10-2-14.日常と現実
遼への無茶振りが終了してからは、ネネへの質問タイムが取られていた。学院生達からはメイドに関する質問や、今まで来たお客の面白エピソードに関する質問が中心に投げかけられる。ラルフはあまり質問はせずにご飯を食べていたが、「ボンキュッボンの秘訣」や「今までの男性経験」等の際どい…いや、完全にアウトっぽい質問を放り込んでいた。それらの質問が全てフル無視されたのは言うまでもない。
こうして、バルクを除く学院生達の初メイド喫茶(やや形態は違う気もするが)体験は終了し、遼にとっての地獄としか思えない時間も終わりを告げたのだった。
メイドと執事に見送られて店を出たラルフは上機嫌に鼻歌を歌っている。
「ねぇラルフ。あんた…本当に執事姿の遼君を見せる為だけにあの店に私達を連れてったの?」
火乃花の問いにラルフはクルッと振り向く。
「そうだけど?他に連れてく必要無いだろー。」
「ホントかしら。」
「お、疑ってくるねー。そんなに知りたいなら耳を貸してみ?」
ラルフは火乃花へ一気に急接近し、火乃花の耳元に口を近づけた。
「お前なら気付いてるかもな。」
そして、火乃花の耳たぶを噛んだ。効果音的にはハムハム。
「ひゃんっ!」
思わず反応して出してしまった声は、ちょっとばかしエロっちいものだった。火乃花は顔を真っ赤に染めながら光速に劣らぬスピードでラルフから離れ、炎球を連射する。
「俺にそんなんがあたるかっての。」
ラルフは転移魔法で移動すべく魔法を発動するが、足に強い衝撃が襲い転倒してしまう。
「なっ!?」
犯人はスイだ。あなたと私の萌え心。でも殆ど何も話さなかったスイがいつも以上に冷たい目でラルフを見下ろしていた。
予想外の人物に攻撃された事でラルフはその後の対処に入るのが少し遅れてしまう。慌てて炎球を魔法壁で防ぐ。
「スイ君ナイスよ。」
「げっ。」
いつの間にかラルフのすぐ横まで移動していた火乃花の両手には炎銃が握られていた。
「さーてと、最近練習してる銃の試し撃ちでも付き合ってもらおうかしら?」
「火乃花…俺なんかよりもっと適任者がいるだろ。遼と…」
ドシュッ!
ラルフの股の間に着弾。焦げて煙が上がる。
「イヤイヤ…!もう少し穏やかになった方が男にモテるぞ?」
ドシュッ!
ラルフの頬を炎弾が掠める。真剣に身の危険を感じたラルフは再び転移魔法を発動…出来なかった。
「…へ?」
思わず間抜けな声を出してしまう。今回は誰からの襲撃も無かったのだが、魔力が時間を巻き戻すようにして消えてしまったのだ。
「ラルフ先生。セクハラは程々にして下さい。火乃花さんが可哀想です。今回はお仕置きです。」
ラルフの魔法の発動を阻害したのはレイラだった。元来、魔法の発動を阻害する魔法は存在しないのだが…彼女が使ったのは属性【癒】の魔法解釈の幅を広げた魔法だ。
「おいおい、今のレイラがやったのか?って事は…」
「な~に話を逸らそうとしてんのよ?まだ私は許してないわよ?」
「待てって今のは…」
ドシュッ!ボン!
ラルフの顔に炎弾が直撃する。
…以降割愛。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
火乃花による公開処刑が無事に済んだ後、上位クラスのメンバー集団は解散した。
再び2人きりの龍人とレイラ。…になるはずだったのだが、龍人はラルフに拉致されて転移してしまった。
という訳でレイラは1人で街魔通りを歩いている。本当は夕方まで魔法の台所でバイトをしている予定だったのだが…。
(家に帰ってギルド試験の準備でもしようかな。…って言っても、何をするか全然分からないんだよね。)
ついさっきまで傍に居た龍人の存在を恋しく感じてしまう。ただ、そんなレイラも不安に思うことがあった。…龍人はレイラとの距離を縮める一歩を中々踏み込んでこないのだ。
レイラに気がないのか。
レイラをもて遊んでいるのか。
ただ踏み出す勇気がないのか。
何か別の大きな理由があるのか。
龍人の事を考える時にこれらの疑問が頭の中を駆け巡る。決して龍人を疑っている訳では無い。ただ、不安なのだ。レイラには両親がいない。物心付いた時には既におらず、周りの人には事故で亡くなったと教えられてきた。頼る親戚もいないレイラを引き取って育ててくれた「彼女」の言葉が頭の中に蘇る。
(…そうだよね。幸せになりなさいって言ってくれてたもんね。私、勇気を出してみる。)
この日、街魔通りを歩く背の小さな女性は小さく心に誓った。
日常のささやかな幸せを求める決心。それが導き出す現実を彼女はまだ知らない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ラルフと教え子が去った後のあなたと私の萌え心。では閉店作業に追われる遼の姿があった。
「遼くーん。こっちのゴミ捨てといてね。」
「遼ちゃん!食器は綺麗に拭くって教えたでしょ!」
「遼~あんたまだ閉店作業終わってないの?早く早く!時間は待ってくれないわよー!」
「はい!すぐにやります!すいまんでした!」
お客の前では完璧なメイドを演じる彼女らも、仕事から解放されれば普通の女性となんら変わりがない。特にメイドと素顔の変化が激しいのが、遼を1番こき使っているネネだ。本職である情報屋の顔に戻ると、秘密めいた雰囲気を漂わせる大人の女性へと変貌する。その変わり様は女性そのものを疑ってしまう程だ。
遼はメイド達に言われた仕事を終えるとネネの部屋の片付けに向かった。
(ラルフ達が荒らしまくったから片付けるの大変だな…。)
仕事の終わりが見えなくて憂鬱な気持ちになりながら部屋のドアを開ける。




