11-3-6.魔法学院1年生対抗試合
黒い棒…ステッキの持ち主は後ろで監視していた黒スーツ黒帽子の男だ。更に黒ステッキを持っているとなるとマジシャンと形容したくなる出で立ちだ。その男は優雅…とも取れる動きでカウンターを叩いたステッキをクルッと回して持ち直す。
「ふふふ。いきなり失礼いたしました。何やら興味深いお話をしていたのでね。」
やけに丁寧な口調。そして人を見下したような笑みがルフトの警戒心を高める。ここで男が話に加わる事を許可するわけにはいかない。邪魔をしに来たのはほぼ確実である。
「別に大した話じゃないっすよ。」
言外に「邪魔だ」と言ったルフトを見ると黒スーツは二マァと口の端を持ち上げた。白い肌に真っ赤な口が異様な雰囲気を出している。殺気…とまではいかないが、首元にナイフを突きつけられている気分だ。
「そうですかね?ワタシにとっては十分に興味深い。えぇ、それはもう非常にね。」
「あんたなんなの?私達、特に何についてとかは話してないよ?それで興味深いとかなに?」
プンプンモードのミラージュが噛み付く。黒スーツは顎にわざとらしく手を当てて考える
ポーズを取った。
「ふむ…確かに言われてみればそうかも知れませんね。だが、あなた達が魔導師団に所属する者で、このタイミングでこの店に来たのを考えれば自ずと答えは出てくるのですよ。そして私はそれをあなた達に知られると少しばかし嬉しくないのです。」
ここで黒スーツから殺気が広がる。全身の毛穴が広がる様な感覚…強敵であるのは間違いない。一般人であればこの段階で逃げ出していただろう。しかし、ルフトとミラージュはこれ位の強敵には何度も遭遇している。実際に死にそうになったことも1度では無い。
だからこそ、ルフトは魔法をいつでも発動できる準備をしながら、余裕の笑みで黒スーツを見上げる。
「なるほどね。つまり、あんたは俺たちの敵って事でいいんだな。…魔導師団の実力甘くみないでくれよ?」
「ほほぅ。これは中々に面白い男だ。いいでしょう。そこまで言うなら…全力で妨害させていただきますよ。」
黒スーツの殺気が膨れ上がり、それを押し返すようにルフトから闘気が発せられる。カウンターの向こう側では店主が怯えた目で事の成り行きを見守っている。
(ちぇっ。私の仕事は完全に店主が逃げないようにする事だね。)
ミラージュはつまんないと口を尖らせるが、気を緩めることはしない。何故なら、黒スーツの他にも彼女達を監視する視線を送っていた者が店内にいるからだ。今は静かにしているが、どのタイミングで動き出すか分からない。黒スーツが予想以上に強いとルフトはその対応で手が一杯になる可能性が高い。そこに不意打ちが放たれた場合、確実に避け切れる保証が無いのだ。だからこそミラージュは静かに周りの状況を確認し、いつでも動ける様にしている。
数秒の膠着状態の後、先に動いたのは黒スーツだった。ステッキがクルッと回ると爆風が発生し、ルフトとミラージュ、店主までをも吹き飛ばす。
「んな…ぐぇっ…!」
店主は無様に壁に叩きつけられると蛙のように地面に倒れた。
(あ、逃げ出す心配がなくなったじゃん。)
ミラージュはふわりと着地すると店主が気絶したのを確認して心の中でガッツポーズをする。視界の隅ではルフトと黒スーツが風魔法の応酬を繰り広げていた。
(こいつ…やっぱ強いじゃん!ははっ。やっぱ魔導師団の任務っていいねっ。)
ルフトの背中が強敵に遭遇した時のゾクゾク
感に覆われる。強敵と戦い、更に上を目指す事。それこそがルフトが魔導師団にいる最大の理由でもあった。
そんな背景があるからこそ、ルフトは強敵の黒スーツの猛攻に対しても意気揚々とした笑顔を浮かべながら対処をしていく。
「ははっ!いいねいいね!だけど、まだまだそんなんじゃ風の使い方は甘いんだな!」
ルフトは黒スーツが放った風刃を軽く受け流しつつ周囲に複数の風刃を作りだし、同時に飛翔させる。それらは直線的な動きで進み、黒スーツの1メートル手前で突然ギザギザの不規則な動きを始めながら襲いかかる。
「…なんと!」
黒スーツは目を見開くとすぐにステッキを回した。そこに着弾する風刃。店の壁や床を容赦なく砕き、斬り刻み粉塵が店の中に充満する。
ルフトはすぐに風を操って粉塵を店の外に吹き飛ばした。
「いない…かな?」
ブゥン
低く唸るような音が耳に飛び込んできた瞬間、ルフトは反射的に前方にダッシュして後ろを振り返る。そこにはルフトのいた位置にステッキを突き立てる黒スーツの姿があった。
