10-6-1.魔聖
まず、話を切り出したのはレイン=ディメンションだった。
「今日は集まってもらってありがとな。集まってもらった理由は1つだ。…あいつ等が本格的に動き出した。」
この言葉に学院長3人は其々異なる反応を示した。
真っ白な髪を中分けにして首の辺りで綺麗に切り揃えた男、バーフェンス=ダークは眉をピクリと動かす。
パーマが掛かった桃色の髪、長いまつ毛に優しい目をしたセラフ=シャインは肩まである髪を弄っていた手をピタリと止める。
ヘヴィー=グラムは元々知っている事実なのか、特に反応はしない。因みにヘヴィーは長かった白髪をバッサリ切り、短髪になっている。熊のぬいぐるみではチャーミーな外見だが(当たり前か)、普段のヘヴィーはカッコイイジジイというのが妥当な表現である。
バーフェンスは反応を示さなかったヘヴィーに目線を送る。
「おい。ヘヴィー…お前はこの事実を知っていたな。何故俺達に知らせなかった。出し抜こうと考えてたのか?」
「ふぉっふぉっふぉっ。私がそんな事する訳なかろう。話しても良かったんじゃが、レインに止められての。」
バースェンスはその言葉を受けてレインに厳しい視線を送った。
「…どういう訳か説明してもらうぞ。」
「勿論だ。その為に招集したのだからな。」
レインは椅子から立ち上がる。その反動で彼女の胸が揺れるが、もちろんこの場に反応する者は居ない。
「まず奴等の目的についてだが、報告では何かしらの実験を行っていたと考えられる。水面下で色々と行っていたみたいで、実態は掴めていない。だが、魔法協会の地下では男が変形して強力な魔法を操って暴れ、更に南区では魔法を操る動物が出現もしている。これらの事を繋げて考えると…1つの仮説が浮かび上がる。」
ここでレインは1度言葉を区切る。
「イチイチ溜めるなって。面倒だろ。」
荒い言葉遣いでセラフがレインに先を促す。そういった話し方をされてもレインは機嫌を悪くしたりはしない。セラフの荒い言葉遣い、暴言…それらの女性らしくない話し方が彼女の素だからだ。女性らしい外見とのギャップが激しいが、それが良いという声が多数聞けるのもまた事実。
レインは話を再開する。
「悪かった。その仮説だが、人間の魔法能力を何かしらの手段を使って強化する実験を行っているという内容だ。」
セラフが馬鹿馬鹿しいという風に鼻を鳴らす。
「ふん。そんな事が出来んのか?私達人間の魔法能力を強化するってのは、クリスタルを使って魔法陣を発動させたりする事で擬似的に成功してんだろ。だけどよ、それは飽くまでも補助的に使って強化されているだけで、本人の魔法能力に変化は全く無い筈だ。魔法能力自体を強化するなんて事が出来るんなら、その方法を知りたいもんだね。」
「ふんっ。イチイチ突っかかるな暴れん坊娘が。」
バースェンスがくだらないとでも言うかの様にセラフに声を掛ける。
「あぁん?てめぇなめてんのか?」
「相手を考えろと言うことだ。あの組織が動いているという事は、サタナス=フェアズーフが実験の主導権を握ってるはずだ。あのマッドサイエンティストなら俺達の想像を越えた方法を編み出していても不思議ではない。今大事なのはそういう事実があると言う事だけだ。方法についてあれこれ話すのが無駄だ。」
「…お前分かってないな。その方法が分かんねぇと対抗策が練れないんだよ。」
「まぁまぁ落ち着くのじゃ。」
一触即発モードに入ったバースェンスとセラフの間に入ったのはヘヴィーだ。
「いいかの。私達がここでぶつかり合う事自体がそれこそ無意味じゃ。まずはレインの話をちゃんと聞いてから判断していいんではないかの?」
「…いいだろう。」
「ちぇっ。これだから年寄りってのはよ。」
バースェンスは素直に聞き入れ、セラフは憎まれ口を聞きながらもレインの話を聞く姿勢を取った。
