11-1-12プレ対抗試合
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「ほほぅ。君って学生かい?」
雑貨屋の親父がニヤニヤしながら聞いてくる。
「……?そうだけど?」
龍人は雑貨屋の親父が示した反応が理解出来ずに顔を顰めた。街中を歩き回った龍人は全くムキムキ男を見つける事が出来なかった。次の方法として毎年中央区でプレ対抗試合を見てそうな人達に聞き込みをする事にしたのだ。
「なるほどなぁ。どうだい?プレ対抗試合は?もしかして参加するのかい?」
雑貨屋の親父は相変わらずニヤニヤしたままだ。むしろ、学生と答える前よりも意味深な笑みを浮かべている気がする。しかも、ムキムキ男について答えず…むしろ逆に質問してくる始末だ。龍人は雑貨屋の親父が考えている事が良く分からないが、何かを知っていそうなのは分かり、取り敢えず話に乗ることを選択した。
「あぁ、参加するよ。確か1番最後の試合だったかな。」
「そうかそうか。1番最後とかオイシイじゃないか。恐らく観客席は満席状態だぞ?」
「はぁ…。それよりも、ムキムキ男について何か知ってるんだろ?」
「ん?勿論知ってるぞ。ってか中央区にいる奴の殆どは何があるのか知ってるはずだ。…まぁ、魔法学院の1年生は毎年知らされないのが通例だからな。あんま疑らないで対抗試合を楽しめって!」
そう楽しそうに言うと雑貨屋の親父はバンバンと龍人の背中を叩く。
「痛いって!マジで意味が分かんね。」
「はっはっはっ!まぁいい思い出の1つになんだろーよ。じゃ、学生はろさっさと試合会場に戻りなー!」
「なんかムカつくけど…サンキューおっちゃん。」
龍人は礼を言うと雑貨屋から離れる。
正直な所、意味が分からなかった。確実に怪しい動きをしているムキムキ男達。そして、何かしらが起きる事を知っていながらも余裕で笑う中央区の雑貨屋。喧嘩祭りと言って歩き去って行ったたムキムキの男。
ムキムキの男が頻繁に現れる割りには、中央区の街中にムキムキ男達の姿を全然見て取ることが出来ない。
(今の段階で分かってることを考えると…いやぁ、そんな事あるかなぁ。)
突如、大歓声が響き渡る。気付けば龍人は試合会場のすぐ近くまで来ていた。考え事をしながら自然と此方に足が向いていたらしい。
会場からはアナウンスが聞こえてくる。
「さーてさて!圧倒的な力押しで勝利を飾った街立学生Bの皆さんに今1度拍手をお送りください!」
(おお、遼達勝ったんだ。やるなぁ。…俺も頑張らないとな。)
龍人は空中に浮かび上がって周りを見渡す。
「…いた。」
探していたのは火乃花だ。すぐに少し離れた所のベンチに座っているのを見つける。
(あれ。追跡止めちまったのかな?)
龍人は火乃花の居るベンチまで飛んでいく。龍人が今使っている魔法は無詠唱魔法だ。魔力で自分自身を包み固定、そのまま魔力の座標を動かす事で飛行を可能としている。無詠唱魔法で物を持ち上げるのと同じ位の魔法技術で実現可能な、中級程度の魔法だ。難しいのは対象物となる自分自身を見ることが出来ないということ。自分自身を客観視して座標固定を行う必要がある為、苦手な人は習得するまでにトコトン時間が掛かったりもする。
因みに、無詠唱魔法での飛行は風魔法や重力魔法を使用しての飛行に比べて魔力消費が大きい。その為、飛行が可能な属性を操れる魔法使いは基本的に無詠唱魔法での飛行を行わない。
では、何故先程は風魔法で飛んでいた龍人が無詠唱魔法で今飛んでいるのか?…それは、普段から無詠唱魔法を使う事で基礎魔法力の向上を狙っているのだ。
もう少し正確に言うと、急いでる時は魔力消費の少ない風魔法で飛んでいる。というだけの事である。
ともあれ龍人は火乃花の近くまで飛翔し着地する。
「火乃花、ムキムキ男はどうだった?」
「あ、龍人君。」
ムスッとした顔で座っていた火乃花は、龍人を見ると少しだけ表情を和らげた。
「それがね、完全に見失っちゃったのよ。いきなりパッと消えたのよね。」
「いきなり…ねぇ。魔法を使ったんじゃないのか?」
「魔力が全然感じられなかったのよ。あるとしたら、魔法陣を記憶させたクリスタルって所かしらね。」
「なるほど…。」
龍人が考え込みそうになるのを見て、火乃花は先に質問を投げ掛ける。
「で、龍人君の方はどうだったの?」
「ん?あぁ…。」
火乃花が質問をしたタイミングは絶妙で、龍人はムキムキの男がいきなり消えた理由を考えるのを諦め、これまでの事を火乃花に報告し始めた。
龍人の話を聞いた火乃花は「あーあ。」といった風に空を見上げる。
「ちょっと過敏になり過ぎたのかしらね。これ以上探してても手掛かりはなさそうだし、試合でも見に行こっか。」
「え、いいのか?」
「うん。今日は会場に比較的強い人が集まってるから、何かあっても対処はできるでしょ。それに、龍人君も少ししたら試合でしょ?そっちに集中しなきゃね。」
「悪りいな。サンキュー火乃花。」
火乃花はグッと伸びをしながらベンチから立ち上がると、思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ。…なんかスイ君がずっと付けてくるんだけど…ストーカーかな?」
龍人は一瞬硬直する。
(やべっ。スイの存在忘れてた…。ここは…素直に話すか。)
「あぁ…それなら、さっき火乃花と別れた直後にスイを見つけたんだけど、あいつもムキムキ男が気になって付けてたらしいぞ。後は…大方、火乃花に話しかけるか迷ってたんじゃ無い?スイって口下手だし。」
「ふーん。まぁ、それなら良いんだけど。普通に話しかけてくれば良いのにね?じゃ、行こっか。」
そう言うと火乃花はスタスタと歩き始めてしまう。
(おう…スイには話し掛けないんね。……ま、いっか。)
「って…行こっかって、席は取ってんのか?観客席激混みだぞ?」
火乃花は振り返ると「何言ってるの?」と言わんばかりの顔をする。
「街立魔法学院のチーム用に席あるでしょ?折角中央区に来たんだから少しは試合を見て勉強しないとねっ。」
語尾が少し弾んでるのは、試合に出ないとは言ってもプレ対抗試合自体は楽しみにしていたのだろうか。そして、参加者用の席がある事を折り込み済みなのは流石と言った所か。
(じゃ、お言葉に甘えさせて貰って試合の見学でもすっか。)
「よし。そしたら参加者用の席に案内すんよ。行こうぜ。」
「分かったわ。じゃ、よろしくね。」
「おうよ。任せとけ。」
龍人は後方にいるはずのスイに一瞬だけ視線を送ると歩き出した。
そのスイはというと…。
(今の視線は…我に付いて来いと言うのか?)
スイは悩み…悩みに悩んだ挙句、1つの煩悩に負けて歩き出したのだった。




