10-7-4.特訓
その瞬間、遼の中で何かが弾けた。それは今まで彼を縛っていた劣等感だったかも知れない。もしかしたら心の奥底にあった何かへの恐れだったのかも知れない。1つだけ確かな事がある。それが弾けた事で遼は考えることを止めた。…思考を止めた訳ではない。目の前を立ち去るフードの人物を倒すために必要な事以外を考える事を止めたのだ。
結果、遼は今まで発揮することの出来なかった実力を発揮する事になる。
藤崎遼。彼が戦闘に於いて他の者に引けを取らない点、それは観察力だ。状況を読み取る力は勿論、戦っている相手に対しての観察眼。今までもその能力は発揮されていた。例えば、遠く離れた相手への狙撃。これは対象相手の動きを観察して次の動きを予測した上でその地点に向けて狙撃する必要がある。遼はこの狙撃に於いて実は殆ど外した事がない。これ程の観察力を有していても、今までの遼は飛びぬけた実力を発揮する事は無かった。それは、遼の中に常にあった何かがそうさせていたのだ。
痺れていた体に力が戻る。弱っていた心に力が戻る。行動に意志が宿る。 見るから観るへ。聞くから聴くへ。
全ては藤崎遼の愛銃であるルシファーとレヴィアタンをその手に取り戻すために。
「待て…!それは俺の銃だ。お前には渡さない!」
遼の言葉にフードの人物は動きを止めた。遼から放たれる鋭いプレッシャーがフードの人物を突き刺していた。後ろから槍で貫かれたような感覚が全身を支配する。眠っていた猛獣を起こしてしまった様な感覚がフードの人物を襲っていた。
(はは。こりゃぁ久しぶりに遼の本気と遣り合う事になりそうだわ。)
フードの人物はそんな事を考えながらユラっと遼の方へ振り向いた。
「ふん。お前程度の奴に俺が銃を渡すと思うのか?諦めて帰れ。」
遼は足を踏ん張り立ち上がる。まだ痺れは残っているはずだが、そんな様子を微塵も感じさせない動作であった。
「俺は…強くない。だけど、俺は俺が出来る全力でお前から銃を取り返してやる。」
強い意志が宿った瞳がフードの人物へ向けられる。遼は銃を両手に握り締め、だらんと両腕を垂らす。今までの遼からは考えられない自然体の構え。フードの人物は先程までとは明らかに違うその様子に警戒感を強めて銃を構えた。
「…!?」
その瞬間には既に遼の姿がフードの人物の視界から消えていた。そして襲いかかる魔弾。フードの人物はヒラリと体を動かして魔弾の隙間を縫うようにして建物の陰に移動する。
(あいつ…動きが全然違うじゃねぇか。)
周りを見渡すが遼の姿は見えない。
(面白いじゃねぇか、俺も制約はあるけど全力で行くぜ。)
遼はフードの人物からかなり距離を取った位置に潜んでいた。相手の様子を窺いながら戦い方を頭の中で組み立てていた。
(銃同士の戦闘で正面から撃ち合ってたら被弾する確率は高くなるよね。ある程度運が絡んでくる部分もあるし。そうなると、姿を隠しながらの銃撃戦が基本になってくる。…そこの隙を突くしかないかな。)
フードの人物は辺りを警戒しながらも動かない。遼は先手を打つべく行動を開始した。
まず、建物の陰に姿を隠しながら相手に接近していく。その合間に飛旋弾を撃ち、相手にプレッシャーを掛ける。フードの男は建物の屋根に移動をして遼に向けて貫通弾を連射して牽制する。
(あいつが使ってくるのは貫通弾だけだ…。発射速度が異常に早いけど腕先の動きをしっかり見てれば避けることも不可能じゃないよね。)
遼は建物の陰から姿を出すと一気に仕掛けた。まず、飛旋弾と貫通弾を交互に連射。さらに拡散弾も発射する。フードの男は基本的に最小限の動きで遼の魔弾を避けていた。その避け方を逆手に取ったのだ。拡散弾はフードの男の直前まで飛び、散弾に変化する。
「!?」
フードの人物の動きが一瞬止まった。が、すぐに前方に魔法壁を張り巡らせてギリギリで拡散弾を防ぎ切った。だが、それこそが遼の狙いである。魔法壁を張った事でフードの人物による攻撃が一瞬止み、遼は魔弾形成を行う貴重な時間を得る事となる。その時間を使って形成したのは爆裂弾。着弾と同時に爆発を引き起こす魔弾だ。この魔弾は属性に応じた爆発を引き起こす。今遼が使っている魔法は無詠唱魔法なので属性が無い爆発だが、それでも威力は十分だ。遼は貫通弾4発を一直線に連射し、その後ろに続くように爆裂弾を放った。先頭を行く貫通弾が魔法壁に突き刺さり穴を開けた。 フードの人物は慌てて内側に連続で魔法壁を張るが、貫通弾に悉く貫かれてしまう。
「くっ…!」
身をひねったすぐ横を貫通弾が通り過ぎていく。このままでは爆裂弾は男の横を通過してしまい、その威力を発揮する事が出来ない。…とはならない。遼はこの展開まで予測して爆裂弾の弾速を少しだけ早くしていた。そして、爆裂弾は前方を行く貫通弾に接触し爆発を引き起こした。無属性の爆発がフードの人物を呑み込む。フードの人物は爆発に吹き飛ばされて塀にぶつかると、どさりと地面に倒れこんだ。
遼は倒れたフードの男に近づいていく。
「さ、武器を返してもらうよ?」
「ぐ…。渡すものか。」
フードの人物は手に力を入れて、上体を起こした。爆発の影響で所々フードが破れているが、まだその顔を見てとる事は出来ない。
「こ…これで勝ったと思うな。」
フードの人物は震える腕を持ち上げて指を鳴らした。すると、遼の居る位置を中心にして巨大な魔法陣が浮かび上がった。
(フードの腕の部分が破けちまったか…ってなると、これが最後の攻撃になるか。)
フードの奥で笑みが零れる。
そして、魔法陣が発動した。天から魔法陣目掛けて数多の雷が降り注ぐ。
逃げるのが不可能なタイミング。だが、この状況でも遼は冷静だった。両手に持つ銃を空に向ける。そして、遼の持つ魔力が一気に銃へ集中する。雷が直撃する直前に散弾が発射された。散弾の各弾は螺旋弾として形成されている
螺旋散弾と雷がぶつかり合う。
普通に考えて、雷と無詠唱魔法の魔弾がぶつかり合ったとしても、雷が勝つのは当たり前だ。例えそれが散弾や螺旋弾として魔弾形成をされていたとしてもだ。
だが、通常弾とは違い…螺旋散弾はほんの1秒だけ雷を押し留める。
ほんの1秒。
だが、貴重な1秒だ。
遼は螺旋散弾を放つと直ぐに足元に向けて爆裂弾を放ちながらフードの人物に向けて駆け出した。爆裂弾の爆発が遼の加速を後押しする。同時に、螺旋散弾を吹き飛ばした雷が遼を目掛けて降り注ぐ。
紙一重。この言葉がやや不的確な表現であるほど紙一重になりそうなギリギリの差で遼は魔法陣から脱出した。肌や服を雷が掠めはしたが、結果として防ぎ切った事になる。
遼は座り込んで動く事が出来ないフードの人物に銃を突き付けた。
「チェックメイトだよ。さ、銃を返してもらうからね。」




