11-3-9.魔法学院1年生対抗試合
魔法街東区にあるシャイン魔法学院。
この魔法学院に入学するのにも条件が存在する。
それは、「神に関連する解釈を出来る属性を持つ者」「且つその属性が一般的ではない事」だ。さて、神に関連するとはどういう事か。
例えば属性【光】。これは属性【聖】に類似する属性として認められている。民を導く光。闇を滅する光。こんな具合だ。属性【光】は近年属性所有者が増えているため、一般的では無いという声も上がっているが、学院の名前がシャインである以上入学拒否をする予定はないらしい。
他にも属性【治】等の回復系や、属性【防】などの防御系も入学を認められている。これらの属性が神に関連する解釈を出来るのか?という疑問が浮かぶかも知れないが、そこはある程度の匙加減がまかり通っていたりもする。
神に関連するとなると、属性【闇】はどうなのかという疑問が浮かんで来るかもしれない。暗黒神、冥王など闇に関連する神も存在するのは事実。しかし、これらの属性だけではシャイン魔法学院に入学する事は出来ないのだ。「神に関連する」この言葉をもう少し正確に表現すると「聖なる神に関連する」となるのだ。
故に入学出来るものはダーク魔法学院よりも限定され、更に属性【光】を持つ者が多いのが現状だ。そして、攻撃よりも護りに関する能力が高いのも特徴の1つに挙げられる。
1年生のマーガレット=レルハと同じチームを組む3人は、シャイン魔法学院の中でも比較的攻撃魔法が強いメンバーが集まっていた。
属性【光、火、風】を操るマーガレット=レルハをリーダーとして、属性【鉄壁】を持つマリア=ヘルベルト。属性【光、爆】を近距離戦闘主体で使いこなすアクリス=テンフィムス。属性【光】と継承極属性【音】という極めて珍しい属性を操るミータ=ムール。
使う属性だけを見れば攻守に優れた理想のチーム形の1つである。
だが、現実はそう上手くいっていない。まずはメンバーの性格問題だ。
マーガレットは高飛車、ドS、負けず嫌い、上から目線。
マリアは他人に厳しく自分に優しい。
アクリスは優柔不断で何かあるとすぐにフリーズ、自分に自信が無いからか殆ど自己主張をする事がない。
ミータはもごもご話すことが多く、周りをイラつかせる。そして控え目なナルシスト。自分からナルシストと主張することはないが、気づいたら鏡を見ていたり、かっこいいポーズを取っていたり。
ここまで癖のあるメンバーがチームとして戦うとなると…もちろん想像通りである。
今日もマーガレットの叱責が止まらない。
「アクリス!あなた…もう少し積極的に戦いなさいよ。なんであの場面で攻撃を躊躇するのか理解に苦しみますわ!」
ズンズンと圧迫するように近寄りながらまくしたてるマーガレットに気圧されたアクリスは目を泳がせる。
「ご、ごめん。攻撃したら邪魔になるかもって思ったら…体がう、動かなかったんだ。」
「難しい場面なら分かりますわ。難しい場面ならね。私が魔法で吹き飛ばした相手が目の前に落ちたのに、邪魔になるとかおかしいですわ!普通に攻撃するべきです!アクリス…あなたやる気ありますの?」
「あ、あるよ。でも…俺にじ、自信がないのは昔からだし…。」
「だから…それをどうにかしようと思った事はありませんの?」
「んー。」
アクリス得意のフリーズタイム。それが更にマーガレットの怒りボルテージを上げているのに気づかないのは幸か不幸か。
考え込んで動きを止めたアクリスの返事を待つマーガレットの体が次第にプルプルと震え始める。我慢の限界…なのだろう。
隣でその様子を見ていたマリアが素知らぬふりを決め込んでいるミータに話しかけた。
「ミータさん、あなたももう少しまともに戦えるようになる必要があるからね。」
「えっ?俺?真面目に戦ってるのにそういう事いう神経がなぁ…。」
「なに?最後の方が聞こえなかったのだけれど…?」
「いやいや、何でもないっ。俺のどこがダメなんだろうね。」
「自覚ないのが問題よね。ミータさんは絶対に先手を取る攻撃をしないのよ。相手の攻撃に合わせる形で魔法を使う事が多いわ。たまに不思議なタイミングで先手必勝みたいな攻撃をするのが分からないけれど…。基本的にチームワークを乱してるわ。」
「そんな事言ったって…。」
マリアに指摘をされてムスッたミータはブツブツと文句を言いながら目線を反らす。
「ちょっと、話してるときは相手の目を見なさいよ。普通に人としての礼儀でしょう?」
「あーもう煩いなぁ…。」
ミータとマリアの間に不穏な空気が流れ始める。
一応補足しておくが、怒るマーガレットに言い訳を続けるアクリス。ネチネチと攻撃するマリアにイライラしながら拗ねるミータ。これは日常茶飯事の光景である。周りにいる他のクラスメートが「またか」といった反応で止めにこないのは、それが理由だったりする。
チームワークという言葉を知っているのか?と思わず問いただしたくなる位に仲が悪い4人だが、チーム戦の授業における勝率は格段に高い。
まず防御ではマリアが無類の強さを発揮し、マーガレットが攻撃の組み立てを行う。そこにワンポイントアクセントを入れるミータによって相手を撹乱し、近距離肉弾戦でかなりの強さを発揮する連続コンボ。
この流れに巻き込まれた相手は、ほぼ全員がノックアウトされている。
4人の言い争いがヒートアップしてきたところで教室に入ってきた教師…ホーリー=ラブラドルは腕を組みながらその様子を眺めていたが、我慢出来なくなったのか額に血管を浮き上がらせて怒鳴った。
「てめぇらうっせぇんだよ!餓鬼みたいに愚痴愚痴いってんじゃねぇ!」
バァンとドアを蹴るとズカズカとマーガレット達の方に歩み寄る。カツカツとある振動に合わせて揺れる茶色のポニーテールが可愛いのだが、そんな事を思える雰囲気は吹き飛ばされていた。
ホーリーはアクリスの真後ろに立つと襟首をムズッと掴んで立ち上がらせる。
「おい、何か言うことは?」
アクリスは恐怖に体を震わせながらも懸命に口を動かした。
「あ、ありません。」
「ありますわ!」
バンっと机を叩いて立ち上がったのはマーガレットだ。生徒達に恐れられるホーリーに面と向かってものを言える度胸は賞賛に値する。マーガレットはアクリスの頭越しにホーリーの目を睨み付けた。
「アクリスは全く頑張る気配が無いですの!私は本気で対抗試合での優勝を狙ってますわ!なのに…なのに!!何なんですかこの男は!」
「ほぉ…。てめぇも言うようになったじゃねぇか。」
ホーリーは目を細めるとアクリスの首根っこをミシッと音がしそうな程強く掴み直すと、マーガレットに近づいた。2つの双丘がアクリスの前後から押し付けられる。背後よりも前の方が弾力も質量もあるのだが、首に激痛が走っているアクリスにそれを気にする余裕はない。
「い…いだい…。」
「てめぇは黙ってろ。」
ミシィ!
