!」
ルフトは後方に飛びすさりながら前面には魔法壁を連続展開する。物理壁はいとも簡単に突き破られ、魔法壁はその進行を少しは止めるが、それも束の間。次の瞬間には突き破られていく。
攻撃の速度が以上に速く、このままだと被弾は必至だ。
「うぉ!」
気合の声を出したルフトは身体に纏わりつくように風を展開。続けて無詠唱無法で身体能力、知覚速度、反応速度を強化する。
無詠唱魔法で対応力を高め、風魔法により肉体的に不可能な急制動を可能にしたのだ。ルフトは黒の触手を頬に擦るギリギリで避けると、残りの触手も体を踊るように回転させながら躱していく。全ての触手を避けたルフトは黒の球体が飛んできた方向に向けて空気の圧縮玉を放った。それらは倉庫内に積まれた荷物に直撃し、圧縮された空気を解放する。解放された空気は刃となって周囲にあるものを切り裂いた。
(あそこまで強い魔法を使ってくるなら手加減は出来ないっ!姿を見せたら一気に決める!)
辺りは空気の刃によってズタボロに引き裂かれている。しかし…敵の気配が全くしない。
「ねぇねぇルフトちゃん。」
ミラージュは近くに寄ってくるとルフトの腕をツンツンした。緊張感の無さに思わず脱力してしまう。
「なに?」
「あのさ、いい加減魔力の消費が激しいから止めるね。」
「あ、そうだね。これじゃあ意味ないかもね。」
「でしょー?」
つまんなそうに相槌を打つミラージュの姿がまた一瞬ブレる。
「ふぅ。なんか姿が見えない敵ってのは不気味だよねっ。」
「そだね。でも魔法技能はかなり高いと思うよ。普通にさっきの攻撃はヤバかったし。」
そう…実際にルフトは軽々と攻撃を避けたように見えるが、風魔法による強制制動に加えて複数の身体能力強化をルフトが使うのはかなり珍しい。現に変異したロジェスとの戦闘でもルフトはここまで複数の魔法を同時に使用していない。最も、ロジェスはパワー系の魔法を使っていたというのもあるのだが。
何にせよ、自分にそこまでの魔法を使って回避をさせた相手に対してルフトは最大限の警戒をしていた。また、同時に強敵と戦える喜びにウキウキもしている。
「へへっ。ここまで姿を完全に隠しての攻撃とか、かなりの手練だぜっ。」
「…ルフトちゃん、相変わらず楽しそうだね。」
ミラージュが呆れた様子で溜息をつく。
「当たり前じゃんっ。こういう強敵に出会えるから魔導師団で仕事してんだもん。」
「それはそうだけど、強い人と戦う時にウキウキしてるのを見ると、時々不安になるよ?」
「んー?そういうもんかなぁ?」
首を捻って不思議そうな顔をしたルフトは、ピクリと反応すると動きを止めた。
「…来る!」
そしてキッと上を見上げた。
其処には倉庫の天井を埋め尽くすほどの黒い剣が浮かんでいたのだった。