「ほほぅ。これを避けますか。あなたは空間魔法に慣れていると見えますね。」
「へへっ。伊達に魔導師団をやってないってことだよ!」
ニカっと笑みを浮かべたルフトは右手を黒スーツに向けた。黒スーツは咄嗟に反応してステッキを構えるが、すぐに不思議そうな顔をして首を傾げた。ルフトの右手は薄く光っており、何かしらの魔法を使っている気配はあるのだが…何も変化が無いのだ。
「君は…ワタシをおちょくっているのですかねぇ?何をしてるのでしょう?」
「まだ気付かないんだったら、あんたの負けだね!」
ニカっと笑ったルフトの右手の光が少し強くなる。
「やはりワタシを馬鹿に…??」
黒スーツは目を見開くと喉に触れる。そして周りを見回し、口をパクパクさせ始めた。
「へへっ。やっと気付いたかな?今、あんたの周りから空気を無くすのが完成したよ。このまま窒息して気を失ってもらえればokだよっ。」
やってやったぜい!みたいな笑顔で親指をグッと突き出したルフトを見る黒スーツの目が血走りはじめる。酸素が足りないのと、怒りの感情が混じり合っているからだろうか。
「あーあ。強いのかと思ったけど、ルフトちゃんにこんなにあっさり負けるって事は大したことないんだねー。」
いつのまにか椅子に座ってリラックスモードのミラージュが黒スーツに聞こえる声量で言う。
黒スーツは歯をギリギリと噛み締め、睨み付けた。
「ぐ…ぐぞ!今回はぎざまらのがちど!」
黒ステッキから発した光が瞬く間に黒スーツを包み込むと、次の瞬間に黒スーツの姿は消え去っていた。
「あ…逃げられちったかな?」
「かな?じゃないでしょ!完全にあいつは私達が知りたい情報を持ってたと思うけど!」
「そんな怒るなって。あそこ迄追い詰められて空間魔法で転移するって中々の実力だよ?それにミラージュも油断してたでしょ?」
「う…それを言われると否定できないじゃんっ。」
「まぁまぁ。まだ情報を持った奴があそこに寝てるしさ。」
ルフトとミラージュは床にひっくり返っている店主を見る。
「でもさー、あの店主ちゃんまた気を失ってるよ?起きるまで待つの?」
「そうだねー…。」
ルフトは少しの沈黙を置いてから悪戯っ子の顔をする。
「針でも持ってきて体が動かなくなるツボに刺してく?下手に動いたらツボが刺激されて一生体が動かなくなるからいいんじゃないかな?」
店主の体がピクリと反応する。
もちろんミラージュがそれを見逃すはずもない。ニヤニヤ笑いながらルフトの話に乗り始めた。
「それいいねっ。針を抜いた後に反撃される可能性があるし、やるなら最初っから一生動かなくなる体にしちゃお!」
「確かにそれでもいっか。」
ミラージュは周りに光の針を出現させながら、カツカツと足音を立てながら店主に近づいていく。そしてすぐ横に立つと店主の耳元に光の針を近付ける。
「まず1本目ー!」
光の針が振り下ろされた。
「ひぃぃぃ!ごめんなさい!なんでも話します!」
店主は飛び起きるとゴキブリのようにジャカジャカと店の隅に移動して縮こまった。その顔には恐怖の感情が張り付いている。
肩にポンと手が置かれた。
「ひぃぃぃ!!?」
怯えた店主が横を見ると、満面の笑みを浮かべたルフトが顔を覗き込むようにしてしゃがんでいた。
「じゃ、喋ってもらうよ?」
そのまま店主の肩を鷲掴みにして奥の個室に引っ張っていくルフト。
「あ、私も行くよー!」
ミラージュも走って後を追いかける。そして個室の入口に入るところでピタリと止まると、店内で様子を観察していた客達に視線を向けた。
「言っとくけど、邪魔したら即リンチだよっ?それでも何かする人いる?」
もちろん店内に邪魔をしようとする人は誰もいない。最初観察していた者も実力の差を悟ったのか、素知らぬふりをしてコーヒーを飲んだりしている。
「この薄情ものおぉぉ……!」
部屋の中から店主の悲痛な叫び声が聞こえてくるが、誰も聞こえなかったふりをした。何故かミラージュと客の間に生まれる一体感。
「じゃ、ごゆっくり!」
ミラージュはウインクをすると個室の中に消えていった。
それを見届けた客達は何事も無かったかのように其々のしていた事を再開した。ルフト達が来る前と違うのは、黒スーツと店主がいない事と、店内が少しばかし荒れているくらいだろう。
こうしてルフトとミラージュは店主から情報を聞き出すことに成功したのだった。




