10-2-21.日常と現実
試合のゴングが鳴り響く(各々の心の中で勝手に)。まず、スイが走り出した。追うように走るのは龍人。遼は双銃を構えると銃弾を発射する。放たれた銃弾は龍人とスイを迂回するようにカーブを描きながらキャサリンの胸元に吸い込まれた。
(よし!上手くいったぞ!)
遼が放った弾丸は飛旋弾。キタルにバンバンしごかれてやっとの思いで習得した魔弾形成の1つだ。
スイは腰に差した日本刀に手を添えると、飛旋弾が直撃してよろめいたキャサリンに向けて居合切りを放つ。剣閃に合わせて冷気が放出され、キャサリンを凍り付かせた。
(む…やったのか?)
「スイ!油断すんな!」
後ろを追従していた龍人が叫び、スイの前に魔法壁を張り巡らせた。それとほぼ同時にキャサリンが口元を歪めると体の輪郭が曖昧にボヤけ、雷に変化してスイを覆うように襲い掛かる。
鬩ぎ合う雷と魔法壁。
(くっ…我とした事が油断してしまうとは!)
スイはすぐにその場を離脱しようとするが、踏み出した足に向けて地を這う電気が襲い掛かる。
「むっ…!」
振り下ろされる日本刀。それは地面に接触すると氷の柱を生成する。狙うのは避雷針としての役割。決して間違いでは無い判断。その通りに電気の一部は地面へと流れるが…あくまでも自然発生したものではなく、魔法による電気である事がスイにとっての誤算となる。
電気は二手に分かれて氷柱を迂回するような動きを見せた。
「ちっ…!」
後方に大きく飛び退くが、それさえも追いかけて来る。
スイは再び日本刀を構えて迎撃の態勢を取る。しかし、攻撃の手は目の前に迫り来る電気だけに止まらなかった。晴天から迸る雷撃がスイに向けて放たれていた。
(スイがやべぇ…!)
龍人はスイが後方に飛んだ瞬間に魔法陣を多重展開していた。姿の見えないキャサリンの攻撃に対応する為だ。そして、案の定スイに向かって雷が放たれた。龍人は展開していた魔法陣を発動して雷を斜めに直撃するように放った。
龍人の雷がキャサリンの雷に直撃して軌道をズラす。それらはスイをギリギリで掠めながら天と地へ分かれて突き刺さった。
スイは龍人の隣まで移動すると礼を述べる。
「む…かたじけない。」
「いいって事よ。ってかキャサリンはどこだ?」
(スイが礼を言うなんて珍しいな。何か心境の変化でもあったんかな?)
龍人は内心で驚きつつも周囲の情報収集を開始する。周囲に探知魔法を放ち、更に探知型結界をも張り巡らせるが反応は…ない。そして攻撃も止んでいる。…不気味な静寂。
膠着状態が続く中、近くに来た遼が2人に囁いた。
「多分だけど、上空にいる気がするんだ。」
龍人は空を見上げるが、それらしき人影を見て取ることは出来ない。
「ホントか?全然気配感じないぞ?」
遼が雲を指差す。
「んー、例えばあの雲の中に入って姿を眩ましてるとか無いかな?」
「…あの雲に?そりゃないっしょ。」
龍人が顔の前で手を振りながら遼の勘を否定するが…。
「龍人…どうやら遼の勘が正解のようだ。」
スイが厳しい目で上空を見上げている。龍人と遼も再び上空へ視線を戻す。
「げ…。」
龍人の口から思わず漏れる焦りを含んだ声。上空では浮かんでいる雲の1つが中心から真っ黒に変化を始めていた。
「まさかの…。」
「まさかだろ。」
「うむ。窮地だな。」
意外?に冷静な3人に向けて轟雷が降り注いだ。
龍人は魔法陣を10個連続展開して、10の魔法壁で。
スイも出来る限り最大強化をした魔法壁で。
遼も出来る限り最大強化をした魔法壁で。
…轟雷を受け止める!
魔法壁に阻まれる事で一旦は動きを止めかけた雷は、すぐにその力を発揮する。龍人の展開する魔法壁が順番にガラスのように砕けていく。
1枚。2枚……8枚。
「まだ…まだ!」
魔法陣が更に連続多重展開し、次々と魔法壁を生み出す。そして、次々と壊れていく。壊される毎に雷と龍人たちの距離は縮まり、遂にはスイと遼、龍人が1枚の魔法壁で雷を耐える迄に追い詰められてしまう。
(このままじゃ全員やられちまう…。なら…。)
「遼、スイ。聞いてくれ。」
龍人は小声である内容を告げる。
「お主…そんな事が出来るのか?」
「龍人、それって魔力保つの?魔力消費量がかなり大きいと思うんだけど…。」
スイの魔法壁にヒビが入り始める。…時間は無い。龍人は2人に向けて親指を立てる。ここで迷えば負けてしまうのは必至だった。
「10秒でいいから耐えてくれ。」
龍人は魔法壁を消すと目を瞑る。今求められるのはイメージ力、そして一瞬でそれを具現化する力。
…1秒。…2秒。魔法陣のイメージ全体像が浮かぶ。…3秒。身体の隅々まで魔力が行き渡る。…4秒。…5秒。…6秒。魔力を解放、龍人の全力を掛けた魔法陣が一気に展開する。その総数約40。それらの魔法陣は1つ1つ独立しておらず、重なり合い、組み合わさる事で数個の魔法陣として存在している。…7秒。遼の魔法壁にヒビが入る。…8秒。…9秒。3人を守る2つの魔法壁が砕け散り、轟雷が姿もろとも飲み込んだ。…10秒。地面に落ち広がっていく雷による轟音が辺りを埋め尽くした。
観客の学院生達は思わず立ち上がり、数人は轟雷の威力に腰を抜かす。
彼等の視線の先…轟雷の落下地点には誰も居ない。




