11-2-10.筋肉襲来
試合後、龍人は試合会場だったリングの観客席に向かっていた。中央区は店の配置が毎日ランダムで決定する為、明日になればこのリングは撤去されている事になる。
(それにしても、ムキムキ男達が攻めてくる意味がくだらないってか何ていうか…。まぁ、向こう側からしたら死活問題かもしんないけど。)
レイン像が崩れた後、街立魔法学院生8人がラルフから聞かされたムキムキ男襲来の理由は想像外過ぎて思わず脱力してしまう程のものだった。その理由が
「同好会活動資金の援助額決定の為」
というものだ。
覚えているだろうか。龍人が街立魔法学院の入学式に向かっている道中、筋肉について叫んでいた者が居たことを。彼等は魔法が戦闘の中心となっている魔法街の流れに警鐘をならす活動も行っている。ただ単に筋肉を鍛えて見せびらかすだけの集まりではないのだ。
その魔法以外のスキルが必要であることを知らしめる為に彼等が行ったのが、魔法学院1年生対抗試合のプレ対抗試合が終わり、参加者全員が試合会場に集まる表彰式を狙って殴り込みを掛けるというものだった。
これがいつしか例年の恒例行事のようになり、更には筋肉同好会の活動資金援助額を決める場にまで発展したのだ。
政治的な話が絡んでくるのは筋肉同好会の中でも賛否両論があったようだが、結果的には肉体を使うことによる近接戦闘の重要性を大衆の前で見せられる最良の場として採用されている。
例年行われるこの試合では、ほぼ勝率が5割。前年は参加者チームが勝利したが、今年度は筋肉同好会の勝利に終わった。
この話を聞いて参加をした1年生上位クラスの面々がショックを受けたのは言うまでもない。近距離専門の相手にオールレンジで戦えるメンバーが揃っていたのに負けたのだ。一発逆転では無く、最初から押されっぱなしで。そして、1番ショックを受けたのがレイラである。ラルフから話を聞いている最中も冴えない表情で下を向き、話が終わった時には姿が消えていた。
龍人はそのレイラを探す為に観客席へと向かっている。他の場所にレイラが行っている可能性もあるが、恐らく試合会場周辺にいるだろうというのが龍人の読みだ。
(試合の事で落ち込んでんだから、その近くに行きそうだよな。レイラみたいな真面目な子なら尚更だ。…にしても、俺で慰められるか不安だわ。)
試合会場に到着した龍人は周りを見渡す。激しい乱闘によって破壊された会場は大きな石の瓦礫が散乱していた。観客席も大きく破壊され、リングも陥没やヒビ割れが酷い。
(ん、いたかな?)
破壊されずに残った観客席に座る小柄な人を見つけた龍人は、そちらに向けて歩む。近づいていくと予想通りレイラだった。体育座りでリング上の一点をぼーっと見つめている。その視線の先は…レイン像があった場所だろう。
龍人はゆっくりと近づいていくがレイラは気づかない。それ程までに落ち込んでいるという事なのだろう。すぐ横に来た所でやっと龍人の存在に気付いたレイラは顔を斜め上に動かして龍人を見上げた。
「龍人君…。」
「よっ。ここで何してるんだ?」
落ち込んだトーンのレイラに対して龍人は努めて明るい声を掛ける。そんな龍人の気遣いに気付いたのだろう。レイラは少しだけ頬を緩めた。
「ありがと。私ね、結界とか治癒の魔法では他の人達よりも強い自信があったんだ。だって、攻撃系の魔法が使えないから。……ううん。自信を持たないとやってけなかったのかも。相手を倒すのは誰かに頼り切りになっちゃうから。でもね、今日の乱闘で私…守る事も出来なかったんだ。皆が傷つきながら戦ってるのに何も出来なかったの。私が守ってるレイン像が壊れてることも気づかなかったし…。」
