11-1-19.プレ対抗試合
係員の合図と共に龍人達は動き出す。
まずレイラは自身の周りに魔法壁を張り敵の攻撃に備え、サーシャはレイラに寄り添う様にして立つ。龍人は魔法陣を幾つか展開して水の矢を連射する。相手が赤赤タイツ=火を使いそうという安易な考えによる水魔法のセレクトだが、様子見としては有効だ。そして、タムは素早く詠唱を開始した。
「我求むは業火の炎。出でよサラマンダーっす!」
炎が渦巻き、その中から姿を現したのは炎を纏う蜥蜴だ。フワフワと宙に浮き、背ビレから頭に掛けてメラメラと炎が上がっている。
「久々に喚んだと思ったらこんなに人が多い前とはな。」
「久しぶりっすサラマンダー!ちゃちゃっと倒すっすよ。」
「いいだろう。俺に任せておけ。」
「よし、行くっすよ!」
タムがサラマンダーと共に敵に向って疾走する。召喚をした事で実質の数が5対4…龍人達が有利である。
一方、相手チームは試合が始まってすぐの召喚にどよめいていた。召喚魔法は大量の魔力を消費する為、序盤から使用するというよりもここぞという場面で使用するのが一般的な為だ。しかし、毎年プレ対抗試合に参加する手練れチームなだけあり、すぐにタムを迎え撃つべく動き出す。
3人の赤タイツが立て続けに炎の渦を出現させ、タムに向けて放つ。そして渦の影に隠れる様にして赤タイツ女が低い姿勢で駆け出した。
「サラマンダー!炎の渦は任せるっす!」
タムはそう叫ぶと右手に属性【硬】を発動し、リングをぶん殴った。破壊されたリングの破片が赤タイツの女に向けて飛び、女は攻撃を中断して回避することを余儀なくされる。そして、タムに迫る炎の渦を遮る様にサラマンダーが立ちはだかる。
「この程度の炎…ちょろい。」
サラマンダーの背ビレの炎が大きく燃え上がり巨大な炎の渦を作ると、相手が放った炎の渦を呑み込んだ。そして、今度は赤タイツ達にに巨大化した炎の渦が襲い掛かる。
それに対して赤タイツ達は散開して炎の渦を避ける。赤タイツ女はそれを見るとすぐにタムの方に向って走り出した。
(お、1対1になりそうっすか?)
タムはサラマンダーに視線を送るが、何故かフワフワ浮いてるだけで何もしようとしない。
「…マジッすか!」
タムが慌てて回避行動に移ろうとした時、赤タイツ女はチラリと横を見ると間髪入れずに飛び退いた。女の居た場所を切り裂く銀の剣筋。…龍人だ。
「くそっ、速いな。そんなら…。」
女の移動速度が予想以上に速い。龍人は足元に風を生み出し、風圧を利用して赤タイツ女との距離を詰める。そして、剣を横一文字に切り結んだ。夢幻の周りには魔法陣が展開し、剣筋に合わせて風の刃が放たれる。
ほぼ確実に直撃する距離での攻撃だったのに関わらず、赤タイツの女はグニャリと体をしならせると風の刃を潜り抜け、バチンと地面を蹴って龍人から距離を置いた。
「あの女…やるな。」
「そうっすね…。中々の強敵っす。ってかサラマンダー!何で動かなかったっすか?」
「ん?お前の仲間が助けに入って来るのが見えていたからな。それにあの女、強力な炎魔法を使おうとしてたぞ?その対処をする為に動かなかった。」
「…そうなんすか?なんの魔法っす?」
「そこを見てみろ。」
サラマンダーはフワフワ浮きながら地面を指し示す。
そこには書き掛けの魔法陣の様なものが描かれていた。龍人はそれを見てすぐにピンとくる。
「…なるほどな。タム、あの女は動きながら足で魔法陣を描こうとしてたみたいだぞ。」
「…マジっすか。全然気づかなかったっす。」
「だからお前は強くなれないんだ。もっと周りを観察する力を身につけろ。」
「うっ…そんな事無いっすよ。」
「あるだろう?」
「タム、言い合うのは後にしようぜ。来るぞ?」
龍人の言う通り敵チームは動き始めていた。炎の渦を避けた3人は再び1箇所に集まると、遠距離から炎の矢を連射する。炎矢の雨と形容できる程の量が降り注ぎ始める。
(何を狙ってるんだ?この程度の炎の矢なら魔法壁で普通に防げるんだけどな。)
龍人が相手の行動を訝しんでいると、赤タイツ女が動き出した。その先に居るのは…サーシャとレイラだ。炎矢はレイラの魔法壁で防げるとして…赤タイツ女の攻撃を防ぎ切る事が出来るのかが判断出来ない龍人。サーシャの攻撃魔法とレイラの防御魔法で撃退出来るのであれば、龍人は遠距離攻撃を仕掛けている3人の内1人でも早く倒すことが重要となってくる。
(やべぇな、どうすりゃいいんだ。…レイラとサーシャを信じるか?)