「ひぎっ…!」
ホーリーは睨み付けてくるマーガレットの目を真っ直ぐ見ると、ほんの少し口を吊り上げる。不敵な笑み…が妥当な表現か。
「マーガレット。お前は何も分かってないな。」
「…何を分かってないのですか?私はアクリスが気が弱くて優柔不断ですぐにフリーズするのはしっかり把握していますわ。その上で変えるように言っているのですわ。」
「だから分かってねぇんだわ。いいか、アクリスがそうなってんのはこいつの性格的な問題だろうが。お前だってその気が強いのをやめろって言われたってやめらんねぇだろうが?少しは変わるかもしんないがよ、まずはお前がアクリスを活かす為にどうすれば良いのか考えろ。」
淡々と告げるホーリー。それを聞いたマーガレットはより一層怒りを露わにした。
「なんなんですのそれ…私がアクリスを活かす方法を考えるのですか?それってつまり戦うレベルを下げる事になるのですわ。」
「くく…くっくっくっ!いやー、本当に学生ってのは面白れぇな!考え方がガキだわ。チーム戦だって言ってんのに考える事は自分中心ときたもんな。それで連携が取れる訳ねえだろ?」
アクリスは息が出来ないのかピクピクと体を痙攣させ始めている。
マーガレットは眉を顰めてホーリーを睨み、マリアはジッとホーリーを見つめている。
ミータは「ナルホドね」と言って勝手に納得していた。
ホーリーが笑った事で冷静な思考が少し戻ったマーガレットは低い声を出した。
「つまり、アクリスのレベルでアクリスを活かせる方法を考えて、アクリスにとって無理ではない部分を私達のレベルに引き上げるって事ですの?」
「そうだ。」
ホーリーは即答したが、実際にはかなり難しい事を要求している事に変わりは無い。自分より実力が低く(マーガレット視点)、自分より行動力も決断力も無い男を活かすために考え、実行する事の難しさは考えなくても分かる。
だが、敢えてマーガレットにそれを要求している理由があった。
(マーガレットは自分視点で考えて、自分を基準に判断する傾向が強いからな。そこが変われば戦闘で状況判断も柔軟になって、更に強くなれるはずだが…。)
ホーリーはマーガレットがその思惑に気付くのかが心配だった。恐らくマーガレットは「何故自分だけが責められて、変わる気の無いアクリスが責められないのか」と、考えていると踏んでいた。
「…なんで私ばかりが責められなければならないのですか?理解に苦しみますわ。」
予想通りの返事が帰ってきたことでホーリーは小さく息を吐く。溜息を吐くとマーガレットを刺激してしまうと考えてセーブしたのだ。
アクリスは性格を変えようとしていない訳ではない。変えようと思っても変えられないのだ。…という事実にマーガレットが気付く必要があった。それこそがチームが更に飛躍する為の大事な一歩なのだ。
ここで優しく教えるのも1つだろう。しかし、ホーリーにはマーガレットを優しく導く気は無かった。気付かなければそれまで。全ては本人次第…である。
(まぁ、シャイン魔法学院が対抗試合で優勝するかどうかはマーガレットに掛かってるのは間違いないか。こいつがどれだけ成長するかが楽しみ…とも言えるけど、不安の方がでかいかな。)
これ以上問答を繰り返しても今の段階では進展が無いと判断したホーリーはアクリスの首根っこを締め上げていた手を放す。
べちゃりという効果音が似合いそうな格好で床に崩れ落ちたアクリスを無視してホーリーは教室の前に向かった。
「おーい、授業すんぞ。」
その声を合図に学院生達がいそいそと席に戻り始めた。マーガレットも不服そうな顔をしながらも席に戻っていった。
ホーリーはクラスの顔ぶれを眺める。
(覇気がないわね。どいつもこいつもボケっとした顔をしてやがる。)
「…決めた。戦闘論について授業をしようと思ってたけど、まずは根性をつけさせる。全員グラウンドに集合!」
生徒達に嫌な予感が走る。根性、グラウンド、この2つのワードからある程度授業内容が想像出来てしまったのだ。
「ほら!さっさと動け!一番遅い奴は波動の放出してから授業に参加させっぞ!」
この後、学院生達が20kmの走り込みに延々と繰り返される魔法の撃ち合いをさせられたのは…また別の話だ。




