10-2-26.日常と現実
依頼書に書かれていた内容は以下の通り。
依頼主:非公開
依頼内容:南区にて毎晩呻き声が聞かれている。その原因の究明、排除。
「この呻き声の正体を突き止めればいいのか。突き止めた証明ってのはどうやってすればいいんだ?」
「お前自身が調査をして、呻き声が出なくなるようにしたらギルドに報告してもらう。その後、数日間の観察期間を経て依頼を達成したかを判断する。1番早いのは呻き声の正体を捕獲してギルドに転送することだが、それは難しいだろう。」
「ん?なんで捕獲すんのが難しいんだ?」
「この依頼に関してギルドの見解は、下級の魔獣か思念体が南区に迷い込んだと考えている。つまりだ、魔獣を転送されても困るし、思念体は捕まえるとかそういう問題の存在ではないからな。」
「…なるほどな。」
(思念体ってなんだ…?幽霊みたいなもんかな?)
「因みに、今回の依頼は2人で行ってもらう。もう1人は既に依頼を受諾済みで、本日17時に街立魔法学院の正門前に集まるように伝えてある。」
「17時か。分かった。」
龍人は頷くと立ち上がった。そのまま部屋を出て行こうとすると、後ろから声を掛けられた。
「おい…。1つだけ忠告だ。…本当はこういうことは言ってはいけないんだが…心に留めるだけにして、聞いた事自体を忘れろ。そして他言無用だ。」
「…?」
受付の男が言いたい事がいまいち分からないが、龍人は無言で首肯する。
「いいか。この世界にはお前が知らないような思惑が常に飛び交っている。普段はそれらに関わることは無いが、思いも寄らない事がきっかけになって巻き込まれる可能性は大いにあり得る。いいか、もし…巻き込まれたら視野を広く持て。目の前の事だけに意識を奪われるな。………以上だ。さ、帰れ。」
男の言った殆どが何を意図しているのか分からなかったが、それ以上の追求を許さない雰囲気に龍人は仕方無く部屋を後にする。
振り返ると男は受付でいつも通りの表情で何事もなかったかのように座っている。
(なんでさっきの内容を俺に伝えたんだ…?流れから言うとギルドの依頼が関係してそうだけど、その依頼内容が大した内容じゃないしな…。)
視野を広く持て。この言葉を受付の男がどのような意図を持って伝えたのかを知る術はない。龍人はなんとも言えない気持ちのまま魔法協会を後にしたのだった。
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17:00
レイラは保育園に到着していた。玄関のインターホンを鳴らし、中に招き入れられる。
「今日は依頼を引き受けてくれてありがとうございます。」
女性の園長先生が丁寧にお辞儀をする。
「いえいえ…!依頼者なんですから、そんなに丁寧にしないで下さい。なんか、申し訳ない気分になっちゃいます。」
「あらあら、レイラさんはとても優しい方なんですね。貴女なら安心して子供達を任せられます。遅くても21時には帰ってきますので、それまで子供達をよろしくお願いしますね。」
「はいっ!お任せください。」
貴女なら任せられる。この言葉にレイラのやる気はグンッと上昇する。やる気が出過ぎて頬がほんのり染まる程だ。
保育園の説明を済ませると、園長先生と数人の先生達は食事会に出かけて行った。
「よしっ!私、頑張るよ。」
気合を入れてガッツポーズをするレイラに何かがぶつかる。
「レイラ先生ー。お腹空いたよー。もうご飯の時間だよー。」
男の子である。
レイラは男の子の頭に手を乗っけると、優しく微笑んだ。
「これから夜ご飯準備するからちょっと待っててね。」
男の子はレイラの微笑みに見惚れてポーッとなってしまう。
「あー!レイラ先生に惚れてやんのー!」
別の男の子がからかい始めた。
「ち、違うもん!お腹が鳴るの我慢してたんだよ!」
男の子達はやんややんや騒ぎながら遊び始めた。
(ふふ。子供って本当に可愛いなぁ。)
レイラは腕捲りをすると台所に向かって行った。本日の献立はカレー。
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刻を同じくして街立魔法学院正門前。龍人はもう1人の依頼者を待っていた。
(もう時間だけど…来ないな。せめて名前とか特徴だけでも聞いときゃ良かったかな。)
余談ではあるが、龍人は基本的に5分前には待ち合わせ場所に到着するのをモットーにしている。
どうしようかと空を見上げると、一番星が既に瞬いている。秋晴れの夜空は空気が澄んでいるのか、何時もよりも星の光が強い気もする。
「あれ、龍人なにしてるの?」
聞き覚えのある声に顔を向けると、そこには遼が立っていた。
「遼こそ何してんだよ?」
「え?俺はギルドの依頼でここに来るように言われて…。」
「ん?もしかして呻き声のやつか?」
「え?なんで知ってるの?」
「ん?って事は、一緒に依頼するのは遼って事か。」
「え?もしかして龍人も同じ依頼受けてるの?」
「ん?何も聞いてないのか?」
「え?何で龍人だけ知ってるの?」
以下省略。




