10-3-4.呻き声
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3つ頭の犬について行く龍人と遼。少し歩くと振り向いてというペースなので、比較的ゆっくりと進んでいた。
南区住宅地域の端辺りに到着すると、犬は突然立ち止まった。
(ここに何かあんのか?)
龍人達も歩を止めると犬の様子を窺う。そもそもに於いて目の前にいる犬(多分魔獣…と2人は考えている)が、何故南区に居るのかという疑問は解決していない。何故ここまで誘導したのかも謎なままだ。この場所で何かが解決するのか…。
「わん!」
犬が一声吼えると周りに魔法陣が浮き上がり、転移魔法が発動した。魔法の発する光の中で犬は2人を見つめている。
「これって転移魔法陣の中に入れって事かな?」
「そうだと思うけど…何処に行くか分かんないよ。」
3つ頭の犬が誘う先には何があるのか、何処に繋がっているのか。龍人の中で好奇心が鎌首をもたげる。
そうしている間にも転移魔法陣の光に包まれて犬の姿は薄くなっている。転移が完了するまで…恐らくあと数秒。
遼に視線を送るが、諭すような目で首を振るのみだ。着いて行かないという意思の表れだろう。
(そりゃそうだよな。下手すっと魔法街に帰って来れなくなる可能性もあるもんな…。だけど、この先に俺が知るべき何かがある気もすんだよな。)
葛藤。今ある全てを捨てて新たな世界に進むのか。今あるものを守るために残るのか。大袈裟ではあるが、それ程の覚悟が必要だと龍人の直感が告げていた。
転移魔法の光が輝きを増す。間も無く転移魔法は犬の転送を終えて、消え去るだろう。そうしたら犬が誘う先に行く機会は…訪れないかも知れない。
進むなら今しかない。
龍人は足を一歩前に踏み出した。遼はその行動に驚き龍人の背中に向けて手を伸ばす。
「ちょ…龍…。」
「ワンちゃん。悪いけど、そっちには行けないや。また今度どっかで会おうな。」
龍人は残る事を選択した。
犬は龍人の言葉を聞くと小さく吠える。が、その声が届く前に転移が完了して犬の姿は消え去ってしまった。
「龍人…行くって言うのかと思って焦ったよ。」
ため息とともに遼が小さい声で本音を吐き出した。声のトーンに非難色が混ざっているのは否めない。龍人は3つ頭の犬が居た場所をジッと見つめ、ニヤッと笑いながら遼の方へ振り向いた。
「俺もなんで一歩踏み出したのか良く分かんないけど、仲間の居る魔法街から離れる訳ないだろ?もっと信じろって。」
「はは…。だから信じきれないんだって。」
「ん?なんか言ったか?」
「別にー。それよりさ、これで依頼は達成なのかな?」
「それ…どう思う?」
「んー、基本的に呻き声の原因は帰ったんだから、それで終わりじゃない?」
龍人は3つ頭の犬の行動を思い返してみる。
(攻撃は最初の1回のみ。防御にだけ高威力の魔法を使用。俺達を誘った…。魔法陣で帰った。しかも、自分で魔法陣を出して。………ここ最近呻き声が聞こえてたんなら、俺達を探してたのか?それこそ意味が分かんねぇな。………。)
「なぁ、あの犬の声が聞こえたとしたら何て表現する?」
「え?そりゃあ犬なんだから唸り声………あ。」
「だよな。あの犬が南区に居た理由は全然分かんないけど、少なくとも他に呻き声の元凶がいる可能性が高い。」
「ねぇ龍人、犬が俺達に攻撃してきた時に耳がピクッて動いてたよね。あれって呻き声が聞こえたんじゃない?そもそも、最初は俺達の前方から呻き声が聞こえてたし。」
「確かに。そんで後ろから犬が出てきて攻撃か。…もしかしたら俺達の後ろに何か居たんじゃね?」
「それだと大分辻褄があってくるね…。」
「俺、嫌な予感するわ。」
龍人と遼は目を合わせ、走り出した。
2人が目指すのは3つ頭の犬と出会った場所。移動してからそれほど時間は経ってない。その辺りに呻き声の元凶が居る可能性が高いのだ。2人の青年は走る。知ってしまったら引き返せない真実を手繰り寄せる可能性に向けて。その事実を認識することも出来ずに。




