10-8-2.黒い靄
黒い靄が体の周りに纏わりつくと同時に、龍人の意識が飛びそうになり始めた。
(くっ…。やっぱりキツイな。だけど、力は溢れてくる…!)
遮断壁に次元の槍が衝突する。普段の龍人が張る遮断壁なら一瞬で貫かれて粉々に砕け散っていたかもしれない。しかし、黒い靄を纏ったことで魔力が一気に向上した龍人の遮断壁は次元の槍を正面から受け止めた。
それを見たラルフは驚きを隠す事が出来なかった。
「これが黒い靄の力か…。」
龍人の実力では槍を受け止める事は到底不可能なはずである。それなのに受け止めているという事実を鑑みれば、黒い靄が龍人の能力を大きく向上させている事は間違いがない。そして、龍人から発せられる魔力のプレッシャーがラルフに襲いかかっていた。
(ここまで魔力が上がんのかよ。間近で見るのは初めてだけど…こりゃぁ体への負担が大きいのも頷けんな。)
少し経つと遮断壁と次元の槍の攻防は終着を迎える。次元の槍を遮断壁が完全に遮断し切ったのだ。次元の力が霧散し、後に残るのは龍人とヒビが数本入った遮断壁だった。
「おいラルフ。いくらなんでもやりすぎだろ!ぐ…。」
龍人はラルフに文句を言うと、苦痛に顔を歪めてしゃがみ込んでしまう。
「大丈夫か?」
ラルフは慌てて龍人の近くに駆け寄る。近くに寄れば寄る程龍人から発せられるプレッシャーが重くのしかかってくる。
「すげぇなこの重圧…。おい龍人、1回黒い靄を出すの止めれっか?」
「ん、あぁ。」
龍人が応じると黒い靄はゆっくりと薄くなり、消え去った。
「ふぅ。ほんとキツイわ。今回も意識が飛びそうだったし。」
「だけどよ、魔力の上がり方は半端ねぇな。あの次元の槍をギリギリで防ぎきるんだから大したもんだよ。ま、その後にこんだけ消耗して動けなくなっちまうのは問題だけどな。」
床に座っている龍人はラルフを見上げると、疑問を口にする。
「あのさ、こういう力ってどうしたら制御出来るようになると思う?」
「難しい事を聞くな。まず聞くが、黒い靄が出た時はどんな風に意識が飛びそうになるんだ? 」
「ん~…。」
龍人は黒い靄が発生してからの事を思い出す。
「そうだな…まず力が湧いてくるっていうか、黒い靄から力が流れ込んでくるようなそんなイメージだろ。後は、意識が下の方から来る何かに蝕まれていく感じかな。それに乗っ取られないように抵抗しようとすんだけどさ、抵抗すればするほど強く反発される感じで…最終的に意識が飛びそうになっちまうんだよ。」
「ふむ。」
ラルフは顎に手を当てて何かを考え始める。タプついた顎の肉をプニプニと摘みながら考える姿は少し滑稽だが、龍人はこの場面でそれを指摘してしまう程馬鹿ではない。まぁ…ラルフが龍人の立場ならガンガン突っ込んではいるのだろうが。
ラルフが指を立てる。
「例えばだ、その意識を蝕む何かに対抗するから良くないってことは考えられないか?拒むんじゃなくて受け入れるってのはどうよ?」
「受け入れる…ねぇ。だけどさ、あの声は俺に力に呑まれるなって言ったんよ。受け入れた結果、力に呑まれる可能性は捨てきれないよな?」
「うん。そうだろうな。だが現状として抵抗し切れないんだろ?それなら、可能性を1つずつ潰していく事が必要なはずだ。なーに心配すんなって。お前が力に呑まれて暴走でもしたら、俺がぶっ倒してやっから。」
「ぶっ倒すって…。」
かなり適当な手法を選択されている気もするが…ついさっきの魔法を見れば、何かあっても止めてくれるという安心感を持つことは出来る。ただし、龍人としてはぶっ倒されるのは避けたい結果でもある。
あれこれ理由を付けて力を受け入れるのは簡単だが、それでは先に進めないのも事実だ。
(やるだけやってみるか…。)
「…ラルフ、受け入れるのやってみるよ。何かあった時のフォローは頼んだぞ。」
「おう。任せとけって。」
ラルフの自信満々な様子を見て龍人は笑みを零すと目を閉じた。
(こい!黒い靄!)
《…その呼び方、気に食わぬな。我にも名がある。》
内なる声から文句を言われた後に、龍人の体から黒い靄が噴出し始める。それと同時に意識の底から何かが這い上がってきた。
(…きた!いつもはこいつが上がって来ない様に抵抗してたけど、今回は抵抗せずに…。)
這い上がってきたそれは龍人の意識を呑み込もうと包み始めた。
(これ、やっぱやばい気が。…いや、今の状態はただ何もしてないだけだ。俺がやんなきゃいけないのは受け入れる事だ。ってなると……こうか!)
それを行った結果どうなるのか。そんな事はその時に考えるという、かなり行き当たりばったりな考え方。だが、それもラルフを信頼(ある程度は)しているからだ。
龍人は意識を包む何かと意識と融合させるイメージで受け入れて行く。ここで龍人に異変が起きる。
(なんだこれは…!?)
何かが龍人の意識に触れ、融合を始めた瞬間に様々なイメージが龍人の意識に流れ込んできた。
そこは何処かの大聖堂。
『我こそは破壊を司る破龍。お前のその野望…受け入れる訳にはいかぬ。この世界を創ったのがお前だとしても、それを終わらせる権利があるわけがない!』
そこは何処かの荒れ果てた大地。
周りには沢山の龍が倒れていた。そして自分も…。身体中の傷から力が流れていき、意識が朦朧とし始める。
『我の命…ここまで…か。』
命の終わりを受け入れようとした時、優しく触れる何か。薄っすらと開けた目に見えたのは…。
そこは何処かの城。
テーブルをバンッと叩く。
『それでは約束が違う!』
視線の先に座っているのは、黒いロングヘアーを携えた美青年だった。彼は無言のまま微笑みを浮かべてこちらを見つめている。
『何か言ったらどうなのだ!これは遊びではないのだ!』
再びテーブルを叩く。
美青年は笑みを強くすると口を開いた。
『……………。』
同時に場面が変わってしまい、声を聞き取る事は叶わない。




