11-3-5.魔法学院1年生対抗試合
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魔法街中央区。東南北区の物流の中心となるこの区は、他の区にはない特別な措置が取られている。それは、商いをする商人達に不公平が無いように毎日全ての店の配置がランダムで決定されるのだ。
その為、目的の店がどこに在るのかを探す事自体が難しいという欠点も持っている。だが、訪れる者にとって欠点ばかりではない。その日によって店の位置が変わるため、何気なく歩いていると思わぬ掘り出し物を見つける事も多いのだ。
そして任務でここを訪れていたルフトとミラージュも思わぬ掘り出し物を見つけていた。
「ルフトルフト!あの練乳薩摩ソフト美味しそうだねっ。」
「あーそうだな。」
店の前に立っているのぼりには薄紫色のソフトクリームが印刷され、風に揺られている。
「どんな味がするのかな?やっぱり甘くてとろけるような舌触りのなかに香る薩摩芋の風味が絶妙なのかなっ?」
「あーそうじゃない?」
「下のコーンもワッフルみたいな模様だし、あの色は絶対香ばしいよねっ。」
「あーそうだと思うよ?」
「美味しそうだなー。」
「そうだねー。」
「……もうっ!何で買ってくれないんだしっ!」
練乳薩摩ソフトを買う素振りを全く見せないルフトにミラージュがプンプン怒りだした。立ち止まり、両手を腰に当て、頬っぺたを膨らませている。
ロリっ子のおじちゃんが見たらイチコロの必殺ポーズだ。
だが、ルフトには全く通用しない。
「だってさー、ここで買ったらあれもこれもで止まんなくなるじゃん?俺達が中央区に来た理由覚えてる?」
「うー。それは例の組織にクリスタルを横流ししてる商人を見つける事と、その潜伏先に繋がる魔法陣を所持している可能性を持つ人をしらみつぶしに当たってく事だけどっ。全然ビンゴしないんだもんっ。飽きちゃった!」
子供のように駄々をこねるミラージュに対してルフトは手慣れた様子で背中を押す。
「はいはい。仕事が終わったらねっ。」
「約束だよ!?」
キッと下から睨み付ける視線をスルーしてルフトはとある店の前で動きを止めた。店の名前はBAR ROCK。
「…もしかしてこの店?」
「そだよ。」
「結構前にも来なかったっけ?私、店の雰囲気嫌いだったきがするよ。」
「しょーがないじゃんよ。ここの店主が魔法陣をストックしてて、それを商売として裏組織と繋がってることが多いんだし。はい、行きますよー。」
ルフトは面倒臭そうに動きたがらないミラージュをズルズルと引っ張って店内に入って行った。
店内に入るとロックが鼓膜を刺激する。薄暗いというよりも薄明るい照明はいつ来ても変わりがない。
「おう、いらっしゃい。2人かい?」
バーカウンターで煙草をふかしていた店主…グラサンにスキンヘッドの男が気だるそうにルフト達に声を掛けた。特に普通の客に対する反応をしているあたり、ルフトとミラージュの顔は覚えていないのだろう。…ミラージュの魔女っ子コスプレ(ルフトが勝手にそう思っている)を見ても思い出さないのを見ると、相当色々な変人達との付き合いがある事が想像出来る。
「ういっす。2人で。カウンターいいっすか?」
「おうよ。」
店主の返事に合わせてルフトとミラージュはカウンター席に座った。…流石にミラージュは店内に入ってからは引っ張られることなく普通に歩いていた。敵地となるかもしれない場所で不用意に目立つ動きをする程ワガママではない。
店主はカウンター席に座ったルフトとミラージュを交互に見ると嫌らしい笑みを浮かべた。
「あんたらカップルか?そこそこ年離れてんじゃんか。あんちゃん可愛いロリっ子捕まえたな。ははっ。」
「ありがとっ。」
「ちょっ…!ありがとって….!?むぎゅ…。」
反抗しそうになったミラージュの口を押さえたルフトはニカっと笑う。
「とりあえずドリンク頼もうかなっと。俺はコーヒー飲みたいんだけど。あとこいつにはオレンジジュースでも。」
「わたむぎゅ…!」
