10-8-3.黒い靄
空がポリゴンの様にパラパラと崩れていく。
『遂に…この時が来てしまったか。』
隣には白い龍が立っていた。白い龍はこちらを見ずに、崩れる空を眺めている。
世界が崩れていく。元ある形を失い、意志の導くままに変化する。世界は変わる。そして生まれ変わる。
視界が狭くなり暗くなった。
次に光が戻ると、目の前にはラルフが立っていた。
「おい、大丈夫か?完全に放心したみたいに立ち竦んでたぞ。で、黒い靄を受け入れんのには成功したのか?」
「ん…、あぁ、えっと…今は意識が飛びそうとかはないかな。」
「じゃあ成功って事だな。いやぁ俺の勘は鋭いな!褒めろ褒めろ。」
龍人の周りには黒い靄が纏わり付いていた。ラルフはニヤリと笑いながら龍人の肩をバンバン叩く。
「いてっ!叩くなって!」
「悪い悪い。そうだ、1つだけ言っておくぞ?」
ラルフはバンバン叩いていた右手を龍人の左肩に置くと、握力を込める。顔が真剣なそれになる。
「この力はお前の命に関わる時、もしくはお前が本気で誰かを護りたいと思った時以外は使うな。真極属性【龍】とか関係無く色々な奴に狙われることになるぞ。…珍しい力を持つ奴の宿命だな。」
「分かった。因みにこの黒い靄みたいに周りに何かを纏うのってそんなに珍しいのか?」
「いや、それは違う。炎を纏う、水を纏うだなんてのはレベルの高い魔法使いなら出来る事だ。それに準じた属性の魔法力が上がるって考え方をするのが妥当かな。炎を纏うなら炎の威力、操作力とかが向上すんだよ。ここでだ、じゃあ黒い靄は?って考えると属性が分かんないんだよな。流石に周りに言ってる属性【全】で誤魔化すのは難しいんだよ。」
ここで龍人は1つ閃く。
「あ、それなら闇って説明して何とかならないんかな?」
龍人としては上手く誤魔化せる名案だったのだが、ラルフは残念そうに首を横に振った。
「駄目なんだよ。闇の場合は本当に闇が纏わり付くんだよ。お前の場合は闇じゃ無くて黒い靄だ。見る奴が見たらすぐに違うって分かっちまう。」
「そっか…。だけどさ、この力を使わなきゃいけない時に人が沢山いたらどうしたら良いんだ?」
「そう。問題はそこなんだよ。力を使わなきゃいけない時は使うしかない。だけど周りにバレたくない。…じゃあどうするかって話なんだが、そこは俺に考えがある。エンチャントは使いこなせるようになると、部分エンチャントってのが出来る様になるんだ。隠密行動を求められる時に重宝する技だな。龍人にはこれからそれを覚えてもらう。」
「…分かった。難しそうだけどやってやるさ。」
「おーいいぞ。その意気だ。」
こうして、龍人は謎の黒い靄を制御する為の1歩を踏み出した。因みに内なる声が《我にも名がある》と言った事については、龍人は既に忘れている。可哀想かな内なる声よ。名を名乗る機会はいずれ訪れよう。
其々のメンバーは魔法学院1年生対抗試合に向けて特訓を重ねていく。
龍人はラルフと。
遼はキタルと。…遼は逃げたものの、まだ魔弾形成技術が未熟な為、本気で嫌だがキタルの所に通っている。
その他のメンバーは主に学校での授業で。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
時は過ぎ、12月1日。
街立魔法学院学院長室。…しつこい様だが、ヘヴィーが独断で肩書きを校長から学院長に変えた為、彼が普段使う部屋の名前も校長室から学院長室に変わっている。
そんなワガママを勝手に通した張本人…ヘヴィー=グラム学院長は、ラルフをソファーに座らせるとホクホクとした表情をしながら向かいのソファーに腰掛けた。
「さてさて、例の計画はどうなったんじゃ?」
ヘヴィーの問い掛けにラルフは苦い顔をすると溜息を付いた。
「どうなったもこーもありませんでした。気付いたらギルドで受けた依頼で何故か禁区にいっちまうし、そこでラスターが思念体について色々教えてるしで…俺の計画は完全におじゃんですね。」
「ほっほっほっ。ラスターもあやつ等に興味を持ち始めたか。いよいよ色々な事が隠し切れなくなりそうじゃの。興味を持つ者が増えれば増える程、当然の如く彼等を見る者が増えるからの。迂闊に力を使ったらすぐに見破られるじゃろうて。」
「ま、だからこそ外では力を使うなって言ってるんですけどね。…藤崎遼はまだいいにしても、高嶺龍人は不思議な位に厄介事に巻き込まれるんですよ。力を使わない訳にはいかない状況も多いしで参っちまいますね。」
「ふむ…例えばじゃが、敢えて隠さないって方法もあるんじゃないかの?」
「まぁ…それも考えてるんですけどね。そもそも、あいつらにギルドの依頼で魔獣狩りをさせようと思ってたんですけど、ラスターに目をつけられたってのを考えると…ちょっと動きずらいんですよね。」
「ほっほっほっ。お主のそのプランは危険かと思ってたんじゃが、まさかの思わぬ障害が現れてくれたもんじゃの。」
ラルフは何故か自分のお腹をプニプニし始める。
「本当ですよ。ヘヴィー校長に言われた通りに監視もつけてたんですが、タイミングが悪くて気付いた時には禁区に転移しちまってたし。」
ヘヴィーは悩むラルフを見て可愛い我が子を見る様に目を細めた。
「ふむ。ラルフがここまで悩むとは…良い生徒に巡り会えたの。」
「…良い生徒ってか、問題のある生徒ばっかですよ。なんで今年はこんなに大変なんですかね。」
「ほほほ。それも巡り合わせよの。さて…今日は魔法学院1年生対抗試合プレ対抗試合の日じゃ。そろそろ見学にでも行こうかの。」
よっこらせっとヘヴィーが立ち上がった。
「…ヘヴィー学院長。俺も行かなきゃ駄目っすかね?」
「もちろんじゃ。そんなに嫌かの?」
「あのプレ対抗試合って毎年毎年荒れるから大変なんですよ。」
「だからこそじゃ。お主が居なかったら万が一の時が大変じゃろ?」
「…ですよねー。あいよっと。」
ラルフは思い腰を上げると、転移魔法を発動する。
「じゃ、一気に中央区の会場まで行きますね。」
「うむ。頼んだのじゃ。」
転移魔法の光が2人を包み、転移していったのだった。




