10-5-1.チーム戦
時は過ぎ10月の半ば。
朝の冷え込みが段々厳しくなり、木々の葉は赤や黄色へ色彩を変えていく。
龍人は街立魔法学院の教室で遼と雑談中だ。
「んだろ?って事はさ、攻撃で突っ込む傍らで仲間の状況を確認する必要があるんだよ。それも常に。」
「それは状況次第で変わるんじゃないかな?そこまで気にしてたら目の前の相手に集中出来ないんじゃない?」
「そこなんだよ。気にしてないと仲間が一瞬でやられちゃう可能性もあるだろ?人数が減るのが1番の痛手だしさ。って考えると、全部が中途半端なんだよな。」
「俺は銃で戦ってて中~遠距離だから視界が基本的に開けてる場所で戦うからね。龍人に比べると戦うシチュエーションに変化は然程多くは無いかも。」
「そしたらさ…」
2人の話題はチーム戦についてだ。今まで行った授業で、龍人が所属したチームの勝率は4割。それに対して遼は6割と大差がついている。
龍人は前衛で戦っている間に仲間が倒されるというパターンで負ける事が多く、遊撃で動いているとサポートか間に合わなくて仲間が倒されてしまう。毎回上位クラスの中で実力が低めのメンバーとチームを組まされているのも原因の1つだが…。それでも同じような条件のチームに所属する遼の方が勝率が高いので、決してそれだけが原因では無いのは明白だ。
「ねー火乃花。龍人のチームが中々勝てないのって何が原因だと思う?」
遼が教室に入ってきた火乃花に声を掛ける。
「…そうね。チーム戦をしてても、結果的に個人戦になってるのが原因じゃないかしら?遼君は状況に応じて攻めと守りを上手く使い分けてるから遠距離タイプとして攻撃も遊撃も比較的しっかりこなしてるわよね。」
「んー、でも龍人は俺より周りの状況が見えてるよ?それなのに仲間が先にやられちゃうって変だよね。」
「それを言われるとそうね…。」
火乃花は眉間に皺を寄せて腕を組む。胸が強調され、遼の視線がスッと下がったのを龍人は見逃さなかった。遼の脇腹を肘で小突く。
「火乃花ってさ、俺と似た戦い方だよな?近~遠距離で戦えて、攻撃役も防御役もこなせるし。それで勝率は8割だろ?いつも何に気を付けて戦ってんだ?」
「何って言われてもね…。毎回メンバーによっても、戦ってる時の状況によっても変わるし。説明が難しいわね。」
(火乃花は感覚で出来ちゃってるんだろうな。)
戦闘における天性の感覚を持った人は存在する。恐らく火乃花はそれに当てはまるのだろう。
「もしかしたら龍人ってチーム戦が向いてないんじゃない?」
遼による鋭い言葉が龍人の心を容赦無く抉る。
「おい、そんな事言うなって。マジでヘコむわ…。」
龍人は額に手を当てると視線を落としてしまった。魔法戦闘に関してある程度の自信があった龍人は、ここ最近の連敗に実はショックを受けていたのだ。
「あのー、ちっといいっすか?」
龍人の後ろから声が掛かる。振り向くと、椅子の背もたれに両腕を乗っけて足をプラプラさせているタム=スロットルがいた。
何かを考えているのか口がとんがっている。
後期から上位クラスに編入してきたタム=スロットルは、その飄々とした性格の為か誰かと積極的に連まず、かと言って孤立する訳でもない絶妙なポジションをクラス内で保っていた。旋毛から前髪にかけて頭の中央部分がツンツンの髪型は、遠くから見ても直ぐに分かるシルエットだ。
「別に盗み聞きしてた訳じゃないんだけど龍人さんが中々勝てない理由…俺分かると思うんすよね。」
特に自慢する様子もなく、まるで当たり前であるかのように言う言葉に龍人が反応する。
「マジ!?教えてくんね?」
「いいっすよ。まず、龍人さんは基本的にこのクラスでも実力が…。」
「はーい!座れ座れーー!」
タムが話し始めた時にタイミング悪くラルフが教室に入ってきた。
「あれれ。じゃ、チーム戦の時に龍人さんに話しますね。」
タムはピョンっと立つと自分の席にスタスタと歩いて言ってしまった。
「俺、初めてタムと話したけど、結構面白い奴っぽくない?」
遼と火乃花も頷く。
「そうね。あーゆーのに限って強かったりするから厄介なのよね。」
「そんな漫画みたいな展開あるかな?」
「おい。そこの馬鹿3人衆。話すのやめろって。」
ラルフが声を掛けるが全く届いていない。
「俺がチーム戦で負ける確率が高い理由が遼と火乃花でも分かんないのにタムが分かるってのも不思議だよなぁ。あいつ、結構クラスの皆の事観察してんだな。」
「そうね。それに比べたら龍人君は全然クラスのメンバーの事見てないでしょ?」
「そうだね。俺、他の人のことあんま興味ないし。」
遼がパチンと指を鳴らす。
「龍人、それじゃない?周りのグェ…」
周りのグェ。と謎の台詞を発して遼がいきなり立ち上がる。…いや、立ち上がらされていた。ラルフに首根っこを掴まれて。
「そろそろ授業したいんだけどなー。話が通じないのかなー。分かるかなー。」
額がピクピクと動いているのを見ると、フル無視されていたのが相当ムカついたのだろう。遼の首がミシミシと嫌な音を立てている。
「ぢょ…ぐるじ…。」
「何をムキになってるのよ。学生相手に大人気ないんじゃないの?」
遼の首が限界に近付いているのに構わず、火乃花は謝るどころか逆にラルフを責める姿勢だ。
「お前らなぁ。よし…分かった。俺の全力で黙らせてやる。」
ラルフはパッと遼を掴む手を離す。着地した遼は首を抑えて咳き込んだ。
「ケホッケホッ…。」
火乃花は飽きれた顔で遼に声を掛けた。
「大体ね、ラルフがいたら何かするんだから油断しちゃダメ…。」
ムニュムニュムニュー
「油断してんのは何処のどいつだー?」
火乃花の胸が後ろから伸びたラルフの手によって様々な形へ変形させられている。
「相変わらずいい感触じゃん。…俺の全力を味わえよ?」
「この…変態教師!」
火乃花は振り向きざまに裏拳を叩き込む。ラルフは身を屈めて裏拳を避け、両手を再び胸に向けて伸ばした。但し、今回は揉むためではない。…摘まむ為に。何を?…アレを。ラルフの指は服越しであるのにも関わらずピンポイントで目標を捉えた。
「ヒャンッ!」
火乃花から発せられる女の子らしい感じちゃった声。
「ふっふっふっ!どうだ俺の指技は天下一品だろ?まだまだ行くぞ!」
ラルフは摘んだ指先を複雑に動かし始める。
「ちょっ…アン…や…。」
ガスッ
鈍い音がしてラルフの巨体が沈む。その後ろには分厚い辞書を持ったルーチェが立っていた。
「ラルフ先生、やりすぎですわ。」
ルーチェはニッコリと微笑むと倒れたラルフの頭に向けて辞書を落とす。
ゴンッ
鈍い音が教室に響く。続いて火乃花から立ち昇る焔の柱。
クラスの男達はこの後の光景を忘れない。そして、心に固く違った。…火乃花とルーチェにセクハラは死んでもしないと。




