11-2-9.筋肉襲来
鍛え抜かれた筋肉が収縮することによって生まれる強力な破壊力を伴った拳がレイン像を打撃する。しかし、レイラの物理障壁が打撃の威力を跳ね返しレイン像に傷を付けることは出来ない。
「……ちっ!こりゃあ拉致があかねぇな。」
ムキムキ男は周りを見るとかなりでかい声で叫んだ。
「てめえら!ここまできたら女とか関係ねぇ!レイン像のそばに立ってる女をまず狙え!」
「「「「おぉう!」」」」
周りにいたムキムキ男達は野太い声で叫び返すと巧みに1対1の状況を作り始め、それによって浮いた者がレイラに向けて走り出した。ムキムキ男達の数は参加者の約2倍。おおよそ20人位のムキムキ男達がレイラに肉迫する。
(え?え?え?なんで私に向かって来るの?)
ムキムキ男集団急接近によりレイラはややパニックに陥る。考えてもみて欲しい。マッチョな男20人が正面から走って来るのだ。その鍛え抜かれた肉体を惜しげも無く晒しながら。普通の女の子であれば、まず恐怖という感情が浮かんでくるだろう。そして、レイラはその例に漏れず普通の女の子だった。
だが、レイラの脳裏に浮かんできた言葉は…
え?え?え?怖い!
程度のものだった。
もし、レイラがもう少し大人な経験をしていたとしたら、
犯される!
襲われる!
貞操の危機!
なんて言葉が浮かんでいたのかもしれない。
ともあれ、恐怖に駆られたレイラは慌ててムキムキ男達の進路を阻むように物理障壁を展開する。
だが、このレイラの行動こそがムキムキ男達の狙いでもあった。それまでレイン像を守っていた結界に加え、ムキムキ集団を止める程の大きさと強度の物理障壁の2つを同時展開する事で魔力消費量の増大、結界維持力の低下を狙っていたのだ。
ムキムキ男達がレイラを守るように展開された物理障壁に全力で攻撃を加え始める。更に後方からはレイン像に向けて格闘技と属性魔法を掛け合わせた中距離攻撃が放たれ始めた。
2つの結界へ同時に攻撃が始まった所で、レイラはやっと相手の思惑に気づく。
(どうしよう。皆目の前の相手で手が塞がってるし…でも、このままだと…。どっちかの結界を解除するしか無いよね。………だめ。どっちを解除しても私達負けちゃう。)
レイラには打開策を思いつく事が出来なかった。もし、攻撃に有効な属性を持っていたら何か思い付いたのかもしれない。だが、レイラは彼女自身が持つ属性により防御援護として仲間をサポートする道しか与えられていない。無属性魔法を衝撃波として放つ事はできるが、それも魔力消費が激しい為に攻撃手段として多用する事も出来ない。
そして、今の状況。レイン像が壊されないように魔法障壁、物理障壁を張り、目の前から迫るムキムキ男達を物理障壁で防ぎ…と、正直なところレイラの能力の範囲をやや超えかけている。ここで無属性衝撃波を使えば確実に障壁の維持が乱れてしまう。
…打開策が見つからない。
そうこう考えている内にも魔力は少しずつ減っていく。このままでは魔力が尽きるのも時間の問題である。
(誰か…誰か来てくれれば違うんだけどな…。)
レイン像の周りで戦う者達も現在の状況は理解していた。しかし、目の前にいるムキムキ男を倒せそうになると、別のムキムキ男がスイッチで入ってくる。これが繰り返される為にレイラのフォローに入る事が出来ないのだ。
(このままではまずいのですわ。誰かレイラさんを助けに行ける人は…。)
ルーチェは閃光で相手の眼を眩ませて周りを見渡す。しかし、全員がレイラを助けに行くのを阻まれている状況。吹き飛ばされた龍人と、助けに行った遼も戻って来てはいる。しかし、龍人はほぼ魔力が切れかけている為、目の前の相手に倒されないように立ち回るのが限界。遼はムキムキ男が2人掛かりでスイッチを繰り返しながら攻めてくる為、中々倒すことが出来ず、しかも相手との距離を離す事が出来ずに苦戦を強いられている。
(困りましたわね…。)
周りを見ても打開策が見つからないルーチェは、目眩ましから復活したムキムキ男に向けて光のレーザーを連続で炸裂させて吹き飛ばす。だが、すぐに代わりのムキムキ男が目の前に現れる。埒が明かないとはまさにこの事だ。
「ぬうううぅおおおお!喰らえ轟け俺様の爆弾!!」
ルーチェの少し後ろではクラウンが大声で叫び、頭上に特大の爆弾を生成していた。
「はーっはっはっはっ!俺様の爆弾で木っ端微塵に吹き飛ぶがいい!」
クラウンと対峙するムキムキ男は爆弾の攻撃に備えて身構えるが…。ここで爆弾の少し上に魔力が集中していく。
「どうした!動かないのか?そーかビビったな愚民!」
ムキムキ男はクルッと踵を返すとクラウンから全力で離れる。周りで戦う者達も爆弾とその上に集中する魔力の塊を見てクラウンから距離を取った。そして、バーフェンス像破壊によるデバフ効果…結界内にランダムに発生させる爆発が爆弾のすぐ上に発現した。
