10-3-5.呻き声
暗い住宅街を走りながら呻き声が聞こえないか探す。探知魔法で聴覚を強化し、全神経を集中させる。
「遼!なんか見つかったか?」
「いや…全然!呻き声どころか動物の鳴き声とかも何も聞こえないよ。」
「こんな時間だしな…ん?」
龍人の聴覚に呻き声の様なものが飛び込んできた。微かに聞こえた程度ではあるが、聞こえたことに間違いは無い。聞こえた方角は…。
「遼…こっちだ!」
龍人は十字路を右に曲がると真っ直ぐ進み、1つの建物の前で立ち止まった。
「はぁはぁっ。龍人…ここ?」
「しっ。聞こえないか?」
遼は耳を済ましてみる。
ぴちゃ。ぴちゃ。ギリギリ。ぬちゃ。ぬちゃ。
「?…?ぅ。」
気持ち悪いとしか言えない音に、小さいが確かな呻き声。
「…。聞こえた。この建物にいるっぽいね。」
「あぁ。それにここまで聞こえるから建物の外に居そうだな。ここは…保育園か?」
「暗くて看板とかは見えないけど、多分そうじゃない?庭に遊具とか置いてあるし。」
「子供達がいたらまじぃな…。遼、一気に行くぞ?」
「気持ち悪いけど…そんなこと言ってる場合じゃるないもんね。いつでもOKだよ…!」
「よし、カウントで行く。3、2、1、GO!」
龍人は建物の庭から声のする方へ一気に駆け抜け、龍人は辺り一帯の視界を確保できる場所に向けて跳び上がった。
(居た!)
龍人は前方に怪しい人影を発見する。それはガラスドアにビタっと密着して中を覗き込んでいる。龍人は魔法陣から夢幻を取り出すと、右斜め後方に構えて接近する。龍人に気付いた不審者が顔をギチギチと回し、視線が龍人に向けられる。
(……!)
得体の知れない恐怖が龍人の背中を走り、足が止まってしまう。不審者の顔は目が異常に開かれ、大きく開いた口からは舌がダランと垂れて涎が滴っている。しかし、龍人に恐怖を与えたのは外見だけではなかった。むしろ、その存在から発せられる異様な威圧感がほぼ全てだったと言っても過言ではない。
(なんなんだよ。こいつ、本当に人間か?)
夢幻を握る手に汗が滲み始める。得体の知れない恐怖が龍人を侵食していく。体と意識が切り離されてしまったかのような感覚。一言で表すならば【死】。
「何やってんだよ龍人!」
気づけばすぐそこまで異様な人物が迫っていた。
「やべっ…!」
龍人は後方へ大きく跳んで距離を確保する。
「?…あ…。」
手を伸ばし、龍人を求めるようにして歩き出す。飢餓で死に際へ追い詰められた人間が、目の前にある食べ物に縋り付くような動き。
パァン!
突然異様な人物の左肩に衝撃が加わり、クルクルと回るようにして吹き飛んだ。遼による銃撃だ。
「が…あ…?…。」
かなりのダメージを与えたはずなのだが、動きが止まることはない。ゆっくりフラフラと立ち上がる。撃ち抜かれた部分を気にする素振りすら見せずに、ユラユラと揺れながら遼と龍人へ視線を送る。
奇妙。あまりにも奇妙すぎる行動に警戒心を高めた2人は相手の出方を窺う。
「ぅぅぅ???あぁぁ!」
不審者は突然叫び出すと、龍人達から背を向けて走り出した。
「マジか…。遼!追いかけるぞ!あんな奴ほっとけねぇ!」
「うん!」
追跡を始める龍人と遼。逃げ足はかなり速いが、地面にポツポツと残る血痕が追跡自体を容易にしていた。
龍人達が去った後の保育園。ガラスドアがガラガラっと開く。そこから顔を覗かせたのはレイラだった。
「あれ?声が聞こえたと思ったんだけど…。」
庭を見回すが特にこれといった異常は見て取ることが出来ない。レイラには知る由もないが、ガラスドアにベッタリと付いていた唾液も綺麗に消え去っていた。
「んー、気のせいだったのかなぁ。」
レイラは首を傾げながらドアを閉めると、子供達を見送る準備をしに部屋の中へ戻って行った。