「ありがとうヘヴィー。」
レインはヘヴィーに頭を下げると再び話を始める。
「先程の仮説だが、残念ながら完全な根拠は無い。各事象の共通点から推測したに過ぎないからな。バーフェンスが言ったように相手がサタナス=フェアズーフである事を考えたら、私達の想像を遥かに越えた何かを目的としている可能性も十分にあり得ると私は考えている。それでだ、対抗策としてルフト=レーレとミラージュ=スターの2人に相手の本拠地を探らせる事にした。」
ガンッ
セラフがテーブルを叩く。
「おいおい!何で街立魔法学院の魔導師団連中だけが駆り出されるんだ?シャイン魔法学院の魔道師団は役に立たねぇつてか?」
「…セラフはもう少し女らしくなったらどうだ?本当に勿体無いな。」
レインが飽きれ声を出すと、セラフは普段は穏やかな目を途轍もなく鋭くして睨み付ける。
「話をすり替えてんじゃねえっての!」
「分かってるさ。いいか、今回は飽くまでも調査が目的だ。魔導師団を投入し過ぎて相手に戦力の分析をされるのを防ぎたいんだ。そう考えると、奴らと接触経験のあるルフト=レーレが適任なだけだ。」
「…そういう理由ならいい。」
シャイン魔法学院にとってプラスになり得る理由付けをされた事で、セラフは渋々口を閉ざした。
「それでだ、いい加減俺達を呼んだワケを話してもらおうか。」
話がイマイチ先に進まないことにイライラし始めたバースェンスが話の先を促す。レインは苦笑いを浮かべるしか無い。
「あぁ。皆を呼び寄せた理由だが…今回の件に関連すると思われる何かが発生した場合、独断で動くのをやめて欲しいんだ。全て私を通した上で動いては貰えないだろうか?」
レインの申し出にヘヴィーは「ほほほっ」と笑い、バーフェンスとセラフは黙ってしまう。利害を考えているのだろう。幾ら魔法街の為と言え、それを優先したが為に自身の学院が遅れを取っては元も子もない。魔法学院の衰退はそれが在る区の衰退に繋がるのだから。
少しの間沈黙が続き、バースェンスが口を開いた。
「いいだろう。但し、1つの条件がある。何処かの学院を故意に優先しない事。これを守ると誓うなら従ってやる。」
セラフもバースェンスの言葉を受けて頷いた。
「そうだな。結果的に優先した様になるのはしょうがないが、動き出しの部分で優劣の差が感じられたら従わない。それで良ければシャイン魔法学院はレインに従ってやるさ。」
残るはヘヴィーだが…彼はニッコリと笑みを浮かべていた。
「ならば、街立魔法学院は全面的にレインに従うぞい。条件は…そうじゃな…無しでええでの。」
条件無し。この言葉にバースェンス、セラフ、レインの3人全員が驚きの反応を示した。
レインが問いかける。
「本当にそれで良いのか?貧乏籤を引く可能性が十分に高くなってしまうが…。」
「ほっほっほっ。いいんじゃ。今年の1年生は優秀じゃし、そんなつまらん事でいがみ合う必要も無いじゃろ。それに、レインが故意に何処かの魔法学院に偏ることも考えられんしの。信頼の証じゃ。」
「ヘヴィー…恩に着る。」
レインは深々とヘヴィーに向けて頭を下げる。
バースェンスとセラフはそれならそれで。というスタンスなのか特に何も言葉を発することは無かった。敢えて言うなら、2人共「やられた」という表情を僅かに浮かべていた位か。
レインは頭を上げると力強い声で宣言する。
「それでは、これにて魔聖の皆に伝える事は以上だ。協力…よろしく頼む。」
今度は3人に向けて深々と頭を下げる。この謙虚な姿勢こそが3つの学院長を纏め、対立を解消した源である。誰にも負けない位の実力があるのにも関わらず、それを鼻にかけるどころか他人の力を他意無く純粋に頼る姿勢。レイン=ディメンションが行政区最高責任者に就いている最大の理由であった。