レイラの告白は恐らく誰が聞いても首を縦に振る以外に考えられない内容だった。それだけに龍人はどう言葉を掛けるか迷ってしまう。下手な優しさがレイラを傷付けるのは明白だ。さしたる恋愛経験も無い龍人にはかなり難しい問題だった。だが、それでも近くに来た以上声を掛けない訳にはいかない。
「レイラ…。そんな気にするなって。俺なんて負けてばっかだしさ。他の奴が出来ない魔法陣の展開使ったって負けるしね。特別な力がそのまま負けない強さには繋がんないんだと思う。」
2人の間を静かな風が通り過ぎて行く。レイラは少しの間空を見上げると龍人の方を改めて向いた。
「龍人君は魔法陣の展開とか、構築とか…特別だよね。それでも特別な力を持ってない人に勝てなくて辛くないの?」
「んー…そもそもさ、特別だから強い訳でも無いよな。それに特別ってなんだと思う?レイラだって防御回復が使える魔法の中心だろ?レイラだって特別なんだよ。火乃花だって極属性【焔】ってゆー特別な属性を持ってるよな。遼だって属性持ちが少ない属性【重】の使い手だ。近距離の武器を使えないけど遠距離ではスペシャリストだ。そうやって考えるとさ、特別ってのは…一般的に皆が普通と考える範囲から少しでも外れてるだけで特別になるんだと思う。つまりさ、特別ってのはそんなに特別でも無いんじゃないかな。まぁその特別の中ても特別の度合いが変わってくるのは間違いないと思うけど。」
「…じゃあ、私が極属性【癒】を持ってて、この属性をもっているから攻撃魔法とかを使えないのはいいのかな?私…相手を倒すのに全然協力出来ないんだよ。」
「それは違うよ。レイラが護ってくれるから俺達は攻撃に専念出来るんだ。レイラの護りの力を信じてるからな。今日の乱闘だってレイラが1人でレイン像を護ってくれたからあそこまで耐えることが出来たんだと思う。」
レイン像の話が出た所でレイラはその瞳を伏せてしまう。
「でも…私が気を抜いて障壁を解除しなければ勝てる可能性もあったと思うよ…。」
レイラが告げたのは間違いない事実。それ故に、龍人は否定をせずに肯定する事を選んだ。
「…そうだな。じゃあ言うけどよ、俺はもっと早く構築型魔法陣を使う事を決めていれば、早い段階でムキムキ男達の数を減らせてたと思うんだ。違うか?」
「え…。」
龍人から突然発せられた後悔の言葉にレイラはどう答えればいいのか分からず、口を開く事が出来ない。レイラにとってはある意味では憧れの龍人がそんな言葉を言うこと自体が意外であったのだ。
(………そっか。私だけじゃないんだ。皆がこんな気持ちになってるんだね。)
レイラは立ち上がると真正面から龍人の目を見つめる。
「龍人君ありがと。まだ、いつもみたいに元気にはなれないけど…でもね、心の整理は付いた気がするよ。私、頑張るね。龍人君にも負けないよ。」
そう言うとニッコリ笑う。いつもの可愛らしさ全開では無いが、ついさっきまでの冴えない表情は消えていた。
それを見た龍人は内心でほっとする。
「あぁ、俺もまだまだ弱いけど、レイラに負けない位強くなるよ。頑張ろうな。」
「うん。」
龍人とレイラは互いの目を真っ直ぐ見つめ合う。日が傾き空が境界線からオレンジに染まっていく中で見つめ合う2人。それはまるで…1つの決心が何かを導き出すことを暗示するかの様であった。
「じゃ、帰ろうぜ。明日からまた学院の授業もあるし、それに皆が南区への転送魔法陣の近くで待ってるはずだしね。」
「あ、そうなんだ。…皆を待たせて悪い事しちゃったね。」
「気にしない気にしない!なんたって俺達は仲間なんだからさ。」
「…うん!ありがとう!」
レイラは今度こそ本当に満面の笑みを浮かべると龍人に続いて歩き出した。
朱に染まった空に一番星が瞬く。その光は時折強くなったりして、存在を主張していた。
道に迷う若者達を導く光の様に優しく瞬くそれは…。