勿論、クラウンの爆弾がその影響を受けない筈も無く…。爆発によって爆弾が爆発。2つの爆発が合わさった事で、強烈な熱波と爆風が周りにいた者達に大ダメージを与え、吹き飛ばした。
「ぬぅあああぁぁぁ……!なんで俺様がこん………。」
爆弾の1番近くにいたクラウンが勿論、爆発の影響をモロに受け…何かを叫びながら転送されていった。ブレスレットのセーフティーが無ければ瀕死のダメージを受けていたのでは…?と考えると、まぁ自分の爆弾でほぼ自滅みたいな状態な訳ではあるが、その点に関しては幸運だったのかも知れない。
クラウンの爆弾とデバフ効果が重なり合った爆発の余波は、避難をした人々も巻き込み、砂埃と黒煙をその中心から吐き出す。
リング上が黒い煙に覆われ視界がほぼゼロになってしまった。
「…あの男はなんなのです?調子に乗って強力な魔法を使うと思ったら自滅だなんて…理解出来ませんわ。」
爆風に煽られながらも魔力操作を駆使して難なく立っているマーガレットは、同じく平然な顔をして横に立つマリアに文句を言った。
「それは分からないわよ。少なくもただ騒ぐだけで相当頭が悪いのは間違いないわ。褒めるとするなら、あのサイズの爆弾を作れる魔力を持っている事ね。」
「それは評価してもいいのですが、結果的にお粗末なのですわ。こんなに敵味方関係無く被害を出すとか…意味不明ですの。」
マーガレットの言葉通り爆発の粉塵が晴れてくると、その被害の全容が明らかになる。
まず、爆発によって転送されたのは敵味方合わせて数人程度に収まっているようだが、殆どの者が膝を付いたり座り込んだりしていた。
クラウンの作った爆弾の大きさから想定した威力に対応し切れるレベルの魔法壁、もしくは魔法障壁を張ったのだろう。実際の威力としては魔法障壁を張るほどでは無かったのだが、しかしそれで魔力を多めに使わせたのであればナイスプレイと言う事が出来る。…ただし、それが敵の範囲に収まればなのだが。
実際にはリング上にいたほぼ全員が必要以上に強度を上げた結界で爆発を防いだ為、全員の魔力が大量に消費されていた。
マーガレットは周囲の様子からすぐに戦闘が再開されないと予想すると、レイン像の被害状況を確認すべく行動を開始した。
レイン像にはもたれ掛かる女性が1人いた。マーガレットはその女性に近付くと小さく息を吐く。
「あなた…さっきの爆発からレイン像を1人で守ったのですか?確か…レイラ=クリストファーですわね?」
声をかけられたレイラはマーガレットに視線を向ける。
「うん。ちょっと大変だったけどね。でも、同時に3つの結界を展開していた時よりは楽だったよ。でも、もう限界かな。これ以上は強度の高い結界は無理かも。」
最後に弱々しく呟くと、レイラは地面にへたり込みながらレイン像を守るようにして張っていた結界を解除した。
「あなた…他学院とは言え、その防御関係のスキルの高さは称賛に値しますわ。後は任せない。残ったムキムキ男達は私が倒して差し上げますわ。」
マーガレットは優しい笑みを浮かべながらレイラに声を掛けた。この場面でこういう言葉が出てくるところがマーガレットの強みでもある。シャイン魔法学院という曲者揃いの中でチームのリーダーとしてまとめていけるのは、こういう優しさを時折見せる事。そして、あとは任せろと自信満々に言ってのける事。これらは打算から生まれたものでは無く、マーガレットが生来もつものであり、だからこそリーダーとしての才能があるのだ。
「うん。ありがと。でも、私も出来る限り頑張るね」
レイラは目を細めながらマーガレットを見つめる。任せろと言われても頑張ると言いう姿勢を貫くレイラを頼もしく思ったマーガレットが口を開こうとした時…。
ピシ ピシ
コン
ガラガラガラ
何か途轍もなく嫌な音がマーガレットとレイラの横で響いた。それは、確かにレイン像があった方向からで…。
彼女達が恐る恐る視線を向けると、バラバラに砕けたレイン像が転がっていた。
レイン像の崩壊。それは参加者チームの敗北を意味している。いきなりの展開にマーガレットは思考をついていかせようとフル回転をさせる。
「えぇと…つまりですわ…。レイラの魔法障壁と物理障壁で形を保っていただけで、その結界2つが解除されたから崩壊した…という訳ですわね…。」
「ウソ…私が気を抜いたから…。」
レイラはあまりの衝撃に顔から血の気が引いている。そもそも、レイラのせいで負けたという訳がないのだが…。彼女がそう思い込んでしまうのもしょうがないと言えるだろう。
リング上にいた者達が状況を飲み込む前に係員のアナウンスが響き渡った。
「試合はここまでとなります!今回は全ての像を破壊したことによって筋肉集団の勝利です!」
ムキムキ男達から歓声が上がる。
そして、レイラは真っ白になった頭でその歓声を聞いていた…。




