10-7-5.特訓
倒れるフードの人物に銃を突き付けた遼。まるで映画のワンシーンを切り取ったかの様な構図。決してふざけて今のポーズになった訳ではなく、純粋に戦闘を行い導かれた結果だ。ただ、今の状況に対して真剣に向き合っているのは藤崎遼ただ一人だった。
パチパチパチパチ
拍手の音がする。
(え?なんだろ?)
遼はフードの人物に対する警戒を怠らないように注意しながら、拍手が聞こえる方に目を向けた。手を叩きながら歩いてきたのはヒョロヒョロガリガリで色白、今にも死にそうな位に大きな隈が目の下にあり、白髪が混ざった髪もボサボサの眼鏡を掛けた白衣の男…キタル=ディゾルだった。
キタルはニヤニヤ笑って手を叩きながら近づいてくる。
「キタル先生…来るの遅過ぎですよ。」
「ひひひ。悪かったね。…だけど、その様子だと全く気付いてないみたいだね。」
「…?何の事ですか?」
遼は何を言っているか分からないという顔をする。そんな遼を見てキタルは肩を震わせ始めた。
「くくくく。ふふ。ひひ。本当に君は面白いね。あれ程の観察眼を有しているのに、こんな簡単な事に気付かないなんて。なぁ?高嶺龍人。」
突然出てきた龍人の名前。
(え?なんでここで龍人の名前が出てくるんだろ?)
遼の双銃を取り返す為に龍人が動いてくれていたのかと周りを見渡すが、特に誰も見当たらない。
キタルはニヤニヤ笑いを一層強くする。
「藤崎遼。先入観は捨てなきゃ駄目だよ?常にあらゆる可能性を考えておかないとね。」
カサ
布が擦れる音がフードの人物から聞こえる。遼は直ぐに視線をフードの人物に戻し、突き付けた銃を持つ手に力を込めた。
「……え?」
フードの人物のフードが落ちていて、そこに居たのは…高嶺龍人だった。疲れ切った顔をしているが、楽しそうに笑顔を浮かべている。
「いやいや。ちょっと待って。え?何で龍人がここにいるの?もしかしてフードの奴を追っかけてる途中で、同じ様なフードを被った龍人を間違って狙っちゃったってこと?」
「いやいや違うよ。最初から銃を盗んだのが俺だったんだよ。」
へへっ。といった感じで笑って言う龍人。対する遼は全く意味が分からない。
「…だめだ。俺には意味が分かんないよ。」
「それは僕が説明しようじゃないか。」
キタルは偉そうに2人の下に歩み寄る。
「まずだね、藤崎遼が弱っちい原因は一定パターンに陥りやすいからなんだね。まぁ使う属性が【重】っていう珍しい属性だから、応用の方法を他人から盗みにくいっていうのもあるかとは思うけどね。ただ…1番の問題はだよ…。」
眼鏡の奥でキタルの眼がキラリと光る。
「君は基本的に自分は弱いと思ってるだろう?それが仇となってるんだよ。何をするにしても安全策しか取らない。攻撃に関してもだよ?要は自分が1番使い慣れた攻撃方法を上手くやりくりして相手に勝とうとする癖があるんだよね。でも、そんなんじゃ攻撃パターンが一定化するのは当たり前だろう?いいかい、全ての物事は挑戦をしなきゃ始まらないのさ。僕はそうやって生きてきたから間違いないよ。そうしなければ何も生み出されないし、何かを生み出すことも出来ないのさ。更に言えば、自分の新しい可能性を発見することも出来ない。一か八かの挑戦、実験…そーゆーのに取り組んで一喜一憂するから人生は楽しいんじゃないか。何で君はそれを理解することが出来ないのさ?」
キタルは一気にまくし立てると、遼に向かってビシィッと指を指した。
「さっきの戦いを忘れるなよ?」
この言葉で、遼は何が起きていたのかを理解する。
「えっと、つまりですよ、俺の為にワザと盗難を演じたって事ですよね?」
「その通りだよ。」