恐らくオレンジジュースじゃなくて酒を頼もうとしたに違いないミラージュの口を再び塞ぐ。
「…なんか変なカップルだな。ま、いいさ。ちっと待ってな。」
店主は訝しげな表情をするも疑うような様子は見せずにドリンクの準備を始めた。BARという職業柄変な客は多いのだろう。
酒の注文をし損ねてむくれたミラージュが小声で文句を言う。
「別にお酒でもよかったじゃん。」
「ダメだよっ?そんな状況じゃないんだって。」
「なんでさ!?私が何飲もうと勝手じゃん!」
「しーっ。ちっと周り見てみなって。明らかに怪しい組織の構成員っぽい人がいるから。」
ルフトの言う通りにチラッと周囲の様子を確認したミラージュは表情を引き締める。
「後ろのテーブル席に座ってる黒スーツに黒帽子の男が一番怪しいね。」
「そうだね。さっきから俺たちの様子を伺ってるっぽいし。」
ミラージュが気づいた通り、黒スーツの男はルフト達を監視(…いや、観察と言った方が正しいかもしれない。)していた。ミラージュは気付いてなかったかも知れないが、ルフトは店に入った時から黒スーツの視線に気付いていた。最初は物珍しげな視線。ルフト達がカウンターに座ってドリンクの注文をしてからは細かな動きも見逃さないような、粘り着く視線が纏わりついていた。
(問題は黒スーツがクリスタルの流通に関係している人物かどうかってとこかな。こりゃあお互いに探り合いだね。ちっと動きにくいなぁ~。)
互いに只の客を装いながらも相手の動きをチェックする。2人と黒スーツの間に何とも言えない雰囲気が漂っていた。素知らぬふりをしながら観察しあう難しさが緊張感をも生み出している。
「あいよ。お待たせ。」
店主が鼻歌を歌いながらコーヒーとオレンジジュースを持ってくる。
(このまま何もしなくても、後ろの奴は俺たちが店を出るまで監視してくんだろうね。ってなるとずっとここに座っててもしょうがないよねっ。)
ルフトはここで動く決断をする。横に居るミラージュはなんだかんだオレンジジュースが楽しみだったらしく、周りに音符が浮いてそうなキラキラした目をグラスに向けていた。
目の前にコーヒーが置かれたルフトはニカっと笑って店主に話しかける。
「サンキュッ。ところでさ、聞きたい事があるんすけど。」
ルフトの視界の隅で何人かがピクッと反応するが、それでも構わずに話を進める。
「これに見覚え無いっすか?」
そう言うとルフトは襟元からネックレスを取り出した。ヘッドの部分には杖が付いていて、その頭には中にローマ数字でⅦの文字が浮かんでいるクリスタルが埋め込まれていた。
店主はそのペンダントを見た瞬間に顔を強張らせる。
「おい…それってもしかして…。」
「そうっす。で、マスターのアレについて聞きたいんですよね。」
「そ…それは勘弁してくれ。俺は何も話さないぞ。」
「そこをなんとか!」
ルフトは顔の前で両手を合わせてお願いポーズをする。
「な…なんとかじゃねぇよ。俺がそんな簡単に話してたらこんな仕事が務まんねぇんだ。頼むよ…勘弁してくれ。」
ガン!
横で鈍い音が響き、ルフトの笑顔がヒクつく。
(あちゃー。ミラージュ完全に不機嫌モードだな。)
ミラージュはカウンターに片足を乗せて乗り出す態勢を取っていた。カウンターが高いのでパンツが丸見えになっているが、今ここでそれを指摘できるものは居ない。
「あんたさー、男の割にイジイジしてるよねっ。私そーゆーの嫌い!ってか聞いてやってるんだから早く答えなよ!」
「ぅ…お…。なんなんだお前!?」
ミラージュの勢いに押され気味の店主はすごんでみせるが、何故かダサく見えて仕方がなかった。
「ミラージュ落ち着けって。ここで暴れてもしょうがないんだよ?」
「私…こいつムカつく。」
(あーもう。止めらんないね…。)
穏便に事を進めたかったルフトは思わず天を仰ぐ。まぁ見えるのは薄暗い天井だけれども。
カツカツカツ
ルフト達に足音が近づき、止まり…
コン
ルフトとミラージュの間に黒い棒が差し出されて、その先端がカウンターを軽く叩いた。