「龍人さん!レイラとサーシャの援護には俺が回るっす!」
龍人の動きが鈍りそうなのを感じ取ったタムが叫ぶ。
「タム…分かった!」
龍人はタムの言葉を聞くとすぐに遠距離魔法を放つ3人に向けて動き出した。
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「森~高嶺の動きが悪いの気のせいかねぇ?」
「そうだね…。今の場面は何も迷う事無く遠距離を放つ3人に向かうべきだよね。」
「だよねぇ。」
文隆と博樹は龍人が何に対して迷っていたのかが分からずに首を捻る。
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(なんなのです?あの動きの鈍さ…ワザとなのですか?)
龍人の動きを注意深く観察していたマーガレットはイライラしていた。
(あの場面なら遠距離部隊を倒すのが先決なのですわ。これで女に向って行ったら遠距離魔法の餌食になるのが目に見えてますの。大体、1人に対して3人集まるのが愚策ですわね。…あの召喚魔法を使うツンツン頭もその点で言ったら判断力が甘いですわ。…私が期待していたのと全く違いますの。)
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「…ラルフ。龍人は何か悩んでおるのか?あまりにも動きが悪すぎるでの。」
「いやぁ…これは重症ですね。あいつ、周りに動きを合わせようとして逆に動きが悪くなってますね。チーム戦なんて頭で考えるのは2割位でいいんですが…。」
ラルフは小さい溜息を付きながら肉のついた顎をポニョポニョする。
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龍人は赤タイツの3人に向って疾走する。
「これで!」
龍人は水の刃を連続で撃ち出した。それは炎矢を打ち消し、敵へと迫る。
(よし、こいつら炎しか使わなそうだし、このまま水魔法で押し切る。)
油断。これによって龍人の思考に隙が出来てしまう。相手が更に上位の炎魔法を使う可能性が頭の隅に追いやられてしまったのだ。
赤タイツ達は軽く視線を合わせると、水を纏った剣を振りかざす龍人に向けて熱戦を放った。
(なっ…!?)
熱線は水矢を蒸発させ、慌てて体を捻った龍人の脇腹を掠めて客席の壁に穴を開ける。その衝撃で龍人はクルクル回転して地面に倒れてしまう。
「あまい。」
「甘いな。」
「味の話では無い。」
赤タイツの3人が次々と言葉を並べる。
「俺たちは強い。」
「もちろんだ。」
「世界一では無い。」
「さぁ倒そう。」
「あぁ倒そう。」
「それ倒そう。」
3人の掌それぞれに熱が集まり始める。
(くそっ、完全に油断した。)
龍人は自身の不甲斐無さに奥歯をギリギリと噛み締める。
「龍人君が…!タム君、ここは任せたよ!」
レイラは無属性の衝撃波を赤タイツ女に放つと走り出す。
「任せるっ……す!」
タムは硬い魔法で全身を強化すると、衝撃波を難なく躱した赤タイツ女がレイラに向けて放った回し蹴りを間に割って受け止める。そこに向って闇で象られた扇がタムもろとも叩き潰そうと振り下ろされた。
(マジッすか!?)
闇の扇がリングを叩き、ヒビが蜘蛛の巣状に広がる。闇魔法の主はサーシャだ。彼女が使うのは属性【闇】…得意とする魔法の形が闇を広げ、その闇を操作して攻撃するスタイルだ。
「マジあぶねぇっす!」
「…でも避けたじゃない。あ…危ない。」
「へ?……?っ!」
サーシャに抗議しようとしたタムの脇腹に赤タイツ女の中段蹴りがめり込んだ。続けて脇腹で起きる紅蓮の爆発にタムは吹っ飛びリングをゴロゴロと転がって行く。赤タイツ女は続け様にサーシャに向けて回し蹴り気味の上段蹴りを放つが、2人の間に闇が壁の様に広がり蹴りを受け止める。
「そんなの…食らうわけないでしょ?」
サーシャが小さく呟くと闇の壁が蠢き円錐状に女に向けて突き出た。
しかし、赤タイツ女はまたもやグニャリと体を動かすと闇の刺突を全て避けて距離を取る。
この攻防の横では龍人に向けて突き進む熱線をレイラの魔法壁が防いでいた。
「レイラ…悪りい。」
「いいよ!今傷を治すね!」
レイラのイヤリングが光り、龍人の脇腹に付いた傷が癒えていく。
「サンキュー!」
「うん!これから反撃行くよね?」
「おう。上手く戦えるか分かんないけどね…。」
弱気な発言をした龍人を見るとレイラは微笑む。
「龍人君。私達の事考えなくていいんだよ?」
「へ?どゆこと?」
「誰かを援護しようとし過ぎだと思うんだ。龍人君は強いから、そう思っちゃうのは分かるんだけど…うっ…。」
魔法壁が軋む。しかし、レイラは微笑みを崩さずに話を再開した。
「龍人君は基本的にサポートして貰う側にいなきゃ。だからね、私達のことは気にしないでいいんだよ。もっと自由に戦っていいと思う。」
赤タイツの1人が両手を上に上げ、巨大な熱の塊を作り出す。
「龍人君…信じてるから。」
熱の塊が放たれ…レイラの張る魔法壁に激突し、震え、…爆発を引き起こした。
ドオオォオン
黒煙に包まれるリング。
煙がゆっくりと晴れるが…龍人とレイラの姿はリング上には無かった。