キタルは指を指したまま頷く。遼は龍人に顔を向けると、頭を下げた。
「俺の為にわざわざありがとね。」
「いやいや、お礼を言うなら僕に向けてだろう。そもそもこの計画を考えたのは僕であって…。」
キタルが何やらブツブツ言い始めるが、遼は敢えてシカトする。
そして、遼の言葉を聞いた龍人は嬉しそうに笑っていた。
「いいって事よ!久々に本気の遼と戦えて楽しかったしな。あの両腕をだらんと垂らした態勢を見た時は久々に全身に鳥肌が立ったよ。」
「はは…。確かに森林街で勝負してた時はいつもあのスタイルだったよね。いつの間にかやんなくなってたかも。」
「ま、今回ので思い出したんだから忘れるなよ?一応俺とお前はライバルなんだから、もっと強くなってもらわないと張り合いが無いからよ。」
「うん。」
遼は頷くとニッコリと笑みをうかべた。ここ最近の遼からは見たことが無い位に眩しい笑顔だった。彼の中で何かが吹っ切れたからこそ出てきた笑顔なのだろう。
キタルがポンポンと手を叩く。
「はいはい。友情ごっこを見せびらかさないでもらっていいかな?僕もそんなに暇じゃぁないんだよ。高嶺龍人、早く武器を返してあげなよ。」
自分に対するお礼も無く、更には2人の友情を見ているのが嫌になったキタルは拗ねた顔をしながら龍人に促した。
「あ、そうだな。ほいよ。」
龍人は懐からルシファーとレヴィアタンを取り出すと遼に手渡した。双銃を受け取った遼は、手に持つ双銃を不思議そうな顔をして眺め始めた。
「どうかしたのかい?まさか、その銃が偽物とか言い出すんじゃないだろうね?」
キタルが皮肉っぽく遼に絡む。だが、遼は首をゆっくりと横に振った。
「いえ。ただ…なんだろ、前より手にしっくり馴染む気がするんですよね。」
「ほほぅ。」
キタルの目が細められた。
「ちょっとそれは興味があるね。どうだい?良かったらこれから君と双銃の共振率を調べないかい?いい実験が出来そうだね。ひっひっひ。」
実験の言葉に過剰反応した遼は、全力で首を横に振った。
「いえ!結構です!じゃ、俺はこれで帰りますんで!えっと…俺の為にわざわざ時間を取ってもらってありがとうございました!じゃ、龍人に後は任せるね!」
と、言い残すと遼は全力で逃げていった。その後ろ姿を見送った龍人は呆れ顔でキタルに問いかける。
「あのさ、どんだけ遼を虐めたんだよ?」
「ひっひっひ。そんなに激しいことはしてないんだけどね。ただ、魔弾形成をちゃんと出来なかったら属性【溶】で少しずつ追い込んでいっただけだよ?あとは逃げようとしたら少しだけジュッて溶かしてやるとすぐに大人しくなるんだよね。その反応が面白くて、大分プレッシャーを掛けまくったけど、まぁそれ位しかしてないよ。」
「それって、それ位の域を超えてんだろ。」
「ひひ。そんなのは人によって尺度が違うからね。文句を言われても困るのさ。」
「まぁ…そうかもだけどなぁ。ま、今回ので遼が自分の実力に自信を持ってくれれば俺は満足だよ。」
龍人はグッと伸びをすると歩き出す。
「お帰りかい?」
「いや、これからラルフと特訓だよ。俺は俺で色々問題があんだよな。」
「ククク。何かあればいつでも僕の実験室に来るといいよ。そうしたら、もう嫌って逃げ出したくなる位に実験をしてやるよ。」
「はは…。全力でお断りします。」
龍人は背中越しに手を上げると魔法陣を展開して転移した。
後に残されたキタルはいつの間にか空に姿を現していた星を眺める。
「ひひ。僕も僕の役目をしっかりとやらないとね。時間は少ないのさ。」
白衣のポケットに両手を突っ込むとキタルは街立魔法学院に向けて歩き出した。




